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ZEUS、米国最強の2ペタワットレーザーを実現 ─世界の電力生産量の100倍のパワーを25フェムト秒で放出

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-05-22 17:47 by admin

ミシガン大学のZEUSレーザー施設が、米国で最も強力なレーザーとなる2ペタワット(2兆ワット)の出力を達成した。この成果は2025年5月19日(現地時間、日本時間5月20日)に発表された。ZEUSは「Zettawatt-Equivalent Ultrashort laser pulse System(ゼタワット相当超短パルスレーザーシステム)」の略称で、この出力は世界の電力生産量の100倍以上に相当するが、パルスの持続時間はわずか25クインティリオン分の1秒(25フェムト秒)という極めて短いものである。

このレーザー施設は米国国立科学財団(NSF)の支援を受けており、総工費1600万ドル(約16億円)で建設された。医学、国家安全保障、材料科学、天体物理学、プラズマ科学、量子物理学など幅広い分野での応用が期待されている。ZEUSはユーザー施設として、国内外の研究チームが実験提案を提出し、独立した選考プロセスを経て利用することができる。2023年10月のオープン以来、すでに22の機関から58人の研究者が参加する11の実験が実施されている。

ZEUSチームは実験設計を改良し、レーザーパルスが衝突するヘリウムガスを含むセルを長くすることで、ウェイクフィールド加速と呼ばれる現象を利用して電子をより高いエネルギーに加速することに成功した。プラズマ中では光の速度が遅くなるため、電子がレーザーパルスに追いつく前により長い加速時間を確保できる。

今年後半に予定されているZEUSの代表的な実験では、加速された電子が反対方向から来るレーザーパルスと衝突する予定である。電子の移動フレームでは、3ペタワットのレーザーパルスが100万倍強力に見える「ゼタワット級」のパルスとなる。この実験により、数百メートルの大型加速器施設と同等のエネルギーを持つ電子ビームを、はるかに低コストで生成することが可能になると期待されている。

ZEUSはミシガン大学のジェラール・ムルー超高速光学センターに設置されており、カール・クルシェルニック所長は「この節目は、アメリカの高強度科学の未開拓領域に踏み込む実験の始まりを示すものだ」と述べている。カリフォルニア大学アーバイン校のフランクリン・ドラー物理学・天文学教授のチームが、2ペタワットでの最初のユーザー実験を実施している。

References:
 - innovaTopia - (イノベトピア)Michigans’s ZEUS laser becomes Americas’s most powerful at 2 petawatts

【編集部解説】

今回のZEUSレーザーの2ペタワット達成は、単なる数値の更新にとどまらない重要な意味を持っています。この成果は、米国の高強度レーザー科学における大きな飛躍であり、世界的なレーザー技術競争の中での米国の位置づけを示すものでもあります。

ペタワット級のレーザーは、これまで主に欧州や中国、日本などで開発が進められてきました。特に欧州のELI-NPレーザー施設(ルーマニア)は10ペタワットの出力を目指しており、現在も世界最高出力を保持しています。ZEUSの2ペタワット達成は、米国がこの分野で再び主導的な立場を取り戻す第一歩と言えるでしょう。

ZEUSの特筆すべき点は、そのコストパフォーマンスにあります。建設費用は約16億円(1600万ドル)と、同規模の施設としては比較的低コストで実現されています。これは、従来の大型加速器に比べて格段にコンパクトで、維持費も低く抑えられることを意味します。

また、ZEUSの名前の由来となっている「ゼタワット相当」の実験は、相対論的効果を利用した非常に巧妙な手法です。実際には3ペタワットのレーザーを使用しながら、高速で移動する電子から見ると、その電磁場の強さが100万倍に増幅されるという物理現象を活用しています。これにより、実際に1ゼタワット(1000ペタワット)のレーザーを建設することなく、同等の物理環境を創り出すことができるのです。

ZEUSの技術的な特徴として、チャープパルス増幅技術を採用していることが挙げられます。これは2018年にノーベル物理学賞を受賞したジェラール・ムルー氏らが開発した技術で、レーザーパルスを一度時間的に引き伸ばしてから増幅し、その後に再圧縮することで超高強度を実現します。ZEUSのレーザービームは最大で直径30センチ、長さ数フィートにもなりますが、最終的には0.8ミクロン(人間の髪の毛の約100分の1)まで集光されます。

このような超高強度レーザーが切り開く科学領域は多岐にわたります。特に量子電磁力学(QED)の非線形領域は、これまで理論的に予測されていても実験的に検証することが困難でした。ZEUSによって、真空の分極効果や電子-陽電子対生成などの現象を直接観測できる可能性が高まっています。

医学分野への応用も期待されています。特にがん治療における粒子線治療は、現在は大型の加速器施設でしか行えませんが、レーザー駆動型の小型加速器が実現すれば、より多くの医療機関で高度な治療が可能になるでしょう。また、軟組織のイメージング技術の向上も見込まれています。

国家安全保障の観点からも、高強度レーザーは重要な技術です。核物質の非破壊検査や、宇宙デブリの除去など、様々な応用が研究されています。

一方で、このような強力なレーザー技術の拡散には潜在的なリスクも存在します。軍事転用の可能性や、誤用による事故のリスクなどを考慮した国際的な規制枠組みの整備も今後の課題となるでしょう。

ZEUSの特徴的な点として、NSF(米国国立科学財団)のユーザー施設として運用されることが挙げられます。これは、世界中の研究者がアイデアを提案し、審査を経て実験時間を割り当てられるオープンな研究環境を意味します。このような共同利用体制は、多様な視点からの研究を促進し、科学の進展を加速させる効果があります。2023年10月の稼働開始以来、すでに22の機関から58人の研究者が参加する11の実験が実施されています。

今後、ZEUSは3ペタワットへの出力向上を予定しており、そのために必要な直径約18cm(7インチ)のチタンサファイア結晶は4年半もの製造期間を要したとのことです。この結晶は世界でもわずかしか存在しない貴重なものです。出力向上により、さらに高エネルギー密度の実験が可能になり、ブラックホールから放出されるポジトロンジェットの挙動やガンマ線バーストのメカニズムなど、宇宙物理学の謎に迫る研究も進展するでしょう。

日本も大阪大学のレーザー科学研究所を中心に、ペタワット級レーザーの開発と応用研究を進めています。国際的な研究協力を通じて、この分野での日本の貢献も期待されています。

超高強度レーザー科学は、基礎物理学から応用技術まで幅広い分野に革新をもたらす可能性を秘めています。ZEUSの成功は、この分野の新たな時代の幕開けを告げるものと言えるでしょう。

 【用語解説】

ペタワット (PW):1ペタワットは10^15(1,000兆)ワットの電力を意味する単位。世界の総発電量の約100倍に相当する。

ゼタワット (ZW):1ゼタワットは10^21(100垓)ワットの電力を意味する単位。1ゼタワット = 1,000ペタワット。

フェムト秒:1フェムト秒は10^-15(1,000兆分の1)秒を表す時間の単位。光が約0.3マイクロメートル進む距離に相当する非常に短い時間。

ウェイクフィールド加速:強力なレーザーパルスがプラズマ中を通過する際に生じる波(航跡場)を利用して、電子などの荷電粒子を加速する技術。従来の加速器より小型で高効率な粒子加速が可能。

プラズマ:気体が非常に高温になり、原子から電子が剥ぎ取られてイオンと自由電子の状態になった物質の第4の状態。

量子電磁力学 (QED):電磁場と荷電粒子の相互作用を記述する量子場理論。超高強度レーザーによって、これまで観測困難だった非線形QED効果の研究が可能になる。

ギガ電子ボルト (GeV):粒子のエネルギーを表す単位。1ギガ電子ボルトは約1.602×10^-10ジュールに相当する。

相対論的効果:アインシュタインの特殊相対性理論に基づく現象。高速で移動する物体では、時間の遅れや長さの収縮などが生じる。ZEUSでは電子の視点からレーザーパルスを見ると、相対論的効果によりパワーが増幅されて見える現象を利用している。

チャープパルス増幅:レーザーパルスを一度時間的に引き伸ばし(チャープ)、安全に増幅した後、再び圧縮することで超高強度を実現する技術。2018年のノーベル物理学賞を受賞したジェラール・ムルー氏らが開発した。

チタンサファイア結晶:チタンイオンを添加したサファイア(酸化アルミニウム)結晶。広い波長帯域で発振・増幅が可能なため、超短パルスレーザーの媒質として広く使用されている。

回折格子:光の波長によって異なる角度に光を分散させる光学素子。ZEUSでは、レーザーパルスの圧縮に使用される。

【参考リンク】

ZEUS Laser Facility – University of Michigan(外部)ミシガン大学のZEUSレーザー施設の公式サイト。施設の概要、研究内容、ユーザー情報などが掲載されている。

Gérard Mourou Center for Ultrafast Optical Science(外部)ZEUSが設置されているミシガン大学の超高速光学研究センターの公式サイト。2018年ノーベル物理学賞受賞者のジェラール・ムルー氏の名を冠している。

National Science Foundation (NSF)(外部)米国国立科学財団の公式サイト。ZEUSの建設・運営資金を提供している米国連邦政府の独立機関。基礎研究と教育を支援している。

LaserNetUS(外部)北米の高強度レーザー施設のネットワーク。ZEUSもこのネットワークに参加しており、研究者のアクセスを促進している。

Michigan Engineering News(外部)ミシガン大学工学部のニュースサイト。ZEUSの最新の成果や研究内容について詳細な情報を提供している。

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乗杉 海
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