打ち上げから3か月後、この望遠鏡が本格的に動き出すと、1日あたり約1.4テラバイトの観測データが地球へ降りてきます。その最大4分の1を受け取るのは、長野県佐久市にあるJAXAの54mアンテナです。日本の参加は、部品を渡して終わりではありませんでした。
NASAのナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡が、2026年8月30日午前7時26分(米東部夏時間)、ケネディ宇宙センターの39A発射施設からSpaceXのFalcon Heavyで打ち上げられた。打ち上げから31分後に第2段から分離し、1時間23分後に太陽電池パドルと下部日除けの展開を確認した。
目的地は地球から約150万km離れたラグランジュ点L2周辺のハロー軌道で、到達までに約3か月を要する。主鏡口径は2.4m、広視野装置は約3億画素で、1日あたり約1.4テラバイトの科学データを送信する。
日本はJAXAを中心に参加し、科学観測の開始後は美笹深宇宙探査用地上局でデータの最大約25%を受信する計画で、コロナグラフ装置には光学素子を提供した。最初の画像公開は2027年初頭が見込まれる。
From:
NASA’s Dark Universe-Seeking Nancy Grace Roman Space Telescope Launches
【参考動画】
2026年8月26日にJAXAが開催した、ローマン宇宙望遠鏡に関するオンライン記者説明会の録画。
【編集部解説】
日本時間の8月30日20時26分、フロリダのケネディ宇宙センター39A発射施設からFalcon Heavyが飛び立ちました。積まれていたのは、ハッブル宇宙望遠鏡、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡に続く天文学の基幹ミッションと位置づけられる、ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡です。
打ち上げから31分後に第2段から分離し、1時間23分後には太陽電池パドルと下部日除けの展開が確認されました。向かう先は、地球から約150万km離れた太陽・地球のラグランジュ点L2の周りを回る大きなハロー軌道です。到達までは約3か月。高利得アンテナと展開式開口カバーの展開、2回予定されている中間軌道修正の1回目、コロナグラフ装置の起動は、これから数日のうちに順に行われていきます。
ここまでは、世界中の媒体が同じことを書きます。この記事で書きたいのは、その先です。科学観測が始まれば、この望遠鏡が地上へ送るデータの最大4分の1は、長野県佐久市を通って降りてくる計画になっています。
1日1.4テラバイトを、どこで受けるか
Romanの主力装置である広視野装置(WFI)は、赤外線センサー18枚で約3億画素を構成します。ハッブルの赤外カメラの200倍という視野で空を掃くため、生まれるデータの量が桁違いです。1日あたり約1.4テラバイト。NASAの天文物理ミッションとして、これまでで最大のデータ量になります。
これを米国のホワイトサンズ局だけで確実に受け切るのは難しい。そこでJAXAの美笹深宇宙探査用地上局(長野県佐久市)とESAのニューノーシア局(オーストラリア)が受信を分担します。NASAも、Romanのデータを受ける地上局としてニューメキシコ、オーストラリア、日本の3か所を挙げています。
JAXAは54mアンテナにK帯の受信・伝送系を新たに開発して設置しました。低雑音増幅器の設置は2024年9月。250Mbpsで1日4時間以上受信でき、ミッション期間を通じて全体の最大25%程度を受け取る計画です。
大型望遠鏡への国際協力というと、装置を作って渡す話に見えがちですが、Romanで日本が担うのは科学運用を支える地上系の一部でもあります。指揮管制の中枢はNASAゴダードにありますが、データが降りてこなければ観測は成立しません。その受信の最大約4分の1を日本が担うという構図は、これまでの参加のかたちとは意味が違います。
神はミクロンに宿る──コロナグラフの基板をつくった日本企業
Romanにはもうひとつ、コロナグラフ装置(CGI)が載っています。中心星のまぶしい光を遮り、そのすぐ脇にある惑星の光だけを取り出す装置です。主星から約0.3秒角──1度の1万2000分の1──離れた位置で、主星の1000万分の1以上暗い天体をとらえます。長時間の観測では5億分の1のコントラストにも挑みます。
その中核であるコロナグラフマスクの基板を作ったのが、日本の光学メーカーです。溶融石英製とシリコン製の基板は夏目光学との協力で製作され、マスクパターンの加工はNASAジェット推進研究所が担当しました。偏光光学系の概念設計はオプトクラフト、直交する偏光成分を分離するウォラストンプリズムは光学技研、集光レンズは三共光学工業が手がけています。
社名を並べたのには理由があります。日本の宇宙産業と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、ロケットと大手重工でしょう。しかしRomanの内部で効いているのは、高精度の研磨とコーティング、偏光素子、集光レンズといった精密光学の加工・設計技術です。基板の平面が出ていなければ、その上にどれだけ精緻なパターンを刻んでも光は制御できません。
本誌は7月、宇宙開発を支える姫路の町工場を取材し、「神はミクロンに宿る」という言葉を紹介しました。同じ構図が、いまL2へ向かっている望遠鏡の中にもあります。
すばるとPRIME──受け取るだけではない関係
日本の関与は軌道上だけで終わりません。JAXA宇宙科学研究所は国立天文台と協力し、2027年以降にすばる望遠鏡の観測時間100夜を確保して協調観測を行います。Romanの近赤外線・広視野観測と、すばるの可視光広視野観測は能力が相補的で、Ia型超新星の赤方偏移測定や広視野分光観測などの課題がすでに選ばれています。
大阪大学が南アフリカのサザーランド天文台で運用するPRIME望遠鏡(口径1.8m)も、重力マイクロレンズ法による協調観測に加わります。この望遠鏡の広視野カメラには、Romanと同じNASA製センサーが4枚搭載されています。逆に、米国の研究者はPRIMEの観測時間の12%を使って観測を行っています。
装置を提供する側と使う側という一方通行ではなく、センサーの提供と観測時間の共有を組み合わせた双方向の関係になっている。この形は、日本が今後ほかの国際ミッションに参加するときの一つの先例になります。
5年間で何を見るのか
科学観測は約5年を予定し、観測時間の最大75%が3つの中核サーベイに充てられます。全天の12%にあたる5100平方度を覆う広域・深宇宙サーベイが520日、時間変動・深宇宙サーベイが180日、天の川銀河バルジ・時間変動サーベイが438日という配分です。
ここでは、数億個規模の銀河観測、数千個のIa型超新星、弱い重力レンズ効果といった複数の手法を組み合わせ、宇宙の膨張と構造形成を0.5〜1%程度の精度で調べることを目指します。これまでは数%の精度でしたから、ダークエネルギーの状態方程式に踏み込める水準に上がります。銀河バルジの反復観測では、重力マイクロレンズ法によって1000個以上の系外惑星の検出を見込みます。小さいものでは火星程度の質量まで届きます。
そして観測データには専有期間が設けられません。処理が済みしだい公開され、JAXAは観測から72時間で研究者が使えるようになると説明しています。データ量が膨大なため、研究の多くはRoman Nexusと呼ばれるクラウド型の解析基盤の上で行われます。観測時間の残りは公募枠で、日本の研究者も応募できます。データを取った人だけが成果を出す時代ではない、という設計です。
もっとも、成果が並び始めるまでには時間がかかります。3か月の立ち上げ調整を経て、最初の画像がNASAから公開されるのは2027年初頭の見込みです。系外惑星の数についても、重力マイクロレンズ法で1000個以上、トランジット法などを含めた全体で約10万個と、手法によって数字が変わります。現在知られている系外惑星が約6200個ですから、後者はその16倍を一挙に加える見通しということになります。
9か月早く飛んだということ
ジャレッド・アイザックマン長官は、このミッションについて予定より早く、予算内で届けられたと述べました。NASAは2021年の再計画で、2027年5月までの打ち上げを予定していました。今回はそれより9か月ほど早い到達です。組み立てと試験が想定より順調に進み、NASAの打ち上げサービス・プログラムがSpaceXと調整して打ち上げ日を早めたことが効いています。NASAは現在、開発から打ち上げ、運用までを含めた総ライフサイクルコストを約43億ドルとしています。
Romanの前身であるWFIRSTの時代から、この計画は予算をめぐって何度も岐路に立ち、そのつど議会が開発費を措置してきました。完成した観測装置が期限より早く飛んだという今回の事実は、その積み重ねの上にあります。
次の望遠鏡への一歩
コロナグラフ装置は、近傍の恒星をめぐる木星型の惑星や、その周りの塵の円盤を可視光で撮像します。ただしミッション上の主な位置づけは技術実証です。ここで確かめた高コントラスト観測の技術が、その先にあるハビタブル・ワールズ・オブザーバトリー構想──地球に似た惑星を直接撮像し、生命の兆候を探す次世代の大型宇宙望遠鏡──へ引き継がれていきます。
名前の由来となったナンシー・グレース・ローマンは、NASAの初代主任天文研究者であり、ハッブルの母と呼ばれた人です。彼女は1959年の論文で、宇宙から観測すれば恒星のすぐ脇にある惑星を捉えられる可能性を論じていました。その名を冠した望遠鏡が、67年後にその一歩を担うことになります。
美笹局の出番が本格化するのは、Romanが科学観測を始めてからです。すばるの100夜も2027年以降に控えています。この望遠鏡の物語に日本から関わる余地は、打ち上げが終わったいまも、まだ十分に残っています。
【関連記事】
ローマン宇宙望遠鏡、打ち上げレベル振動試験をクリア|2026年打ち上げへ最終段階
2025年6月の記事。打ち上げレベルの振動試験に合格し、開発が最終段階へ進んだ時点での状況と、そこからの予定を伝えている。
「神はミクロンに宿る」─宇宙開発を支える姫路の町工場、佐藤精機の技術力
宇宙開発を支える姫路の町工場を訪ねた記事。ミクロン単位の精度を追い続ける製造現場の言葉と、その技術力について紹介している。
【編集部後記】
数字をひとつ、本文には入れませんでした。この計画に対するJAXAの予算は約20億円です。ミッション全体の規模を思えば、決して大きな額ではありません。
それでも日本は、観測データの最大4分の1を受け取り、コロナグラフの基板を作り、すばる望遠鏡の100夜を差し出しています。限られた予算をどこに置けば一番効くのか。技術そのものより、その判断のほうに時間がかかったのではないかと思います。長野の54mアンテナが本気で回り出すのは、3か月後です。
【用語解説】
ラグランジュ点L2
太陽と地球の重力と公転運動が釣り合う点の一つ。地球から約150万km、太陽と反対側にある。探査機は点そのものに静止するのではなく、その周りに大きな軌道を描く。
ハロー軌道
L2の周囲を回る大きな軌道。Romanは月の公転軌道よりはるかに大きなハロー軌道をたどり、定期的な軌道維持を行う。
広視野装置(WFI)
Romanの主力装置。クラッカー大の赤外線センサー18枚で約3億画素を構成する赤外線カメラである。ハッブルと同等の解像度を保ちながら、はるかに広い範囲を一度に撮る。
コロナグラフ装置(CGI)
中心星の光を遮り、そのすぐ脇にある暗い天体を観測する装置。マスク、可変形鏡、検出器などで構成される。
重力マイクロレンズ法
手前の恒星の重力で背後の星の光が曲げられ、一時的に明るく見える現象を利用する系外惑星の検出手法。主星から離れた惑星を見つけられる点が、ほかの手法にない特徴である。
Ia型超新星
連星系の白色矮星が限界質量を超えて起こす超新星爆発。ほぼ同じ明るさで光るため、宇宙の距離を測る「標準光源」として使われる。
弱い重力レンズ効果
天体の質量によって、背後の銀河の見かけの形がわずかに歪む現象。歪みの統計から、目に見えないダークマターの分布を推定できる。
ダークエネルギーの状態方程式
ダークエネルギーの圧力とエネルギー密度の比を表す量。宇宙の歴史のなかでこの値が一定なのか変化しているのかが、正体を絞り込む手がかりになる。
秒角
角度の単位。1度の3600分の1にあたる。0.3秒角は1度の1万2000分の1である。
ウォラストンプリズム
入射した光を、直交する2つの直線偏光に分離するプリズム。Romanでは偏光成分を1つの検出器上に同時に撮像するために使われる。
溶融石英
高純度の石英ガラス。熱膨張が小さく高い面精度を出しやすいため、精密光学部品の基板に用いられる。
展開式開口カバー
打ち上げ時は畳まれており、軌道上で開くひさし状の遮光カバー。観測装置に迷光が入るのを防ぐ。
中間軌道修正
目的地へ向かう途中で行う軌道の微調整。Romanでは2回が予定されている。
K帯
大容量のダウンリンク通信に使われる周波数帯。美笹局にはこの帯域の受信系が新設された。
Roman Nexus
Romanのデータを扱うクラウド型の解析基盤。データ量が膨大なため、研究者は全データをダウンロードするのではなく、この基盤上で整理されたデータにアクセスして解析する。
ハビタブル・ワールズ・オブザーバトリー
地球に似た惑星を直接撮像し、酸素やオゾンなど生命の兆候を示す大気成分を探すことを目指す、NASAの次世代大型宇宙望遠鏡の構想。
【参考リンク】
Nancy Grace Roman Space Telescope|NASA(外部)
ミッションの公式ページ。科学目的、観測装置の仕様、3つの中核サーベイの内容、打ち上げ後の運用状況などが随時更新されている。
Roman Space Telescope Press Kit(2026年8月)|NASA(外部)
打ち上げ前にNASAが公開した資料。機体諸元、1日あたりのデータ量、総ライフサイクルコスト、打ち上げ後の予定を掲載している。
ナンシー・グレイス・ローマン宇宙望遠鏡|JAXA宇宙科学研究所(外部)
日本側の参加内容をまとめたページ。コロナグラフ光学素子の提供、観測データの受信、地上望遠鏡との協調観測の3本柱を説明している。
ローマン宇宙望遠鏡の観測装置が準備完了|JAXA宇宙科学研究所(外部)
コロナグラフ装置の完成を伝えるトピックス。日本が提供した光学素子の中身と、製作に協力した企業それぞれの役割が記されている。
GREAT2/美笹深宇宙探査用地上局|JAXA(外部)
長野県佐久市にある54mアンテナの公式ページ。深宇宙を飛ぶ探査機との通信を担う設備の概要と、運用の仕組みを掲載している。
夏目光学株式会社(外部)
長野県飯田市の光学専業メーカー。半導体、医療、航空・宇宙などの分野に向けた高精度光学素子の研磨加工と光学設計を手がける。
株式会社光学技研(外部)
神奈川県の光学部品メーカー。光学結晶の高精度な研磨加工と評価技術を軸に、光学部品の設計から製造、販売までを手がけている。
三共光学工業株式会社(外部)
秋田県のレンズメーカー。用途ごとに要求の異なる精密光学部品を、カスタム対応で設計・製造している光学専門の企業である。ニュース欄も持つ。
オプトクラフト(外部)
各種光学機器の開発を手がける。真空環境や低温環境に対応した光学系や、近赤外の多色色消し光学系などの設計と製作を扱っている。
【参考記事】
Trump tried to scrap NASA’s Roman Space Telescope last year. Now it’s ready to launch|Space.com(外部)
2026会計年度の予算要求でRomanに配分された1億5660万ドルという数字と、それを受け止めた開発現場の空気を伝えている。
NASA’s Budget Woes Are Over, For Now|Sky & Telescope(外部)
議会がRomanに3億ドルを措置した経緯を報じている。同時に救済されたほかの科学ミッションの扱いとあわせて整理されている。
‘A glorious dawn launch’: NASA’s newest space telescope has left the Earth|NPR(外部)
1日1.4テラバイトというデータ量と、Roman Nexusを通じた公開方針について、運用側のコメントを交えて解説している。
NASA’s Nancy Grace Roman space telescope launches|Popular Science(外部)
打ち上げ当日の経過をまとめた記事。8月21日のフェアリング格納など、打ち上げ直前の作業日程についても詳しく触れている記事。
大型望遠鏡、打ち上げへ ハッブルの数千年分をわずか5年で観測|毎日新聞(外部)
日本として初めて米国の大型宇宙望遠鏡計画に直接参加したという位置づけを、ハッブルとの視野の比較とあわせて伝えている記事。


















