「空飛ぶクルマ」という言葉が、いま二つの意味で走り出しています。日本ではこの言葉は、国が制度整備を進めてきた電動の垂直離着陸機、いわゆるeVTOLを指す呼び名として定着しつつあります。そこへ、テスラが約9年越しに披露した新型ロードスターが「flying car」として世界中に拡散しました。
道路を走らない“クルマ”と、航空機ではない“空飛ぶ”車。同じ言葉が指しているものは、どう違うのでしょうか。そしてイーロン・マスクがこの車に与えた「人間が運転する最後の車」という位置づけの、その先には何があるのでしょうか。
目次▼「空飛ぶクルマ」は少なくとも三つある▼何が車体を浮かせているのか▼まだ分かっていないこと▼運転席に、人間はいなかった▼「最後」のあとに来るもの
参考動画 / 関連記事 / 編集部後記 / 参考リンク / 用語解説 / 参考記事
日本時間10月16日、米テキサス州ウェーコ近郊のSpaceX試験場で第2世代ロードスターが披露された。2017年の初公開時から設計は大きく改められた。
デモでは、車体下部のファンが最大2Gの吸引力を生み、曲面ランプを逆さまに駆け上がった。その後、空中で回転して着地した。走行中に冷ガススラスターで浮き上がり、Cybercabなど同社車両5台の上を越える場面もあった。車両技術担当副社長のラーズ・モラヴィによると、10基のスラスターは600リットルの圧縮空気につながっている。デモ中、車内に人間の運転者はいなかった。
トリムは3種類ある。公道向けのPerformance、後部スラスターで0-60mph(時速約97km)加速1秒未満を実現するThrust、1人乗りでスラスター10基を備えるRocketだ。予約金はそれぞれ5万ドル、25万ドル、招待制である。生産開始は2028年とされ、価格は発表されていない。
発表後、マスクはXに「未来には結局、空飛ぶクルマがあった」と投稿した。
From:
Tesla reveals SpaceX-powered Roadster that flies and falls with style
【編集部解説】
「空飛ぶクルマ」は少なくとも三つある
「空飛ぶクルマ」という言葉は、少なくとも三つの系譜のものを指しています。
一つ目は、道路を走り、翼やローターを展開して空へ上がる乗り物です。20世紀初頭から多くの発明家が挑み、そのたびに挫折してきた、文字どおりの「flying car」の系譜です。現在も米Alef AeronauticsがFAAの認証を得て試験飛行を進めています。
二つ目が、日本で「空飛ぶクルマ」と呼ばれているものです。国土交通省は、電動化・自動化と垂直離着陸によって実現する次世代の空の移動手段と位置づけ、海外ではeVTOLやAAMと呼ばれると説明しています。2018年に官民協議会が立ち上がり、2025年の大阪・関西万博ではSkyDriveやANA×Jobyの機体がデモ飛行を行いました。SkyDriveは2028年の商用運航を目指しています。「クルマ」は、身近な移動手段であってほしいという願いを込めた比喩です。
三つ目が、今回のロードスターです。走るのは道路で、跳ぶのはスラスターの力によります。1人乗りの「Rocket」はテスラ自身が「air ready」と呼ぶトリムですが、公式ページには一部地域では提供されないとの注記があります。公道使用は承認されていないとも報じられています。一方で米連邦航空局(FAA)は、この車は航空機の定義に当たらないとしています。
何が車体を浮かせているのか
仕組みは二段構えです。車体下部のファンが最大2Gの吸引力を生み、逆さまのランプに車体を張り付かせます。宙に浮かせ、回転させるのは、600リットルの圧縮空気につながった10基の冷ガススラスターです。テスラは、車内の使える空間を炭素繊維巻き圧力容器(COPV)で埋めたと説明しています。
冷ガススラスターは、SpaceXが宇宙機の姿勢制御に使ってきた技術の転用です。どれだけの時間、どれだけの高さまで浮いていられるのかは公表されていません。デモで見えたのは、数秒間の跳躍と回転、そして着地でした。
まだ分かっていないこと
価格、飛行の持続時間、そして「跳ぶ車」がどの規制の枠組みで扱われるのかは、現時点では示されていません。日本でも予約は始まりましたが、どの仕様が日本の道を走れるのかは分かりません。1人乗りのRocketで、人間が実際に空中機動を行う日が来るのかも未知数です。
運転席に、人間はいなかった
今回のデモ車には、人間の運転者が乗っていませんでした。現地取材したEdmundsの記者は、着地のたびに車体がサスペンションのないかのように跳ねたと書いています。逆さまのランプに止まった車の運転席に座っていたのは、Optimusでした。運転していたわけではなく、演出だったとみられます。
マスクはこの車を「the best of the last of the human-driven cars(人間が運転する最後の車の最高峰)」と呼んできました。同じ発言の中で「安全は主目的ではない」とも語っています。人間のために残すと宣言された唯一の運転席は、その初舞台で、人間を乗せられない理由そのものを見せたことになります。
人の形をした身代わりが席に座るのは、これが初めてではありません。2018年にFalcon Heavyで宇宙へ送られた初代ロードスターの運転席には、宇宙服のマネキン「Starman」がいました。今回のデモでも、Starman人形が助手席から現れる演出がありました。
「最後」のあとに来るもの
「最後」という言葉は、その先を問わせます。
テスラの製品群は、その答えの輪郭をすでに描いています。ハンドルもペダルもないCybercabは、2026年に生産が始まっています。そして、人の代わりに働く身体としてのOptimusがあります。ロードスターは、その中で運転を残す例外です。自動車の普及後、馬が移動の手段から乗馬という営みへ移ったように、運転もまた交通から趣味へと場所を変えていくのかもしれません。
では、乗る人もいなくなったら。
ここからは、筆者の想像です。ロードスターの航続距離は300マイル(約480km)以上とされます。その半分ほどの距離、たとえば東京から長野県の小布施町までを考えてみます。無人の自動運転車が走り、ヒューマノイドが乗っています。車道に停めた車から降り、私道を歩いて玄関のチャイムを鳴らし、贈り物を手渡して握手をする。その挨拶の声は東京にいるオーナーのもので、握った手の感触は、遠くのオーナーの手に届いている――。
部品は、すでに揃い始めています。2024年のテスラのイベント「We, Robot」では、Optimusの歩行はAIが担う一方、来場者との会話や手の動きは、離れた場所にいる人間が遠隔操作(テレオペレーション)していたと報じられました。ロボットごとに声が違ったのは、その向こうに別々の人間がいたからです。
運転席にOptimusを座らせ、人間を乗せずに宙を舞わせる。それはテスラ自身が選んだ見せ方でした。「人間が運転する最後の車」という言葉の隣にこの光景を置いてみると、ひとつの問いが浮かびます。マスクは運転の終わりだけでなく、その後までを暗示していたのではないか、と。
【参考動画】
【関連記事】
空飛ぶクルマ(eVTOL)
2027年、空が変わる。国が「空飛ぶクルマ」商用運航の開始時期を明記―ロードマップ改訂で見えた未来の交通地図
国のロードマップ改訂で示された、空飛ぶクルマの商用運航の開始時期と制度の全体像。
Archer「Midnight」型式証明の申請を国交省が受理|空飛ぶクルマ国内5件目
国内5件目の型式証明申請。航空機として審査される空飛ぶクルマの現在地。
空港施設、兵庫県「空飛ぶクルマ」事業に参画|2029年度の商用運航へバーティポート整備
2029年度の商用運航に向けた、兵庫県でのバーティポート整備の動き。
JAL・住友商事・Soracle、東京都「空飛ぶクルマ」2030年市街地実装に挑む
東京都の市街地で空飛ぶクルマを飛ばすための、2030年に向けた取り組み。
空飛ぶクルマ実現へ前進|米FAA、Joby・Archer参加の早期試験プログラム開始
Joby・Archerが参加する、米FAAの早期試験プログラムの開始。
空飛ぶタクシーが現実に、Joby Aviationがドバイで2026年サービス開始──4か所のバーティポート建設
4か所のバーティポート建設を伴う、ドバイでのエアタクシー開業計画。
Eve Air Mobility「Eve 100」が部分移行飛行に成功|eVTOL商用化へ次の段階
部分移行飛行に成功した「Eve 100」と、eVTOL商用化の次の段階。
災害復興×次世代モビリティ──「空飛ぶ車」EH216L物流eVTOLが能登半島で250kg積載の飛行実証へ
能登半島での、物流eVTOLによる250kg積載の飛行実証。
道路も走る飛行車
飛行車「Alef Model A」予約注文数、新記録の2,850台達成!
道路を走り、垂直に離着陸する飛行車「Alef Model A」の予約動向。
テスラ
SpaceXのテスラ・ロードスター、NASAが小惑星と誤認識 – 宇宙物体追跡の課題が浮き彫りに
2018年に宇宙へ送られた初代ロードスターを、NASAが小惑星と誤認した一件。
テスラModel Yが完全無人納車を実現―FSDとロボティクス技術の実力
無人の車が自ら届け先まで走る、Model Yの完全無人納車。
フィジカルAI・遠隔の身体
フィジカルAIとエンボディドAI:「動く知能」と「知能が生まれる条件」をつなぐ2026年の転換点
物理世界で動く知能の全体像を、フィジカルAIとエンボディドAIの両面から整理。
REK TOKYO 2026—VR操縦ヒューマノイドの殴り合いは、フィジカルAIの学習素材になり得るか
人間がVRで遠隔操作するヒューマノイドの格闘と、その学習データとしての可能性。
【編集部後記】
遠くに住む誰かへ贈り物を届けるとき。車を走らせ、玄関まで歩き、手渡すまでを代理の身体に任せられるとしたら、私たちはどこまでを任せ、どこを自分で担いたいと思うのでしょうか。
声と手の感触が届けば「会いに行った」と言えるのか。それとも、道中の時間まで含めて贈り物なのか。
【参考リンク】
【用語解説】
冷ガススラスター
燃焼を伴わず、圧縮したガスを噴き出して推力を得る装置。推力は小さいが構造が単純で、宇宙機の姿勢制御に使われてきた。
COPV(炭素繊維巻き圧力容器)
金属などの内容器に炭素繊維を巻き付けて強度を高めた高圧容器。軽量で、ロケットの推進系に広く用いられる。
eVTOL
Electric Vertical Take-Off and Landing aircraftの略。電動で垂直に離着陸する航空機。日本では「空飛ぶクルマ」と呼ばれることが多い。
AAM/UAM
Advanced Air Mobility/Urban Air Mobilityの略。eVTOLなどを使った新しい航空移動サービスの総称。UAMは都市内の移動に焦点を当てた呼び方。
テレオペレーション
離れた場所にいる人間が、通信を介してロボットや機械を操作すること。

















