日本コロムビアのAI演歌は突然ではない|映像から歌声へ

「AI演歌歌手デビュー」という見出しが並びました。ただ、日本コロムビアがAIを使うのは初めてではありません。細川たかしも美空ひばりも、すでにAI映像の題材になっています。変わったのは、AIが担当する範囲のほうです。今回の発表は、映像の外側から歌そのものへと線を引き直しました。


日本コロムビアは2026年9月18日、AI技術を全面的に活用する新レーベル「Neoこぶし」の設立を発表した。レーベルプロデューサーはプロハンバーガー巨匠 Ex.高野政所。所属はAI技術によって誕生したバーチャル歌手・呼魂ひかり、第63回日本レコード大賞新人賞の望月琉叶、望月がプロデュースする5人組ENKA GIRLS REVOLUTIONの3組である。

同社の創立記念日である10月1日に3作品を配信限定で同時リリースし、以降は毎月4曲、1年で約50曲を予定する。親会社の日本コロムビアグループは2025年10月1日の設立以来、AIクリエイター向けレーベルの設立やAIによるミュージックビデオ制作を進めてきた。今回の発表では、楽曲・ビジュアル・歌声・MVまでAIを導入すると明記している。

From: 文献リンクNeoこぶし | CYBER ENKA BREAK DOWN(日本コロムビアオフィシャルサイト)

【参考動画】

2026年6月24日付リリースで公開された、美空ひばり「二人きりで」の公式ミュージックビデオ。1956年録音の未発表曲に、AI技術で制作した映像を重ねた作品である。

Neoこぶし公式YouTubeチャンネル(外部)
3作品のティザー映像が公開されているチャンネル。今後のMV本編もここで公開される見込みである。

【編集部解説】

1年前の10月1日に、すでに始まっていた

日本最古のレコード会社がAI演歌に乗り出す。この一報だけを読むと、老舗が突然AIへ舵を切ったように見えます。実際には、準備は1年以上前から積み上げられてきました。

企業体制上の転換点は2025年10月1日です。この日、株式会社フェイスが会社分割を実施し、日本コロムビアグループ株式会社(NCG)が誕生しました。代表取締役社長は佐藤俊介氏。事業内容には「AIを軸とするコンテンツ配信プラットフォームの開発およびビジネスモデルの構築」と記されています。設立リリースには、AX推進チームの発足、専任のAIエバンジェリストを複数名配置すること、全社員向けのAI利用ポリシー策定と基礎教育、さらにAI生成コンテンツの著作権基準を確立するための業界協議会の発足検討まで並んでいました。

10月1日は日本コロムビアの創立記念日でもあります。1910年のこの日に創業した会社の上に、115年後の同じ日、AIを軸とする親会社が置かれました。そしてNeoこぶしのローンチも10月1日。日付が三重に重なっています。

公開されてきた実績は、映像が中心だった

動き出しそのものは、NCGの設立より早いものでした。日本コロムビアはAIクリエイティブコンテスト「COLOTEK」の募集を2025年6月25日に開始し、9月13日から2日間の第1回を開催しています。NCGはその流れを引き継ぎ、11月にAIクリエイター共創ネットワーク「COLOWORKS」を始動させました。

2026年1月には「NCG ENTERTAINMENT™」を設立します。AIアーティスト、AIシンガー開発者、仮想タレント、キャラクター制作者を対象とした専門レーベルで、日本レコード協会の正会員社としては日本初とされています(2026年1月9日時点、同社調べ)。AIツール使用料の支援、印税・収益分配、カラオケ配信、主要配信サービスへの展開が並びました。従来の音楽ビジネスの枠組みに乗りきれない表現者たちの課題を、契約と分配の側から解こうとした設計です。

制作の実績も積み上がっていきます。細川たかし『カムイ岬』、NakamuraEmi『UBU』、德永英明『飾りじゃないのよ涙は』、JYOCHO『うたまひ』。5月には美空ひばり『川の流れのように』の公式MV、6月には1956年録音の未発表曲「二人きりで」のMVが公開されました。6月にはこれらを基盤とする法人向けのAIクリエイティブ制作事業も始まり、そこでは独自AIスキャン「Stop Fake™」と運営チームの目視によるダブルチェック体制が示されています。7月にはグループ会社のライツスケールが「Rightsscale Pro」を提供開始。9月1日、NCG ENTERTAINMENT™がパートナークリエイター25名を迎えてリニューアルされました。

こうして並べてみると、公開されてきた実績には共通点があります。AIが担ってきたのは、MV、リリックビデオ、ブランディングムービー。いずれも映像の側でした。歌っているのは細川たかしであり、德永英明であり、1956年の美空ひばり本人です。楽曲も人間が書いたものでした。

Neoこぶしで明確になったのは、その範囲が広がったことです。公式発表は、楽曲・ビジュアル・歌声・MVまでAIを本格導入すると明記しています。作詞、作曲、編曲、そして歌声。映像の周辺から歌そのものへと、AIの関与が公式に示される範囲が移りました。

レーベルは10月以降、毎月4曲のペースで配信し、1年で約50曲をリリースする計画です。2027年には望月琉叶と呼魂ひかりによる、リアルと仮想空間が交錯するVR・リアル合同ライブも構想されています。

クレジット欄に現れているもの

公式サイトの品番ページを開くと、3作品のクレジットには差があります。

作品 作詞 作曲 編曲
呼魂ひかり「呼べば、ひかり」 Neoこぶし Neoこぶし Neoこぶし
望月琉叶「ネオンしぐれ」 Neoこぶし Neoこぶし 大野ヒロ
ENKA GIRLS REVOLUTION「ネオンしぐれ」 Neoこぶし Neoこぶし 大野ヒロ

3作品とも作詞・作曲はレーベル名義です。AIが歌う「呼べば、ひかり」は編曲もレーベル名義で、人間が歌う2曲には編曲者として大野ヒロの名前が記されています。

ただし、作詞・作曲・編曲のクレジットは、著作者や著作権者、契約上の権利の帰属を確定する表示ではありません。AI生成部分については、まず人間の創作的寄与に応じて著作物性や著作者を判断することになります。現時点で読み取れるのは、制作の主体を個人名ではなくレーベル名で示した、という事実までです。その一歩手前にある問いは、これから実務の中で形を与えられていくことになります。

AIの関与は、ゼロか100かではない

同じグループが3か月の間隔で出した2つの作品を並べると、その幅が見えてきます。

美空ひばり「二人きりで」2026年6月24日 呼魂ひかり「呼べば、ひかり」2026年10月1日
歌い手 1956年に録音された美空ひばり本人 AI技術によって誕生した歌手
映像 AI制作 AI制作
作詞・作曲 当時の人間 Neoこぶし名義
制作者の表示 青木俊樹氏、neruko氏、Int.Lab氏の3名の名義とプロフィールを公表 レーベル名義

「二人きりで」では、制作を担った3名がそれぞれコメントを寄せています。キャラクターデザインを担当したneruko氏は、往年のファンが持つイメージを尊重しながら、初めて触れる世代にも親しめる造形を意識したと述べました。故人の実声を素材に、AIで映像だけを重ねる。この距離の取り方と、歌い手そのものがAIから生まれた呼魂ひかりとでは、AIが入っている層がまったく違います。

「AI歌手か、人間か」という二分法では、この幅は捉えられません。歌声、伴奏、映像、ビジュアル、作詞作曲。どの層にAIが入っているかは作品ごとに異なり、コロムビアはその両端を自社で同時に持っていることになります。

なお、サンケイスポーツの記事はNHKの「AI美空ひばり」を引き合いに今後のメディア進出への意欲を伝えていますが、美空ひばりの楽曲をAI技術で現代に届ける試みについては、コロムビア自身が2026年にすでに2度実施しています。参照先は社外ではなく、自社の直近の実績にあります。

10月1日に、耳で確かめられること

類似性をめぐる備えとして、グループはStop Fake™という仕組みを持っています。ただしこれは法人向けAIクリエイティブ制作事業の体制として説明されているもので、Neoこぶしの3作品にどう関わるかは、これから示されていく部分にあたります。配信開始後は、各サービスに提供された作詞・作曲などのクレジットを確認できるようになります。もっとも、そこから著作権や原盤権の帰属、契約上の持分まで読み取れるわけではありません。Neoこぶしが使用したAIツールや生成の工程をどこまで開示するかも、現時点では示されていません。

確かなのは、耳のほうです。同じ日に、同じ「ネオンしぐれ」を人間が歌ったバージョンとグループが歌ったバージョン、そしてAIが歌う「呼べば、ひかり」が並びます。聴き比べができる状態を、レーベル側が初日から用意している。

演歌は、すでに試されていた

演歌は、すでにAI映像制作の題材になっていました。細川たかしの芸道50年記念曲も、氷川きよしの映像も、美空ひばりの2作品も、AIの手を通っています。ただし、そこで確認できるAI活用の中心は映像でした。今回、日本コロムビアは歌声までAIを導入すると公式に明記しています。こぶしという、微妙な揺らぎやためらいで評価されてきた技巧が、その範囲に入りました。

レーベルプロデューサーのプロハンバーガー巨匠 Ex.高野政所氏は「AIは人間の代わりではなく、人間だけでは辿り着けなかった場所へ一緒に行くための道具であり、仲間です」と述べ、「何が生まれるか、僕ら自身にもまだ分かりません。だから面白い」と続けています。NCG自身も「権利保護」と「創造性の拡張」の両立を掲げています。

前身企業が1909年に国産初の蓄音器「ニッポノホン」を発売し、翌1910年に株式会社日本蓄音器商会として法人化。1951年に国内初のLPを、1982年にはCDを世界に先がけて世に出してきた会社が、創立116周年の日に選んだのは、長く手がけてきた演歌でした。守るために変えるのか、変えるために守るのか。その答えは、10月1日に配信される3曲を聴いた人それぞれの耳の中で、最初の形を持つことになります。

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【編集部後記】

呼魂ひかりのプロフィールページには、出身地も血液型も経歴もありません。載っているのは職業と、イメージカラーと、誕生日だけです。その誕生日は10月1日。レーベルが正式に始まる日であり、日本コロムビアが創業した日でもあります。

人間の歌手のページには身長も体重も並ぶのに、こちらは日付ひとつが出自のすべてを兼ねている。AI歌手の履歴書に何を書くべきなのか、まだ誰も決めていないのだと思います。あなたなら、ここに何を書きますか。


【用語解説】

会社分割
会社が事業の一部または全部を、新設または既存の別会社に承継させる組織再編の手法。日本コロムビアグループは、株式会社フェイスの会社分割によって新設された。

AX(AIトランスフォーメーション)
AIの導入で業務を効率化するにとどまらず、事業構造そのものをAIを前提に組み替えること。DX(デジタルトランスフォーメーション)の次の段階として使われる語である。

Stop Fake™
日本コロムビアグループが法人向けAIクリエイティブ制作事業で用いる、独自に最適化したAIによるスキャン。生成物と既存著作物との類似性を自動判定し、運営チームの目視レビューと組み合わせてダブルチェック体制を構成する。

著作物性と創作的寄与
著作権法上の保護を受ける「著作物」に当たるかどうかが著作物性である。AIを用いて作られたものについては、その制作過程に人間の創作的な関与がどの程度あったかが判断の前提となる。

原盤権
録音物そのものに発生する権利。楽曲の著作権(作詞・作曲)とは別に、レコード製作者に帰属する。同じ曲でも録音が違えば別の原盤として扱われる。

リリックビデオ
歌詞を画面上に表示しながら見せる映像作品。出演者を必要としないため、近年はMVより短い制作期間で作られることが多い。

配信限定
CDなどの物理パッケージを製造せず、音楽配信サービスのみでリリースする形態。Neoこぶしの第1弾3作品は、いずれもこの形を取る。

【参考リンク】

Neoこぶし公式サイト(外部)
レーベルのコンセプト、所属3組のプロフィール、10月1日リリース3作品の品番とクレジットを掲載。高野政所氏のコメント全文も読める。

日本コロムビア オフィシャルサイト(外部)
1910年創業のレコード会社。会社沿革のページでは、1909年のニッポノホンから1951年のLP、1982年のCDまでの歩みをたどれる。

日本コロムビアグループ株式会社(外部)
2025年10月に会社分割で設立された持株会社。AI関連のニュースリリースは、このサイトにすべて時系列で集約されている。

NCG ENTERTAINMENT™(外部)
AIを活用するクリエイター向けの専門レーベル。支援内容と、2026年9月に集まったパートナークリエイター25名を掲載している。

COLOTEK(コロテック)(外部)
NCGが主催するAIクリエイティブコンテスト。第1回は2025年9月に開催。過去回の受賞作と次回の募集要項が確認できる。

【参考記事】

AI全面活用の“サイバー演歌”専門レーベル「Neoこぶし」日本コロムビアが設立(外部)
毎月4曲・1年で約50曲という配信計画と、9月18日に3作品のティザー映像が公開されたことを、日付とあわせて報じている。

AI演歌歌手誕生へ 日本コロムビア、新レーベル「Neoこぶし」立ち上げサイバー演歌革命仕掛ける(外部)
3作品の曲名と品番、2027年のVR・リアル合同ライブ構想を、具体的な数値とともに整理している。読みやすくまとまった記事。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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