スタンフォード大学のシェン・シュー教授、オックスフォード大学のアントニア・ゲオルギエヴァ博士、UC San Diego Jacobs School of Engineering博士課程のトム・パーク氏らの研究チームは、胎内の胎児を継続的にモニタリングできるウェアラブル超音波パッチ「UPatch」を開発した。
研究成果は2026年5月26日にNature Biotechnologyに掲載された。UPatchは数時間の連続使用が可能で、胎児の画像化と臍帯を含む血流のリアルタイム追跡を行う。
米国と英国で実施された試験では、62名の妊婦を対象に従来型ハンドヘルド超音波装置との測定値の一致が確認され、52名を対象とした連続モニタリングでは妊娠高血圧腎症の症例で子宮内胎児発育不全を検出し帝王切開につながった。
現時点ではプルーフ・オブ・コンセプト段階であり、ワイヤレス版を開発中である。
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Scientists create wearable ultrasound to continuously monitor babies in womb
【編集部解説】
このニュースの本質は、「ウェアラブル超音波」という技術カテゴリが、ついに産科領域、それも胎児という最もデリケートな対象に踏み込んだという点にあります。
これまで医療用超音波は、熟練した技師が、病院で、数分から数十分だけ当てる「スナップショット型」のツールでした。胎児の状態は刻一刻と変化するにもかかわらず、私たちは「点」のデータで「線」を推測してきたのです。UPatchは、この前提そのものをひっくり返そうとしています。
開発を主導したスタンフォード大学のシェン・シュー教授の研究室は、ウェアラブル超音波分野で長年研究を重ねてきたグループとして知られています。これまでに切手大の心臓モニタリングデバイスや、こめかみに貼って脳血流を3次元計測するパッチなどを発表してきた系譜があり、UPatchはその技術蓄積を「子宮内」という新たなフロンティアに応用したものと位置づけられます。
注目すべきは、シュー教授がUC San Diego発のスピンオフ企業Softsonics LLCの共同創業者であり、これまで同研究室のウェアラブル超音波技術の商業化に関与してきた点です。なお、UPatch自体の商業化主体については論文中で複数の利益相反が開示されており、オックスフォード側からはSafer Birth Ltdなどの関与も明らかになっています。論文段階で終わらず、産業として実装されていく道筋がすでに敷かれていることは、この技術が将来の医療機器市場に与えるインパクトを示唆しています。
技術的に何が画期的なのかを噛みくだくと、ポイントは2つあります。1つは「胎児が動いても安定して計測を維持できる」こと。もう1つは「深部にある細い血管からの微弱なシグナルを拾える」こと。論文によれば、研究チームはリアルタイム画像セグメンテーション(AIによる血管の自動追跡)を組み合わせることで、技師がプローブを持っていなくても標的血管を追い続ける仕組みを実現しています。「ソノグラファー(超音波技師)なしで連続的な血流スペクトルが取得できる」というのは、医療資源配分の観点で極めて大きな意味を持ちます。
今回の臨床試験は、UC San Diego Health傘下のJacobs Medical Centerと、オックスフォード大学のJohn Radcliffe Hospitalの2施設で実施されたマルチセンター研究として行われました。米英の異なる医療環境で同等の性能が再現できたという事実は、技術の汎用性を裏付ける重要なエビデンスです。
応用範囲を整理しましょう。論文中では、健常妊娠に加えて、妊娠糖尿病、妊娠高血圧症、妊娠高血圧腎症(子癇前症)、胎児発育不全、在胎週数に対して大きい児(LGA)といった、いわゆるハイリスク妊娠の幅広いカテゴリでデータが取得されています。研究チームが特に重視する子宮内胎児発育不全(IUGR)は、世界の全妊娠の約10%に影響する疾患であり、ここでの早期検知能力の向上は、グローバルな公衆衛生上のインパクトが大きい領域です。
スケールを世界に広げると、その意義はさらに鮮明になります。2019年の世界の死産数は妊娠28週以降だけで推計約200万人にのぼり、地域格差も著しく、西・中央アフリカでは出生1000あたり22.8件に達するのに対し、西欧では2.9件にとどまります。ウェアラブル化により「技師不在」「病院不在」でも継続モニタリングが可能になるということは、すなわちヘルスケアの地理的アクセス格差を縮める可能性を意味しています。シュー教授自身が低・中所得国での有用性に言及していることは、開発者の問題意識が単なる先進国向け高機能機器ではなく、グローバルヘルスに向いていることの表れでしょう。
日本の読者にとっても、これは他人事ではありません。日本の妊娠22週以後の死産率は2023年時点で出生1000あたり2.7と世界最低水準にある一方、それでも年間約1,900胎の妊娠22週以後の死産が発生しています(妊娠12週以後の自然死産まで含めると年間7,000胎を超える)。少子化が深刻化するなか、一つひとつの妊娠の価値は社会的にも個人的にも高まっており、「なぜ救えなかったのか」を解明するためのデータ基盤として、連続モニタリング技術が果たす役割は決して小さくありません。
一方で、潜在的なリスクや論点も冷静に押さえておく必要があります。
第一に、過剰医療化(overmedicalization)の懸念です。連続データが取れるということは、必ずしも「問題」ではない一時的な変動まで見えてしまうことを意味します。実際、論文の筆頭著者であるトム・パーク氏自身が、胎児の血流値は動的に変動し、必ずしも持続的な問題を示さない一時的変化を含むと指摘しています。データが豊富になることと、「適切な介入のタイミングが分かること」は別物であり、データ解釈の臨床ガイドラインの整備が並行して進まなければ、不必要な不安や処置を生むリスクもあります。
第二に、規制承認のハードルです。胎児を対象とする医療機器は、当然ながら通常のウェアラブル健康機器よりはるかに厳格な承認プロセスを要します。米FDAや日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)による評価には相応の時間を要すると見るのが現実的で、「自宅で日常使用」というビジョンが実現するまでには長期の検証期間があると想定すべきです。
第三に、データガバナンスと倫理の論点です。胎児の生体データは、母体のデータと不可分であり、保険、雇用、出生前診断と意思決定など、極めて機微な領域に関わります。誰がデータを保有し、どこまで共有されるのか、AIによる予測が母体の意思決定にどう影響するのか——技術の進展と並走する形で社会的合意形成が求められます。
長期的視点で見ると、UPatchのような技術は、出産という人類最古の営みを「データ駆動型の協働プロセス」へと再定義していく流れの一部です。今回の研究はまだ早期検証段階であり、死産率の低下そのものを示した臨床アウトカム試験ではありませんが、連続ウェアラブル計測が当たり前になれば、私たちは「胎児がどのように発育し、何が生存と健康を分けるのか」という根源的な問いに対して、これまでにない解像度でアプローチできるようになります。ゲオルギエヴァ博士が語った「学ぶための扉を開く」という表現には、医療技術の進歩を通じて生命科学そのものを前進させる、という研究者としての矜持が込められています。
【用語解説】
UPatch
スタンフォード大学、UC San Diego、オックスフォード大学の共同研究チームが開発したウェアラブル超音波パッチの名称。腹部に貼り付けることで、胎児の解剖学的構造と血流速度を数時間にわたり継続的に計測できる。現時点ではプルーフ・オブ・コンセプト段階で、外部電子機器との有線接続を必要とする。
ウェアラブル超音波パッチ
従来の据置型・ハンドヘルド型の超音波装置を、柔軟な薄型シート状にして体に貼り付けられるようにした次世代医療デバイスのカテゴリ。深部組織の連続モニタリングを可能にする点が、心拍計などの体表計測型ウェアラブルとは決定的に異なる。
Softsonics LLC
シュー教授らが共同創業した、UC San Diego発のスピンオフ企業。同研究室がこれまでに発表してきたウェアラブル超音波技術(心臓・脳血流・深部組織モニタリング等)の商業化に関与している。なおUPatch自体の商業化主体は現時点で明確に開示されておらず、論文中ではオックスフォード側からSafer Birth Ltd等の関与も併記されている。
Jacobs Medical Center / John Radcliffe Hospital
それぞれUC San Diego Health傘下と、英国オックスフォードの大学病院。今回のUPatch臨床試験のマルチセンター研究は、この米英2拠点で実施された。
ハンドヘルド超音波装置
医師や超音波技師が手に持って患者に当てる、現在の臨床標準となっているプローブ型の超音波装置。高い画質を得られる一方で、操作者の技能に依存し、計測は数分から数十分の「スナップショット」に限られる。
プルーフ・オブ・コンセプト(PoC)
技術的なコンセプトが実現可能であることを実証するための試作・検証段階を指す。実用機としての量産・市販化のためには、追加の小型化、無線化、規制承認、長期臨床試験などのステップを要する。
妊娠高血圧腎症(子癇前症 / pre-eclampsia)
妊娠20週以降に高血圧と蛋白尿などが出現する妊娠合併症。重症化すると母体と胎児の双方の生命に関わるため、早期発見と適切な分娩タイミングの判断が極めて重要となる。妊娠高血圧疾患全体は世界の全妊娠の5〜10%で発症し、その中でも子癇前症単独では約2〜8%とされる。
リアルタイム画像セグメンテーション
AIによる画像認識技術の一種で、画像内の特定の対象物(本研究では血管)を瞬時に検出・区分する処理。これにより、胎児や臍帯が動いてもデバイスが標的血管を見失わずに追跡し続けることが可能になる。
【参考リンク】
Stanford Medicine(外部)
スタンフォード大学医学部の公式サイト。シェン・シュー教授が所属する米国の医学・医療研究機関。
UC San Diego Jacobs School of Engineering(外部)
共同研究を主導するカリフォルニア大学サンディエゴ校の工学系学部公式サイト。トム・パーク氏が在籍。
University of Oxford(外部)
共著者アントニア・ゲオルギエヴァ博士が所属する英国オックスフォード大学の公式サイト。
Nature Biotechnology(外部)
バイオテクノロジー分野のトップ学術誌。本研究の原著論文を2026年5月26日付で掲載した。
UNICEF DATA(外部)
ユニセフによる子どもと母親に関する世界統計データベース。死産・母体死亡などの国際統計を集約。
【参考記事】
Wearable ultrasound patch monitors fetal blood flow, detects pregnancy complications in real time(外部)
スタンフォード大学医学部による公式発表。子宮内胎児発育不全(IUGR)が全妊娠の10%に影響するという重要数値が示されている。
Wearable Ultrasound Patch Could Improve Care for High-Risk Pregnancies(外部)
UC San Diego公式発表。Jacobs Medical CenterとJohn Radcliffe Hospitalの2施設マルチセンター研究の詳細が示されている。
Wearable ultrasound patch could help doctors spot danger signs in pregnancy earlier(外部)
オックスフォード大学公式発表。連続モニタリングが1〜6時間のセッションであるなど、技術仕様を最も具体的に開示している。
Fetal monitoring for high-risk pregnancies using a wearable ultrasound patch(外部)
Nature Biotechnology掲載の原著論文。62例と52例の研究データと対象病態分類が確認できる。
Global, regional, and national estimates and trends in stillbirths(外部)
2019年世界の死産数約200万人、地域格差(西・中央アフリカ22.8件/西欧2.9件)の一次出典となる国際統計レポートだ。
厚生労働省 e-Stat — 妊娠満22週以後の死産・周産期死亡統計(外部)
日本の妊娠22週以後の死産数1,943胎・率2.7(2023年)を確認できる公式統計データだ。
Trends in the causes of stillbirths over 20 years in Southern Japan(外部)
日本の周産期死亡・死産に関する20年間の長期データ研究。地域死産率や原因分類の知見を提供する。
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【編集部後記】
「胎内の赤ちゃんを連続で見守る」という発想は、技術の進歩というより、私たちが命との向き合い方を変えていく転換点のように感じます。一方で、データが見えすぎることで生まれる不安や葛藤もあるはずです。
みなさんは、もし身近な人がこのデバイスを使えるとしたら、どんな安心が得られて、どんな迷いが生まれると想像しますか。「Tech for Human Evolution」という観点で、医療ウェアラブルが拓く未来を、ぜひ一緒に考えていけたら嬉しいです。












