Last Updated on 2025-04-03 15:32 by admin
Neuralinkの視覚回復インプラント「ブラインドサイト」が2025年末までに初の人体移植を予定している。イーロン・マスク氏は2025年3月31日、ウィスコンシン州のタウンホールで発表を行った。
ブラインドサイトは、視覚皮質にマイクロ電極アレイを埋め込み、ニューロンを活性化させて視覚イメージを生成する技術だ。両眼や視神経を失った人、先天的な視覚障害者でも、視覚皮質が健全であれば視力回復の可能性がある。
マスク氏によると、この技術は数年間にわたり霊長類での実験で良好な結果を示している。初期段階では「アタリのグラフィックスのような」低解像度の視覚を提供するが、将来的には赤外線や紫外線も感知できる「超人的な視力」の実現を目指している。
ブラインドサイトは2024年9月にFDAから「画期的医療機器」指定を受けた。この指定により、開発や審査プロセスの加速が期待される。
Neuralinkは2016年設立の企業で、2024年1月には最初の脳インプラント手術を実施。現在までに3人の麻痺患者に「テレパシー」機能を持つインプラントを移植している。
from Elon Musk announces Neuralink’s first human implant of Blindsight coming this year
【編集部解説】
Neuralinkのブラインドサイト技術は、私たちが「視覚」と呼んできた体験の本質を根本から問い直す革命的な取り組みです。目から脳へと至る従来の視覚経路を完全にバイパスし、視覚皮質に直接情報を送り込むという発想は、単なる医療技術の枠を超え、人間の知覚の再定義へと私たちを導きます。
この技術が示唆するのは、私たちの感覚器官は単なる「入力装置」に過ぎず、真の「体験」は脳内で構築されるという事実です。ブラインドサイトは、この神経科学的真実を臨床応用へと昇華させた画期的な例と言えるでしょう。
もちろん、イーロン・マスク氏の「超人的視力」という表現には、技術者特有の楽観的未来予測が含まれています。現実的には、初期段階での「アタリグラフィックス」レベルの視覚から、自然視力に匹敵する解像度への道のりは長く、技術的ハードルも少なくありません。しかし、この挑戦的なビジョンこそが技術革新を加速させる原動力となるのです。
特に注目したいのは、この技術が示唆する「知覚の拡張可能性」です。赤外線や紫外線を「見る」という体験は、これまで人類が経験したことのない新たな感覚世界への扉を開くことになります。夜間の暗闇で熱源を視認できる消防士、紫外線パターンを識別できる農業専門家など、専門職における応用可能性は計り知れません。
一方で、この技術がもたらす倫理的課題も見過ごせません。脳に直接接続するデバイスは、私たちの思考や感覚という最もプライベートな領域にアクセスします。データセキュリティやプライバシー保護の枠組み、さらには「拡張された人間」と「自然な人間」の間に生じうる社会的格差など、技術の進展と並行して議論を深めるべき課題は山積しています。
日本の読者の皆さんにとって、この技術は遠い未来の話ではありません。すでに国内でも慶應義塾大学や大阪大学を中心に先進的なBCI研究が進められており、日本独自の繊細な技術力と倫理観が融合した独自のアプローチが期待されています。
ブラインドサイトが目指す未来は、単に視覚障害を克服するだけではなく、人間の知覚体験そのものを再設計する可能性を秘めています。私たちはいま、人類の感覚の歴史における大きな転換点を目撃しているのかもしれません。この技術の進化を、批判的思考と希望を持って見守っていきましょう。
【用語解説】
ブレインコンピューターインターフェース(BCI):人間の脳とコンピューターを直接接続する技術。脳の信号を読み取り、外部機器を制御したり、逆に情報を脳に送り込んだりする。
視覚皮質:脳の後頭部にある視覚情報を処理する領域。目から入った情報はここで「見える」という体験に変換される。
FDA突破医療機器指定:米国食品医薬品局が革新的な医療機器に与える特別指定。審査プロセスを迅速化し、早期の市場投入を支援する制度。
侵襲型/非侵襲型:侵襲型は体内に機器を埋め込む方式で、非侵襲型は体外から脳波などを計測する方式。
【参考リンク】
Neuralink公式サイト(外部)脳コンピューターインターフェース技術を開発するイーロン・マスク率いる企業の公式サイト。
MobiHealthNews(外部)医療技術とデジタルヘルスに特化したニュースサイト。