Last Updated on 2025-05-26 16:35 by admin
2025年、トランプ米大統領は、バイデン政権下で成立した「デジタルエクイティ法」に基づくブロードバンド普及支援プログラムの終了を目指す方針を明らかにした。このプログラムは、2021年のインフラ投資・雇用法の一部として、米国内のデジタルデバイド(情報格差)解消を目的とし、27.5億ドルの予算が組まれ、主に低所得者層、マイノリティ、農村部住民などを対象に、インターネットアクセス環境の整備やデジタルスキルの訓練などを支援してきた。
トランプ氏および商務省は、このプログラムが「違憲」であり「人種差別的」であると主張。背景には、DEI(多様性、公平性、包摂性)に関する取り組みが、特定の人種や属性を不当に優遇するものであり、実力主義に反するというトランプ政権の基本的な考え方がある。2023年の最高裁判所によるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)に対する違憲判決も、この流れを後押ししている。
プログラムの推進母体である国家電気通信情報庁(NTIA)は、デジタルエクイティ法が全ての人々がデジタル経済の恩恵を享受できるようになることを目指すものだと説明。対象者には人種的マイノリティも含まれるが、法律自体は特定の人種を優遇したり、他の人種を排除したりするものではないと強調している。しかし、トランプ政権側は、プログラムの運用実態やDEIの枠組み自体が、特定層への不当な利益供与にあたると問題視している。
この政策転換は、米国内のインターネットアクセス環境整備の遅れや、デジタルスキルを持たない層のさらなる孤立を招く可能性が懸念される。一方で、より費用対効果の高い普遍的なブロードバンド普及策への転換を模索する動きと見ることもできる。
References:
Trump Seeks to End Digital Equity Act Broadband Program | Perplexity AI
Digital Equity | National Telecommunications and Information Administration (NTIA)
FACT SHEET: The Bipartisan Infrastructure Deal | The White House (デジタルエクイティ法を含むインフラ投資雇用法に関する情報)
米連邦政府、DEI関連施策を強化も、一部で反発の動き | ジェトロ(日本貿易振興機構) (DEIに関する米国の動向)
【編集部解説】
今回は、米国のデジタルエクイティプログラム見直しの動きについて、その背景と今後の影響を考えてみましょう。
<トランプ大統領は何を考えてこのプログラムを終了させるのか>
トランプ大統領の今回の判断の根底には、DEI(多様性、公平性、包摂性)に対する強い不信感があると考えられます。トランプ氏は、DEI関連の施策が、個人の能力や努力ではなく、人種や性別といった属性に基づいて人々を評価し、特定のグループを不当に優遇するものだと一貫して主張してきました。これは「逆差別」であるというわけです。 2025年1月には連邦政府機関におけるDEIプログラムを終了させる大統領令に署名しており、今回のデジタルエクイティプログラムへの批判もその延長線上にあると言えるでしょう。 デジタルエクイティプログラムの対象者には、人種的マイノリティや低所得者層などが含まれています。トランプ氏や支持者から見れば、これもまた「特定の人々への不公平な優遇措置」と映るのかもしれません。彼らが目指すのは、人種や属性を考慮しない「カラーブラインド(色覚に頼らない)」な政策であり、機会の平等こそが重要であるというスタンスです。 商務長官が「最も低コストのブロードバンドアクセス」の実現を強調している点も踏まえると、現行プログラムの費用対効果や公平性への疑問が、政策転換の大きな動機となっているようです。
<インターネットにアクセスできない地域の人々はどうなるのか>
デジタルエクイティプログラムが終了または大幅に縮小された場合、最も影響を受けるのは、これまで支援の対象となってきたインターネット未整備地域の住民や、デジタルスキル向上の機会を得ようとしていた人々です。都市部と農村部、あるいは所得層によるデジタルデバイドは依然として深刻な問題であり、この格差が教育や就労、医療アクセスなど、生活のあらゆる面でのさらなる格差拡大につながる可能性があります。
代替策として注目されるのが、スペースX社が提供する衛星ブロードバンド「スターリンク」のような技術です。スターリンクは、従来の地上インフラが整備しにくい山間部や離島などでも高速インターネット接続を可能にする画期的な技術であり、災害時の通信確保などでも実績を上げています。 しかし、スターリンクが万能な解決策となるわけではありません。まず、利用料金が従来のブロードバンドサービスと比較して高額になる可能性があり、低所得者層にとっては負担が大きいかもしれません。また、アンテナの設置や初期設定、そして安定した運用にはある程度の技術的知識も必要です。天候に左右される側面や、宇宙ゴミ、光害といった環境への影響も指摘されています。 プログラムがなくなれば、これらの代替技術の導入支援や利用料補助といった公的サポートも不透明になり、結果としてアクセスできない人々は取り残されてしまう懸念があります。
<どこがどう違憲で人種的優遇措置なのか>
トランプ政権が「違憲」であり「人種的優遇措置」だと主張する具体的なポイントは、プログラムの条文そのものというよりは、その運用や根底にあるDEIの理念に向けられていると考えられます。 デジタルエクイティ法の条文では、支援対象となる「covered populations(対象となる人々)」として、低所得世帯、高齢者、障害者、英語学習者、そして「人種的または民族的マイノリティグループの個人」などが挙げられています。法律の文面では、これらの人々を「支援対象に含めることができる」とされており、特定の人種のみを優遇したり、他の人種を排除したりすることを直接的に命じているわけではありません。 しかし、トランプ政権や一部の保守派は、このような特定の属性、特に人種的マイノリティを対象に含めること自体が、合衆国憲法が保障する法の下の平等に反し、「逆差別」にあたると解釈している可能性があります。2023年に連邦最高裁が、大学入試におけるアファーマティブ・アクション(黒人やヒスパニック系などのマイノリティを優遇する措置)を違憲と判断したことが、この主張の大きな後ろ盾となっています。この判決では、人種を考慮した選考は、たとえそれが歴史的な不平等を是正する目的であったとしても、憲法修正第14条の平等保護条項に違反するという考え方が示されました。 つまり、デジタルエクイティプログラムが、結果として特定の人種グループに手厚い支援を提供することになるならば、それは「人種に基づいた不当な優遇」であり違憲である、というのがトランプ政権側のロジックだと言えるでしょう。彼らは、政府の支援は人種や民族に関わらず、全ての国民に公平に行き渡るべきだという「カラーブラインド」原則を強く主張しています。
この問題は、単にインターネットアクセスの問題に留まらず、米国の社会における「公平性」や「平等」のあり方そのものについての根源的な問いかけを含んでいます。今後の動向を注視していく必要があります。
【用語解説】
デジタルエクイティ
全ての人々やコミュニティが、情報通信技術(ICT)の恩恵を十分に享受するために必要な機会、スキル、技術、能力に公平にアクセスでき、利用できる状態のこと。単なるアクセスだけでなく、活用能力の育成も含む。
DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)
「多様性、公平性、包摂性」の頭文字。組織や社会において、多様な背景を持つ人々が尊重され、公正な機会が与えられ、誰もが参加し貢献できる状態を目指す考え方や取り組みのこと。
アファーマティブ・アクション
歴史的に差別を受けてきたマイノリティ(人種、民族、性別など)に対し、教育や雇用の機会を積極的に提供することで、実質的な平等を確保しようとする措置。米国では大学入試などで導入されてきたが、近年、逆差別との批判も強い。
デジタルデバイド
インターネットやパソコンなどの情報通信技術(ICT)を利用できる人とできない人との間に生じる、情報アクセスや活用能力の格差。地域間、所得層間、年齢層間などで見られることが多い。
スターリンク
米スペースX社が開発・提供する衛星インターネットアクセスサービス。多数の低軌道衛星を連携させ、地上どこでも比較的高速なブロードバンド通信を提供することを目指す。地上インフラが未整備な地域や災害時の通信手段として期待されている。
【参考リンク】
National Telecommunications and Information Administration (NTIA)(外部)
米国商務省の一機関。ブロードバンドアクセス拡大やスペクトラム管理等を所管。デジタルエクイティ法の詳細情報を提供しています。
ジェトロ(日本貿易振興機構)(外部)
日本企業の海外展開支援や貿易投資促進を行う独立行政法人。米国のDEI政策に関する詳細なレポートなどを掲載しており、ビジネスの観点からも参考になります。
SpaceX Starlink(外部)
スペースX社が提供する衛星インターネットサービス「スターリンク」の公式サイト。サービス内容や技術情報、利用可能なエリアなどを確認できます。
Building A Better America | The White House(外部)
ホワイトハウスのインフラ投資に関する公式サイト。デジタルエクイティ法を含む超党派インフラ法の概要や進捗について情報を提供しています。