NTT・MBRYONICSが宇宙光通信で協業、IOWN技術で通信速度10倍へ

[更新]2026年6月5日

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私たちが毎日使うインターネットは、地上に張りめぐらされた光ファイバーの上を走っています。では、その光の道がそのまま宇宙へと伸びていったら——。NTTが、宇宙向け光通信を手がけるアイルランドの企業MBRYONICSと手を組み、地上で培ったIOWNの光技術を衛星の世界へ持ち出そうとしています。電波ではなく光で宇宙をつなぐ、その最初の一歩を追います。


NTT株式会社は2026年6月3日、アイルランドに本社を置くMBRYONICS, Ltd.と、宇宙向け光通信分野におけるパートナーシップに関する覚書(MoU)を締結した。本覚書に基づき、MBRYONICSはNTTのデジタルコヒーレント技術を搭載した光トランシーバモジュールを開発する。

このモジュールは、商用化が予定されている複数の宇宙向け光通信端末(OCT)にも組み込まれる予定であり、宇宙空間での通信において従来方式と比べて10倍以上の通信速度向上を可能にする。MBRYONICSは衛星間や衛星・地上間を結ぶレーザ光通信技術に強みを持ち、25〜800Gbpsに対応するトランシーバプラットフォームを開発している。両社は、NTTが推進するIOWN技術を宇宙ビジネス分野へ適用し、NTTグループの宇宙ビジネス「NTT C89」の事業拡大をめざす。

From: 文献リンクIOWNが宇宙へ ~MBRYONICSと次世代光通信モジュール開発に向けた協業を開始~ | ニュースリリース | NTT

【編集部解説】

まず押さえておきたいのは、この発表が「実験」ではなく「事業化」を見据えた一手だという点です。NTTは地上で磨いてきた光通信技術を、いよいよ軌道上へ持ち出そうとしています。提携相手のMBRYONICSは、欧州宇宙機関(ESA)の高スループット光ネットワーク計画「HydRON」のElement 3において、Kepler Communicationsを主契約者とするチームに光通信ハードウェアの提供者として参画した実績を持つ企業です(同契約は1860万ユーロ規模)。宇宙光通信の世界では、すでに名の通った存在だと言えます。

技術的な核心は「デジタルコヒーレント」という方式にあります。従来の多くの宇宙通信が主に電波を用い、周波数・位相・振幅などを変調して情報を運んできたのに対し、この技術は光の波としての性質、つまり位相や偏波まで使い分けて情報を詰め込みます。地上の海底ケーブルや基幹網で大容量化を支えてきた手法を、そのまま宇宙に応用しようという発想です。NTTのリリースが掲げる「従来比10倍以上」という速度向上は、この方式転換に支えられています。

なぜ今このニュースなのか。背景には、衛星コンステレーションの爆発的な増加があります。多数の衛星が飛び交うほど電波の周波数は混み合い、互いに干渉します。電波には使える帯域に限りがある一方、レーザを使う光通信は桁違いのデータを運べます。混雑の解消と大容量化を同時に満たす答えとして、光が現実的な選択肢に浮上してきたのです。

英語版のプレスリリースを読むと、日本語版にはない狙いが見えてきます。両社は「衛星網の標準化」「グローバル展開」「地上と宇宙の融合」という三つの目標を掲げ、地上の光ファイバーと衛星リンクが一つのネットワークとして溶け合う「Internet of Space(宇宙のインターネット)」を構想しています。MBRYONICSのプラットフォームが25〜800Gbpsの主要規格すべてに対応する点が効いており、LEO・MEO・GEOといった軌道の異なる衛星群をつなぐ「相互接続の層」を担う狙いです。

実現すれば、災害時の通信確保、海上や山間部・離島といった電波の届きにくい地域へのカバー、地球観測データのリアルタイム伝送などが現実味を帯びます。NTTはこれを宇宙ビジネス「NTT C89」の一環と位置づけており、HAPS(成層圏プラットフォーム)や観測衛星事業とあわせ、地上から成層圏、そして各軌道までを層状につなぐ通信網の完成を目指しています。

一方で、楽観だけでは語れない論点もあります。光通信の大きな技術課題の一つは、高速で動く衛星どうしがレーザの細い光軸を精密に合わせ続ける「捕捉・追尾」の難しさです。NTTグループのオウンドメディア「NTT STORY」の関連記事によれば、この技術はなお試験段階にあり、商用化は2020年代末という時間軸が示されています。今回のMoUはあくまで「覚書」であり、確定した製品や売上を約束するものではない点は、冷静に受け止める必要があるでしょう。

規制と地政学の観点も見逃せません。軌道や光通信の標準化は、どの国・企業の方式が事実上の世界標準になるかという主導権争いと表裏一体です。欧州のESA案件で実績を積んだアイルランド企業と、日本の通信基盤を担うNTTが組むことは、米国系の巨大衛星網が先行する市場に対し、相互運用性を旗印とした第三の選択肢を示す動きとも読めます。

長期的に見れば、この提携は「通信インフラの定義そのものが地表を超える」転換点の入口にあります。私たちが当たり前に使うインターネットの一部が、いずれ頭上数百〜数万キロの光の回線を通る日が来るかもしれません。innovaTopiaが今これを報じるのは、その未来図の最初の一筆が、まさに引かれた瞬間だからです。

【用語解説】

IOWN構想(Innovative Optical and Wireless Network)
NTTが推進する次世代の情報通信基盤構想。光を中心とした技術で、従来のインフラの限界を超えた高速・大容量通信と膨大な計算リソースの提供をめざす。今回はその技術を宇宙へ展開する位置づけとなる。

デジタルコヒーレント技術
光の明るさ(点滅)だけでなく、波としての位相(山と谷のタイミング)や偏波(振動の向き)まで使って情報を運ぶ通信方式。同じ光に多くのデータを詰め込めるため、地上の基幹網で大容量化を支えてきた。

光トランシーバモジュール
電気信号をレーザー光に変換して送受信し、高速通信を可能にする機器。今回はこのモジュールに前述のデジタルコヒーレント技術を組み込む。

OCT(光通信端末)
衛星などに搭載され、レーザー光で通信を行う端末。今回開発するモジュールが組み込まれる商用化予定の機器を指す。

衛星コンステレーション
多数の小型衛星を連携させ、地球全体をカバーする衛星群のこと。数の増加に伴い電波の干渉が課題となり、光通信が注目される背景となっている。

LEO/MEO/GEO
それぞれ低軌道・中軌道・静止軌道を指す。高度が異なる軌道の衛星群を相互につなぐことが、宇宙ネットワーク構築の鍵となる。

MoU(覚書)
企業や組織間で協業の方向性を確認する文書。法的拘束力のある最終契約ではなく、今後の検討・連携の出発点を示すもの。

HydRON
ESA(欧州宇宙機関)が進める高スループット光ネットワーク計画。MBRYONICSはこの計画のElement 3に、Kepler Communicationsを主契約者とするチームの一員として参画しており、その実績が今回の提携の信頼性を裏づけている。

【参考リンク】

NTT C89(NTTグループ宇宙ビジネス)(外部)
NTTグループ各社・パートナーが展開する宇宙ビジネスのブランドサイト。衛星通信や観測などの取り組みを紹介している。

MBRYONICS, Ltd.(公式サイト)(外部)
アイルランド・ゴールウェイ拠点の宇宙光通信企業。光端末や地上局など、宇宙のインターネット関連製品を掲載している。

IOWN(NTTグループ)(外部)
NTTが推進するIOWN構想の公式ページ。光を中心とした次世代通信基盤の概要や研究開発の方向性を解説している。

NTT R&D Website(外部)
NTTの研究開発部門の公式サイト。光通信や信号処理を含む最新の研究成果や技術情報を発信している。

【参考記事】

MBRYONICS and NTT Announce Strategic Partnership to Build the “Internet of Space”(PR Newswire)(外部)
MBRYONICS側の発表。3つの目標を掲げ、地上ファイバーと衛星リンクを一体化する「Internet of Space」構想を説明している。

NTT, MBRYONICS sign space optical communications MoU(IBTimes JP)(外部)
6月3日のMoU締結を整理した報道。OCTへの搭載と従来比10倍超の速度向上の狙いを伝えている。

MBRYONICS StarCom Terminal Enables Terabit Per Second Data Transfer(Quantum Zeitgeist)(外部)
ESAのHydRON計画で、Kepler主導チームに1860万ユーロ規模の契約が授与され、MBRYONICSが端末を提供すると報じた記事である。

Connecting Satellites with Light(NTT STORY)(外部)
NTT自身の技術解説。光通信の有望性と捕捉・追尾の難しさ、商用化は2020年代末との見込みを示している。

NTT launches space unit(TelecomTV)(外部)
NTT C89の立ち上げを報じた記事。星座が現在88であることや衛星打ち上げコスト低下の背景を解説している。

【編集部後記】

私たちが毎日触れているインターネットの一部が、いつか頭上の光の回線を通る——そんな未来が、少しずつ現実に近づいています。電波ではなく光で宇宙をつなぐという発想を、みなさんはどう感じたでしょうか。災害時の通信や、電波の届きにくい場所での暮らしが変わるかもしれません。

気になった技術や言葉があれば、ぜひそこから一歩踏み込んで調べてみてください。その小さな好奇心の先に、私たちもまだ見ぬ未来が広がっている気がしています。一緒に追いかけていけたら嬉しいです。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。