Last Updated on 2025-05-04 16:31 by admin
南極氷床(AIS)が2021年から2023年の間に、数十年ぶりに質量増加を記録した。中国の同済大学などの研究チームによる研究で、GRACE(重力回復と気候実験)衛星とその後継機GRACE-FOから収集されたデータによると、南極氷床は年間107.79±74.90ギガトンの純質量増加を示している。
これは長期的な減少傾向からの顕著な逆転である。2002年から2010年の間、南極氷床は年間約73.79±56.27ギガトンの速度で質量を失っていた。さらに2011年から2020年の期間中には、この損失速度は年間142.06±56.12ギガトンへと倍増していた。
特に注目すべきは東南極の主要氷河盆地での変化である。ウィルクスランド-クイーンメリーランド(WL-QML)地域の4つの氷河(トッテン、モスクワ、デンマン、ヴァンセンス湾)は、2011年から2020年にかけて質量損失が増加していたが、2021年から2023年の間に質量増加に転じた。
この質量増加により、南極氷床は世界の海面上昇に対して年間0.30mmの負の寄与(海面上昇を抑制する効果)をもたらした。これは、2002年から2010年の間の年間0.20mmの海面上昇寄与、2011年から2020年の年間0.39mmの寄与とは対照的である。
研究者たちによると、この異常な質量増加は主に異常な降水量の増加によるものである。しかし、WL-QML地域の4つの主要氷河が完全に崩壊した場合、世界の海面レベルが7メートル以上上昇する可能性があるため、長期的な懸念は依然として残っている。
この研究結果は、2025年5月初旬にScience China Earth Sciencesに掲載され、南極のダイナミクスに関する科学的理解に新たな視点をもたらしている。
from:Antarctica’s Ice Sheet Grows for the First Time in Decades – What Does This Mean for Our Planet?
【編集部解説】
南極氷床の質量増加というニュースは、気候変動に関する議論において重要な転換点を示しています。この現象は、長期的な温暖化傾向の中で起こる短期的な変動として捉えるべきでしょう。
2025年5月2日に発表された同済大学の研究チームによる研究は、GRACE衛星とその後継機GRACE-FOの重力測定データに基づいています。この衛星システムは、地球の重力場の微細な変化を測定することで、氷床の質量変化を高精度で追跡できる革新的な技術です。
特筆すべきは、この質量増加が「異常な降水量」によるものとされている点です。気候変動によって大気中の水分保持能力が高まり、極地での降雪量が増加するというパラドックスが生じているのです。これは気候システムの複雑さを示す好例といえるでしょう。
ただし、この「良いニュース」を過度に楽観視することには注意が必要です。NASAの長期データによれば、2002年から2023年までの21年間で、南極は年間平均約150ギガトンの氷を失っており、今回の短期的な増加はあくまで長期的な減少傾向の中での一時的な現象である可能性が高いです。
GRACE衛星による重力測定という先端技術が、このような地球規模の変化を正確に捉えられるようになったことも注目に値します。この技術は、氷床の質量変化だけでなく、地下水の変動や海洋の質量再分配など、地球システムの様々な側面を監視する上で革命的な役割を果たしています。
将来的な懸念としては、東南極のウィルクスランド地域の氷河の不安定性が挙げられます。最新の研究によれば、低排出シナリオ(SSP1-2.6)でも、数千年の時間スケールで最大6メートルの海面上昇が予測されています。高排出シナリオ(SSP5-8.5)では、西南極氷床の崩壊が引き起こされ、最大40メートルの海面上昇につながる可能性があるとの警告もあります。
気候変動対策の観点からは、この短期的な氷床増加を理由に対策を緩めるのではなく、むしろ長期的なリスクに備えた取り組みを継続することの重要性を示していると言えるでしょう。
テクノロジーの進化が地球環境の理解を深め、より正確な予測と対策を可能にしている現在、私たちはデータに基づいた冷静な判断と行動が求められています。
【用語解説】
GRACE(重力回復と気候実験):
NASAとドイツ航空宇宙センター(DLR)の共同ミッションで、2002年から2017年まで運用された双子衛星。地球の重力場の微細な変化を測定し、氷床や海洋、地下水などの質量変化を観測した。
GRACE-FO:
GRACEの後継機として2018年に打ち上げられた衛星。同様に地球の重力場を測定し、水や氷の質量変化を月単位で追跡している。
ギガトン(Gt):
10億トンを表す単位。氷床の質量を表現する際によく使用される。年間107.79ギガトンの増加とは、約107億9000万トンの氷が毎年追加されたことを意味する。東京ドーム約870杯分の水の量に相当する。
ウィルクスランド-クイーンメリーランド(WL-QML)地域:
東南極の一部で、クイーンメリーランドは南極大陸の東経91度54分から100度30分の間の地域。オーストラリアが領有権を主張している。
南極氷床の質量収支:
南極大陸に降り積もる積雪の総量と、融解や氷河・氷床の流出で失われる氷の総量の収支のこと。地球温暖化における海水準変動に影響する重要な研究項目である。
【参考リンク】
NASA GRACE ミッションページ(外部)
NASAによるGRACEミッションの公式サイト。ミッションの概要や成果を紹介している。
テキサス大学宇宙研究センター GRACE(外部)
GRACEミッションの主要研究機関であるテキサス大学の情報ページ。科学的成果や詳細なデータを提供。
国立極地研究所 南極の質量収支研究(外部)
日本の研究機関による南極の質量収支に関する研究情報。
【参考動画】
【編集部後記】
気候変動に関するニュースは、しばしば悲観的なものが多い中、今回の南極氷床の質量増加というニュースはどのように感じられましたか?地球環境の変化を捉える衛星技術の進化により、私たちは自然現象をより精密に理解できるようになっています。こうした科学的発見を日常生活でどう受け止め、環境について考えるきっかけにしていますか?短期的な変動と長期的な傾向、どちらに注目すべきだと思いますか?ぜひSNSで皆さんの視点や考えをシェアしていただければ嬉しいです。