『原神』AI音声判決|声を守る道は人格権と不正競争の2本

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『原神』のキャラクターの声を無断で売ったAIソフトに、上海の裁判所が賠償を命じたと報じられました。訴えたのは声優ではなく、ゲーム会社です。時を同じくして中国の最高裁が示したAI指針は、声を「本人のもの」として守る内容でした。では、キャラクターの声はいったい誰のものなのでしょうか。

中国の最高人民法院は2026年9月7日、「最高人民法院関于依法審理渉人工智能糾紛案件的意見」を公表した。全5部24条からなり、国の最高審判機関が出す初めてのAI関連の裁判規則文書と位置づけている。第4条は、本人の同意なく自然人の声を学習データに使い、本人と識別できる合成音声を生成した場合、本人が声の権益の侵害を主張すれば裁判所がこれを支持するとした。

上海市浦東新区人民法院は、『原神』の63キャラクター分の音声パックを有料で提供したAI変声ソフトの運営会社に対し、不正競争行為の停止と75万元の賠償を命じたと中国メディアが報じた。

From: 文献リンク最高法发布《关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》

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【編集部後記】

北京の判決には、本文で触れなかった一文があります。原告の声を録音した会社は、その録音物の権利を持っていました。それでも、声をAI化する許諾を他社に与える権利までは含まれない、と裁判所は判断しています。

録音を持っていることと、声を使えることは、別の話だったわけです。人の声、作品の声に加えて、録音という器にも持ち主がいます。仕事で扱っている音声データには、いま何人の持ち主がいるでしょうか。


【編集部解説】

同じ週に、中国から声とAIをめぐるニュースが2つ届きました。最高人民法院のAI指針と、上海の『原神』判決です。セットで伝えられることが多いのですが、読み比べると、2つが守ろうとしている「声」は別のものだと気づきます。

指針の第4条が守るのは、生身の人間の声です。本人の同意なく声を学習に使い、その人だと分かる合成音声をつくれば、本人は声の権益の侵害を主張できる。声について定めた一文の主語は「自然人」で、請求するのも本人です。

この考え方には下地があります。中国の民法典は第1023条で、自然人の声の保護に肖像権の規定を準用すると定めています。北京インターネット法院は2024年4月、声優の声からつくられた文章読み上げAIについて、声の権益はAIが生成した声にも及ぶと判断し、25万元の賠償を命じました。今回の指針は、個別の判決で積み上げられてきた線を、最高裁の文書として全国の裁判所に示したものと読めます。

一方、上海の判決で原告になったのは、声の持ち主ではなく、報道で「米哈游公司」と記されたmiHoYo系のゲーム会社でした。報道によると、被告は「声の権利は声優個人に属し、主張するなら声優本人だ」と反論しています。第4条の枠組みだけで考えれば、筋が通って聞こえる反論です。

報道で確認できる範囲では、裁判所が認めたのは別の道でした。浦東法院の徐弘韜裁判官は、キャラクターがどんな音色を持つかは、声優の自由な演技よりも、ゲームの中で設定された属性や技能によって決まると説明しています。報道はこれを受けて、その音色が『原神』という商品の出所を示す「商業標識」として働いていると整理しました。そうであれば、無断で似せた声を売る行為は、他社の商品の目印にただ乗りする不正競争になる。判決は、行為の停止と75万元(約1700万円、1オフショア人民元=約22.9円・9月9日時点)の賠償を命じました。

2本の道を分けているのは、「誰の声か」よりも「その声が何を指し示しているか」です。人を識別する側面では人格権が、商品の出所を示す側面では不正競争が問題になる。両者は二者択一ではなく、同じ声について重なって成り立つこともありえます。どの側面から主張するかで、守り手も物差しも変わってくるということです。

技術の側から見ても、この事件は示唆に富んでいます。報道によると、被告は法廷で、『原神』のキャラクターの約1分の音声を他の音声素材と混ぜ、自社の変声モデルの学習に使ったと認めました。他の素材の内容や量は明らかでなく、約1分の音声だけで再現できたとまでは言えません。被告は「AIの学習の結果であり、効果は利用者によって違う」とも主張しましたが、声紋の司法鑑定は、ソフトの試聴音声とゲームの原音を「同一と認める傾向にある」と結論づけています。

ここで効いてくるのは、技術の中身より、その技術をどう売っていたかでしょう。ソフトは63キャラクター分の音声パックをキャラクターごとに並べ、キャラクターの画像まで使っていました。8月に日本の法務省が公表した解釈指針も、実在の著名人の声を簡単に生成できることを売りにして有償で提供する場合を、侵害になりうる場面として挙げています。技術的に生成できるかではなく、何を訴求して提供しているかが問われる。この点で、両国の整理は近い方向を向いているように見えます。

面白いのは、最高裁の指針自体が2本の道を内側に持っていることです。第4条で人格権を扱う一方、第12条の末尾には、AIを使った権利侵害や偽造、虚偽宣伝、閲覧数や取引実績の水増しなどで他人の権利を侵害し、または不正競争にあたる場合は責任を負う、という一文が置かれています。上海の判決がこの指針を根拠にしたという意味ではありません。ただ、報道で第4条ばかりが引かれるなかで、記者の読みでは、この事件は第12条の問題意識の側に並べたほうが収まりがよいように思います。

では日本はどうでしょうか。法務省の解釈指針は、声がパブリシティ権の保護対象に含まれることを整理したうえで、不正競争防止法の道にも触れています。肖像や声が周知・著名な商品等表示になり、プロダクションなどがその表示の主体と認められる限り、本人以外も請求主体になりうる、という整理です。本人以外が不正競争の枠組みで声を守るという発想は、日本の制度にも用意されています。

ただし、想定している場面は同じではありません。日本の整理は、実在の人物の声が商品の目印になっている場面を念頭に置いています。上海の判決は、架空のキャラクターの音色そのものを、ゲームの目印として扱いました。日本でキャラクターの声が同じように評価されるかは、まだ示されていません。法務省の報告書は、生成AIによる無断利用について裁判例もない段階だと記しています。

上海の判決について読み取れるのは、現時点では報道と裁判官の説明までです。判決の日付、被告の社名、控訴の有無、著作権に関する請求があったかどうかは明らかになっておらず、判決文も公開されていません。最高裁の指針も、新しい法律ではなく、既存の民法典や反不正当競争法をAIの事件にどう当てはめるかを示した文書です。第4条には、法律に別段の定めがある場合を除くという留保が付き、本人と識別できることが前提になっています。

それでも、この1週間で、見える線は1本増えました。声には「人の声」と「作品の声」という2つの顔があり、どちらにも持ち主と、通るべき道がある。この区別が見えたことは、声優や権利者にとってだけでなく、正規に声を借りてサービスをつくりたい開発者にとっても、交渉の出発点になるはずです。着せ替えられる声が当たり前になったとき、その声が誰と何を指しているのかを最初に確かめる作法が、製品づくりの一部になっていくのではないでしょうか。

【用語解説】

声の権益
中国の民法典が保護する人格的な利益の一つ。第1023条は、自然人の声の保護に肖像権の規定を準用すると定めている。今回の最高人民法院の指針は、AIによる合成音声にもこの保護が及ぶ場面を示した。

反不正当競争法
中国で不正な競争行為を規制する法律。他人の商品と混同させる表示や虚偽宣伝などを禁じる。日本の不正競争防止法にあたる。

商業標識
商品やサービスの出所を示し、他と区別するための目印。商標のほか、名称や包装、装飾なども含まれうる。上海の事件では、キャラクターの音色がこの働きを持つと報じられた。

AI変声ソフト
入力した声を、AIで別の声質に変換して出力するソフト。特定のキャラクターや人物の声に似せた音声パックを提供するものもある。

声紋の司法鑑定
声の周波数や音色などの特徴を分析し、2つの音声が同じ話者のものかを判定する鑑定。結論は「同一」「同一の傾向」など、確からしさの段階で示されることがある。

パブリシティ権
氏名や肖像などが持つ顧客吸引力を、排他的に利用する権利。日本では明文の規定がなく、判例によって形成されてきた。法務省の解釈指針は、声もその保護対象に含まれると整理した。

商品等表示
日本の不正競争防止法で、商品や営業を示す氏名、商号、商標、容器・包装などの表示。周知または著名な表示を無断で使う行為が規制される。

オフショア人民元
中国本土の外で取引される人民元(CNH)。本土で取引される人民元(CNY)とは市場が分かれているため、レートがわずかに異なることがある。

【参考リンク】

最高人民法院(外部)
中国の最高審判機関の公式サイト。今回の指針の全文に加え、起草の背景と主な内容を説明した解説文を中国語で読むことができる。

《最高人民法院关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》新闻发布会(外部)
指針を公表した2026年9月7日の記者会見のページ。陶凱元副院長らが出席し、指針の発表と記者との質疑応答も行われている。

法務省:肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書の公表について(外部)
2026年8月7日に法務省が公表した解釈指針の案内ページ。検討会を設置した目的と、報告書本体のPDFへのリンクを掲載している。

原神 公式サイト(外部)
今回の事件で声が無断で使われたオープンワールドRPG『原神』の日本語公式サイト。作品の世界観や最新のお知らせを案内している。

HoYoverse(外部)
miHoYoが中国本土以外で作品を展開する際に用いるブランドの日本語公式サイト。『原神』などの作品の情報を掲載している。

【参考記事】

米哈游《原神》角色声音被“偷”获赔 75 万元,上海首例涉 AI 声音仿冒不正当竞争案宣判(外部)
判決を伝えた中国のIT系メディアの記事。63キャラクター分の音声パック、約1分の音声、75万元の賠償額などを詳しく報じている。

Genshin Impact voice cloning case ends with HoYoverse winning $105,000 in damages(外部)
判決を英語で伝えた記事。75万元を約10万5000ドルと換算し、上海で初めてのAI音声模倣をめぐる不正競争事件と位置づけている。

最高法发文明确“AI换脸拟声”等案件裁判规则(外部)
指針の公表を伝えた記事。全5部24条という構成と、AIによる顔や声のなりすましを人格権の侵害とする規定の要点をまとめている。

全国首例AI生成声音侵权案一审宣判(外部)
2024年4月の北京インターネット法院判決を伝えた記事。声優の声の権益がAI生成の声にも及ぶと認め、賠償額は25万元とした。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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