あなたが働くオフィスビルの天井裏や地下深くで、人の代わりに小さなドローンが飛び回る日が近づいています。2026年6月、三井不動産とKDDIスマートドローンが、わずか243グラムの狭小空間専用ドローン「IBIS2」を使い、ビルの設備点検を実証しました。これまで作業員が危険を冒して立ち入っていた狭い場所・暗い場所・高い場所を、ドローンが映像で映し出す——建物のメンテナンスはどう変わるのでしょうか。
三井不動産株式会社とKDDIスマートドローン株式会社は、2026年6月2日、三井不動産が管理するオフィスビル「飯田橋グラン・ブルーム」(東京都千代田区富士見2丁目)において、狭小空間専用ドローン「IBIS2」(Liberaware社製)を活用した設備点検の実証を行ったと発表した。
地下水槽、空調ダクト内、天井内、高圧電気室などの狭所・暗所・高所で飛行・撮影を実施し、点検困難箇所での設備状態の可視化、危険作業の代替・補完による作業員の安全性向上、付帯作業の削減による点検業務の効率化を確認した。両社は2025年に高層ビル屋上で自動充電ポート付きドローンによる災害時情報収集の実証を行っている。今後は対象設備や施設を拡大し、施設管理業務の安全性向上と効率化を目指す。
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狭小空間専用ドローンを活用したオフィスビルの設備点検を実証
※アイキャッチは三井不動産株式会社公式プレスリリースより引用
【編集部解説】
まず押さえておきたいのは、今回の実証で使われた「IBIS2」が、私たちが空を見上げて思い浮かべる一般的なドローンとは設計思想からして異なる、という点です。多くの屋外向けドローンはGPS/GNSSの利用と開けた空を前提に作られていますが、IBIS2はその真逆――GPSの届かない「狭くて、暗くて、危険な」屋内空間に入り込むことを目的に、千葉のスタートアップ Liberaware が開発した機体です。
その特異さは数字に表れています。機体サイズは業界最小クラスの約20cm、重量はわずか243g。直径50cmの配管内や30cmの点検口にも進入でき、万一墜落しても施設を傷つけにくいよう柔らかいポリカーボネート素材を採用しています。「ビルの中を飛ぶドローン」という発想自体が、ハードウェアの極端な小型化があって初めて成立しているわけです。
今回の発表を「なぜ今」と捉えるなら、背景にあるのは日本の建物とインフラが一斉に老朽化しつつあるという構造的課題です。高度経済成長期に整備された施設が次々と更新時期を迎える一方、点検という仕事は高所・閉所・暗所での危険作業が多く、担い手が慢性的に不足しています。点検すべき対象は増え続け、点検できる人は減っていく――この広がる一方のギャップを、人ではなく機体に一部肩代わりさせようというのが今回の試みの本質です。
注目したいのは、三井不動産とKDDIスマートドローンの組み合わせです。両社は2025年に高層ビル屋上で自動充電ポート付きドローンによる災害時の情報収集実証を行っており、今回はその延長線上で「平時のメンテナンス」へと用途を広げました。屋外・上空(KDDIが得意とする4G LTE制御の長距離飛行)と、屋内・狭小空間(Liberaware/IBIS2の領域)を一つのビル管理の文脈で束ねようとしている点に、戦略的な意図が読み取れます。
この技術が実装されると何が変わるのか。最も大きいのは「人が入らなくて済む」という変化です。地下水槽の点検では、これまで水量を減らし、安全処置を施し、作業員がマンホールから槽内に降りる、という大掛かりな準備が必要でした。ドローンが映像で代替できれば、転落リスクや閉所作業の身体的負担が減るだけでなく、足場の設置や水量調整といった「点検そのもの以外の付帯作業」の削減も期待できます。点検の主役が人の目から映像データへ移ることで、作業の安全性・効率・記録性が同時に底上げされる構図です。
一方で、潜在的な論点も冷静に見ておきたいところです。今回はあくまで「実証」段階であり、リリースでも「可能性を確認した」という慎重な表現にとどまっています。映像による確認が、熟練技術者の触診や打音検査をどこまで置き換えられるのかは未知数で、当面は人の点検を「代替」するより「補完」する位置づけが現実的でしょう。また、撮影データの蓄積・解析が進めば、ビル内部の構造情報というセンシティブなデータの管理という新たな課題も生まれます。
規制面では追い風が吹いています。国土交通省は近年、点検支援技術性能カタログの整備などを通じてドローンなど新技術の活用を制度面で後押ししており、屋内点検は航空法の飛行規制の対象外であることもIBIS2普及の後押しとなってきました(ただし施設管理者の許可や電波・個人情報の管理など、航空法以外の配慮は別途必要です)。「人の近接目視が原則」とされてきた点検を、性能を満たした新技術で代替・補完しやすくする制度の流れは、今回のような取り組みの実装スピードを左右する重要な変数です。
長期的に見れば、これは単なる省人化ツールの話ではありません。三井不動産が掲げる「都市インフラの維持管理DXと災害レジリエンスの向上」という言葉どおり、平時の点検データが蓄積されていけば、有事の被害状況把握にもそのまま生きてきます。ビルという巨大な構造物が、定期的にスキャンされ、デジタルツインとして更新され続ける――そんな未来の都市メンテナンスの入り口に、今回の小さな機体は立っていると言えそうです。
【用語解説】
IBIS2(アイビスツー)
Liberaware が開発した、屋内の狭小空間点検に特化した世界最小級のドローン。機体サイズは約20cm四方、重量は243g。直径50cmの配管内や30cmの点検口にも進入でき、ライトと防塵構造により暗所・粉塵環境でも鮮明な撮影ができる。電波の届かない場所でも飛行できる独自アンテナを備える。なお派生機として、操作性を高めた「IBIS2 Assist」も存在する。
狭小空間(きょうしょうくうかん)
人が立ち入りにくい、狭く入り組んだ空間を指す。本記事では空調ダクトの内部、地下水槽、天井裏などが該当する。従来こうした場所の点検には足場の設置や水量調整といった大掛かりな準備が必要だった。
設備点検
建物が安全に機能し続けるよう、電気・空調・給排水などの設備の状態を定期的に確認する業務。本記事では、これまで作業員が高所・狭所・暗所へ立ち入って行ってきた点検を指す。
デジタルツイン
現実の建物や設備の状態を、ドローンなどで取得したデータをもとに仮想空間上に再現する技術。点検データを蓄積すれば、過去との比較や有事の被害把握に活用できる。Liberaware が手がける事業領域の一つでもある。
都市インフラの維持管理DX
道路や建物といった都市の基盤施設の点検・保守を、デジタル技術を使って効率化・高度化する取り組み。人手不足やインフラ老朽化への対応策として注目されている。
飯田橋グラン・ブルーム
本実証が行われた、東京都千代田区富士見にある複合施設。2014年6月竣工、地上30階・地下2階のオフィス・商業棟で、三井不動産が参画した再開発事業によって整備された。
【参考リンク】
三井不動産株式会社(公式サイト)(外部)
日本橋を拠点とした街づくりや、ライフサイエンス・宇宙・半導体などの戦略領域での取り組みを紹介。
KDDIスマートドローン株式会社(公式サイト)(外部)
上空電波でドローンの遠隔・長距離飛行を実現し、点検・監視・測量・物流などの分野で事業を展開。
株式会社Liberaware(公式サイト)(外部)
IBIS2を開発した千葉のドローン企業。屋内空間の点検・計測とデータ解析による維持管理を手がける。
IBIS2 製品ページ(Liberaware)(外部)
本実証で使われた狭小空間専用ドローンIBIS2の製品ページ。機体仕様や搭載機能、活用シーンを紹介。
リベラウェア、ホバリングアシスト機能を備えた新型ドローン「IBIS2 Assist」3/26リリース(ドローンジャーナル)(外部)
IBIS2に高度維持・離陸補助を加えた派生機「IBIS2 Assist」を2025年3月26日にリリースと報道。
飯田橋グラン・ブルーム(公式サイト)(外部)
本実証が行われた複合施設の商業ゾーンの公式サイト。施設概要や店舗情報が掲載されている。
飯田橋グラン・ブルーム 物件情報(三井不動産オフィス検索)(外部)
竣工2014年6月、地上30階・地下2階など、本実証の舞台となったオフィスビルの基本情報を掲載。
【参考動画】
【参考記事】
インフラ点検でドローン活用 国が要領に明記(日本経済新聞)(外部)
点検要領の改定でドローンなど新技術の代替を明記。道路橋の老朽化が今後加速する見通しを背景に解説。
国土交通省もすすめる「ドローンでの点検」その種類と費用、メリットとは?(FLIGHTS Lab.)(外部)
道路橋などインフラ老朽化の進行と、2019年の要領改定による点検へのドローンなど新技術活用の流れを整理。
ドローン点検の強みと活用事例【総解説】(ソフトバンク ビジネスブログ)(外部)
橋梁点検車約198万円・ロープアクセス約85万円に対しドローン約50万円というコスト事例を紹介。
LiberawareとKDDIスマートドローン、ドローンの社会実装に向け包括的な業務提携(DRONE.jp)(外部)
2025年初頭の覚書締結を報道。IBISのソリューション構築や代理店販売、スクール運営を進める方針。
Liberaware、屋内狭小空間点検に特化した新型ドローン「IBIS2」リリース(ドローンジャーナル)(外部)
IBIS2の仕様を解説。20cm・243g・最大飛行11分、直径50cm配管や30cm点検口への進入が可能。
三井不動産×KDDIスマートドローン、高層ビル屋上でのAIドローン遠隔飛行実証実験を実施(三井不動産)(外部)
今回の前段にあたる2025年の実証。日本橋三井タワー屋上でAIドローンの遠隔飛行を検証した公式発表。
【編集部後記】
取材を進めるなかで印象に残ったのは、ドローンの話でありながら、その主役が実は「映像データ」へと移りつつあるという点でした。243gの機体が飛ぶこと自体よりも、人が入れなかった場所の状態が記録として残り、比較できるようになることのほうが、長い目で見れば大きな変化かもしれません。
みなさんが日々過ごすビルや街の「見えない部分」に、こうした技術がどこまで入り込んでいくのか。私たちも一読者として、その行方を一緒に追いかけていけたらと思います。












