秋が近づくと、上野をはじめとする東京の美術館では、まとまった時間をかけて見たくなる展覧会が増えてきます。innovaTopiaでも以前、アール・デコの展覧会を取り上げましたが、今回は少し視点を変えて、2026年9月に東京で体験できる「技術とメディア」を軸にした3つの展覧会をご紹介します。
生成AIが文章や画像、映像をつくり、アルゴリズムが日々目にする情報を選ぶ現在、メディアはもはや単なる情報の入れ物ではありません。人間が何を見て、何を信じ、何を記憶し、さらには何を「生命」と感じるのかにまで関わる環境になっています。
今回選んだ3展では、その長い変化をそれぞれ異なる角度からたどることができます。虎ノ門では、映像と彫刻を融合してきたトニー・アウスラーが「見ること」と「信じること」を揺さぶります。初台のICCでは、映画や録音、通信、AIが、歴史や記憶をどのように残し、何を取りこぼしてきたのかを問い直します。そして高輪では、アンドロイドとAIを通じて、人間や生命の未来を考える物語が展開されます。
【1】トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~|映像はいつから「見るもの」になったのか

最初にご紹介するのは、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEで開催されている「トニー・アウスラー:技術と霊知のはざま~魔術、メディア、アート~」です。ビデオ・インスタレーションとプロジェクション表現の先駆者として知られるアメリカ人アーティスト、トニー・アウスラーにとって、日本初の大規模個展となります。
会場には初期の代表作から2026年の新作まで49点が集まり、そのうち23作品が日本初公開です。デヴィッド・ボウイ、作曲家グレン・ブランカと制作した《空(くう)》(東京版)と、TOKYO NODEの高さ15メートルのドーム空間を生かした《キメラ》は、いずれも世界初公開作品として紹介されています。TOKYO NODE公式ページ
技術と魔術は、本当に正反対なのか
私たちは現在、写真や映像、通信を合理的な技術として受け入れています。しかし、新しいメディアは当初から、世界を正確に記録する道具としてだけ使われてきたわけではなく、19世紀後半には、写真が幽霊や霊的現象を示す「証拠」として支持者と懐疑者の双方から検討され、心霊写真が大きな関心を集めた時期もありました。目に見えないものを可視化する技術は、科学と不可思議なものの境界を揺らしてきたのです。
生成AIにも、これとよく似た構図があります。AIがつくった映像は、どれほど現実らしく見えても、現実の記録とは限りません。それでも私たちは、滑らかに話す顔や自然な声に人格や意図を読み込み、目の前の像を信じそうになります。1970年代後半から活動を続けるアウスラーが扱ってきた映像や知覚の問題は、生成メディアが日常化した現在、むしろ切実さを増しているように感じられます。
「見る側」と「見られる側」が入れ替わる《スペキュラー》
象徴的な作品の一つが、暗闇に大小さまざまな眼球が浮かぶ《スペキュラー》です。鑑賞者は無数の「眼」を見る一方で、その眼から見返されているような感覚に包まれます。作品を観察していたはずの自分が、いつの間にか観察される対象になってしまうのです。
本展の見どころは、映像を画面の中に閉じ込めず、彫刻、音、光、建築空間と結びつけていることです。作品を「理解する」前に、声に呼びかけられ、巨大な眼に見返され、像の気配に身体が反応します。メディアが人間の知覚へ入り込む瞬間を、理屈だけでなく体験としてつかめる展覧会です。
開催情報
- 会期:2026年7月3日(金)~9月27日(日)
- 会場:TOKYO NODE GALLERY A/B/C(虎ノ門ヒルズ ステーションタワー45階)
- 開館時間:10:00~19:00(金・土曜日は20:00まで、入場は閉館30分前まで)
- 料金:一般2,400円、大学生・専門学校生1,400円、中高生800円、小学生以下無料
- 公式サイト:TOKYO NODE
【2】ICCアニュアル2026「遺す/残る/受けとめる」|AI時代に、歴史をつくるのは誰か

2つ目は、初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で開催中の「ICCアニュアル2026 遺す/残る/受けとめる」です。
ICCは1997年の開館以来、科学技術と芸術文化の対話を掲げてきた文化施設です。「ICCアニュアル」は、メディア・アートをはじめ、現代のメディア環境から生まれる多様な表現を紹介する長期展示です。2026年は、歴史、技術、メディアの関係と、「遺す/残す」という行為そのものに焦点を当てています。ICC公式プレスリリース
私たちがどう遺してきたのか
写真や映画、録音は、消えてしまう風景や声を後世に残す技術として発展してきました。一方で、どの対象にカメラを向け、何を録音し、どのノイズを除き、どの形式で保存するかによって、残る歴史は変わります。記録媒体は過去を中立に保存する箱ではなく、あるものを残し、別のものを見えなくする選択の仕組みでもあります。
この問題は、生成AIとアルゴリズムの時代を迎えて、さらに複雑になりました。ネット上では情報がかつてない速度と規模で生成される一方、実際に私たちが目にする情報は、検索や推薦のアルゴリズムによって選ばれ、並べ替えられています。さらに、過去の画像や音声は学習データとなり、新しい像や声として再構成されます。
ICCの展示は、この抽象的な問題を、映画フィルム、蝋管録音、画像処理、SNS、可視光通信、立体音響といった具体的なメディアから掘り下げています。
批評性が強く、AI、データ、アーカイブ、植民地主義、情報流通の関係をじっくり考えたい方にお勧めです。(僕も行こうかなと思っています。)9月12日からは、新進アーティスト紹介コーナー「エマージェンシーズ!」で杉田碧の展示も始まります。
開催情報
- 会期:2026年6月20日(土)~11月8日(日)
- 会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]ギャラリーB(東京オペラシティタワー4階)
- 開館時間:11:00~18:00(入館は閉館30分前まで)
- 休館日:毎週月曜日。祝日・振替休日の場合は翌日休館。ただし9月22日(火・祝)は開館
- 料金:一般800円、大学生600円。高校生以下、65歳以上などは無料。無響室作品の体験は一般・大学生200円
- 公式サイト:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]
【3】石黒浩プロデュース「いのちの未来+」|AIとアンドロイドは、人間の「その後」を演じられるか

3つ目は、高輪ゲートウェイシティのMoN Takanawaで開催されている「いのちの未来+」です。大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」を、ロボット工学者の石黒浩氏の監修のもと、東京の会場に合わせて再構成した体験型プログラムです。
厳密には美術作品を並べた展覧会というより、アンドロイド、映像、音響、舞台演出を一体化した没入型シアターに近い内容です。それでも今回の3選に加えたいと思ったのは、メディアが「何かを映す道具」から、身体を持って観客の前に立ち、言葉を交わし、未来の物語を演じる存在へと変わる地点を示しているからです。MoN Takanawa公式ページ
生命の歴史をたどり、50年後、1000年後へ
展示は「Zone1 いのちの歩み」「Zone2 50年後の未来」「Zone3 1000年後の未来」という時間軸で構成されています。生命が受け継がれてきた過去から出発し、テクノロジーと共存する近未来、さらに人間の身体や生命観そのものが変わり得る遠い未来へと、観客を導いていきます。
東京版では、万博で描かれた50年後の物語に「いのちの未来の選択」をめぐる新しいシナリオが加えられ、アンドロイドたちの対話によって展開されます。未来を完成した予言として見せるのではなく、どの技術を選び、どのような生命のあり方を望むのかを、現在の観客へ問い返す構成です。
人間はなぜ、機械の顔の動きや声、間の取り方に心を感じるのでしょうか。記憶や人格を別の身体へ移せるようになったとき、それは本人の継続といえるのでしょうか。老いや死、身体の制約を技術で越えることは、生命を豊かにするのでしょうか。それとも、生きる意味そのものを変えてしまうのでしょうか。
AIは作品をつくるだけでなく、作品の中から話しかける
別料金の関連体験では、最新AIを搭載した「漱石アンドロイド2.0」と会話できます。夏目漱石を模したアンドロイドが自律的に対話し、漱石にまつわる質問にも自分の言葉で答えると案内されています。
ここでは、従来の展示物と鑑賞者の関係が変わります。鑑賞者が作品を一方的に見るのではなく、作品側が相手の言葉を受け取り、その場で応答するからです。AIがメディアの内部に組み込まれると、作品は固定された完成物から、観客とのやり取りによって毎回異なる内容を生む「出来事」へ近づいていきます。
同時に、それが本当に「漱石との対話」なのかという疑問も残ります。最新AIを通じて応答するアンドロイドに、私たちはどこまで漱石本人らしさを感じるのでしょうか。「いのちの未来+」は、その境界を、実物の身体を持つアンドロイドとの距離感の中で考えられる機会になりそうです。
華やかな技術展示として楽しむこともできますが、見どころは、人間とは何か、生命とは何かという問いを、科学と哲学の双方から観客自身の選択へつなげている点にあるのかなと思います。
開催情報
- 会期:2026年7月25日(土)~9月26日(土)
- 休演日:9月8日(火)、9月18日(金)ほか
- 会場:MoN Takanawa: The Museum of Narratives「Box1000」
- 所要時間:45~65分程度、30分ごとの日時指定制
- 料金:一般前売は平日3,500円、土日祝4,000円。当日券は平日4,000円、土日祝4,500円。U25は2,500円、中学生以下は1,500円
- 「漱石アンドロイド2.0」との対話体験:別料金1,000円、9月23日(水)まで
- 公式サイト:MoN Takanawa
※当初のプレスリリースでは会期が9月25日までと案内されていましたが、現在の公式ページでは9月26日までとなっています。本記事では最新の公式情報を記載しています。
この秋、3つの展覧会を巡るのが今から楽しみです
個人的には、この3つの展覧会を実際に巡るのが今からとても楽しみです。それぞれ単独でも興味深い内容ですが、続けて見ることで、メディアと人間の関係が少しずつ変化してきた流れまで感じられるのではないかと思っています。
AIという存在を無視できなくなった2026年の秋だからこそ、新しさだけを追うのではなく、人間がこれまで技術とどのように向き合い、表現へ変えてきたのかを振り返ってみたいと思います。少し涼しくなった東京を歩きながら、メディアの過去、現在、未来をつなぐ3つの展覧会を巡れることを、個人的にも楽しみにしています。
※会期、開館時間、料金、チケットの販売状況は変更される場合があります。来場前に、各展覧会の公式サイトで最新情報をご確認ください。

















