航空訓練の課題は、危険な場面をどう安全に再現するかだけではありません。必要なときに、運航現場の近くで繰り返せる環境をどう整えるか。インドに導入されるVRシミュレーターから、訓練インフラの変化を読み解きます。
Loft Dynamicsは、Indocopters Private Limitedがインド初となるLoft Dynamics製Airbus H125 TXi対応VRフルモーションシミュレーターを導入すると発表した。施設はグレーター・ノイダに設置され、南アジア初のH125専用VR訓練拠点となる。
装置は6自由度のモーション機構や360度の3D環境を備え、緊急事態、悪天候、高高度飛行、狭所着陸などの訓練に使用される。Loft Dynamicsによると、インド、ネパール、ブータン、バングラデシュ、スリランカ、モルディブでは、80機を超えるH125が運用されている。
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Loft Dynamics Brings Virtual Reality Pilot Training to South Asia with Indocopters
【編集部解説】
今回の導入で注目すべきなのは、航空訓練にVRが使われること自体ではなく、高度なシミュレーターをパイロットの運航拠点に近づけようとしている点です。
ヘリコプターの緊急手順や悪天候、高高度、狭い場所への着陸は、安全上の理由から実機で何度も再現することが難しい訓練です。Indocoptersに設置されるシステムは、こうした状況を制御された環境で反復する用途を想定しています。
設置先も遠隔地の訓練センターではなく、デリー近郊にある同社本社です。訓練を特別な機会として遠方へ受けに行くのではなく、日常の運航に近い場所へ組み込む考え方が見えます。
Loft Dynamicsは、自社のフルモーションVRシミュレーターについて、従来型のシミュレーターより約10分の1の大きさだと説明しています。ただし、この数値は同社による比較であり、設置費用や保守費用を含めた独立した検証結果ではありません。
それでも、設備を小型化できれば、利用者が限られる地域にも設置しやすくなり、訓練のための移動や日程調整を減らせる可能性があります。
一方で、シミュレーターが設置されることと、その訓練時間が資格取得や審査に正式に算入されることは同じではありません。
EASAが公開しているLoft Dynamics製H125訓練装置のデータシートでは、特定の機器がFTD Level 3として認定され、技能審査や機種限定訓練の一部、高高度、山岳、狭所着陸などに使用できることが示されています。
ただし、認定は機器や設置場所、訓練内容ごとに扱われます。今回インドに設置される機器について、インド民間航空総局による認定状況や、訓練時間をどの資格へ算入できるかは発表されていません。
この点は、日本での導入事例と比べると分かりやすくなります。Loft Dynamicsは2026年5月、名古屋空港に設置されたH125 TXiシミュレーターが、国土交通省航空局からヘリコプター用飛行訓練装置としてFTD Level 7の認定を受けたと発表しました。
ただし、EASAのFTD Level 3と日本のFTD Level 7は、数字だけで直接比較できるものではありません。認定レベルの名称や基準は航空当局ごとに異なります。
同社によれば、日本での導入に際しては、運航会社、販売・導入支援会社、航空当局が連携しています。VR機器を持ち込むだけではなく、訓練課程や評価方法を地域の制度へ接続する作業が必要であることを示す事例です。
インドでは、Tata Advanced SystemsとAirbusが2026年2月にH125の最終組立ラインを開設しました。最初のインド製H125は、2027年初頭の引き渡しが予定されています。
機体の製造や整備体制が地域内で拡大するなか、操縦者を育成する設備も近くに必要になります。今回のVRシミュレーターは、単独の新製品というより、機体、整備、訓練を同じ地域内で支える航空インフラの一部として位置づけられます。
ただし、導入時期、利用料金、年間の訓練可能人数、域内の外部事業者が利用するための条件は明らかにされていません。実際に訓練機会が増えるかどうかは、機器の性能だけでなく、規制当局の認定、教官の確保、訓練課程への組み込み方によって決まります。
今回の発表は、VRが実機訓練を全面的に置き換えるという話ではありません。実機で行うには危険性や費用が高い訓練を地上へ移し、より頻繁に反復できる環境を運航現場の近くへ置く取り組みです。
今後の焦点は、設置された機器がどの範囲で正式な訓練として認められ、南アジアのパイロットが実際にどれだけ利用できるようになるかです。
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【編集部後記】
空を飛ぶ訓練が、巨大な施設や遠い拠点だけのものではなくなりつつあります。
危険な天候も、高高度の山岳地帯も、地上にいながら何度でも体験できる。
しかも、その環境が実際の運航拠点のすぐ近くに置かれるのです。VRは、訓練を特別な一日にするのではなく、日常の一部へ変えていくかもしれません。南アジアから始まるこの動きが、世界の航空教育をどこまで近く、強くしていくのか。
次に広がる訓練の景色を、少し楽しみにしたくなります。
【用語解説】
VRフルモーションシミュレーター
VRヘッドセットによる視覚環境と、操縦操作に合わせて動くモーションプラットフォーム、実機を模した操縦装置を組み合わせた訓練装置。通常飛行だけでなく、緊急事態や悪天候などを地上で再現する仕組み。
FSTD(Flight Simulation Training Device)
航空機の操縦訓練や技能確認に使用される地上設置型シミュレーターの総称。認定制度やレベルの名称、訓練に使用できる範囲は航空当局ごとに異なる。
FTD(Flight Training Device)
FSTDのうち、操縦席、計器、操作系統、飛行特性などを再現した飛行訓練装置。装置ごとに航空当局の認定を受け、認められた範囲の訓練や技能確認に使用される。
6自由度(6DoF)
前後、左右、上下の移動と、傾き、旋回、回転の動きを組み合わせて表現する方式。飛行中の機体の姿勢変化や操縦時の身体感覚をモーションプラットフォームで再現するために用いられる。
Airbus H125
Airbus Helicoptersが製造する単発タービンヘリコプター。高温・高高度環境での運航性能を特徴とし、旅客輸送、救急、警察、消火、物資輸送などに使用される機体。
DGCA(インド民間航空総局)
インドの民間航空に関する安全規制、操縦士資格、運航事業者などを所管する政府機関。インドでシミュレーターの訓練時間を資格や技能審査に算入できるかは、DGCAによる装置や訓練課程の承認条件を確認する必要がある。今回の装置の承認状況は公表されていない。
【参考リンク】
Loft Dynamics(外部)
VRとモーション機構を組み合わせた航空訓練用シミュレーターを開発するスイス企業。H125、H145、R22などに対応する製品や認定状況を公開。
Airbus H125 VRシミュレーター|Loft Dynamics(外部)
Airbus H125用FSTDの製品ページ。対応する訓練内容、コックピット構成、VR環境、認定レベルなどを紹介。
Indocopters(外部)
インドを中心にヘリコプターの販売、整備、修理、運航支援を手がける企業。今回のVR訓練設備をグレーター・ノイダ本社へ導入。
Airbus H125(外部)
H125の性能、用途、機体構成を紹介するAirbus公式ページ。高高度運航、救急、警察、消火、物資輸送などの対応分野を掲載。
インド民間航空総局(DGCA)(外部)
インドの民間航空行政と安全規制を所管する政府機関。操縦士資格、訓練、技能審査、運航規則などの情報を公開。
【参考動画】
H125用VRフルモーションシミュレーターを実際に操縦する様子を収録。VR映像、コックピット、モーション機構の連動を確認できる映像。
【参考記事】
Loft Dynamics Brings VR Pilot Training to South Asia with Indocopters|Loft Dynamics(外部)
IndocoptersへのH125 TXi VRシミュレーター導入を発表した公式資料。設置場所、訓練用途、対象地域、装置構成を掲載。
Loft Dynamics’ VR Simulator Achieves FTD Level 7 Qualification in Japan|Loft Dynamics(外部)
中日本航空に設置されたH125 TXi用装置が、国土交通省航空局からFTD Level 7認定を取得した日本での導入事例。
FSTD DATA SHEET:Airbus H125|EASA(外部)
EASAが公開するH125用FSTDの認定データ。高高度、山岳、傾斜地、狭所着陸、貨物吊り下げなど、認定された訓練範囲を確認可能。
Beyond the cockpit: how virtual reality is redefining pilot training for the H125|Airbus(外部)
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Tata Advanced Systems inaugurates Airbus H125 helicopter production line|Airbus(外部)
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