5月9日【今日は何の日?】小惑星探査機「はやぶさ」打ち上げー帰還の偉業を支えた最初の一矢

2003年(平成15年)5月9日13時29分25秒、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所からM-Vロケット5号機が点火され、小惑星探査機「はやぶさ」(開発名称MUSES-C)は宇宙へと放たれた。総重量約510kgの探査機を、運用時には地球から最大約3億kmにも及ぶ航程の彼方にある小惑星「イトカワ」へ送り届けるこの打ち上げは、7年後の劇的な帰還の起点となる「最初の一矢」であった。

注目すべきは、その矢を放った弓の異質さだ。世界が液体燃料の合理化に流れる中、M-Vは全段固体燃料を選び、3段目モーターケースには当時世界最大級のCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を採用。1〜4号機までの2段目モーターケースは高張力鋼でわずか5.8mm厚にまで極限化され、5号機ではその2段目もCFRP化されるに至った。一度点火すれば止めることも戻すこともできない「巨大な線香花火」に、日本の精密工学の粋を載せた極限まで突き詰められた挑戦——それが、後の自律航法による偉業を支えた高精度な軌道投入の正体である。

内之浦、2003年5月9日午後

鹿児島県大隅半島の南東部、太平洋に向かって突き出した小さな町、内之浦(現・肝付町)。ここに、世界でも珍しい「斜め」に伸びるランチャーを持つ宇宙空間観測所があります。糸川英夫博士のペンシルロケット以来、日本の宇宙開発の聖地と呼ばれてきた場所です。

2003年5月9日、午後1時29分25秒。空はよく晴れていました。発射台に屹立するのは、全長30.8m、直径2.5m、全備重量139トンの3段式全段固体燃料ロケット「M-Vロケット5号機」。その先端のフェアリング内には、わずか1×1.6×2mほどのコンパクトな探査機MUSES-Cが、太陽電池パドルを折りたたんで収まっていました。

固体燃料ロケットの恐ろしさは、ここにあります。液体燃料ロケットであれば、点火後にバルブを閉じて推進を止めたり、推力を絞ったりすることが可能です。しかし、固体燃料は違います。一度火を点けたら、燃え尽きるまで止まりません。推力を絞ることも、軌道を大きく書き換えることもできない。それは文字通り、巨大な花火に日本の宇宙科学の未来を縛り付けるようなものでした。

そして、もうひとつ、現場には重い影が落ちていました。3年3カ月前——2000年2月10日、M-Vロケット4号機がX線天文衛星ASTRO-Eを搭載して打ち上げられた際、第1段ノズルが破損し、衛星を軌道に投入できない悲劇が起きていたのです。失敗の傷を抱えたまま再設計を施されたM-Vが、再び日本の小惑星探査の夢を背負って屹立する。「絶対に失敗できない一発」のヒリつくような緊張感が、内之浦の管制室を支配していたはずです。

13時29分25秒、点火。M-Vの轟音が大隅の空に轟き、5号機は青空を貫いていきました。フェアリングが分離され、3段目が燃え尽きると、はやぶさ専用に設計された4段目相当のキックモーター「KM-V2」が点火。MUSES-Cは予定の太陽周回軌道に投入され——まばゆい虚空の中で、静かに太陽電池パドルを展開していったのです。

M-Vロケット5号機が背負っていた極限の技術

なぜ日本は「固体燃料」で世界の最前線に立てたのか

20世紀後半、世界の宇宙大国は液体燃料ロケットへ向かいました。スペースシャトル、アリアン、ソユーズ、ファルコン9——いずれも液体燃料が主役です。理由は明白で、液体は推力制御が容易で、再点火・再使用にも適しているからです。

では、なぜ日本だけが固体燃料に固執し、しかも世界最高水準のロケットを作り上げることができたのでしょうか。答えは、糸川英夫博士の「ペンシルロケット」から続く伝統と、日本の素材・精密工学の蓄積にあります。M-Vロケットは、日産自動車宇宙航空事業部(現・IHIエアロスペース)とJAXA宇宙科学研究所が共同開発した、直径2.5m、低軌道に約1.8tの衛星を打ち上げ可能な、世界でも最大級の3段式固体ロケットでした。

その性能の核心は、徹底的な「軽量化」にあります。固体ロケットは推進薬と容器(モーターケース)の比、すなわちマスレシオがそのまま性能に直結します。容器を軽くすればするほど、より多くの推進薬を積み込め、より重いペイロードを宇宙へ送れる。M-Vはこの一点に、職人の意地のような執念を注ぎ込みました。

5.8mmの極限——高張力鋼とCFRPの合わせ技

JAXAの公式資料によれば、M-Vの1段目・2段目モーターケースには、ロケット用に新規開発された高張力鋼が用いられました。この合金製の直径1mmの針金は、なんと180kgの重量を吊るすことができるとされています。1号機から4号機までは、この強度を活かして2段目モーターケース(直径2.5m)の厚みをわずか5.8mmにまで極限化していました。コーヒー缶の壁を一回り厚くした程度の鋼板で、燃焼時の超高圧ガスを封じ込めていたのです。

そして、はやぶさを背負った5号機では、4号機の打ち上げ失敗を受けた大幅な再設計が施されました。なかでも象徴的なのが、2段目モーターを従来のM-24(高張力鋼)から、新型のM-25へ置換したことです。M-25のモーターケース材は高張力鋼からCFRP(炭素繊維強化プラスチック)に変更され、構造重量は約2割削減。さらに、3段目M-34や、はやぶさ専用キックモーターKM-V2にもCFRPが採用されました。CFRPは比重が鋼の約4分の1ながら、単位比重あたりの強度は約10倍とも言われる、まさに「鉄より強くアルミより軽い」夢の素材です。M-Vの3段目モーターケースは、当時CFRP製として世界最大級の直径を持つものでした。日本のロケットでCFRP製モーターケースを実用化していたのは、Mシリーズだけだったのです。

はやぶさを送り出すために、5号機ではさらに先端のフェアリング設計も最適化され、専用に設計・製造された4段目相当のキックモーター「KM-V2」が点火されました。フェアリングを途中で外し、KM-V2で最終加速をかけることで、本来3段式のM-Vでは届かない太陽周回軌道へとMUSES-Cを送り込んだのです。

「ガラパゴス的進化」が世界を凌駕した瞬間

液体燃料の世界的潮流に背を向け、固体燃料の極限に向かったM-Vは、ある意味で「ガラパゴス的進化」の象徴と呼べるでしょう。汎用性や経済性で勝負するのではなく、特定領域の純粋な性能で世界を凌駕する——これは、日本のものづくりが何度も成し遂げてきた勝ち筋です。M-Vの第2段以降のマスレシオは世界最高水準と評価され、後継のイプシロンロケットに至っても、その水準は基準として参照され続けています。

世界が「効率」を語る場所で、日本は「極限」を語った。これがM-V 5号機の真実です。

2003年に飛んだ自律航法システム

はやぶさは「自分で考えて動く」探査機だった

M-V 5号機が放った矢先には、もうひとつの極限が積まれていました。それが、探査機本体「はやぶさ」が搭載する自律航法システムです。

地球から約3億km彼方の小惑星イトカワは、直径わずか500mほどの細長い天体です。地球からの電波指令は、片道で十数分以上かかります。つまり、地球側から「右へ動け」と命じても、その指令が届いた頃にははやぶさはとっくに別の位置にいる。リアルタイム制御は不可能なのです。

そこではやぶさは、自分で考えて動く必要がありました。事前にイトカワの形状を特徴点として記憶しておき、地球側からX・Y・Zの3軸の座標を指定すると、はやぶさ自身がカメラ画像からイトカワの位置を画像認識し、最適な姿勢と速度を選んで降下する——これは、現在私たちが当たり前のように語る自律航法・画像誘導航法の、極めて先駆的な深宇宙実装でした。当時の地上ですら、画像認識やディープラーニングの実用化はまだ研究室の段階。それを地球から数億km離れた、しかも一発勝負の探査機に積み込んでいたのです。

「針の穴を通す軌道投入」が、後の運用すべてを決めた

ここで、打ち上げの精度の話が決定的に効いてきます。はやぶさは、2004年5月に地球スイングバイを行い、イオンエンジンを併用しながら加速して、2005年9月にイトカワへランデブーする計画でした。スイングバイは、地球の重力を利用した「無料の加速」ですが、これを成功させるには、打ち上げ時の太陽周回軌道への投入精度が極めて重要になります。

もし打ち上げ時に軌道投入精度が悪ければ、その誤差を修正するためにイオンエンジンの貴重な推進薬を消費しなければならず、本来の科学観測や帰還用に確保すべき余裕分が削られてしまいます。はやぶさが搭載していたマイクロ波放電型イオンエンジン「μ10」は、当時としては実用例の極めて少ない新方式の電気推進機関であり、寿命や故障の余裕はギリギリでした。つまり、M-V 5号機の打ち上げ精度がそのまま、ミッション全体の安全マージンを決定づけていたのです。

結果として、5号機の打ち上げは見事に成功し、はやぶさは予定どおりの太陽周回軌道に投入されました。後年、リアクションホイールが3基中2基故障し、化学燃料スラスタが全損し、通信が7週間途絶え、それでもイオンエンジンの故障した素子同士を電気回路で「結婚」させて復活させ、満身創痍で60億kmを旅し切ったあの偉業——それが可能だった理由のひとつは、間違いなく「最初の一矢」が高精度に軌道へと乗ったことにあります。

イノベーションのジレンマ——「最高」が「最適」とは限らない

ここで、現代を生きる私たちにとって最も重要な話をしなければなりません。世界最高性能を誇ったM-Vロケットは、2006年9月23日のSOLAR-B(ひので)打ち上げを最後に退役しました。打ち上げ実績は7機中6機成功という、極めて高い成功率を残したまま、その短い生涯を閉じたのです。

理由は、コストでした。日本経済新聞などの報道によれば、M-Vの1機あたりの打ち上げ費用は約75億円とされます(試算条件・年代により変動)。一方、後継として開発されたイプシロンロケットは、量産時の打ち上げ費用を約30億円と設定しています。つまり、性能で世界最高水準にあっても、商業打ち上げ市場が求める「価格対性能比」では、まったく勝負にならなかったのです。

これは、クレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』で論じた構図そのものです。M-Vは「持続的イノベーション」の極致でした。性能を磨き、軽量化を極限まで突き詰め、世界最高水準に到達した。しかし、市場が求めていたのは「もう少し性能は劣ってもいいから、もっと安く、もっと頻繁に、もっと簡単に打ち上げられるロケット」でした。SpaceXのファルコン9に代表される、コストと再使用性を主軸とする「破壊的イノベーション」が、性能至上主義を駆逐していった時代の話です。

現代のテック企業やスタートアップにとって、この教訓は痛烈です。「最高の技術」と「最適な選択」は、必ずしも一致しません。そして、市場が「最適」を選ぶとき、たとえ世界最高水準の性能を持っていても、それは退場を迫られる。M-Vの退役は、日本のロケット開発史におけるひとつの転換点であると同時に、技術と市場の関係を考えるすべてのつくり手への、ひとつの警告でもあるのです。

とはいえ——M-Vが世界最高水準にあったからこそ、はやぶさという「小惑星からのサンプルリターンを世界で初めて成功させる試み」を可能にしたという事実も、また動かしがたい真実です。「最高」が「最適」と一致しない場面は確かにあります。しかし、ある瞬間、ある一発の打ち上げにおいては、「最高」だからこそ届く場所がある。技術者の意地が、商業合理性を超えて人類史に何かを刻む瞬間が、確かに存在するのです。

7年後の帰還へ、矢は放たれた

2003年5月9日、内之浦の空に放たれたM-V 5号機の軌跡は、その後7年間、60億kmにわたる長大な弧を描いていきます。途中、はやぶさは姿勢制御を失い、燃料を失い、通信を失い、何度も「もう帰れない」と言われ続けました。しかし、最初の一矢が高精度に軌道へと乗ったからこそ、ぎりぎりのマージンで幾多の困難を乗り越えられたのです。

こうして放たれた矢は、7年後の2010年6月13日、オーストラリア・ウーメラ砂漠の夜空に、確かに帰ってきました。その帰還の物語については、別稿の「6月13日【今日は何の日?】小惑星探査機『はやぶさ』帰還ー低予算開発が生み出した7年間に渡るドラマ」に記しました。本稿の「エピソードゼロ」と合わせてお読みいただければ、あの感動の裏にあった、技術者たちの徹底した意地と精度の物語が、より立体的に立ち上がってくるはずです。

今夜、空を見上げてみてください。あの日、内之浦から放たれた1本の矢の軌跡を、ほんの少しだけ想像してみていただきたい。それは、日本の精密工学と科学者・技術者たちの祈りが、深宇宙に向かって描いた、奇跡の弧の始まりでした。

infomation

【用語解説】

M-Vロケット(ミューファイブロケット)
JAXA宇宙科学研究所と日産自動車宇宙航空事業部(現・IHIエアロスペース)が共同開発した、3段式の全段固体燃料ロケット。直径2.5m、低軌道への打ち上げ能力は約1.8t。1997年から2006年まで運用され、計7機が打ち上げられた。固体燃料ロケットとしては世界最大級の性能を誇った。

CFRP(炭素繊維強化プラスチック)
炭素繊維で樹脂を強化した複合材料で、Carbon Fiber Reinforced Plasticsの略。比重は鋼の約4分の1ながら、単位比重あたりの強度は約10倍とされる。航空機やレーシングカーのモノコックボディなどにも使われる。M-Vロケットは3段目モーターケースおよびキックモーターKM-V1・KM-V2に採用し、当時CFRP製として世界最大級の直径を実現した。

マスレシオ
ロケットの1段全体の重量に対する推進薬重量の比のことで、固体ロケットの性能を測る基本指標である。容器(モーターケース)が軽いほど比は高くなり、より多くのペイロードを宇宙へ送れる。M-Vの第2段・第3段のマスレシオは世界最高水準とされる。

キックモーターKM-V2
「はやぶさ」の打ち上げのために専用設計・製造された、M-Vロケット5号機用の追加加速モーター。CFRP製モーターケースを採用。本来3段式のM-Vを実質4段化することで、地球周回軌道を超え、太陽周回軌道へと探査機を送り出す役割を担った。

自律航法システム
探査機が地上からの指令を待たず、自身のセンサーと搭載コンピューターで判断・制御を行う航法。はやぶさは事前に登録された小惑星形状データを基に、カメラ画像から目標を画像認識して降下する仕組みを備えていた。深宇宙における自律航法・画像誘導航法の先駆的実装と位置づけられる技術である。

イノベーションのジレンマ
米経営学者クレイトン・クリステンセンが提唱した概念。優れた性能を磨き続ける既存企業(持続的イノベーション)が、低価格・新機軸を持つ新興勢力(破壊的イノベーション)に市場を奪われる構造を指す。M-Vの退役は、宇宙開発の文脈における典型的事例と読み取ることができる。

【参考リンク】

JAXA/ISAS「日本の宇宙開発の歴史 モータケース」(外部)
M-Vロケットの開発機関であるJAXA/ISASによる一次資料。1〜4号機の2段目モーターケースが高張力鋼で5.8mm厚にまで極限化されていたこと、3段目にはCFRPが採用されたことが解説されている。本稿のモーターケース仕様の根拠とした。

IHIエアロスペース「M-Vロケット」(外部)
M-Vを共同開発・製造したIHIエアロスペース(旧・日産自動車宇宙航空事業部)の公式紹介ページ。直径2.5m級・3段式・低軌道打ち上げ能力約1.8tといった基本諸元と、第2段・第3段モータへのCFRP採用が確認できる。

JAXA「M-Vロケット」公式プロジェクトページ(外部)
「おおすみ」以来続いてきたM(ミュー)シリーズの系譜と、M-Vが担った科学衛星・惑星探査ミッションの全体像を俯瞰できる。日本の固体ロケットの文脈を理解する起点として有用な公式情報源である。

肝付町「小惑星探査機はやぶさ」(外部)
内之浦宇宙空間観測所が所在する地元自治体、肝付町による公式ページ。打ち上げ日時「2003年5月9日13時29分25秒」の秒単位までの記録や、現地での組み立ての様子に関する記述があり、本稿の打ち上げ時刻の典拠とした。

月探査情報ステーション「はやぶさ MUSES-C 探査機の諸元」(外部)
はやぶさ本体の寸法(1×1.6×2m)、重量(打ち上げ時約510kg)、搭載装置(AMICA/NIRS/XRS/MINERVA等)を詳細にまとめた専門サイト。探査機の物理仕様を確認するための実用的な参照資料である。

国立科学博物館「2010年帰還へ 探査機『はやぶさ』の軌跡」(外部)
国立科学博物館による解説記事。M-V-5号機による打ち上げから運用、帰還までを公的機関の視点で整理している。専門用語が抑えめに記述されており、初めてはやぶさの全体像を辿る読者にも適する。

Telescope Magazine 森田泰弘JAXA教授インタビュー(外部)
M-Vロケットの誘導制御開発を担当し、後継のイプシロンロケットでプロジェクトマネージャーを務めた森田泰弘氏への一次取材記事。M-Vからイプシロンへ受け継がれた設計思想と、コスト課題の本質を語る貴重な内容である。

日本経済新聞「1回30億円なり 新型ロケット『イプシロン』が開く宇宙ビジネス」(外部)
イプシロンロケットの量産時打ち上げ費用30億円と、先代M-Vの約75億円とのコスト比較を取り上げた日経の報道記事。商業打ち上げ市場におけるM-V退役の経済的背景を理解する一助となる。本稿のコスト根拠とした。

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【編集部後記】

私たちは「はやぶさ」と聞くと、どうしても帰還の涙ばかりを思い出してしまいます。しかし、あの奇跡が成立したのは、その7年前の、ある晴れた春の午後、内之浦で職人たちが「絶対に外さない」と歯を食いしばって放った一矢があったからこそでした。

5.8mm厚の鋼板。世界最大級のCFRP容器。先駆的な自律航法。そのどれもが、商業合理性ではなく「ここまでやってこそ世界の最前線だ」という技術者の意地で選ばれた数字です。そして、その意地が結果的にコスト競争で敗れたという事実もまた、私たちは目を背けずに引き受けなければなりません。

未来のテクノロジーは「期待」と「不安」の二面性を持つということです。M-Vの物語は、まさにその両方の象徴です。世界最高水準に到達した期待と、それでも市場に敗れた不安。しかし——その敗北を経た上で、私たちはイプシロンを得て、はやぶさ2の成功を得て、いま再び深宇宙へ歩み始めています。技術は退場するかもしれない。けれど、そこに込められた意地と精度は、必ず次の世代へ受け継がれていく。

あなたが今夜、ふと夜空を見上げたとき、2003年5月9日のあの軌跡を少しだけ想像していただけたら、書き手としてこれ以上嬉しいことはありません。そして、もし帰還編をまだお読みでなければ、ぜひあわせて旅を完結させてみてください。「エピソードゼロ」と「クライマックス」が繋がったとき、はやぶさの物語は、テクノロジーへの希望を語る最も豊かな教科書のひとつになるはずです。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。