Last Updated on 2025-05-13 06:43 by admin
米国の映像分析企業Veritoneが開発した「Track」と呼ばれる新型AIツールが、顔認識技術の使用制限を回避する手段として警察や連邦機関に広く導入されている。
このツールは「人間のような物体(HLOs)」を識別するアプローチを採用し、体格、性別、髪の色やスタイル、服装、アクセサリーなどの特徴を使って人物を追跡する。顔認識技術とは異なり生体認証データを使用しないため、顔認識技術の使用を制限する法律の対象外となっている。
Trackは現在、米国全土の州・地方警察署や大学を含む400の顧客に利用されており、2024年8月からは米国司法省の検事が刑事捜査に使用を開始した。また、タイや英国でも導入が進んでいる。Veritoneの広範なAIツールスイートは国土安全保障省や国防総省でも使用されている。
Veritone社のCEOライアン・スティールバーグによれば、Trackの開発ビジョンは「人々の顔を追跡することが許可されていない場合、犯罪者や悪意のある行動を特定する手助けをするにはどうすればよいか」という点にあった。同社はこのツールを「ジェイソン・ボーン・アプリ」と呼んでおり、2024年10月には車両追跡機能も追加された。現在は録画されたビデオでのみ動作するが、2026年までにはライブビデオフィードでも実行可能になる見込みである。
米国自由人権協会(ACLU)はMITテクノロジーレビューを通じてこのツールを知り、米国で大規模に使用されている非生体認証追跡システムの初めての事例だとして批判している。ACLUの上級政策アナリストであるジェイ・スタンレーは、これを「潜在的に権威主義的な技術」と表現し、特に2025年現在のトランプ政権下で連邦機関による抗議者、移民、学生の監視強化が進む中、乱用の可能性を懸念している。
Trackの拡大は、モンタナ州、メイン州、カリフォルニア州のサンフランシスコとオークランドなど、顔認識技術の使用を制限する法律が広がる中で起きている。ACLUの弁護士ネイサン・ウェスラーは、Trackが提供する追跡能力は「人類の歴史上これまで不可能だったプライバシー侵害と乱用の可能性の新たな規模と性質を生み出す」と警告している。
Veritone社の公共部門ビジネスのゼネラルマネージャー、ジョン・ガセックは、Trackはビデオの重要な部分を特定する「選別ツール」であり、一般的な監視ツールではないと主張している。現在、公共部門はVeritoneのビジネスの6%を占めるに過ぎないが、カリフォルニア、ワシントン、コロラド、ニュージャージー、イリノイなどの州で顧客を持つ最も急成長している市場だという。
References:
How a new type of AI is helping police skirt facial recognition bans/a>
【編集部解説】
Veritone社の「Track」と呼ばれるAIツールは、顔認識技術の使用制限を回避するための新たな監視技術として注目を集めています。この技術の本質を理解するには、まず現在の監視技術の規制状況を把握する必要があるでしょう。
米国では近年、サンフランシスコやボストンをはじめとする多くの都市で、プライバシー保護の観点から警察による顔認識技術の使用を制限する法律が制定されてきました。これらの規制は主に「生体認証データ」の使用に焦点を当てています。
Trackの革新的な点は、「人間のような物体(HLOs)」を識別するアプローチを採用し、顔の特徴という生体認証データを使わずに、体格、性別、髪型、服装などの「非生体認証」特徴を用いて個人を識別・追跡できることにあります。これにより、顔認識技術の使用を禁止する法律の「文言」には抵触せずに、実質的に同様の監視能力を維持することが可能になっています。
検索結果によれば、Veritone社はTrackを2022年末に「Veritone Tracker」として初めて導入し、2024年10月には車両追跡機能を追加するアップデートを行っています。また、この技術はすでに米国だけでなく、タイや英国でも展開されており、国際的な広がりを見せています。
Trackの利用が拡大している背景には、映像証拠の爆発的な増加があります。ボディカメラ、監視カメラ、ドローン映像、市民からのアップロード動画など、捜査機関が扱う映像データは膨大な量に達しており、人力での分析が困難になっています。Trackはこの課題に対応するための「選別ツール」として位置づけられています。
この技術のポジティブな側面としては、犯罪捜査の効率化や行方不明者の発見、人身売買の防止などへの貢献が挙げられます。また、顔がはっきり映っていない映像からも人物を特定できるため、これまで使用できなかった証拠映像の活用が可能になります。Veritone社は「AI for Good」原則を掲げており、技術の倫理的な使用を促進しているとしています。
一方で、ACLUなどの市民団体が指摘する通り、この技術には深刻なプライバシーリスクも存在します。特に懸念されるのは、技術の乱用や、政治的抗議活動の参加者など特定グループへの監視に使用される可能性です。
法的観点からも興味深い問題が浮上しています。検索結果によれば、同様の監視技術を提供するFlock Safety社は、その自動ナンバープレート読取システムが米国憲法修正第4条(不合理な捜索・押収からの保護)に違反するとして訴訟を起こされています。Trackも同様の法的課題に直面する可能性があるでしょう。
技術と規制のこの「いたちごっこ」は、AIの進化が法律の整備速度を上回っている現状を如実に示しています。顔認識技術の規制が「顔」という特定の生体認証に焦点を当てている限り、Trackのような代替技術が登場する余地は常に存在します。
今後は、特定の技術や手法を規制するのではなく、監視活動そのものの目的や影響に基づいた包括的な規制フレームワークが必要になるかもしれません。また、こうした技術の透明性と説明責任を確保するメカニズムも重要になってくるでしょう。
私たちinnovaTopiaの読者の皆さんは、テクノロジーの最前線に立つ方々です。この事例は、技術の進化が社会的・法的枠組みをどのように変容させるか、そして私たちがそれにどう対応すべきかを考える重要な機会を提供しています。テクノロジーの可能性を最大限に活かしながら、市民的自由やプライバシーを守るバランスをどう取るべきか、共に考えていきましょう。
【用語解説】
Veritone(ベリトーン):
2014年に設立された米国カリフォルニア州アーバインに本社を置くAI技術企業。企業向けAIソリューションを開発・提供している。「AI for Good」原則を掲げ、技術の倫理的な使用を促進している。
Track(トラック):
Veritone社が開発した非生体認証型の人物追跡AIツール。「人間のような物体(HLOs)」を識別するアプローチを採用し、顔認識ではなく、体格、性別、髪型、服装などの特徴から人物を識別する。2022年末に導入され、2024年10月には車両追跡機能も追加された。
人間のような物体(HLOs):
Human-Like Objectsの略。AIが人間を認識する際に、顔の特徴ではなく、体型や服装などの全体的な特徴を捉える方法。
生体認証データ:
顔、指紋、虹彩、声紋など、個人固有の身体的特徴に基づく認証データ。一般的に変化しにくい特徴を指す。
非生体認証追跡:
顔などの生体情報ではなく、服装や髪型といった変更可能な特徴を用いた追跡技術。
ACLU(アメリカ自由人権協会):
米国の市民的自由を守るための非営利団体。プライバシー権や表現の自由などの擁護活動を行っている。
iDEMS(インテリジェント・デジタル証拠管理システム):
Veritone社が開発した、デジタル証拠の管理・分析を効率化するAIシステム。Trackはこのシステムの一部として機能している。
【参考リンク】
Veritone公式サイト(外部)
AIを活用した企業向けソリューションを提供する企業の公式サイト。製品情報やニュースリリースを掲載している。
Veritone Track製品ページ(外部)
Veritone Trackの機能強化に関するプレスリリース。車両追跡機能の追加などが紹介されている。
Veritone公共部門向けソリューション(外部)
法執行機関や公共部門向けのAIソリューションを紹介するページ。証拠管理や分析ツールの概要を説明している。
【参考動画】
【編集部後記】
Veritone社は2024年度第4四半期の決算を発表し、公共部門は同社の事業の約6%を占めるに過ぎないが、最も急成長している市場だと報告している。同社のAIプラットフォーム「aiWARE」は300以上の認知AIモデルと生成AIモデルを組み合わせて活用している。
Trackはすでに米国だけでなく、タイや英国でも導入が進んでおり、国際的な広がりを見せている。現在は録画された映像のみに対応しているが、1年以内にはライブ映像での追跡も可能になる見込みである。
テクノロジーの進化は私たちの生活を便利にする一方で、新たな課題も生み出します。Trackのような監視技術は、皆さんの日常にどのような影響を与えるでしょうか?セキュリティとプライバシーのバランスについて、あなたはどうお考えですか?日本でも顔認識技術の利用が広がる中、「監視されない権利」と「安全を確保する技術」の両立は可能でしょうか?また、技術の進化に法律や規制はどう追いつくべきでしょうか?ぜひSNSでご意見をお聞かせください。皆さんとともに考えていきたいと思います。