トランプ政権と米議会は、アップルが中国のアリババとのAI提携を計画していることに対して懸念を表明している。
この提携は、中国市場向けiPhoneにアリババのAI技術を搭載するというものだ。米国当局は、この取引が中国企業のAI能力強化につながり、検閲下にある中国のチャットボットの影響力を拡大させ、さらにアップルが中国政府の検閲やデータ共有に関する法律にさらに従わざるを得なくなる可能性を懸念している。
アリババは2025年2月13日にドバイで開催された世界政府サミットで既にアップルとのパートナーシップを公表しており、この提携は競争の激しい中国AI市場でのアリババの地位を強化するものとなる。
アップルは2024年に「Apple Intelligence」を発表し、英語圏の国々では2024年末にサービスを開始したが、中国では規制上の理由から利用できない状況にある。2025年第1四半期のアップルの中国スマートフォン市場シェアは13.7%まで落ち込み、7四半期連続の減少となっている。
References:
Trump administration is concerned by deal to put Alibaba’s AI on iPhones, NYT reports
【編集部解説】
アップルとアリババのAI提携に関するニュースは、単なる企業間の技術協力を超えて、米中間の技術覇権争いの最前線を映し出す事例として注目に値します。
まず、この提携の背景を理解することが重要です。アップルは2024年6月に「Apple Intelligence」を発表し、英語圏の国々では同年末からiPhone 16シリーズやiPhone 15 Pro/Pro Maxなどの最新機種でサービスを開始しました。しかし中国では規制上の理由からOpenAIのようなアメリカのAIサービスが利用できないため、アップルは中国市場向けに現地パートナーを必要としていました。
アップルにとって中国は依然として重要な市場です。2024年度の同社の総収益の約17%が中国から生み出されており、市場シェアの低下は深刻な問題です。2025年第1四半期の中国でのiPhone出荷台数は980万台、市場シェアは13.7%にとどまり、7四半期連続の減少となっています。
アリババとの提携は、アップルが中国市場での競争力を維持するための戦略的判断と言えるでしょう。アリババ会長のジョー・ツァイ氏は2025年2月13日、ドバイで開催された世界政府サミットでこの提携を公式に認め、「アップルは私たちのAI技術を使って彼らのスマートフォンを強化したいと考えている」と述べています。
しかし、この提携はトランプ政権と米議会から強い懸念を引き起こしています。その理由は主に3つあります。第一に、中国企業の人工知能能力の向上を助ける可能性、第二に、検閲制限のある中国のチャットボットの影響力を拡大する可能性、第三に、検閲やデータ共有に関する北京の法律へのアップルの露出を深める可能性です。
特に注目すべきは、米国の政策立案者たちがAIを将来の戦略的に極めて重要な技術と位置づけ、中国の最先端AI技術へのアクセスを制限する措置を講じてきたことです。この文脈において、アップルとアリババの提携は米国の国家安全保障戦略と相反する動きと見なされています。
下院中国特別委員会のメンバーであるラジャ・クリシュナムーティ議員は、この提携を「非常に不安を覚える」と表現し、アップルが中国共産党と密接に結びついた企業を支援する可能性を懸念しています。また、戦略国際問題研究所のワドワニAIセンター所長グレッグ・アレン氏は「米国は中国とAI競争をしており、アメリカ企業が中国企業の競争力を高めるのを望んでいない」と述べています。
この提携が実現すれば、アップルは中国のデータ法や検閲法に従う必要があり、ユーザーデータの取り扱いや表現の自由に関する懸念が生じます。米国当局者たちは、アップルがこの提携によって中国政府に対してどのような約束をするのか、またアリババとどのようなデータを共有するのかについて質問しています。
一方で、この提携はアリババにとって大きな勝利です。中国のAI市場は競争が激しく、DeepSeekのような企業が西側のライバルと比較して格段に低いコストでモデルを開発しています。アリババのオープンソースモデル「Qwen」は急速に改善しており、アップルとの提携によって同社のAI技術の信頼性が証明されることになります。
この問題の複雑さは、グローバル企業が直面する「分断された技術エコシステム」の現実を浮き彫りにしています。アップルは中国市場での競争力維持と米国政府の安全保障上の懸念との間でバランスを取ることを強いられています。
今後の展開として注目すべきは、米国政府がアリババなどの中国AI企業を制限リストに追加し、アメリカ企業との協業を禁止する可能性です。また、国防総省や情報機関がアリババと中国軍との関係を評価しているとも報じられています。
このニュースは、テクノロジー業界におけるグローバル化と国家安全保障の緊張関係を示す重要な事例です。私たちユーザーにとっては、使用するテクノロジー製品がどのような国際関係の中で生まれ、どのようなデータポリシーの下で運用されているのかを理解することが、デジタル時代を賢く生きるための重要な視点となるでしょう。
【用語解説】
アリババグループ（Alibaba Group）：
中国の多国籍テクノロジー企業で、電子商取引、クラウドコンピューティング、デジタルメディア、金融技術などの分野で事業を展開している。2024年度の収益は1兆2,000億元（約1,670億ドル）を超え、中国最大のテクノロジー企業の一つ。日本でいえば、楽天やソフトバンクのような存在だが、規模はさらに大きい。
アップル（Apple Inc.）：
アメリカの多国籍テクノロジー企業。iPhoneやMacなどの消費者向け電子機器、ソフトウェア、サービスで知られる。2024年度の総収益は3,910億4,000万ドルで、収益ベースで世界最大のテクノロジー企業である。
Apple Intelligence：
アップルが2024年6月のWWDCで発表したパーソナルAIシステム。iPhoneやiPad、Macに統合され、文章作成や画像生成、アプリ操作の補助など多岐にわたる機能を提供する。プライバシーを重視し、可能な限りデバイス上で処理を完結させる設計を採用している。
DeepSeek：
2023年に設立された中国の人工知能企業で、大規模言語モデル（LLM）を開発している。中国の杭州市に本社を置き、中国のヘッジファンドHigh-Flyerが所有・資金提供している。西側の競合他社と比較して格段に低いコストでモデルを開発したことで注目を集めている。
ジョー・ツァイ（Joe Tsai）：
アリババの創業メンバーの一人で、現在は会長を務めている。1999年にアリババに参加し、2013年までは最高財務責任者（CFO）、2023年9月までは副会長を務めていた。台湾出身の実業家で、NBAのブルックリン・ネッツのオーナーでもある。
Qwen（通義千問）：
アリババが開発した大規模言語モデル。2023年に初めて発表され、2024年にはQwen2として大幅に改良されたバージョンがリリースされた。多言語対応や高度な推論能力を特徴とし、オープンソースとして一部が公開されている。
【参考リンク】
アリババグループ公式サイト（外部）
中国の電子商取引大手アリババグループの公式サイト。企業情報やサービス内容、リーダーシップについての情報が掲載されている。
アップル公式サイト（Apple Intelligence）（外部）
Apple Intelligenceの公式紹介ページ。主要機能や対応デバイス、プライバシー保護の取り組みについて説明している。
DeepSeek公式サイト（外部）
DeepSeekのAIチャットサービスを提供するウェブサイト。無料で利用でき、登録不要でGPT-4の代替として利用できる。
アリババクラウドAIサービス（外部）
アリババが提供するクラウドネイティブのAIおよびデータインテリジェンスサービスの紹介ページ。
戦略国際問題研究所（CSIS）（外部）
グレッグ・アレン氏が所属する米国のシンクタンク。国際政治や安全保障に関する分析を提供している。
【参考動画】
【編集部後記】
私たちが日常使うスマートフォンのAI機能が、実は国際政治や安全保障の最前線になっているとしたら？ アップルとアリババの提携は、テクノロジーの進化だけでなく、米中間の複雑な力学を映し出しています。あなたのデバイスに搭載されるAI技術を選ぶ際、機能性だけでなく、データの取り扱いやプライバシー保護についても考えたことはありますか？ 国や企業の垣根を越えて発展するテクノロジーと、それを取り巻く国際関係の理解が、これからのデジタル社会を生きる私たちにとって重要になってきているのかもしれません。
