Last Updated on 2025-07-02 00:03 by admin
ETHチューリッヒの科学者らが、空気中の二酸化炭素を直接吸収する「生きた素材」を開発した。
この素材は水分豊富なハイドロゲルにシアノバクテリアを充填した構造で、微生物が光合成によりCO2をバイオマスに変換し、同時に固体炭酸塩を形成して炭素を鉱物形態で貯蔵する。実験室テストではバクテリアが400日以上活動を維持した。
3Dプリンティング技術により高表面積形状を作成し、光の浸透と栄養分配を最適化している。素材は時間経過とともに鉱物蓄積により硬化し、構造強度が向上する。
ヴェネツィアの建築ビエンナーレでは3メートル高の柱として実装され、各柱が年間最大18キログラムのCO2を捕獲する能力を示した。ミラノでは木材コーティングとしての応用も検討されている。研究成果はNature Communicationsに掲載された。
From: Scientists created a ‘living’ material that sucks CO2 out of the air
【編集部解説】
この「生きた建材」は、単なる実験室の産物ではなく、すでに実用化への道筋が見えている点で注目に値します。ETHチューリッヒの研究チームが開発したこの技術は、シアノバクテリアという35億年前から地球に存在する微生物を現代の3Dプリンティング技術と融合させた、まさに「古代と未来の融合」とも言える革新的アプローチです。
最も興味深いのは、この材料が二重のメカニズムでCO2を固定化する点でしょう。通常の植物のように光合成でバイオマスを生成するだけでなく、炭酸塩鉱物という安定した形でも炭素を貯蔵します。
実用化の観点から見ると、ヴェネツィア建築ビエンナーレでの展示は単なるデモンストレーションではありません。3メートルの柱が年間18キログラムのCO2を吸収するという数値は、若い松の木1本分に相当し、都市部の建築物に組み込まれた場合の環境インパクトを具体的に示しています。
ただし、この技術には課題も存在します。微生物を生かし続けるための栄養供給システム、長期間の安定性、建築基準への適合性など、実用化には多くのハードルが残されています。また、生きた材料であるがゆえに、従来の建材とは異なる品質管理や保守メンテナンスが必要になる可能性があります。
建設業界への影響は段階的に現れると予想されます。まずは装飾的な要素や非構造部材から始まり、技術の成熟とともに構造材への応用が進むでしょう。カーボンニュートラル建築の実現に向けて、建物自体が炭素吸収装置となる未来は、もはや夢物語ではありません。
この技術が本格普及すれば、建築基準法や環境規制にも新たな枠組みが必要になります。「生きた建材」の性能評価基準、安全性の担保、廃棄時の処理方法など、従来の無機材料とは根本的に異なる規制体系の構築が求められるでしょう。
【用語解説】
シアノバクテリア(藍藻)
地球上で最も古い生命体の一つで、約35億年前から存在する光合成細菌。酸素を産生する光合成を行い、地球の大気組成を変えた「大酸化イベント」の主役とされる。低光量でも効率的に光合成を行う能力を持つ。
ハイドロゲル
水分を大量に保持できる三次元網目構造を持つ高分子材料。親水性基により水分子と水素結合を形成し、生体組織に似た柔軟性を持つ。医療分野から工業分野まで幅広く応用される。
3Dプリンティング(積層造形)
デジタルデータから三次元物体を層状に積み重ねて製造する技術。材料を一層ずつ堆積・硬化させることで複雑な形状も製造可能。建築、医療、航空宇宙など多分野で活用される。
炭酸塩鉱物
炭酸イオンと金属イオンが結合した鉱物の総称。石灰石や大理石などが代表例。CO2が鉱物化した安定な形態で、長期間の炭素貯蔵が可能。
Nature Communications
ネイチャー・パブリッシング・グループが発行する査読付き科学誌。物理学、化学、生物学など幅広い分野の学際的研究を掲載する。2010年創刊のオンライン専用ジャーナル。
【参考リンク】
ETH Zurich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)(外部)
1854年設立のスイスの理工系大学。科学技術分野で世界トップクラスの研究機関。
Venice Architecture Biennale(ヴェネツィア建築ビエンナーレ)(外部)
1980年から開催される世界最大級の国際建築展。隔年でヴェネツィアで開催。
【参考記事】
Scientists invent photosynthetic ‘living’ material(外部)
Live Scienceによる科学解説記事。400日間の実験結果と建築応用を詳述。
Architectural Innovation at the Venice Biennale(外部)
ヴェネツィア・ビエンナーレでの実装事例とバイオファブリケーション技術を解説。
【編集部後記】
この「生きた建材」を見て、皆さんはどんな未来を想像されますか?建物自体が呼吸し、CO2を吸収しながら成長していく光景は、まるでSF映画のようですが、もう現実のものとなっています。私たちの住む街が、巨大な森のように機能する日も近いかもしれません。この技術が普及したとき、建築業界はどう変わるでしょうか?また、生きた材料で作られた建物に住むことに、皆さんは抵抗を感じますか?それとも魅力を感じますか?ぜひSNSで教えてください。