「うちは10大脅威、毎年眺めるだけで終わっている」――そんな声をよく耳にします。けれど2026年版は、少し違う使い方ができるかもしれません。2026年5月21日、IPAは個人編ハンドブックに加え、組織が自社の対策状況をチェックできるExcel形式の「対策マッピングシート」を公開しました。読むだけの資料から、自社や家族で使える資料へ。本記事では、ランキング上位の顔ぶれと初選出されたAIリスク、そして「いま使い始めるべき理由」を整理します。
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)は2026年5月21日、「情報セキュリティ10大脅威 2026 [個人編]」のハンドブックおよび「対策マッピングシート」を公開した。同シリーズは2026年1月29日に、組織編の順位および個人編の10項目が決定・公表されており、3月12日に組織編解説書、3月31日に組織編プレゼンスライドが順次公開されてきた。
今回の個人編ハンドブック公開により、組織と個人の両方が実務的に活用できる教材が出揃った形となる。組織編の第1位は「ランサム攻撃による被害」で11年連続11回目、第2位は「サプライチェーンや委託先を狙った攻撃」で8年連続8回目、第3位には「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が初選出された。個人編は順位を付さず10項目を五十音順で掲載しており、「インターネットバンキングの不正利用」が4年ぶり8回目の選出となった。
対策マッピングシートはExcel形式で無償配布されている。
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情報セキュリティ10大脅威 2026
【編集部解説】
2026年1月のランキング発表から約4か月、IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」がようやく実務で使える形に整いました。5月21日に公開された「個人編ハンドブック」と「対策マッピングシート」によって、組織編と個人編の両輪が揃ったのが今このタイミングです。本記事の起点はここにあります。
2026年版では、「ランキング発表 → 組織編解説書 → プレゼンスライド → 個人編ハンドブック・対策マッピングシート」という順に段階的に整備されました。1月の発表は見出しに過ぎず、現場で使える教材として完成するのは春の更新を待たなければなりません。5月21日公開分は、いわば年次レポートの「実装版」と言える存在です。
とくに注目に値するのは「対策マッピングシート(Excel形式)」の存在です。これは、10大脅威の各項目に対して具体的な対策をマッピングし、自組織が既に実施している対策と未実施の対策をチェックできる実務ツールです。「読む資料」から「使う資料」への転換を象徴しており、中小企業や情報システム部門にとっては、ガバナンス整備の初動コストを大きく下げる存在になり得ます。Excelで配布されているという地味な事実こそが、現場でカスタマイズして使い回せるという意味で大きな価値を持ちます。
個人編ハンドブックの公開も、文脈を踏まえれば軽視できません。2026年版で個人編に再登場した「インターネットバンキングの不正利用」は、4年ぶり8回目の選出です。フィッシングサイトの大量生成や、本物そっくりの誘導メッセージを生成AIが量産できるようになった環境変化も、周辺要因として注意されています。個人が「自分ごと」として脅威を理解するための教材が、いまこの瞬間に揃った意義は小さくありません。
視野を広げると、2026年版で組織編の3位に初選出された「AIの利用をめぐるサイバーリスク」は、組織と個人の境界を曖昧にする脅威でもあります。業務で生成AIを使う個人、AIで生成されたフィッシングを受け取る個人、ディープフェイクの被害者となる個人——いずれも「組織のIT管理対象」だけでは守りきれません。組織編と個人編が同じシリーズで提供される意義は、まさにこの「組織と個人の境界が曖昧になる時代」への応答として読むことができます。
規制・ガバナンスの観点でも、この5月公開のタイミングは符合しています。日本では2025年5月成立の「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(通称:AI推進法)が2025年9月に全面施行され、2026年以降にはサイバー対処能力強化法・同整備法の段階的施行も進む予定です。組織が「AIを使う前提でどう守るか」を経営課題として整理する局面で、IPAが組織編と個人編をワンセットで提示したことは、政策動向との歩調合わせとも読み取れます。
長期的に見れば、攻撃側がAIで自動化・大量化していく流れは止まりません。今回公開された対策マッピングシートのような実務ツールが毎年更新されていくこと、そしてそれを「読んで終わり」ではなく「自組織のチェックリストに落とし込む」運用こそが、組織と個人の双方にとっての防衛線になります。1月の発表時に話題になり忘れられがちな10大脅威ですが、本当に使い始めるべきタイミングは、教材が出揃ったいまこの瞬間です。
【用語解説】
対策マッピングシート
IPAが配布するExcel形式の実務ツール。10大脅威の各項目に対する対策を一覧化し、自組織での実施状況をチェックできる構造になっている。2026年版は5月21日に公開された。
ランサム攻撃(ランサムウェア攻撃)
データを暗号化したり窃取したりした上で、復旧や非公開を条件に金銭を要求する攻撃。近年は暗号化と情報公開を組み合わせた二重脅迫も多く見られる。
サプライチェーン攻撃
標的企業を直接狙わず、取引先や委託先、利用するソフトウェア部品など、関連する第三者を経由して侵入する手口。守りが薄い箇所を踏み台にする点に特徴がある。
標的型攻撃
特定の組織や個人を狙い、業務関連を装ったメール等で侵入する手口。機密情報の窃取を目的とすることが多い。
DDoS攻撃(分散型サービス妨害攻撃)
多数の機器から大量の通信を集中させ、対象のサーバーやサービスを停止に追い込む攻撃。
ビジネスメール詐欺(BEC)
経営層や取引先になりすまし、不正な送金や情報提供を促す詐欺。生成AIによる文面の自然化で巧妙化が進んでいる。
プロンプトインジェクション
生成AIに与える指示文(プロンプト)に細工を施し、本来の制約を回避させたり意図しない出力を引き出したりする攻撃。
学習データ汚染(データポイズニング)
AIの学習データに悪意ある情報を混入させ、モデルの判断を意図的に歪める攻撃手法。
ハルシネーション
生成AIがもっともらしいが事実と異なる情報を生成する現象。業務利用時の誤判断リスクとして指摘される。
ディープフェイク
AIによって合成された、本人と見分けがつかない映像・音声。なりすまし詐欺や偽情報拡散の手段として悪用されている。
10大脅威選考会
情報セキュリティ分野の研究者や企業実務担当者など約250名で構成される、IPAの選考組織。10大脅威の審議・投票を行う。
【参考リンク】
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)公式サイト(外部)
日本のIT・情報セキュリティ政策を担う経済産業省所管の独立行政法人。脅威情報の公表や人材育成、国際連携を行っている。
情報セキュリティ10大脅威 2026(IPA)(外部)
本記事の一次情報。組織編・個人編それぞれの解説書、プレゼンスライド、対策マッピングシートが無償公開されている。
情報セキュリティ10大脅威 2026 解説書[組織編](IPA, PDF)(外部)
組織向け脅威10項目の詳細な解説書(64ページ)。各脅威の手口・事例・対策が網羅されている。
OWASP Top 10 for LLM Applications(外部)
非営利団体OWASPによる、大規模言語モデル(LLM)アプリケーション特有のリスクをまとめた国際的なガイドライン。
AI法 全面施行 ― 次なるフェーズへ ―(内閣府)(外部)
「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」が2025年9月1日に全面施行された旨を伝える内閣府の公式発信。
AI Act(欧州委員会公式ページ)(外部)
欧州委員会によるEU AI Actの公式情報ページ。世界初の包括的AI規制法に関する制度設計と実施スケジュールを掲載している。
【参考記事】
IPA、「情報セキュリティ10大脅威2026」を発表 〜 AI利用によるサイバーリスク初選出(INTERNET Watch)(外部)
1位と2位が2023年以降4年連続で順位変動がないこと、約250名の選考会で決定された経緯を整理している。
IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」:AIのサイバーリスクを3つに分けて理解する(トレンドマイクロ)(外部)
初選出の「AIの利用をめぐるサイバーリスク」を、AIの悪用・AIへの攻撃・運用法的リスクの3つに分けて整理した解説記事。
AI利用めぐるサイバーリスク初選出、IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」(ScanNetSecurity)(外部)
IPAが2006年から10大脅威を公表していること、組織向け・個人向けランキングの全容を網羅した解説記事。
IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」解説|専門家が語るTOP10への対策(NRIセキュア)(外部)
生成AI(LLM)の脆弱性やAI悪用攻撃の高度化、OWASP Top 10 for LLMに基づく実務対策方針を提示した解説記事。
【2026年最新】IPA発表「情報セキュリティ10大脅威 2026」 情報システムが押さえるべき対策(JBCC)(外部)
情報システム部門の観点から、生成AI利用で起こりやすいリスクと止めずに安全に使うための考え方を解説している。
日本版AI法の概要と企業への影響(BUSINESS LAWYERS)(外部)
「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」の成立・公布日や、欧州AI Actとの違いを整理した解説記事。
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【編集部後記】
ランキングが発表される1月は注目を集めますが、本当に「自分の手元で使える」状態になるのは、教材が出揃うこの5月以降かもしれません。皆さんの職場では、こうした年次レポートをどう活用されているでしょうか。読んで終わりにせず、対策マッピングシートのようなツールを実際にダウンロードしてチームで眺めてみる、それだけでも組織のセキュリティ意識は少しずつ変わっていくはずです。
個人編ハンドブックも、ご家族や周囲の方と共有しやすい構成になっています。便利さとリスクが背中合わせの時代だからこそ、こうした「使える教材」が静かに公開されたタイミングを、見過ごさずにいたいものです。












