Last Updated on 2025-04-03 14:21 by admin
英国政府は、AI著作権法案に対する反対意見をなだめるため、経済的影響評価を含む譲歩案を提示した。2025年4月2日に報じられたこの動きは、ポール・マッカートニー卿、トム・ストッパード卿、ケイト・ブッシュなどのクリエイティブ専門家や議員からの強い批判に対応するものである。
問題となっているのは、権利所有者がオプトアウトしない限り、AI企業が著作権で保護された作品を許可なくモデルのトレーニングに使用できるようにする提案である。この提案は、2024年12月17日に公開された「著作権と人工知能」に関する政府の協議文書の一部で、2025年2月25日まで意見募集が行われていた。
一方、超党派の貴族院議員ビーバン・キドロンは、科学・イノベーション・技術省が「ほぼ排他的に」米国のテックロビーの利益に焦点を当てていると批判している。また、英国の経済シンクタンクによれば、政府が提案するオプトアウト方式を採用した場合、今後5年間で少なくとも299億ポンド(約5.7兆円)の経済損失が生じる可能性があるという。
政府は夏または2025年10月までに協議への回答を公表する予定である。
from:UK government tries to placate opponents of AI copyright bill
【編集部解説】
英国政府が提案しているAI著作権法案の問題は、クリエイティブ産業とAI開発の利益をどう調和させるかという、世界中で議論されている課題の縮図と言えるでしょう。
この提案は2024年12月17日に公開された「著作権と人工知能」に関する政府の協議文書に端を発しています。政府はこの協議で4つの選択肢を提示しています。
(0)現状維持
(1)著作権強化
(2)広範なデータマイニング例外の導入
(3)権利保持者が権利を留保できるデータマイニング例外の導入と透明性向上策
政府は特に「オプション3」と呼ばれる「権利保持者が権利を留保できるデータマイニング例外の導入と透明性向上策」を支持していることが明らかになっています。
この「オプション3」の最大の問題点は、著作権保護の原則を「オプトイン」から「オプトアウト」へと根本的に変更することにあります。これは著作権者に大きな負担を強いるものです。
特筆すべきは、この提案に対する反対の声が政治的立場を超えて広がっていることです。ポール・マッカートニー卿やトム・ストッパード卿といった著名人だけでなく、ユニバーサルミュージックグループのルシアン・グレインジ卿、ソニーミュージックグループのロブ・ストリンガー、ワーナーミュージックグループのロバート・キンクルといった大手レコード会社のトップも反対を表明しています。
また、英国のほぼすべての全国紙が「Make it Fair(公平にせよ)」キャンペーンに参加し、一斉に反対の声を上げたことも注目に値します。これは政治的な対立を超えた、創作者の権利を守るための稀有な団結と言えるでしょう。
今回の政府の譲歩案である「経済的影響評価」は、この提案がクリエイティブ産業に与える影響を定量的に測定するものです。クリエイティブ産業は年間1260億ポンド(約24兆円)を英国経済に貢献しているとされており、この評価は重要な判断材料となるでしょう。
AI開発と著作権保護のバランスをどう取るかは、日本を含む世界各国が直面している課題です。英国の事例は、技術革新を促進しつつ創作者の権利を守るという難しい舵取りの一例として、私たちにも重要な示唆を与えてくれます。
最終的には、AIの発展と人間の創造性の両方を尊重する枠組みが必要であり、それには透明性、公正な報酬、そして明確な法的枠組みが不可欠です。英国政府の最終決定は2025年夏から10月に予定されていますが、その内容は世界各国のAI政策にも影響を与える可能性があります。
【用語解説】
オプトアウト方式:
著作権保護において、権利者が明示的に拒否しない限り、著作物の使用を許可する仕組み。これは従来の「許可を得てから使用する」というオプトイン方式の逆で、「拒否しなければ使用できる」という考え方である。
TDM(Text and Data Mining):
テキストやデータを大量に分析して、パターンや傾向、関連性などを発見するプロセス。AI開発においては、モデルの学習データとして様々な著作物を使用することを指す。
robots.txt:
ウェブサイトの運営者がウェブクローラー(検索エンジンなどのボット)に対して、サイトのどの部分にアクセスしてよいかを指示するためのファイル。AI企業のクローラーをブロックするためにも使用されている。
Generative AI Copyright Disclosure Act:
米国で提案されている法案で、AI企業に対して、AIモデルのトレーニングに使用した著作権で保護された素材の開示を義務付けるもの。違反した場合は罰金が科せられる。
AI Copyright Transparency Act:
カリフォルニア州で提案されている法案で、AI開発者に対して、著作権所有者にAIモデルのトレーニングに使用された著作物のリストを開示することを義務付けるもの。
【参考リンク】
Paul McCartney Official Website(外部)
ポール・マッカートニーの公式ウェブサイト。彼の音楽活動や最新情報が掲載されている。
Kate Bush Official Website(外部)
ケイト・ブッシュの公式ウェブサイト。彼女の音楽や活動に関する情報が掲載されている。
U.S. Copyright Office(外部)
米国著作権局の公式サイト。AIと著作権に関する経済的影響についての報告書を発表している。
Computer & Communications Industry Association(外部)
テクノロジー業界の貿易団体で、AIと著作権に関する情報提供を行っている。