ゼブラ「スタイラスツーウェイ」紙にもiPadにも。切り替え不要で書ける2WAYペン

ペン先の小さなボールは、紙の上ではくるくると回ってインクを残します。ところがiPadのつるつるした画面に当てると、そのボールは回りません。だからインクも出ません。

長いあいだ、これは筆記具メーカーにとって直したい不具合でした。ボールが回らなければ、字は書けないのですから。

ゼブラは、その不具合を消さずに、逆側から眺め直しました。「紙では書ける。画面では書けない」——それは欠陥ではなく、1本のペンで紙とiPadを行き来するための、あつらえたような性質だったのです。

7月31日に発売される「スタイラスツーウェイ」は、そこから生まれました。5年をかけて、インクを400種類以上つくっては試した末に。


ゼブラ株式会社は、紙とiPadの両方に切り替え不要で書けるスタイラスボールペン「スタイラスツーウェイ」を開発し、2026年7月31日より全国文具取扱店およびAmazonで順次発売する。

IT周辺機器メーカーのエレコム株式会社と共同開発した製品で、開発期間は約5年間。ボール径0.5mmの専用ジェルインクを採用し、軸色はブラックとホワイト、インク色は黒。クリップ部分のノックで電源が入り、iPadとのペアリングは不要で、筆記中に手が画面へ触れても誤動作しないパームリジェクション機能とマグネットを搭載する。USB Type-Cケーブルで充電し、約30分の充電で最大約7時間連続使用できる。

開発段階では、チップとインクの組み合わせを70以上、インク試作を400以上行った。東京・二子玉川の「蔦屋家電+(プラス)」で、7月31日から10月末まで体験できる予定。

From: 文献リンク紙にもiPadにも切り替え時間ゼロ秒で書ける!アナログ・デジタル両対応のペンをゼブラとエレコムで共同開発『スタイラスツーウェイ』 7月31日発売

※アイキャッチはゼブラ株式会社DigitalPRPlatformより引用

【編集部解説】

まず押さえておきたいのは、この製品の核心が「新素材の発明」ではなく「発想の反転」にある、という点です。ゼブラの開発現場には、光沢紙などのつるつるした面ではボールが回らずインクが出にくくなる「ツル抜け」と呼ばれる現象がありました。本来は筆記具メーカーにとって解消すべき不具合ですが、「画面上ではインクが出にくいことが価値になる」と発想を転換したのです。長年の「敵」だった欠陥を、そのまま機能へと読み替えた——ここに、この製品が単なるガジェットに留まらない理由があります。

仕組み自体は物理現象に忠実です。紙は表面の凹凸で摩擦が大きいためボールが回転してインクが出る一方、iPadやガラスフィルムの表面は滑らかで、摩擦が少ないことからボールが回りにくくなります。ただし公式FAQは「iPad上ではインクが出にくいように設定している」と表現しており、推奨外のフィルムではインクが付着する恐れもあると案内しています。「絶対に出ない」わけではなく、あくまで書き分けを設計で成立させている、という理解が正確です。当初の仮説は「ボールが回転するから書き心地が良い」というものでしたが、顕微鏡で観察するとつるつるした画面上ではボールが回転しておらず、良い書き味の正体は回転ではなく滑りだったと発表会では語られています。この観察の精度こそ、約130年間インクと向き合ってきた企業の蓄積そのものだと言えるでしょう。

役割分担も明快です。ゼブラがペン先やインク開発、筆記体験の設計を担い、エレコムがペンの機構や回路設計、試作品評価などを担当しました。文具メーカー単独では電子基板を載せたスタイラスペンの実現は難しく、IT周辺機器メーカーとの協業がこの製品を成立させた鍵になっています。異業種の掛け合わせが、どちらか一方では届かない領域を開いた好例です。

このニュースが照らし出すのは、国内文具市場が抱える構造的な課題でもあります。矢野経済研究所によれば、国内の文具・事務用品市場全体は2024年度に前年度比0.9%減、2025年度も微減が予測され、縮小傾向が続いています。もっとも分野別では紙製品や事務用品が振るわない一方、筆記具は2024年度・2025年度ともにプラス成長とされ、高付加価値な商品が市場を下支えしています。こうしたなか、ゼブラは紙とデジタルの二刀流で新たな需要を掘り起こそうとしており、大学の講義資料をタブレットで管理する学生や、紙とデジタルを併用する社会人を想定利用者に据えています。紙かデジタルかという二者択一ではなく、その境界を1本のペンで往復させるという設計思想は、私たちの「書く」という営みの実像に近いのかもしれません。

想定される利用シーンは具体的です。学生が講義中にiPadへ板書を撮影してメモを書き込み、次の瞬間には紙のノートへ書き込む。看護師がタブレットのカルテを確認しつつ、紙の帳票にも書き添える。公式ページも「日々の業務」「学生のノート取り」「カルテのチェック」「建築の現場」を活用シーンとして掲げており、医療や建設といった業務用途も視野に入っている点は、消費者向けガジェットの枠を超えた広がりを感じさせます。

一方で、購入前に必ず確認しておきたい制約があります。まずすべてのiPadで使えるわけではありません。2026年7月1日時点の公式対応表では、筆記に対応するのは無印iPad(第7世代〜A16)、iPad mini(第5世代〜A17 Pro)、11インチiPad Pro(第2世代〜M5標準ガラス)に限られ、iPad Airシリーズ、13インチiPad Pro、Nano-textureガラス搭載モデルは対応対象外です(対応状況は今後変更される可能性があります)。加えて、iPadには液晶保護フィルムの装着が必須で、推奨外のフィルムでは反応低下やインク付着の恐れがあります。裸の画面に直接使う製品ではない、という点はとくに強調しておくべきでしょう。

使い方にも作法があります。公式は筆記時の推奨角度を60〜80度としており、ボールペンチップを使う構造上、それ以外の角度では反応が悪くなったり、画面にインクや傷がつきやすくなる可能性があるといいます。高価なiPadにボールペンチップを載せる以上、フィルムと筆記角度という2つの条件が体験の前提になる——この現実は正直に共有しておくべきです。

機能面での割り切りもあります。発表会に参加した媒体によれば筆圧・傾き検知には対応していません。一方、アップルの純正スタイラスであるApple Pencil Pro(アップル公式ストアで税込21,800円)と比べ、報道上の想定価格ベースでは本製品のほうが安いと評されています。精密な描画性能で純正スタイラスと競うのではなく、「持ち替えないシームレスさ」という別の価値軸で勝負している点は、製品戦略として理解しておく価値があります。

価格については、報じ方に幅がある点も指摘しておきます。本製品はオープン価格のため、日本経済新聞は税込み1万6500円という想定価格を伝え、Impress系の媒体は本体の実売価格を15,000円程度、替芯を1,500円程度と想定しています。いずれも発売前の想定であり、実際の店頭価格は販売店に委ねられます。購入時は最新情報の確認をおすすめします。

長期的な視点で見ると、この製品は「アナログとデジタルの分断をハードウェアで縫合しようとする試み」の一つだと位置づけられます。ペーパーライクフィルムなど、デジタル側から紙に近い書き心地を目指すアプローチもあるなかで、あえて物理法則とインク化学の側から橋を架けた発想は、今後の入力デバイス設計に別の選択肢を示すはずです。ゼブラは過去にもボールペン付きタッチペンなどのデジタル文具を手がけてきましたが、今回は独自の筆記技術を武器に、紙・デジタル両用という新たな市場領域へ挑みます。老舗が自社の最も古い技術資産を、最も新しい市場への鍵として使い直した——その構図こそ、私たちが今このニュースを報じる理由です。

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【編集部後記】

ものの見え方が変わる瞬間というのは、たいてい静かに訪れるのだと思います。

顕微鏡を覗いた開発者が見たのは、画面の上で回らないボールでした。おそらく、それまで何度も目にしてきた光景だったはずです。書けない。インクが乗らない。直さなければいけない。そう思いながら見ていたものが、ある日ふっと、別の意味を帯びる。「回らない」は「汚さない」でもあった、と。

技術の話をしていると、私たちはつい新しさを探してしまいます。新素材、新回路、新しいアルゴリズム。けれどこのペンが証明したのは、手元にあるものの意味を組み替えるだけで、これまでなかったものが生まれる場合がある、ということでした。130年近くインクと向き合ってきた会社が、その蓄積の中に「使えるかもしれない失敗」を持っていた。それを見つけ出せたことのほうが、たぶん、何かを新しく発明することよりも難しい。

もっとも、このペンは万能ではありません。使えるiPadは限られていますし、保護フィルムは必ず要ります。ペンを寝かせて書けば画面を傷つけるかもしれない。筆圧も傾きも拾いません。手放しで褒められる製品ではなく、条件を守って初めて価値が立ち上がるタイプの道具です。そういう不器用さも含めて、なんだか正直な製品だと感じます。

ふと、自分の机の上を見回してみます。使いにくいと思っているもの、失敗だと思って直そうとしているもの、うまくいかなくて放り出したもの。それらは本当に「欠陥」なのでしょうか。それとも、まだ置き場所が見つかっていないだけなのでしょうか。

紙とiPadのあいだを、一度もペンを持ち替えずに行き来する。その何気ない動作の裏側に、5年分の試行錯誤と、ひとつの見立ての転換が畳み込まれている。書くという、私たちが毎日なんとなく続けている営みが、まだこんなふうに更新され得るのだということ。それを知れただけでも、このニュースを追いかけた甲斐がありました。


【用語解説】

ツル抜け(つる抜け)
光沢紙やフィルムなど、つるつるした面ではボールペンのボールが回転せず、インクが出にくくなる現象を指す社内呼称として発表会で紹介された言葉。本来は品質改善の対象となる不具合だが、本製品では「画面にインクを残しにくくする」機能として逆に活用された。

パームリジェクション機能
タブレットへの手書き中に、ペン先以外の手のひらなどが画面に触れても、それを誤入力として検知しない仕組み。紙に書くときと同じ自然な手の置き方でデジタル筆記ができるよう支える基本機能である。なお、アプリやiPadの設定によっては正常に使えない場合もある。

Apple Pencil Pro
アップルが提供するiPad向け純正スタイラス。筆圧・傾き検知やスクイーズ、バレルロールなど高精度な描画機能を備える。アップル公式ストアでの価格は税込21,800円(2026年7月10日時点)。発表会に参加した複数媒体によれば本製品は筆圧・傾き検知には非対応だが、報道上の想定価格ベースではApple Pencil Proより安く、機能ではなく「持ち替え不要のシームレスさ」で差別化を図る。

蔦屋家電+(プラス)
東京・二子玉川にある次世代型ショールーム。世界中のユニークなプロダクトやサービスを発見・体験できる場として運営される。本製品は7月31日から10月末まで、ここで実際に手に取り体験できる予定である。

【参考リンク】

ゼブラ株式会社(コーポレートサイト)(外部)
1897年創業の筆記具メーカーの公式サイト。製品情報や企業情報を掲載する本製品の開発主体。

スタイラスツーウェイ 特設サイト(外部)
本製品の専用ページ。対応iPad・推奨フィルム一覧や使用上の注意など購入前の詳細情報がまとまる。

エレコム株式会社(外部)
1986年創業のIT周辺機器メーカーの公式サイト。機構・回路設計や生産、品質管理を主導した共同開発パートナー。

エレコム ニュースリリース(本件発表ページ)(外部)
エレコム側から見た共同開発の経緯と役割分担を伝える公式発表。パーパスに基づく製品づくりの視点を示す。

Apple Pencil(アップル公式)(外部)
アップル純正スタイラスの公式ページ。Apple Pencil Proの機能や対応機種、税込21,800円の価格を確認できる。

【参考記事】

ゼブラ、紙・デジタル「二刀流」ペン 市場成熟で新需要掘り起こし(日本経済新聞)(外部)
想定価格を税込み1万6500円と明記。「ツル抜け」の発想転換と、成熟市場での新需要開拓の戦略を解説する。

紙とiPad両方に書ける画期的なペン。ゼブラ「スタイラス2WAY」を触ってきた(ゴリミー)(外部)
実機レポート。想定価格15,000円、インク400種類以上を試作、Apple Pencil Proより安い点などを提示する。

ゼブラ「スタイラスツーウェイ」が7月31日に発売。不具合”ツル抜け”を新機能に昇華(Impress)(外部)
実売本体15,000円・替芯1,500円程度と想定。開発者の発言や画面の傷リスク、利用シーンを詳しく伝える。

ボールペンのペン先そのままiPadに書けるスタイラスペン、エレコムとゼブラから(ケータイ Watch)(外部)
チップ70以上・インク400以上の試作数と、エレコム主導領域、約5年の開発期間を簡潔に整理する。

「インクが出ないボールペン」が発明になった ゼブラ「スタイラスツーウェイ」の面白さ(Yahoo!ニュース 松村太郎)(外部)
「書き味の正体は回転ではなく滑り」に着目。本製品を本質的な発明と論じる専門家の視点を提示する。

文具・事務用品市場に関する調査を実施(2025年)(矢野経済研究所)(外部)
市場全体は微減が続く一方、筆記具分野はプラス成長という最新の市場動向の裏付けに用いた調査。

紙とiPadでシームレスに書ける(エレコム公式プレスリリース/PR TIMES)(外部)
共同開発当事者エレコム視点の一次情報。ノック式の設計と品質管理、約5年のプロジェクトを説明する。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。