テーマパークや映画館とは異なる、まったく新しいリアル体験の形が世界的に広がっています。特定の場所に足を運ぶことで体験できる没入型エンターテインメント——「ロケーションベースエンターテインメント(LBE)」と呼ばれるこの領域に、日本の大手不動産デベロッパーが本格参入します。そのパートナーは、世界600件超のプロジェクトを手がけてきたカナダのマルチメディアスタジオ。そして最初のコラボレーション先は、世界で最も愛されるIPのひとつ、ポケモンです。この組み合わせが何を変えようとしているのか、詳しく見ていきます。
2026年5月27日、三井不動産株式会社とカナダ・モントリオールを拠点とするマルチメディアスタジオMoment Factory Studios Inc.は、LBE領域における長期戦略パートナーシップの締結を発表した。
両社のパートナーシップ第一弾として、株式会社ポケモンインターナショナル(The Pokémon Company International)との協業による没入型体験プロジェクトを発表。来場者がポケモントレーナーとしてポケモンの世界に入り込む体験型エンターテインメントで、2027年春に欧州でスタートする予定で、複数地域での巡回開催を予定している。
両社はそれぞれエグゼクティブプロデューサーとして本プロジェクトを推進。三井不動産の長期経営方針「& INNOVATION 2030」では「産業デベロッパー」への進化を掲げており、エンターテインメント領域を重要な成長分野に位置づけている。なお今回の提携は、両社がすでに協働した京都府立植物園100周年記念事業「Light Cycles Kyoto」の実績を踏まえた、複数年にわたるロードマップの始動である。
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三井不動産とMoment Factory、新たなエンターテインメント事業に向けパートナーシップを開始(三井不動産株式会社)
【編集部解説】
ストリーミングが映画館を、スマホゲームがゲームセンターを、ECが小売店を侵食していき、デジタルが「どこでも、いつでも」を実現した結果、逆説的に価値を高めたのが「その場所に行かなければ体験できないもの」です。
Location-Based Entertainment(LBE)と呼ばれるこの領域は、まさにその逆流として浮上しています。市場調査会社グランドビューリサーチによれば、グローバルのLBE市場規模は2025年時点で約74億ドルと推計され、2033年には約492億ドル規模に達するとの見通しも示されています。調査会社によって数値の幅はあるものの、いずれも年率20〜28%前後の高成長を見込んでいる点は共通しています。
ただ、今回の発表を単なるテーマパーク的なイベントと捉えると本質を見誤ります。注目すべきは、ポケモンというIPの「リアル体験」争奪が、同時並行で進んでいるという事実です。
今年1月、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)も「革新的で没入感のある世界水準のポケモン体験」の開発を発表しています。USJはまず日本でデビューし、その後ユニバーサルのグローバル拠点に展開するとしています。
今回の三井不動産×Moment Factory連合は「2027年春に欧州でスタート」と明示。USJが日本・米国圏を主戦場とするのに対し、欧州を先行させる戦略です。ポケモンインターナショナルが複数の「リアル体験」パートナーを同時に走らせていることは、このIPがリアル体験の場においても「独占させない」マルチチャネル戦略を採っていることを示唆しています。
では、そのパートナーであるMoment Factoryとはいかなるスタジオなのか。日本ではまだ一般的な知名度が低いものの、エンターテインメント業界では確固たる地位を持ちます。25年間で世界600件超のプロジェクトを手がけ、その仕事の幅はビリーアイリッシュのコンサート演出から、ラスベガスのSphereでの米ロックバンドPhishのライブ、チャンギ国際空港のインスタレーション、モントリオール・ノートルダム大聖堂の没入型ライトショーまで多岐にわたります。モントリオールに本社を構えながら、パリ、東京、ニューヨーク、シンガポール、アブダビ、リヤドと世界各都市に拠点を持ちます。
今年2月には、フランスのフューチュロスコープ(年間260万人規模のテーマパーク、2025年実績)向けに新たな没入型体験施設を永久オープン。同スタジオが手がけた別の施設が2025年のテア賞(テーマパーク業界のアカデミー賞と呼ばれる賞)を受賞するなど、欧州市場での実績を積み上げています。今回の「2027年春・欧州スタート」という設定は、この欧州での足がかりと三井不動産のグローバルネットワークを組み合わせた、合理的な選択と見ることができます。
では、なぜ不動産会社がエンターテインメントにここまで本気になるのか。三井不動産が東京ドームを傘下に収めたのは2021年。約1万人規模の多目的アリーナ「LaLa arena TOKYO-BAY」の開業、渋谷MIYASHITA PARKの体験型メディア化、「Light Cycles Kyoto」の実施——これらは点ではなく、線として読む必要があります。
「& INNOVATION 2030」という長期方針が掲げる「産業デベロッパー」への進化とは何か。土地・建物を開発・賃貸するビジネスモデルから、人が集まる「理由」そのものをコンテンツとして作り出し、その周辺の不動産価値を高めるモデルへの転換です。建物を建てるのではなく、「行きたくなる体験」を設計し、その体験が不動産の集客力となる——エンターテインメントはその核となる資産に位置づけられています。
英語リリースによれば、三井不動産の総資産は約10兆円(2025年12月時点)。その規模を背景にしたグローバルネットワークと、Moment Factoryのクリエイティブ技術力の組み合わせは、「体験の製造業」とでも呼ぶべき新しい事業の形を志向しています。
もうひとつ注目したいのは、「巡回開催」というフォーマットです。固定したテーマパークとは異なり、特定の都市を一定期間訪れ、次の都市へ移動する。これはMoment Factoryが「Lumina Night Walk」や各種インスタレーション事業で培ってきた手法と重なります。
固定施設は巨大な初期投資とランニングコストを要しますが、巡回型は比較的軽装でグローバル展開できる。三井不動産は現在、アジア・北米を中心にグローバル展開を進めており、Moment Factoryの欧州での豊富な実績との組み合わせがこの地域でのロールアウトを支えると見られます。「欧州よりスタート」して「複数の地域で巡回」するロードマップが、将来的にアジア・日本へ向かうシナリオは自然に思えます。
ただし、詳細な都市名、チケット価格、体験の具体的な内容はいずれも「今後順次発表」とされており、現時点では構想段階であることを念頭に置く必要があります。
【用語解説】
Location-Based Entertainment(LBE)/ロケーションベースエンターテインメント
特定の場所に足を運ぶことで体験できる没入型エンターテインメントの総称。テーマパークや映画館のような固定施設から、期間限定の巡回型イベント、VR・ARを活用した体験型施設まで幅広く含む。スマートフォンやストリーミングでは再現できない「その場でしか体験できない」体験を価値の核とし、近年急速に市場が拡大している。
イマーシブエンターテインメント(没入型体験)
来場者が物語の傍観者ではなく、体験の中心的な参加者として入り込む形式のエンターテインメント。プロジェクションマッピング、インタラクティブ技術、空間音響、特殊照明などを組み合わせ、五感全体に働きかける空間設計が特徴。
プロジェクションマッピング
建物の外壁や立体物の表面に映像を投影し、物体そのものが変容したように見せる映像技術。Moment Factoryが多くのプロジェクトで活用しており、「LIGHT CYCLES KYOTO」でも使用されている。
テア賞(Thea Awards)
テーマパーク・ミュージアム・アトラクション業界の国際的な功績賞。Themed Entertainment Association(TEA)が主催し、「業界のアカデミー賞」とも呼ばれる。Moment Factoryの手がけた施設がこの賞を複数受賞している。
& INNOVATION 2030
三井不動産が2024年4月に策定した長期経営方針。「産業デベロッパー」への進化を掲げ、エンターテインメント・ヘルスケア・スポーツなど従来の不動産にとどまらない領域への事業展開を明示している。
【参考リンク】
三井不動産 公式サイト(外部)
三井不動産グループの公式サイト。エンターテインメント分野を含む事業全体を紹介。
LIGHT CYCLES KYOTO 公式サイト(外部)
三井不動産とMoment Factoryが協働した京都府立植物園のナイトイベント。今回の長期パートナーシップ締結の起点となったプロジェクト。
Moment Factory 公式サイト(外部)
グローバル・エンターテインメントスタジオMoment Factoryの公式サイト。世界600件超のプロジェクト実績を紹介。
Moment Factory|Lumina Night Walks(外部)
Moment Factoryが世界25か所以上で展開する屋外没入型ナイトウォークシリーズ。巡回型LBEビジネスの原型。
Moment Factory|テーマエンターテインメント実績(外部)
IP×没入型体験のプロジェクト一覧。今回のポケモンプロジェクトの文脈を理解するための実績集。
The Pokémon Company International 公式サイト(外部)
アジア以外のポケモン事業を統括する法人の公式サイト。グローバル展開のライセンス・イベント情報を掲載。
Blooloop — アトラクション業界メディア(外部)
テーマパーク・没入型体験・アトラクション業界に特化した英語メディア。LBE業界を深掘りするのに最適な情報源。
【参考動画】
【参考記事】
Moment Factory and Mitsui Fudosan Enter Long-term Strategic Partnership to Deliver Innovative Fan Experiences(GlobeNewswire、2026年5月26日)
今回の発表の英語一次リリース。「Light Cycles Kyoto」が今回の長期パートナーシップ締結の起点であることや、複数年ロードマップの詳細など、日本語リリースにない情報を含む。
Location-Based Entertainment Market Size, 2025–2033(Grand View Research)
LBE市場の規模・成長率・地域別シェアを分析した市場レポート。2025年の市場規模約74億ドル、2033年には約492億ドルへの成長を予測。編集部解説の市場規模数値の出典。
Location-Based Entertainment Market Report 2026(Research and Markets、2026年4月)
2026年時点の最新LBE市場分析。2030年に143億ドル規模到達を予測。複数の調査機関が高成長を見込む根拠を示す。
Universal Studios Japan to Deliver Immersive Pokémon Experiences for Fans(Dexerto、2026年1月)
USJによるポケモン没入型体験の発表報道。三井不動産×Moment Factory連合と同じくポケモンIPのリアル体験を争う競合プレイヤーの動向として重要な背景情報。
Moment Factory brings immersive botanical world to Futuroscope(blooloop、2026年3月)
Moment Factoryがフランスのフューチュロスコープに永久設置した没入型施設の詳細報道。欧州での直近の実績として、今回のポケモンプロジェクト「欧州スタート」の文脈を補強する。
Moment Factory – Light Cycles Kyoto(プロジェクト紹介)(Moment Factory公式、2024年)
京都府立植物園での「LIGHT CYCLES KYOTO」の制作背景と詳細。三井不動産とMoment Factoryが今回の長期提携に至った経緯を理解するための一次資料。
【編集部後記】
「ポケモンの世界に入り込む」という言葉は、1996年の誕生以来、ゲームの中でずっと実現されてきたことです。しかしいま、その「入り込む」体験が、リアルな空間で、肉体ごと行われようとしています。
気になるのは、この体験が「ファンのため」であると同時に、「場所の価値を作るため」でもあるという二重性です。エンターテインメントが不動産の集客装置になる時代に、私たちは体験を楽しみながら、同時に誰かのビジネスモデルの一部にもなっている。それは悪いことではないかもしれませんが、知っておく価値はあるように思います。
2027年春、欧州のどこかでポケモントレーナーになれる体験が始まるとき、その場所に行くことを選ぶかどうか——私たちはどんな「リアル」を求めているのでしょうか。












