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Apple vs. 英国政府:暗号化論争が公開審理へ、プライバシーと安全保障の新たな戦場

 - innovaTopia - (イノベトピア)

Last Updated on 2025-04-08 17:53 by admin

英国の捜査権限審判所は2025年4月7日、Appleと英国政府間のデータプライバシーに関する法的論争を秘密裏に行うべきではないとの判断を下した。この判断は、BBCを含む市民的自由団体と報道機関の連合を支持するものである。

英国内務省は捜査権限法に基づき、Appleの先進データ保護(ADP)システムで保護された情報へのアクセス権を要求している。ADPはエンドツーエンド暗号化を使用しており、現状ではユーザーのみがデータにアクセス可能である。Appleはハッカーや犯罪者に悪用される懸念から、「バックドア」の作成を拒否している。

この政府要求に対して、2025年2月21日、Appleは英国からADPを撤回し、同年3月に捜査権限審判所で政府に対する法的手続きを開始した。政府は国家安全保障を理由に、事件の詳細を非公開にするよう求めたが、審判所はこれを却下した。

内務省は「最優先事項は人々の安全確保」と述べ、テロリストや重大犯罪者の調査のための権限が必要だと主張している。また、包括的なデータアクセスではなく、ADPで保護された個別アカウントの閲覧には裁判所が承認した令状が必要になるとしている。

オープン・ライツ・グループ、ビッグ・ブラザー・ウォッチ、検閲に関する指標などの市民団体は判決を歓迎し、「世界中の何百万人もの人々のプライバシーとセキュリティに影響を与える」と指摘している。

Appleは今回のコメントを控えたが、以前の声明では「ユーザーの個人データに最高レベルのセキュリティを提供することにコミットしており、バックドアやマスターキーを作ったことはなく、これからも作ることはない」と述べている。

from Apple’s encryption row with UK should not be secret, court rules

【編集部解説】

皆さん、Appleと英国政府の暗号化をめぐる対立は、デジタル時代の重要な岐路を示す事例です。この論争の核心にあるのは、セキュリティと監視のバランスという、テクノロジー社会における永遠のジレンマです。

Appleの先進データ保護(ADP)は、ユーザーのクラウドデータを最高レベルで保護するための仕組みで、エンドツーエンド暗号化によって、写真、メモ、iCloudバックアップなど25種類のデータカテゴリを保護しています。この技術の特徴は、暗号化キーがユーザーの端末だけに存在し、Apple自身も含め第三者がデータにアクセスできないという点にあります。

一方、英国内務省は2016年に制定された捜査権限法(通称「スヌーパーズ・チャーター」)に基づき、犯罪捜査やテロ対策のためにこの暗号化データへのアクセス権を求めています。この法律は政府機関に広範な監視権限を与えるもので、テクノロジー企業に対して技術的な協力を強制できる条項も含まれています。

この対立の背景には、近年のデジタルコミュニケーションの急速な暗号化があります。WhatsAppやSignalのようなメッセージングアプリも同様の技術を採用しており、法執行機関はこれらが犯罪者の「安全な隠れ家」となることを懸念しています。

しかし、サイバーセキュリティ専門家の間では、「バックドア」の作成はシステム全体のセキュリティを弱めるという強い合意があります。2025年2月に公開された109の市民団体や企業、専門家による共同書簡では、「政府にエンドツーエンド暗号化データへのアクセスを提供する方法は、エンドツーエンド暗号化を破壊せずには存在しない」と強調されています。

今回の捜査権限審判所の判断は、この論争を公開の場で行うという透明性の勝利とも言えますが、根本的な問題の解決にはまだ至っていません。Appleはすでに2月21日に英国からADPを撤回しており、これは同社が政府の要求に応じるよりも、サービスの一部を制限する道を選んだことを意味します。

この問題は英国だけの問題ではありません。米国を含む各国政府も同様の懸念を示しており、グローバルな「暗号化論争」の一部となっています。特に子どもの保護や国家安全保障という正当な目的のために、プライバシーとセキュリティのバランスをどう取るかという議論は今後も続くでしょう。

テクノロジーユーザーとしての私たちにとって、この問題は単に技術的な話ではなく、デジタル時代における基本的権利と自由に関わる重要なテーマです。今後のこの論争の行方は、私たちのデジタルライフの未来形を大きく左右するものになるでしょう。

【用語解説】

エンドツーエンド暗号化(E2EE): データを送信者から受信者まで一貫して暗号化する方式。途中の第三者(サービス提供者を含む)は内容を読めない。簡単に言えば、メッセージを入れた箱に鍵をかけ、その鍵は送り手と受け手だけが持っている状態である。

先進データ保護(ADP): Appleが提供するiCloudデータの高度な保護機能。25種類のデータカテゴリをエンドツーエンド暗号化することで、アップルさえもアクセスできない状態にする。

捜査権限法(Investigatory Powers Act): 2016年に英国で制定された法律で、政府機関に広範な通信データ収集・監視権限を与える。「スヌーパーズ・チャーター(盗み見者の憲章)」の通称で批判されることもある。

バックドア: セキュリティシステムに意図的に作られた抜け道。アナロジーとしては、家の表玄関は厳重に施錠されていても、裏口に簡単な錠しかなければ、その裏口(バックドア)から侵入されるリスクがあるという状態である。

捜査権限審判所(Investigatory Powers Tribunal): 英国の情報機関や公共機関の監視活動に関する苦情を審査する独立した裁判所。英国の監視活動の法的監督を担う重要な司法機関である。

【参考リンク】

Apple 先進データ保護(ADP)(外部)
Appleが提供するiCloud向け先進データ保護の公式ガイド。有効化方法や保護されるデータカテゴリについての情報がある。

英国内務省(Home Office)(外部)
英国の内政を担当する政府省庁。入国管理、治安維持、テロ対策など幅広い分野を所管している。

オープン・ライツ・グループ(Open Rights Group)(外部)
英国のデジタル権利と自由を擁護する市民団体。プライバシーやデータ保護、検閲対策などの活動を行っている。

ビッグ・ブラザー・ウォッチ(Big Brother Watch)(外部)
英国のプライバシーと市民的自由を守るための非営利組織。政府の監視活動に対する監視・批判を行っている。

グローバル暗号化連合(Global Encryption Coalition)(外部)
強力な暗号化の重要性を促進し、暗号化を弱体化させる取り組みに対抗するための国際的な連合組織。

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乗杉 海
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