ブラザー工業「ROOMDIVE」トライアル開始―ゴーグル不要の没入空間がカラオケ・ホテルへ広がる

ゴーグルを装着しなくても、部屋に入った瞬間から映像世界に包まれる――そんな体験を、カラオケやホテル、お気に入りの飲食店で味わえる未来が動き出しました。ブラザー工業が2026年5月25日、独自の没入空間創造システム「ROOMDIVE(ルームダイブ)」の正式名称を発表し、トライアル受付を開始。ミシンや印刷機を祖業とする老舗メーカーが、社内インキュベーションから生み出した新規事業の挑戦が、いよいよ本格化します。VRヘッドセットでもなく、巨大なテーマパーク設備でもない「第三の没入体験」が、私たちの日常空間をどう変えていくのか。innovaTopiaが、その全貌と意義を読み解きます。


ブラザー工業株式会社(本社:名古屋市、社長:池田和史)は2026年5月25日、試験運用中の没入空間創造システムの名称を「ROOMDIVE(ルームダイブ)」に決定したと発表しました。

同日、専用ウェブサイトを立ち上げ、トライアルの受付を開始しています。

ROOMDIVEは、カーブしたパノラマスクリーンに既存映像を投影し、ゴーグル不要で没入体験を提供する投影システムです。カーブスクリーン、空間投影システム、コンテンツマネジメントシステムの3つの要素で構成され、スクリーン形状に合わせた映像調整は不要となります。試験運用では大阪・関西万博をはじめとするイベントやカラオケ店舗で利用されました。新バージョンでは仕様をバージョンアップし、製品化へ向けた改良が行われています。

今後はカラオケやイベント利用に加え、ホテルや飲食店など新たな業態への導入提案にも取り組みます。東京ショールームにオープン予定の「BROTHER JOYFACTORY TOKYO」では、「SHODO STAGE(書道ステージ)」に導入される予定です。

From: 文献リンク2026-05-25 ROOMDIVEのトライアル受付開始 | ブラザー

ブラザー工業株式会社公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

ROOMDIVEの最大の特徴は、「ゴーグル不要」という一点に集約されると言えるでしょう。Meta QuestやApple Vision Proに代表されるヘッドマウントディスプレイ型のXRデバイスが市場の主要プレーヤーとして展開されてきましたが、そこには「装着の手間」「3D酔い」「複数人で体験を共有しづらい」といった構造的な課題が指摘されてきました。ブラザーは、この潮流とは異なる「空間そのものを映像で満たす」というアプローチで、没入感と共有性の両立を狙っています。

技術的な肝は、カーブスクリーンに既存映像を投影する際の歪み補正を、独自のコンテンツマネジメントシステムが自動で行う点です。通常、湾曲面へのプロジェクションには専門的なキャリブレーションが必須となるところ、ROOMDIVEはこの工程をブラックボックス化することで、「どんな映像でも投影できる」という汎用性を実現しました。これは、コンテンツ制作コストを劇的に下げる意味で、業界に与えるインパクトが小さくありません。

市場規模の観点でも追い風が吹いています。Mordor Intelligenceの最新予測(2026年3月時点)では、プロジェクションマッピング関連市場は2026年の80億5,000万米ドル(約1兆2,075億円、1ドル=150円換算)から2031年には198億3,000万米ドルへと、CAGR(年平均成長率)19.76%で拡大すると見込まれています。カラオケ、ホテル、飲食店という具体的な業態提案も、この拡張余地を捉えた戦略と読み取れます。

innovaTopia編集部として特に注目したいのは、ROOMDIVEが「社内インキュベーションシステム」から生まれたです。ブラザーは、ミシンを出発点とする創業100年を超える企業ですが、近年は燃料電池、工作機械、デジタル印刷機、そして本件のような体験創出ビジネスへと事業領域を意識的に拡張してきました。従業員のアイデアを製品化に至らせる仕組みが機能していることは、日本の製造業が「ハードウェアの会社」から「体験を設計する会社」へ脱皮する一つの参照モデルとなり得ます。

連動施策として見逃せないのが、2026年6月開業予定の「BROTHER JOYFACTORY TOKYO」(東京都中央区京橋)です。インバウンド観光客を主要ターゲットに据えた体験型施設であり、ROOMDIVEは「SHODO STAGE」のコア演出技術として組み込まれます。プロジェクション技術を、書道という日本文化の身体性と結びつける試みは、技術の文化的文脈化として興味深いケースと言えるでしょう。

一方で、潜在的なリスクにも触れておく必要があります。「どんな映像も投影できる」という汎用性の高さは、裏を返せば著作権処理や利用ガイドラインの設計が新たな論点として浮上することを意味します。とくにライブ映像を用いた「推し活」利用については、二次利用に関するアーティスト側との取り決めが今後の検討課題になるでしょう。また、設置スペースの確保や、既存のカラオケ店舗・飲食店への導入時の改修コストも、普及スピードを左右する要素となります。

長期的な視点では、ROOMDIVEのような「シェアできる没入体験」は、孤立化が進むデジタル消費に対するカウンタートレンドとして位置づけられます。ヘッドセット型XRが「個」の没入を深めるのに対し、空間投影型は「場」の共有を強化します。テクノロジーが人間の進化に寄与するとき、その方向性は決して一本道ではないということを、本件は示唆しているように感じます。

【用語解説】

イマーシブ(Immersive)
英語の「immerse(浸す、没頭させる)」を語源とする言葉で、視覚・聴覚・触覚などを通じて、利用者が映像や空間に深く入り込んだ感覚を得られる状態を指す。VR、AR、プロジェクションなど、実現する技術は多岐にわたる。

コンテンツマネジメントシステム(CMS)
本来はWebサイト運営で用いられる用語だが、ROOMDIVEの文脈では「投影する映像コンテンツを管理・最適化するソフトウェア基盤」を意味する。湾曲面への投影で生じる歪みを自動補正する役割を担うと考えられる。

ヘッドマウントディスプレイ(HMD)
頭部に装着して映像を視聴するデバイス。VR・XR体験の主要なインターフェースだが、装着の煩わしさや「3D酔い」、複数人で同時に体験を共有しづらいといった課題が指摘されてきた。

XR(Extended Reality)
VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)を包括する総称。現実世界とデジタル世界を融合させる技術領域全般を指す。

キャリブレーション
機器や映像の歪み、ズレを基準値に合わせて調整する作業。曲面投影では、プロジェクターの位置や角度、スクリーン形状に応じた精密な調整が通常必要となる。

CAGR(Compound Annual Growth Rate)
年平均成長率。一定期間における平均的な成長スピードを年率で示した指標で、市場予測でよく用いられる。

【参考リンク】

ROOMDIVE 公式サイト(外部)
ブラザー工業が試験運用中の没入空間創造システム「ROOMDIVE」の公式サイト。トライアル申込や製品仕様を掲載。

ブラザー工業株式会社(外部)
プリンター、ミシン、工作機械などを手がける名古屋市に本社を置くメーカー。1908年創業。ROOMDIVE発表元。

BROTHER JOYFACTORY TOKYO(外部)
ブラザー販売が2026年6月に東京・京橋にオープンする体験型アミューズメント施設の公式サイト。ROOMDIVE導入予定。

ブラザー東京ショールーム(外部)
BROTHER JOYFACTORY TOKYOが併設される、ブラザー販売の東京ショールームの公式ページ。

Meta Quest(Meta公式)(外部)
編集部解説で比較対象として言及した、Meta社のスタンドアロン型VR/MRヘッドセット製品ラインの公式サイト。

Apple Vision Pro(Apple公式)(外部)
編集部解説で比較対象として言及した、Apple社の空間コンピューティング向けヘッドマウントディスプレイの公式ページ。

【参考記事】

プロジェクションマッピング市場規模、シェア、成長レポート(Mordor Intelligence)(外部)
世界市場が2026年80億5,000万米ドルから2031年198億3,000万米ドルへ、CAGR19.76%で成長するとの最新予測(2026年3月更新)の出典。

プロジェクションマッピング市場 市場規模 分析 予測 2026-2032年(GII)(外部)
別の調査会社による予測レポート。2025年47億4,000万米ドル、2032年112億6,000万米ドル(CAGR13.14%)と試算。

ブラザー、体験型アミューズメント施設「BROTHER JOYFACTORY TOKYO」を6月に開業(PR TIMES)(外部)
2026年4月15日付プレスリリース。SHODO STAGEを含むJOYFACTORY TOKYOの全体像と開業時期を確認。

侍アクションや書道パフォーマンスを”思い出グッズ”に 体験型施設『BROTHER JOYFACTORY TOKYO』が6月オープン(リアルサウンド)(外部)
JOYFACTORY TOKYOの施設詳細を解説するメディア記事。インバウンド向け体験施設としての位置づけを補完。

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拠点型VR施設の海外事例。本記事で参照したイマーシブ市場の成長率データを補完する一次情報として有用な参照記事である。

【編集部後記】

ゴーグルを装着すると訪れる「ひとりの没入」と、部屋に入った瞬間に始まる「みんなと共有する没入」。この二つは、似ているようで体験の質がまったく異なるものです。みなさんは、テクノロジーが届けてくれる感動を、誰と、どんな場所で味わいたいでしょうか。

カラオケやホテル、お気に入りの飲食店で、好きな映像世界に深く沈み込める日が訪れたとしたら、どんなコンテンツを投影してみたいですか。読者のみなさんが描く「理想の没入空間」のイメージを、ぜひ一緒に考えてみたいと思います。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。