PBTリサイクル新手法、東北大とAstemoが劣化樹脂の引張強さを初期比94%まで回復|分子量から予測する設計指針

劣化して4割近く弱くなったプラスチックが、添加剤ひとつで新品に迫る強さまで戻る──今回の東北大学とAstemoの成果で目を引くのは、その回復量そのものよりも、どこまで戻るかを分子量から計算で言い当てられるようにした点です。これまで職人の勘に頼りがちだった再生材の性能が、数式の上に乗ろうとしています。


東北大学大学院環境科学研究科の大塚光陽大学院生、王真金助教、栗田大樹准教授、成田史生教授らの研究グループが、Astemo株式会社と共同で、高温多湿環境で劣化したエンジニアリングプラスチックPBT(ポリブチレンテレフタレート)の引張強さを回復させる手法を開発した。

鎖延長剤PPDI(1,4-フェニレンジイソシアネート)を添加し、切断された高分子鎖を再結合させることで力学特性を回復させる。最適条件では、劣化により初期から38%低下していた引張強さを初期比94%まで回復させ、未劣化材料に近い引張強さを実現した。さらに、分子量と引張強さの間にFox-Flory型の定量関係が成立することも発見した。本成果をまとめた論文は複合材料分野の専門誌Composites Part A: Applied Science and Manufacturingに掲載され(DOI:10.1016/j.compositesa.2026.110017)、東北大学は2026年7月15日に発表した。

From: 文献リンク劣化したプラスチックの強度を回復する新手法を開発 ―分子量から強度回復を予測する新たなリサイクル設計指針を提案―

【編集部解説】

プラスチックのリサイクルと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「溶かして、また固める」というイメージではないでしょうか。ところが、この素朴な工程には長年の泣きどころがありました。PBTのようなポリエステル系のプラスチックは、熱や湿気にさらされるうちに内部で分子の鎖が切れ、再生しても元の強さに戻りにくいのです。

今回、東北大学とAstemo株式会社の研究グループが示したのは、この「切れてしまった鎖」を化学的につなぎ直すというアプローチです。舞台となったのはPBT(ポリブチレンテレフタレート)。自動車のコネクタや電子機器の部品に広く使われる、耐熱性の高いエンジニアリングプラスチックです。実験では、未劣化のPBTを高温・高湿度の環境で人工的に劣化させ、そこからの回復を確かめています。

PBTは頼れる素材ですが、弱点もあります。高温多湿の環境では、水分と反応して分子鎖が断ち切られる「加水分解」が進み、じわじわと強度を失っていきます。研究グループは、劣化によって初期から38%低下していた(初期の約6割の水準まで下がった)引張強さを、鎖延長剤PPDIの添加によって初期比94%の水準まで押し戻すことに成功しました。ここで回復したのはあくまで引張強さで、数字の上では、ほぼ新品に迫る水準への回復です。

ここで注目したいのは、回復の「量」そのものよりも、回復を「予測できるようにした」という点だと編集部は捉えています。

鎖延長剤の効果を定量的に調べる研究自体は、以前からPETなどを対象に積み重ねられてきました。ただ、実際の材料や劣化の程度に応じて「どれだけ入れれば、どこまで戻るのか」を見通すには、なお多くの試作と試験が必要になります。今回の研究は、分子量と引張強さの間に「Fox-Flory型」と呼ばれる理論式が成り立つことを、劣化PBTの鎖延長という具体的な系で突き止めました。つまり、この材料・条件の範囲では、分子量という一つの物差しから回復後の引張強さを見通せる可能性を示したことになります。

これは、リサイクル材料の性能回復を、経験則から定量的な設計へと近づける一歩です。「どれくらい戻るか分からないから、とりあえず新品を使う」という判断の、少なくとも引張強さに関する根拠が一つ揺らぐことになります。

共同研究先がAstemoである点も、この成果の現在地を物語っています。同社は日立オートモティブシステムズなどが2021年に統合して生まれた大手サプライヤーで、電動化・シャシー・パワートレインなど自動車と二輪車向けの幅広い部品・システムを世界規模で展開しています。実験室の理屈が、実際の量産部品にどう落ちていくかを見据えうる座組みだと言えるでしょう。ただし現時点の発表資料に、具体的な量産採用計画や製品化スケジュールは示されていません。

背景には、自動車業界を取り巻く規制の潮流もあります。欧州では、新車に使用するプラスチックの再生材含有率を、規則の発効から6年後に15%、10年後に25%とする自動車循環規則が正式採択されました。規則自体は発効から2年後に適用が始まります。各目標の少なくとも20%は、廃車または使用済み部品由来の再生プラスチックで達成することが求められます。こうして再生材の品質や量が製品設計そのものの条件になりつつあります。再生材の強度回復を予測できる技術は、こうした要請の一部に資する可能性があります。もっとも、この規則は再生材含有率だけでなく、解体しやすい設計や車両全体の循環性まで広く求めるものであり、今回の研究がそのまま規制適合を実証したわけではありません。

冷静に見ておきたい点もあります。今回の成果はPBTという特定の樹脂を対象とした研究であり、あらゆるプラスチックに同じ手法が通用するわけではありません。鎖延長剤PPDIはイソシアネート系の化合物で、吸入毒性や皮膚・呼吸器への感作性などが知られており、大量生産の現場で扱う際には設備・換気・保護具といった安全管理が欠かせません。コストや、繰り返しリサイクルしたときの挙動など、公開資料からは読み取れない検証課題も残されています。理論式が示されたことは大きな一歩ですが、それが工場のラインで再現されるまでには、まだいくつもの検証が待っているはずです。

それでも、「一度劣化した材料はもう戻らない」という前提に、科学が計算式で切り込んだ意味は小さくありません。使い捨てを前提としてきた素材観を、「設計して循環させる」方向へと少しずつ書き換えていく。innovaTopiaが循環型社会のテクノロジーに注目するのは、まさにこうした足元の一歩が、私たちの暮らす物質世界の輪郭を静かに変えていくと考えるからです。

【関連記事】

三菱電機、世界最高効率のマイクロ波プラスチック分解技術を開発 – 従来比5倍の分解効率でケミカルリサイクルを変革
ケミカルリサイクルの効率化を扱った記事。今回の「性能を回復させて再利用する」手法と対を成す、「分解して原料に戻す」アプローチとして読み比べられる。

ケンブリッジ大学、廃バッテリー酸×太陽光でプラスチックをクリーン水素に変換する技術を開発
PETやナイロンなどをクリーン水素へ変換する技術。処理が難しい素材を循環させるという点で、自動車部材の再利用という文脈が重なる。

UC Berkeley発、プラスチック気化リサイクル技術が革新的進展 – 循環型経済への道筋
PEとPPをモノマーへ分解する技術。プラスチックを分子レベルまで戻す分解系リサイクルの代表例として、今回の強度回復型との対比に有効。

【編集部後記】

回復した94%という数字の裏で、残りの6%がどこへ消えたのかは、まだ表に出ていません。鎖延長剤で結び直された分子鎖は、切れる前とまったく同じ構造に戻ったわけではないはずで、その微妙な差が、一度きりの引張試験では見えない疲労や耐久性にどう効いてくるのか。

同じ樹脂を二度、三度と鎖延長にかけたとき、この94%はどこまで保たれるのか。予測式が本当に循環を支える道具になるのは、繰り返しの先まで精度が続くと確かめられたときだと考えています。次の論文で、その回数が何回目まで書かれているかに注目したいところです。


【用語解説】

エンジニアリングプラスチック
機械部品や電子機器など、強度・耐熱性が求められる用途に使われる高性能プラスチックの総称。汎用プラスチックより過酷な条件に耐えるが、その分、劣化への対策も重要になる。

PBT(ポリブチレンテレフタレート)
自動車部品や電子機器のコネクタに広く使われるエンジニアリングプラスチックの一種。耐熱性や機械特性に優れる一方、高温・高湿の環境では加水分解によって劣化する弱点を持つ。

加水分解
水分子が化合物の結合を切断する化学反応。PBTのような樹脂では、この反応によってエステル結合が切れ、分子鎖が細切れになって強度が落ちる。

分子鎖/分子量
プラスチックは、小さな単位(モノマー)が鎖のように長くつながってできている。この鎖の長さの指標が分子量であり、同じ樹脂であれば鎖が長い(分子量が大きい)ほど一般に強度が高い傾向がある。ただし強度は結晶化度や配向、添加材、欠陥などにも左右される。今回扱うPBTの加水分解劣化では、分子鎖が切れて短くなることが強度低下の主因となる。

鎖延長剤(Chain Extender)
切れてしまった分子鎖どうしを再びつなぎ合わせ、分子量や力学特性を回復させるための添加剤。今回の研究の鍵となる材料である。添加量が過多になると分岐やゲル化を招く場合もある。

PPDI(1,4-フェニレンジイソシアネート)
今回用いられた鎖延長剤。分子中に2個のイソシアネート基という反応性の高い部分を持ち、高分子の末端と結びついて鎖を延ばす働きをする。

引張強さ
材料を引っ張ったときに耐えられる最大の引張応力を示す指標。単位は通常メガパスカル(MPa)。プラスチック部品の実用性能を測る代表的なものさしの一つ。

Fox-Flory型の定量関係
高分子材料の物性と分子量の関係を表す古典的な理論式。もともとはガラス転移温度と分子量の関係を記述する式として知られる。本研究では、劣化PBTの鎖延長という系で、引張強さと分子量の関係が同型の式で整理できることを見出した。

応力-ひずみ曲線
材料に力(応力)を加えたとき、どれだけ変形(ひずみ)するかをグラフにしたもの。最大応力や破断ひずみ、弾性率などから、材料の強さや粘り強さを読み取れる、力学試験の基本的な表現。

【参考リンク】

東北大学(外部)
今回の研究を発表した国立大学。材料科学をはじめ幅広い分野で研究成果を発信している。

東北大学 成田・栗田・王研究室(複合材料工学)(外部)
本論文の責任著者・栗田大樹准教授らが所属する研究室。複合材料や機能性材料の力学・設計を専門とする。

Astemo株式会社(外部)
本研究の共同研究先。自動車・二輪車向けの部品やシステムを世界規模で展開する大手サプライヤー。

Composites Part A(Elsevier)(外部)
本研究成果が掲載された、複合材料分野の国際専門誌。エルゼビアが発行する。

原著論文(DOI)(外部)
分子量を起点とした強度回復と、そのFox-Flory型モデルの詳細が記載された本研究の論文。

【参考記事】

Council greenlights rules for a more circular automotive sector(EU理事会)(外部)
EU理事会が2026年6月29日に自動車循環規則を正式採択した一次情報。規則は発効から2年後に適用が始まる。

New rules for a more sustainable EU automotive sector(欧州議会)(外部)
欧州議会が2026年6月18日に規則を承認した際の発表。発効から6年後に15%、10年後に25%の再生プラスチック使用を求める。

End-of-life vehicle statistics(Eurostat)(外部)
EUの廃車統計。再使用・リサイクル85%以上、再使用・回収95%以上という法定目標と達成状況を示す。

Upgrading and Enhancement of Recycled PET with Chain Extenders(ACS / PMC)(外部)
鎖延長剤による再生PETの分子量・物性回復を扱った関連研究。PBT以外の樹脂でも同種の手法が研究されている。

Enhancing Mechanical and Thermal Performance of Recycled PA6/PP Blends(MDPI / PMC)(外部)
鎖延長剤と繊維強化で再生プラスチックの物性を高めた研究。鎖延長が再生材料の改質手法として研究されている例の一つ。


Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。