Last Updated on 2025-05-11 17:54 by admin
旧ソビエト連邦が1972年3月31日に打ち上げた金星探査機「コスモス-482」の一部が、2025年5月10日に地球の大気圏に再突入し、インド洋に落下した。
ロシアの国営宇宙企業ロスコスモスの発表によると、この物体は日本時間2025年5月10日11時24分頃(モスクワ時間9:24)に大気圏に再突入し、インドネシアのジャカルタ西部のインド洋に落下したとされている。
コスモス-482は、金星探査機「ベネラ8号」と同一設計の探査機として開発され、金星の表面調査を目的としていた。しかし、打ち上げ後にロケット上段のエンジン不具合により金星への軌道投入に失敗し、地球周回軌道に留まることになった。機体は4つに分裂し、そのうち2つは48時間以内に大気圏へ再突入したが、着陸機とロケット上段とみられる2つの物体は地球を周回し続けていた。
今回大気圏に再突入したのは、コスモス-482の着陸機とみられる物体で、重量は約495kg(打ち上げ時の全重量1184kgのうち)とされている。この着陸機は金星の濃い大気に突入して地表に到達することを目指して作られていたため、地球の大気圏再突入に耐えて地上・海上に達する可能性があると指摘されていた。
再突入前には、欧州宇宙監視追跡(EU SST)やESA(欧州宇宙機関)などが予測を行い、ESAは「2025年5月10日06:16 UTC (08:16 CEST)、誤差±0.36時間」と予測していた。ドイツのレーダーシステムは5月10日のUTC 04:30と06:04(日本時間13:30と15:04)に探査機を観測したが、その後の通過予定時刻(UTC 07:32)には観測されなかったため、その間に再突入したと考えられている。探査機の軌道傾斜角は約51.95度で、南北緯度52度の範囲内に再突入する可能性があった。
欧州宇宙機関(ESA)は再突入前、宇宙デブリによって個人が負傷する年間リスクは1,000億分の1未満で、雷に打たれる可能性の約65,000分の1であると説明していた。
References:
No, Kosmos-482 didn’t land on anyone’s head
【編集部解説】
皆さん、今回のコスモス-482の大気圏再突入は、宇宙開発の歴史を振り返る貴重な機会となりました。この旧ソ連の宇宙機は、冷戦時代の宇宙開発競争を象徴する存在でした。
コスモス-482は、ソ連のベネラ計画の一環として1972年に打ち上げられました。ベネラ計画は1961年から1984年にかけて実施され、29機もの探査機が金星に向けて打ち上げられました。その中でも成功した十数機は、金星の軌道からの観測や大気データの収集、さらには地表の画像撮影など、貴重な科学的成果をもたらしています。
今回の再突入に関して特筆すべきは、コスモス-482の着陸機が金星の過酷な環境(平均気温は464℃)に耐えられるよう設計されていたという点です。そのため、地球の大気圏再突入でも比較的無傷で生き残る可能性が指摘されていました。実際、欧州宇宙監視追跡(EU SST)によれば、この着陸機はチタン製の外殻を持ち、直径約1メートル、重量約495キログラムで、ほぼ無傷で地上に到達する可能性が高いとされていました。
再突入予測は非常に難しく、大気条件や宇宙天気、軌道が崩れる際の物体の向きなど、モデル化が複雑な要素に依存します。そのため、ESA(欧州宇宙機関)や欧州宇宙監視追跡(EU SST)など複数の機関が独自の予測を行い、継続的に更新していました。ドイツのレーダーシステムによる最後の観測から、UTC 06:04と07:32(日本時間15:04と16:32)の間に再突入したと考えられています。最終的にロスコスモスの発表によると、インドネシアのジャカルタ西部のインド洋に着水したとのことです。
宇宙デブリの落下に関する不安も聞かれましたが、ESAによれば、宇宙デブリによって個人が負傷する年間リスクは1,000億分の1未満で、雷に打たれる可能性の約65,000分の1だそうです。実際、宇宙デブリによる人的被害の記録はこれまでにありません。
このような宇宙デブリの落下は珍しいことではなく、2022年には2,400以上の人工物体が宇宙から落下し、記録を更新したとESAは報告しています。宇宙活動の増加に伴い、今後このような再突入事象はさらに頻繁になると予想されています。
今回のコスモス-482の帰還は、宇宙開発における国際協力の重要性も浮き彫りにしました。複数の国や機関が協力して追跡・予測を行い、潜在的なリスクを最小限に抑える取り組みが行われました。
また、この出来事は宇宙デブリ問題への関心を高める契機にもなるでしょう。宇宙空間には現在、数万個もの追跡可能なデブリが存在し、将来の宇宙ミッションにとって潜在的な危険となっています。持続可能な宇宙利用のためには、デブリの発生を抑制し、既存のデブリを除去する技術開発が急務となっています。
コスモス-482の53年に及ぶ地球周回の旅は、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのジョナサン・マクドウェル氏が述べたように、「ソ連が宇宙探査に大胆だった時代-おそらく私たち全員が宇宙探査においてより大胆だった時代」を思い起こさせる、少し切ない瞬間でもありました。
今回の事例は、宇宙開発の歴史と現在、そして未来を考える上で、多くの示唆を与えてくれています。
【用語解説】
コスモス-482(Kosmos-482):
1972年に旧ソ連が打ち上げた金星探査機。本来は金星に着陸する予定だったが、打ち上げ時のロケット上段の不具合により地球周回軌道に留まり、53年後の2025年5月に大気圏再突入した。
ベネラ計画:
1961年から1984年にかけてソ連が実施した金星探査計画。ベネラ7号は1970年に人類初の金星着陸に成功した。コスモス-482はベネラ8号と同型の探査機だった。
ロスコスモス(Roscosmos):
ロシア連邦の宇宙開発を担当する国営企業。旧ソ連の宇宙開発を継承する組織で、本部はモスクワ近郊のスターシティにある。
欧州宇宙監視追跡(EU SST):
欧州連合の宇宙デブリ監視ネットワーク。加盟国のセンサーを使用して宇宙物体を追跡し、衝突リスクや大気圏再突入の予測を行っている。
スペースデブリ:
地球周回軌道上の役目を終えた人工物体のこと。「宇宙ゴミ」とも呼ばれる。現在、10cm以上の大きさのものが約3万個、1cm以上のものが約100万個存在すると推定されている。
大気圏再突入:
宇宙空間から地球の大気圏に戻ってくること。通常、人工衛星などは大気との摩擦熱で燃え尽きるが、金星探査機のように耐熱設計されたものは一部が地上まで到達する可能性がある。
【参考リンク】
ロスコスモス公式サイト(外部)
ロシア連邦の宇宙開発を担当する国営企業の公式サイト。宇宙ミッションや打ち上げ情報を提供している。
欧州宇宙機関(ESA)(外部)
欧州の宇宙開発を担当する国際機関。宇宙デブリの監視や対策にも取り組んでいる。
欧州宇宙監視追跡(EU SST)(外部)
欧州連合の宇宙デブリ監視ネットワークの公式サイト。再突入予測などの情報を提供している。
【関連動画】
V101 SPACEチャンネルによる、コスモス-482の歴史と大気圏再突入に関する解説動画。
ベネラ計画と金星探査の歴史について詳しく解説した動画。
WIONチャンネルによるコスモス-482の再突入に関するニュース報道。
ESAによる宇宙デブリ除去ミッション「ClearSpace-1」の紹介動画。2025年に実施予定。
【編集部後記】
宇宙開発の歴史が地球に帰ってきた瞬間を、皆さんはどう感じましたか? 53年前に打ち上げられた探査機が、私たちの頭上を周回し続けていたと思うとロマンを感じますね。身近な場所で宇宙を感じるには、夜空の人工衛星や国際宇宙ステーションの観測も素晴らしい体験です。お住まいの地域からいつ観測できるか調べてみませんか? また、日本の宇宙ゴミ除去技術にも注目が集まっています。宇宙と地球の持続可能な関係について、ぜひ皆さんの考えをSNSでシェアしてください。