解体・改修現場でアスベストが本当に飛散していないかを確認する結果は、翌営業日に届く。それが長年の「当たり前」でした。この構造的なタイムラグが、現場のリアルタイム対応を阻んできました。計測の即時化は、現場の安全管理の何を変えるのでしょうか。
株式会社アサヒテクノリサーチ(広島県大竹市)は、解体・改修現場で気中アスベスト濃度を迅速に測定・判定する「空気中アスベスト現場速報サービス」を2026年6月1日より開始した。
従来の空気中アスベストモニタリングは、現場採取した試料を分析室へ持ち帰り、翌営業日以降に結果を報告するのが一般的だった。このタイムラグが、作業停止による工期・コストの圧迫と、飛散時のリアルタイム対応の不能という2つの課題を生んでいた。
同社は車載型の位相差・偏光顕微鏡システムを現場に持ち込み、サンプリングから分析・報告までを現場で完結させることで、測定後最短30分程度での結果報告を実現した。一般的な位相差顕微鏡による現場測定が「総繊維数」の確認にとどまるのに対し、同社のシステムは車載環境下で偏光顕微鏡も使用し、検出された繊維がアスベスト繊維か否かまでその場で識別できる。測定・判定はアスベスト分析の有資格者が担当する。
サービス提供エリアは現在、中国・九州エリアを中心とするが、条件に応じて全国対応も可能としている。

From:
アサヒテクノリサーチ、解体・改修現場のアスベスト気中濃度を迅速に分析可能な「空気中アスベスト現場速報サービス」を6月1日より開始
アイキャッチ画像は公式PR TIMESより引用
【編集部解説】
翌日にならないと分からない——それが現場の当たり前だった
解体・改修現場でアスベストが本当に飛散していないかを確認するには、現場の空気を採取し、試料を分析室に持ち帰り、顕微鏡で調べる。そして結果は翌営業日に届く。これが長年の「当たり前」でした。
問題はそのタイムラグにあります。アスベストの空気中濃度測定は、改正大気汚染防止法(2021年4月施行)のもと、工事前・工事中・工事完了後のすべての段階で実施が求められています。測定は義務でも、結果が翌日以降にしか届かない以上、現場はその日の作業の安全を確認できないまま動き続けることになります。集じん・排気装置の不具合や養生の破損でアスベストが漏れていたとしても、それが分かるのは翌日以降。リアルタイムの対応は構造的に不可能でした。
「測れる」と「判断できる」の間にあるギャップ
現場の迅速な安全確認を助けるツールは、以前からゼロではありませんでした。環境省のアスベストモニタリングマニュアルには、位相差/偏光顕微鏡法などが「アスベスト迅速測定法」として位置付けられています。ただし、これらの現場測定では一般に「総繊維数」を把握するにとどまります。総繊維が検出されても、それがアスベスト繊維なのか別の繊維なのかは、より精度の高い分析なしには判定できません。「測れるが、判断できない」という状況です。
アサヒテクノリサーチが今回導入したのは、車載環境下に位相差・偏光顕微鏡を組み合わせたシステムです。位相差顕微鏡が繊維を検出し、偏光顕微鏡がその光学的特性からアスベスト繊維か否かを識別する。この2段階の判断を現場完結で行えるよう、機器を車両に搭載した状態で実用化しました。結果として、採取から報告まで最短30分程度という数字が実現しています。
解体ラッシュ前夜に登場する意味
このサービスの登場は、解体工事をめぐる社会的な文脈とも重なります。高度成長期に建設された建築物が更新時期を迎えており、国土交通省の推計では解体工事件数は2028年頃にピークを迎えるとされています。アスベストは2006年に原則使用禁止、2012年に全面禁止となりましたが、それ以前に施工された建物には含有の可能性があり、まさにこれから解体が集中する世代の建築物と重なります。
規制の面でも、2022年4月の事前調査結果の報告義務化、2023年10月の有資格者による調査の義務化と、現場への要求水準は段階的に引き上げられてきました。コンプライアンスの観点からアスベスト管理の質を上げなければならない状況で、同時に工期短縮とコスト圧縮のプレッシャーも現場にかかっています。翌日報告という構造上の制約は、両方の要求を同時に満たすことを難しくする要因でした。
現時点での範囲と今後の問い
現在のサービス提供エリアは中国・九州エリアを中心としており、全国規模での展開はこれからです。
「現場で即日判定」という概念自体は、環境省が迅速測定法をモニタリングマニュアルに組み込む形で方向性として示してきたものです。この方向性に沿った商用サービスが実際に動き始めたことで、「翌日報告」を前提としていた現場の慣行がどこまで変わるか。普及の速度と、それによって現場の安全確認がどう変わるかが、今後の注目点です。
【用語解説】
アスベスト(石綿)
天然に産出する繊維状鉱物の総称。耐熱性・耐薬品性に優れ、建築材料として1970〜80年代を中心に広く使用されたが、吸入すると石綿肺・肺がん・中皮腫などの重篤な疾患を引き起こすことが判明。日本では2006年9月以降、0.1重量%を超えるアスベスト含有製品の製造・輸入・使用が原則禁止となった(一部猶予措置を経て2012年に完全禁止)。
位相差顕微鏡
光の位相差を利用して透明・半透明の試料を観察する顕微鏡。アスベスト繊維の検出に用いられるが、繊維の光学的特性(結晶性など)の判別はできない。空気中の「総繊維数」の計測に使われる。
偏光顕微鏡
偏光(一定方向に振動する光)を利用して鉱物の光学的特性を観察する顕微鏡。鉱物によって偏光の変化の仕方が異なるため、アスベスト繊維(鉱物繊維)とそれ以外の繊維(有機繊維・無機繊維)を識別するために使われる。
改正大気汚染防止法
2021年4月に施行。解体・改修工事の工事前・工事中・工事完了後の全段階においてアスベスト飛散防止規制が強化された。2022年4月からは事前調査結果の行政への報告が義務化され、2023年10月からは事前調査を有資格者が行うことが義務化されている。
アスベストモニタリングマニュアル(環境省)
解体現場等でのアスベスト濃度測定の方法・手順を定めた環境省のマニュアル。最新版は第4.2版。位相差/偏光顕微鏡法を「アスベスト迅速測定法」として、可搬型蛍光顕微鏡法をスクリーニング法として位置付けている。
【参考リンク】
株式会社アサヒテクノリサーチ(外部)
広島県大竹市に本社を置く環境調査・品質保証の分析機関。水質・土壌・アスベスト・製品品質など幅広い分析・調査を手がける。1972年設立。今回の「空気中アスベスト現場速報サービス」の提供元。
アスベストモニタリングマニュアル|環境省(外部)
解体現場等におけるアスベスト濃度測定の方法・評価手順をまとめた環境省の公式マニュアル。位相差/偏光顕微鏡法の位置付けや迅速測定法の捕集条件など、現場測定の標準的な枠組みを示している。
アスベスト(石綿)情報|厚生労働省(外部)
アスベスト関連法令・規制・補償制度・各種マニュアルへのリンクをまとめた厚生労働省の情報ページ。解体・改修工事を行う事業者向けの手続き情報も掲載されている。
【参考記事】
アスベスト事前調査はすでに義務化!法改正のポイントと実務対応を徹底解説|アルフレッド株式会社(外部)
2022年4月の事前調査結果の報告義務化および2023年10月の有資格者による調査義務化の内容と実務上の対応をまとめた解説記事。改正大気汚染防止法の変更点を具体的な対象工事の条件とともに説明している。
【編集部後記】
測定と判断の間にあった「翌日」というタイムラグは、技術の問題というよりも、どこまでを現場で完結させるかという設計の問題でした。私たちは今後、このサービスが解体現場の「標準」へと変わっていく過程を注視していきたいと思います。












