Signal Ring|カフなしで血圧を「実測」するスマートリング、399ドルで予約開始

スマートリングは、睡眠や心拍数、体温といった指標を静かに拾い上げるデバイスとして定着してきました。しかし血圧だけは、依然としてカフ(腕帯)という「異物」を必要とする指標であり続けています。センサーだけでは完結しないこの最後の関門に、指先だけで挑むプロダクトが登場しました。


7月16日に発表されたSignal Ringは、指先に光学センサーを当てるだけでカフ(腕帯)を使わずに血圧を測定する、チタン製のスマートリングである。

開発したのはサンフランシスコのヘルステック企業Vital Signals社で、創業者兼CEOはTom Moss氏。3年をかけて開発したアルゴリズムにより、キャリブレーション(初期較正)なしでの計測を実現したとしている。451人規模・複数拠点の臨床試験で検証済みとし、血圧計の国際精度規格ISO 81060-2の要件を満たすと説明する。価格は399ドルで、同日よりサイズ確認キット付きの予約受付を開始し、出荷は10月を予定する。なお同製品はFDAの審査・認可を受けておらず治験段階にあり、医療機器ではなく情報提供目的の製品と位置づけられている。

From: 文献リンクSignal Ring Unveils World’s First Truly Cuffless Blood Pressure Tracker for Everyday Wear

【編集部解説】

Signal Ringが投げかけているのは、「スマートリングで測れる指標がまた一つ増えた」という話にとどまりません。心拍数、睡眠、体温、血中酸素飽和度——指先や手首から拾える生体信号は年々増えていますが、血圧だけは長らく例外でした。カフによる圧迫という物理的な操作を経由しない限り、信頼できる数値が得られないと考えられてきたからです。

Vital Signals社がこの一線を越えたと主張する背景には、世界保健機関(WHO)が示す数字があります。血圧が高い状態にある成人は世界で14億人にのぼり、そのうち自分がその状態にあると気づいていない人が半数近くを占めるとされています。「サイレントキラー」と呼ばれる所以です。継続的に、しかも意識せずに血圧を把握できる手段があれば、この「気づいていない人々」にリーチできる可能性がある——というのがSignal Ringの提示する仮説です。

ただし、この記事全体を読み進める前に一つ押さえておきたい点があります。Signal Ring自体はFDAの審査・認可を受けておらず、「治験段階」の製品として位置づけられており、医療機器としての診断・治療目的では使えません。これは単なる限界というより、2026年1月にFDAが改めて整理した「ウェルネス製品」という枠組みに沿って設計された立ち位置でもあります(詳しくは「ヘルスケア用途のスマートリングの普及」で後述します)。「血圧を測るデバイス」という言葉から連想される医療的な信頼性と、実際にこの製品が置かれている規制上の立場との間には、まだ距離があります。

Vital Signals社とは?

Vital Signals社を率いるTom Moss氏は、今回が初めての起業ではありません。Googleでは初期のAndroidチームに参加し、その後Android端末スタートアップのNextbitを共同創業しました。NextbitはKickstarterでの成功を経て、最終的にRazerに買収されています。その後はドローンメーカーSkydioでCOO(最高執行責任者)を務め、2023年にVital Signalsを創業しました。

同社創業の背景には、Moss氏自身の経験があります。数年前、収縮期血圧250mmHg(健康な状態の目安は120mmHg前後とされます)という、生命に関わる高血圧クライシスで搬送された経験があり、これが「血圧を消費者自身が把握できる手段がほとんど存在しない」という問題意識につながったと説明されています。

資金面では、2026年5月にXYZ Venturesが主導する形で1,500万ドル超を調達しており、この発表は奇しくも「世界高血圧デー」に合わせて行われています。XYZ VenturesのRoss Fubini氏は「これまで不可能とされてきた技術的ブレークスルーを達成した」と評していますが、これは投資家によるコメントである点は割り引いて読む必要があるでしょう。一部報道では、同社が5,000万〜1億ドル規模のシリーズAをさらに計画しているとも伝えられていますが、これは一部報道にとどまっています。

Engadgetの取材に対し、Moss氏は「ウェアラブル業界はウェルネス(快適さ・自己管理)に寄りすぎていて、ヘルス(医療的な深刻さ)への視点が足りない」という趣旨の発言をしています。歩数や睡眠スコアを競うのではなく、「救急外来に運ばれる事態を防ぐための道具」でありたいという立ち位置は、Signal Ringの位置づけを理解するうえで一つの補助線になりそうです。

ほかのスマートリングとの違い

「血圧に対応したスマートリング」という括りでは、Signal Ringは実は後発です。Oura Ring 5は「血圧シグナル」という機能を、RingConn Gen 3は「血管トレンドインサイト」という機能をすでに搭載しています。ただし、いずれも公式に強調しているのは「単発の実測値ではなく、夜間の血管負荷パターンや生活習慣データを組み合わせた、時間軸での傾向変化」であり、「医療機器としての診断機能ではなく、ライフスタイルガイダンス」と位置づけられている点です。つまり競合各社は、意図的に「測定」ではなく「推定・傾向把握」という言葉を選んでいます。

これに対しSignal Ringが掲げているのは、キャリブレーション(初期較正)なしでの、指先からの直接測定という主張です。Bloombergも「Apple Inc.のような大手のウェアラブルとは異なり、血圧のトレンドだけでなく実際の数値を示す」と報じており、この「トレンドか実測か」という切り分けは、同社の主張のみに依拠したものではなさそうです。

もっとも、「指先の光学センサーで血圧を測る」という手法そのものが、技術的に決着のついた領域というわけではありません。学術研究の分野では、光学式(PPGベース)のセンシングは肌の色によって精度が変動しうるという指摘があり、これを避けるためにバイオインピーダンス方式を模索する研究グループも存在します。Signal Ringが採用するのは光学方式であり、451人規模の臨床試験とISO 81060-2(血圧計の国際精度規格)準拠を根拠として示していますが、この規格はもともとカフ式血圧計の検証のために設計されたものです。カフを使わない機器の検証にどこまで同じ枠組みが妥当するかは、同社の発表だけでは判断がつきません。

ヘルスケア用途のスマートリングの普及

血圧に対応するスマートリングが相次いで登場している背景には、単純な機能競争以上の事情があります。WHOの報告によれば、世界の高血圧人口14億人のうち、血圧をコントロールできている人はおよそ5人に1人にとどまります。この「治療につながっていない大多数」に対して、日常的に装着するウェアラブルが接点を持てるとすれば、それは公衆衛生上のインパクトを持ちうる、という期待がこの領域への投資を後押ししています。

市場規模の推計は調査会社によって大きくばらつきがあり(2026年時点で3億ドル台とする推計から10億ドルを超えるとする推計まで幅があります)、正確な数字として一つに絞り込むことは難しいのが実情です。ただしIDCは、スマートリングを含む「リング」カテゴリを、スマートグラスと並んでウェアラブル市場のなかで成長率が最も高いセグメントの一つと位置づけています。

同時に見ておくべきなのは、Oura・RingConn・Signal Ringのいずれもが、「医療機器」ではなく「情報提供目的の製品」という立場を明確にしている点です。これは各社が独自に編み出した抜け道ではなく、規制環境そのものの変化を背景にしています。米国FDAは2026年1月6日、低リスクの「ウェルネス製品」に関する指針を改訂し、光学センサーによる血圧表示についても、診断を目的としない用途であれば医療機器規制の対象外とする方針を明確にしました。興味深いのは、その半年前の2025年7月、FDAはウェアラブル大手WHOOPに対し、同種の血圧関連機能について「医療機器の機能にあたる」とする警告状を送っていたという経緯です。規制当局の立場は、1年足らずの間に一度反転したことになります。さらに1月23日には、カフレス血圧測定機器に特化した臨床評価のドラフトガイダンスも別途公表されており、この領域への規制上の関心は途切れていません。Signal RingやOura・RingConnが2026年に入って血圧関連機能を相次いで打ち出している背景には、こうした規制環境の変化が具体的な引き金としてあった可能性が高いといえます。

もっとも、この「ウェルネス」という枠組みには条件が付いています。FDAのガイダンスは、数値が臨床的な血圧値と紛らわしい形で示される場合には相応の根拠(メーカー自身の試験データや査読付き論文など)を求めるとしており、WHOOPへの警告状が示すように、線引きを越えたと判断されれば規制当局は実際に動きます。血圧が「測るもの」から「常にそこにあるもの」に変わっていくなかで、どこまでが「情報提供」でどこからが「医療的な主張」なのか——この線引きの運用は、Signal Ringのようなプレイヤーが増えるほど、実地で試されていくことになりそうです。

【関連記事】

Whoop血圧監視機能にFDA警告、ウェアラブル医療機器規制の新局面
2025年7月のFDA警告状そのものを報じた記事。血圧機能を巡る規制対立の「前史」にあたる内容。

Oura Ring 5発表|世界最小スマートリング、血圧シグナルと医師連携で「健康プラットフォーム」へ進化
「血圧シグナル」機能を搭載した競合製品の記事。実測ではなくトレンド推定である点を詳しく解説している。

Apple「iRing」開発中か?|Eddy Cue体制下のヘルス戦略とスマートリング市場の現在地
スマートリング市場全体の規模・競争環境を扱った記事。本文で参照した市場データと概ね整合する内容。

【編集部後記】

血圧は、これまで「測りに行くもの」でした。健康診断で、あるいは体調が気になったときに、腕帯を巻いて確認する——そうした能動的な行為として。それが四六時中、指先で静かに記録され続ける存在に変わるとき、私たちが血圧とどう付き合っていくかも、少し違うものになるのかもしれません。数値を意識しすぎるようになるのか、逆に気にせずにいられるようになるのか。実際に使う人が増えてみないと、まだ分からない部分です。


【用語解説】

カフレス血圧測定(Cuffless Blood Pressure Measurement)
腕に巻くカフ(腕帯)を使わず、指先や手首などの光学センサーのみで血圧を推定・測定する方式。

ISO 81060-2
非侵襲的な自動血圧測定機器の臨床精度を検証するための国際規格。もともとカフ式血圧計の検証を想定して設計されたもの。

PPG(光電容積脈波記録法:Photoplethysmography)
LED光を皮膚に当て、血管の容積変化を光の反射・吸収から読み取るセンシング手法。スマートウォッチ・スマートリングの心拍センサーの多くが採用する。

バイオインピーダンス(Bioimpedance)
生体組織に微弱な電流を流し、電気抵抗の変化から血管の状態などを推定するセンシング手法。光学式(PPG)の代替アプローチとして研究されている。

サイレントキラー(Silent Killer)
自覚症状がほとんどないまま進行し、心臓・脳・腎臓に重大な影響を及ぼしうる高血圧の別称。

FDA一般ウェルネス・ポリシー(General Wellness Policy)
診断・治療を目的としない「ウェルネス」用途の低リスク製品を医療機器規制の対象外とする、米国FDAの指針。2026年1月に改訂版が発表された。

【参考リンク】

Signal Ring(外部)
Signal Ring製品の予約受付ページ。製品仕様やサイズ確認キットの申し込み方法、価格・出荷時期の情報を掲載している。

Vital Signals(外部)
開発元Vital Signals社の企業サイト。創業の経緯やミッション、これまでの資金調達の沿革を紹介するコーポレートページ。

Oura(外部)
本文で競合として言及したOura Ringの公式サイト。血圧シグナル機能を含む最新モデルOura Ring 5の情報を掲載。

RingConn Gen 3(外部)
「血管トレンドインサイト」機能を掲げるRingConn Gen 3の製品ページ。機能の詳細や価格、購入方法を確認できる。

Hypertension(WHOファクトシート)(外部)
世界保健機関(WHO)による高血圧の公式ファクトシート。世界の患者数やコントロール率の最新データを掲載している。

General Wellness: Policy for Low Risk Devices(FDAガイダンス)(外部)
2026年1月改訂のFDA一般ウェルネス・ガイダンス文書本体。低リスクウェルネス製品と医療機器の線引きを定めている。

【参考記事】

Vital Signals Announces $399 Signal Ring That Gives Blood Pressure Readings — Bloomberg(外部)
Signal Ringの発表を独自取材したBloombergの記事。Tom Moss氏の経歴や、Appleとの違いを検証的に報じている。

Vital Signals puts continuous blood pressure monitoring into a ring — Engadget(外部)
Moss氏へのインタビューを含むEngadgetの記事。収縮期血圧250mmHgで搬送された原体験や、FDAの規制動向に触れている。

Hypertension — World Health Organization(外部)
世界の高血圧人口・コントロール率・未自覚率など、記事内で使用した公衆衛生統計の一次情報源となるWHOの資料。

Vital Signals Raises $15M to Revolutionize Understanding and Management of Blood Pressure — PR Newswire(外部)
2026年5月のVital Signals社資金調達発表。調達額やリード投資家XYZ Ventures、Moss氏のコメントを掲載。

Wearable Device Market Insights — IDC(外部)
ウェアラブル市場全体の出荷統計を扱うIDCのレポート。リング型デバイスが成長カテゴリーである根拠データを提供。

Reliable blood pressure monitoring without cuff or calibration — Notebookcheck(外部)
独メディアNotebookcheckによる批判的視点の記事。他社と同じセンサーでなぜ高精度と言えるのか疑問を呈している。

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まお
おしゃべり好きなライターです。趣味は知識をためることとゲームをすること(ソシャゲや音楽ゲームが大好きです)。最近はAIの情勢や地政学の問題を勉強中。時折記者として会見や発表に赴いたり、インタビューを行ったりもしています。