Last Updated on 2025-05-03 10:18 by admin
1972年3月31日に打ち上げられたソビエト連邦の金星探査機「コスモス482号」の着陸モジュールが、2025年5月10日頃に地球に墜落する見込みである。オランダ・デルフト工科大学のマルコ・ラングブローク氏の計算によると、落下は5月10日15時01分(日本時間)±2.8日と予測されている。
コスモス482号は、ベネラ計画の一環として金星探査を目的に打ち上げられたが、ロケットの上段ブースターの故障により地球軌道から脱出できず、約53年間宇宙をさまよってきた。探査機本体は1970年代に地球大気圏に落下したが、今回落下が予測されているのは分離された着陸モジュール部分である。
この着陸モジュールは、金星の過酷な大気環境に耐えられるよう設計されており、直径約1メートル、重量約480-500キログラムのチタン製球形カプセルである。耐熱シールドを備えているため、地球大気圏再突入後も燃え尽きずに地表に到達する可能性が高い。落下速度は時速約242キロメートルと予想され、その衝撃は相当サイズの隕石衝突に匹敵するという。
落下地点の予測は困難であり、探査機の軌道傾斜角51.7度から、北緯51.7度から南緯51.7度の間のどこにでも落下する可能性がある。この範囲には日本も含まれるが、確率的には海洋に落下する可能性が高い。ハーバード大学のジョナサン・マクダウェル氏によれば、人的被害の可能性は「数千分の1」と極めて低く、「一生の間に雷に打たれるリスクの方が高い」としている。
専門家たちは、この事象が宇宙デブリ問題の深刻さを示すものだとして、宇宙空間の持続可能な利用に向けた国際的な取り組みの必要性を指摘している。
from:A defunct Soviet probe from the 70s will crash to Earth next week
【編集部解説】
冷戦期の宇宙開発競争の遺物が、半世紀を超えて地球に帰還するという稀有な事象が間もなく起こります。コスモス482号は、ソビエト連邦の野心的な金星探査計画「ベネラ」シリーズの一環として1972年3月31日に打ち上げられましたが、ロケットの上段ブースターの故障により地球軌道から脱出できず、約53年間宇宙をさまよってきました。
当初の報道では「探査機全体」が落下するような印象を与えていましたが、実際には探査機本体は1970年代に既に大気圏に再突入しており、今回落下するのは分離された「着陸モジュール」部分です。これはベネラ8号と同様の設計で、金星の過酷な環境に耐えられるよう特別に設計されています。
注目すべきは、この着陸モジュールの構造です。チタン製の球形カプセルは、金星の表面温度約460℃、大気圧は地球の92倍という極限環境に耐えるよう設計されています。皮肉なことに、この堅牢な設計が地球大気圏再突入時の高温にも耐え、破片が地表に到達する可能性を高めているのです。
最新の予測によると、落下時期は5月10日15時01分(日本時間)前後とされていますが、±2.8日という大きな誤差があります。マルコ・ラングブローク氏の計算では、質量は約480-500kgと推定されています。
落下地点の予測は非常に困難です。コスモス482号の軌道傾斜角は約51.7度であるため、北緯51.7度から南緯51.7度の間のどこにでも落下する可能性があります。この範囲は、ロンドンからカナダのエドモントンまでを含む広大な地域です。ただし、この範囲の大部分は海洋であるため、水中に落下する可能性が高いと考えられています。
宇宙デブリの問題は年々深刻化しています。低軌道上には1958年に打ち上げられた米国のヴァンガード1号から始まり、現在ではSpaceXのスターリンク、中国の衛星群、OneWeb、そして先月打ち上げられたばかりのAmazonのカイパープロジェクトなど、多数の衛星が存在しています。
欧州宇宙機関(ESA)の2025年宇宙環境レポートによれば、宇宙デブリ対策の取り組みは進展しており、2024年には大気圏に再突入する物体の数が増加しました。特に商業セクターでのロケット本体や衛星の再突入が年々増加しており、これは宇宙デブリ削減ガイドラインの遵守努力の表れと言えるでしょう。
低軌道のロケット本体の約90%は、2023年以前の「25年以内の再突入」基準に適合しており、その半数以上が制御された方法で再突入しています。さらに約80%は、ESAが2023年に自らの活動に採用した新しい厳格な基準「5年以内の軌道離脱」にも適合しています。
コスモス482号の事例は、宇宙開発の初期段階から現在に至るまで続く「宇宙デブリ問題」の複雑さを浮き彫りにしています。人類の宇宙活動の痕跡は、単なる技術的失敗を超えて、数十年、場合によっては半世紀以上にわたって地球軌道上に残り続けるのです。
現代の宇宙開発では、ミッション終了後の宇宙機の処理計画が重視されています。国際宇宙ステーション(ISS)のような大型構造物でさえ、その役目を終えた後の制御された廃棄計画が立てられています。しかし、過去の遺物や一部の国々による無計画な宇宙活動は、依然として課題として残されています。
今回のコスモス482号の再突入は、宇宙デブリ問題に対する国際的な取り組みの重要性を改めて認識させる機会となるでしょう。宇宙という人類共通の領域を持続可能な形で利用していくためには、過去の教訓を活かした責任ある宇宙活動が不可欠です。
【用語解説】
コスモス482号:
ソビエト連邦が1972年3月31日に打ち上げた金星探査機。本来は金星に着陸する予定だったが、打ち上げ時の不具合により地球軌道から脱出できなかった。「コスモス」はソビエト連邦の軍事・科学衛星シリーズの総称である。
ベネラ計画:
ソビエト連邦による金星探査計画。「ベネラ」はロシア語で金星を意味する。1961年から1984年まで続き、金星大気圏への探査機投入や表面への軟着陸など多くの「人類初」を達成した。コスモス482号はベネラ8号と同型の設計であった。
スペースデブリ(宇宙ごみ):
地球軌道上を周回している、役目を終えた人工衛星やロケットの上段、それらの破片など。現在、追跡可能なサイズ(10cm以上)のものだけでも約34,000個存在すると言われている。
制御不能な再突入:
宇宙機が地球の大気圏に再突入する際、その軌道や落下地点を制御できない状態。対して「制御された再突入」は、特定の海域など人の少ない場所に落下するよう計画的に行われる。
チタン製球形カプセル:
金星の過酷な環境(高温・高圧)に耐えるために特別に設計された耐熱・耐圧構造。チタンは軽量で強度が高く、耐熱性・耐食性に優れた金属である。コスモス482号の着陸モジュールは直径約1メートル、重量約480-500kgである。
軌道傾斜角:
衛星軌道の赤道面に対する傾きを示す角度。コスモス482号の軌道傾斜角は約51.7度で、これは北緯51.7度から南緯51.7度の間のどこにでも落下する可能性があることを意味する。
【参考リンク】
JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う機関。人工衛星の開発・運用、ロケット打ち上げ、宇宙環境利用研究などを行っている。
アストロスケール(外部)
宇宙デブリ除去サービスの開発に取り組む世界初の民間企業。日本発のスタートアップ。
NASA(アメリカ航空宇宙局)(外部)
アメリカの宇宙機関。宇宙デブリ監視や対策に関する国際的な取り組みをリードしている。
【参考動画】
【編集部後記】
宇宙開発の歴史が、半世紀を経て私たちの日常に思いがけない形で帰還する瞬間を目撃しようとしています。皆さんは宇宙デブリについて考えたことはありますか? 地球を周回する人工物の数は年々増加し、私たちの宇宙活動の足跡は消えることなく残り続けています。コスモス482号の着陸モジュールの再突入は、過去と現在の宇宙技術をつなぐ稀有な機会です。この機会に、宇宙という共有資源の持続可能な利用について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。宇宙デブリ問題に関するご意見や、宇宙開発についての疑問があれば、ぜひSNSでお聞かせください。