7月に「今後のバージョンで統合する」と書かれていたNVIDIA Nemotronが、Fugu Maxとして形になりました。ところが同じ発表で、使うモデルを自分で選ぶという設定が、新しい2モデルからは消えています。出力単価が下がった代わりに、何を手放したのでしょうか。
Sakana AIは2026年9月11日、オーケストレーションAI「Sakana Fugu」の新モデル「Fugu Max」と「Fugu Ultra v2」の提供を始めた。Fugu MaxはNVIDIA Nemotronを含む過去最大規模のモデルプールを束ね、料金は100万トークンあたり入力2ドル、出力6ドル。
10のベンチマークのうち7つでコストと性能のパレートフロンティアを押し広げたとする。Fugu Ultra v2はChartographyで48.3となり、Opus 5の27.3、Fable 5の29.5を上回った。8つのうち5つで最高または同率最高。Ultra v2のプールにFable 5、Fable 5.1、GPT-6 Astraは含まれない。提供はOpenAI互換API経由。
From:
Introducing Fugu Max and Fugu Ultra v2: Orchestrating the Pareto Frontier
【編集部解説】
AIの値札は、モデル単位で貼るものではなくなりつつある
Sakana AIが今回持ち出したのは、「パレートフロンティア」という経済学由来の言葉です。縦軸に能力、横軸にコストを取ったとき、これ以上どちらも良くできない境界線を指します。同社の主張は、業界はこの線の上に並んだモデルを静的なメニューとして扱ってきたが、線そのものは動かせる、というものです。
単純なデータ照会に数兆パラメータのモデルを使うのは、賢さではなく浪費である。発表の冒頭に置かれたこの一文が、今回の2モデルの設計思想を端的に示しています。
7月に「今後のバージョンで統合する」と書かれたものが、実物になった
本サイトは2026年7月16日、Sakana AIとNVIDIAの協業を報じました。オープンモデル群NVIDIA NemotronをFuguのエージェントとして「今後のバージョンで統合する」という予告の段階でした。
今回のFugu Maxで、そのNemotronがエージェントプールに実際に組み込まれました。発表の年表を見ると、8月のSakana Chat更新とNVIDIA提携の項に「Nemotronの統合を開始」と記されており、9月のFugu Maxで形になっています。予告から2か月弱での着地です。
「40〜60%安い」は、出力の話
Fugu Maxの料金は100万トークンあたり入力2ドル、出力6ドル、キャッシュ入力0.25ドル。コンテキスト長による段階料金はありません。発表は「出力料金がSonnet 5、GPT-5.6 Terra、Kimi K3より40〜60%低い」としています。
三者を並べると、この幅の中身がはっきりします。Sonnet 5は入力2ドル・出力10ドル。GPT-5.6 Terraは標準処理で入力2ドル・出力12ドル。Kimi K3は入力3ドル・出力15ドルです。Fugu Maxの出力6ドルは、それぞれ40%、50%、60%安い計算になります。つまり「40〜60%」という幅は出力の話であり、下限の40%はSonnet 5との比較、上限の60%はKimi K3との比較から出ています。入力側を見ると、Sonnet 5とGPT-5.6 Terraは同額で、Kimi K3より1ドル安いという位置です。エージェント用途では出力トークンが請求額を押し上げやすいため、この差は実務では小さくありません。
ただし、単価が同じ土俵に乗るのは1トークンあたりの話です。Fuguは内部で複数のモデルを呼び出して答えを組み立てるため、同じ課題を解くのに使うトークンの量が、単一のモデルと同じとは限りません。公式は使用量と費用をリクエストごとに表示するとしており、実際の請求額は自分のワークロードで動かして確かめる形になります。
一方のFugu Ultra v2は入力5ドル、出力30ドル。272Kトークンを超えると10ドル/45ドルに上がります。Opus 5の入力5ドル・出力25ドルと並べると、入力は同額で、出力はUltra v2のほうが2割高いという関係です。
つまり今回の発表は「安いモデルを出した」話ではありません。同じオーケストレーション基盤から、コスト側に振ったモデルと性能側に振ったモデルを作り分けたという話です。発表自身が「両者は別製品ではなく、同一の中核アーキテクチャを2つの使命に最適化したもの」と説明しています。
束ねる相手を選ぶ自由は、モデルによって変わる
ここが、今回の発表でもっとも実務に効く変化だと考えています。
6月の一般提供時、Fuguの特徴のひとつは「データやプライバシー、コンプライアンスの要件に応じて、特定のエージェントをプールから除外できる」ことでした。本サイトが9月11日に報じたSakana AI・SCSK・住友商事の提携でも、この除外機能は企業導入を左右する要素として位置づけられています。
新しい2モデルでは、この扱いが変わります。製品ページのFAQは、Fugu Ultraは性能を出すために全プールを使うためプールは固定、Fugu Maxもコストと性能の両方を最適化する必要があるためプールは固定、と明記しています。除外を設定できるのは無印のFuguだけです。
これは後退ではなく、製品設計上の分岐と読むのが正確でしょう。特定のモデルを外しても、その制約のもとで組み合わせを最適化すること自体はできます。ただし、選べる駒が変われば、探索の範囲も、学習と評価を行ったときの条件も変わります。同社が示す性能とコストの特性を保てなくなる可能性があり、MaxとUltraのプールを固定しているのはそのためだと読めます。特定のモデル構成が必要な法人には個別対応が案内されており、道が閉じたわけではありません。
とはいえ、金融機関や重要インフラのように、自社データの取扱先を把握し、社内外へ説明できる状態が求められる現場では、無印Fugu・Fugu Max・Fugu Ultraのどれを選ぶかが、単なる性能とコストの選択ではなくなります。どのモデルが選ばれたかというルーティング情報は独自技術として非公開とされているため、なおのことです。導入を検討する立場なら、まずここを確かめることをおすすめします。なお、現時点ではEU・EEA域内には提供されていません。
「Fable 5を入れずに」の意味が、6月と9月で変わっている
発表は、Fugu Ultra v2がFable 5、Fable 5.1、GPT-6 Astraをエージェントプールに含めずにスコアを出したことを、太字で強調しています。
6月時点でも同社は同じ趣旨を書いていましたが、そのときの理由は「Fable 5とMythos Previewは一般提供されていないため、プールに含められない」というものでした。Fable 5は7月1日に世界向けの提供が再開されています。それでも今回、プールには入っていません。「入れられない」から「入れない」へ、記述の意味が変わりました。
もっとも同社は、新しいフロンティアモデルが公開された場合、約2週間かけて学習と評価を行いFuguを更新する方針を示しています。プールは閉じているのではなく、同社の判断で開け閉めされる可変の構成だと理解するのが実態に近いはずです。
Chartographyでの48.3という数字は、Opus 5の27.3、Fable 5の29.5に対して大きく開いています。図表を読み、そこから推論する能力は、決算資料や技術文書を扱う日本のオフィス業務と相性がよい領域です。ただし、同じ構成を単一のモデルで動かした場合との比較は示されていないため、この差の理由を「複数モデルへの分担」だけに帰することはできません。今回の評価では、複数のモデルを束ねたFugu Ultra v2が比較対象を上回った——まずはそう受け止めるのが正確です。
数字を読むときの補助線
ベンチマークの結果は、それが何と比べた数字かで意味が変わります。Fugu Maxの「6つのベンチマークで総合最高」は、図版の説明にあるとおり同価格帯のフロンティアモデルの中での比較です。また6つのうちSWEFishは、Sakana AI自身のコーディング課題を反映した社内ベンチマークであることが発表に明記されています。Fugu Ultra v2の5勝のうち1つも同じSWEFishです。社内ベンチを併記すること自体は各社が行っており、発表側が出典を明示している点はむしろ読み手に親切です。
今回のスコアはいずれもSakana AIが公表した値です。比較したモデルの設定や試行回数が全ベンチマークについて揃って公開されているわけではないため、独立に再現された性能差として扱うのは、もう少し先の話になります。発表からリンクされている技術レポートは6月に投稿されたもので、初代FuguとFugu Ultraを扱っています。今回の2モデルについて現時点で確認できる技術情報は、発表ブログと製品ページに限られます。
同じ週に、届ける経路と届けるコストが揃った
日本の読者にとって見逃せないのは、この発表の前日にあたる9月10日、Sakana AI・SCSK・住友商事の3社が包括業務提携を発表していることです。住友商事の約900社の連結事業会社と10万社の顧客基盤へ、AIを広げるという座組みでした。
届ける経路が決まった翌日に、出力100万トークン6ドルというコスト重視のモデルが加わった。この順序は偶然かもしれませんが、企業がAIを本番業務に載せるとき、性能の前に立ちはだかるのはたいていコストです。1件あたりの処理費が読めなければ、稟議は通りません。
問いが「どのモデルを使うか」から変わる
これまでAI導入の議論は、GPTかClaudeかGeminiか、という選択の形を取ってきました。オーケストレーションという設計は、その問いを「どの組み合わせを、いくらで買うか」へ置き換えます。
Sakana AIの言う「フロンティアを北西へ広げる」「上へ押し上げる」という表現は、比較対象の単一モデル群が形づくっていたコストと性能の境界を、束ね方の工夫で押し広げるという主張です。それが自社の業務でも成り立つのかは、これから実務の現場で確かめられていきます。確かめる材料は、今日からAPIで手に入ります。
【関連記事】
Sakana AI、FuguへのNVIDIA Nemotron統合を発表|「束ねるAI」という日本発の解
今回のFugu Maxで実物になった統合を、予告の段階で解説した記事。本記事の出発点にあたる内容で、あわせて読むと流れがつかめる。
Sakana Fugu発表、複数AIを束ねる新発想―輸出規制時代の「AI主権」とは
6月22日の一般提供を解説した記事。エージェント除外機能の記述があり、今回の2モデルとの対比を考えるうえでの起点になる。
【解説】Sakana AI・SCSK・住友商事提携の狙いと未来
発表の前日にあたる3社提携を読み解いた記事。約900社へ広げるという経路の話が、本記事で扱った価格の話と噛み合っている。
Sakana Fugu βテスト開始|複数の基盤モデルを束ねる日本発オーケストレーションAI
4月のβ版公開を解説した記事。Fuguが自分自身を再帰的に呼び出す仕組みにまで踏み込み、設計思想の背景まで説明している。
【編集部後記】
製品ページの片隅に、EU・EEA域内では提供していないという一行があります。GDPRなどの規制対応を進めている最中だから、という説明です。
特定のベンダーに縛られない設計を掲げた製品が、規制への対応を理由に、特定の地域には届いていない。束ねる相手を自由に入れ替えられることと、どこでも使えることは、別の話なのだと気づかされます。日本から欧州の拠点へ広げようとする企業には、確認しておきたい一行です。
【用語解説】
パレートフロンティア
能力とコストのように、両立させたい2つの指標を軸に取ったとき、どちらか一方を犠牲にしなければもう一方を良くできない、という限界を結んだ線。経済学の概念で、この線の外側にある選択肢は「より良い選択肢が存在する」状態を意味する。
オーケストレーション(AI)
司令塔となるAIが、タスクに応じて複数のAIモデルを選び、処理を振り分けて連携させる仕組み。個々のモデルを入れ替えやすく、特定の提供元への依存を抑えやすい。
エージェントプール
オーケストレーションの司令塔が呼び出せるAIモデルの集まり。ここに含まれるモデルの顔ぶれが、システム全体の能力とコストを左右する。
Chartography
グラフや図表を読み取り、そこから推論する能力を測るベンチマーク。文章だけでなく、視覚的に構造化された情報をどこまで扱えるかを評価する。
SWEFish
Sakana AIが自社のコーディング課題や利用場面をもとに作った社内ベンチマーク。第三者が作成・運用する公開ベンチマークとは性格が異なる。
キャッシュ入力
繰り返し送る同じ文章(システムプロンプトや参照文書など)を、事業者側が保持して再利用する仕組みに乗せた入力トークン。通常の入力より大幅に安く設定されるのが一般的である。
コンテキスト長
モデルが一度に扱える文章の長さ。長くなるほど処理の負荷が上がるため、一定の長さを超えると料金が上がる段階制を採る事業者もある。
OpenAI互換API
OpenAIのAPIと同じ形式でリクエストを受け付ける仕様。既存のコードで接続先だけを差し替えれば動くため、乗り換えの手間が小さい。
ルーティング
入力された課題を、どのモデルにどう振り分けるかという経路選択。オーケストレーション型のサービスでは、この判断そのものが中核技術にあたる。
【参考リンク】
Sakana Fugu(製品ページ)(外部)
Fugu、Ultra、Max、Cyberの4モデルの違いと全価格表、FAQを掲載。プールが固定である理由の説明もここにある。
Sakana Fugu:マルチエージェントシステムを、一つのモデルAPIとして提供(外部)
2026年6月22日の一般提供発表。特定のエージェントを除外できるという記述があり、今回との比較の基準になる。
Sakana AI and NVIDIA: Advancing Open Model Innovation(外部)
2026年7月のNVIDIAとの協業発表。オープンモデル群Nemotronを今後のFuguへ統合するという、今回の実装の予告にあたる。
Sakana Fugu Technical Report(外部)
2026年6月投稿の技術レポート。初代FuguとFugu Ultraを対象に、訓練手法とオーケストレーションの設計原則を扱う。
Sakana AI株式会社(外部)
東京に拠点を置くAI企業。自然界の集合知に学ぶ手法を掲げ、Fuguシリーズやサイバーセキュリティ向けのモデルを提供する。
Claude Platform 料金(外部)
Anthropicの一次資料。Sonnet 5が入力2ドル・出力10ドル、Opus 5が5ドル・25ドルであることを確認できる。
OpenAI API Pricing(外部)
GPT-5.6 Terraの単価。Standard、Batch、Flex、Fast modeでレートが異なり、比較には処理モードの確認が要る
Kimi K3 Pricing(外部)
Moonshot AIによるKimi K3の料金。入力3ドル、出力15ドル、キャッシュ入力0.30ドルで、コンテキスト長による段階制はない。
【参考記事】
The Orchestration Arbitrage: How Sakana’s Fugu Max Rewrites the Pricing War(外部)
価格戦略の観点から今回の発表を論じた記事。オーケストレーション層が、モデルの提供元から価格決定力を奪っていく構図を指摘する。
Fugu Max Pricing: $2/$6 Plus Orchestration Tokens(外部)
Fugu Maxの料金を、単価だけでなく1リクエストが実際に消費するトークンの量まで踏み込んで検討した記事。数値の根拠を丁寧に追う。
Sakana AI Launches Fugu Max and Fugu Ultra v2 for Cheaper, Stronger Multi-Agent Orchestration(外部)
2つのモデルの位置づけを簡潔に整理した記事。自己ホスト向けの重みは公開されないこと、EU・EEAでは提供されないことにも触れる。
Sakana AI ships Fugu Max and Fugu Ultra v2, beating frontier benchmarks without frontier models(外部)
Chartographyの48.3という数字を軸にした解説記事。閉じたモデルをプールに入れずに差をつけた点を、簡潔にまとめている。
Kimi K3 Pricing: API Cost, App Tiers, and What You Actually Pay(外部)
Kimi K3の入力3ドル・出力15ドルという価格設定を、キャッシュ利用時の実効レートや競合との比較まで含めて分析した記事。


















