水の惑星で、水が当たり前でなくなっている|世界各地で進む複合的な水危機を俯瞰する

日本の蛇口をひねれば、きれいな水が出てきます。これほど安定した水環境を日常として持つ国は、世界的に見ても多くありません。気候変動・テクノロジーの成長・化学汚染・地政学的な対立・老朽化したインフラという、まったく異質な複数の力が同時に作用しています。それぞれの力は、それぞれの地域で、それぞれの顔をしています。今回は、その複合的な現実を俯瞰してみます。


「水の惑星」の逆説

地球は「水の惑星」と呼ばれますが、その名にはひとつの誤解が潜んでいます。

地球上の水の約97.5%は海水です。残り2.5%が淡水ですが、その大部分は南極や北極の氷として固定されており、河川や湖沼など人間がすぐに利用できる水は、全体のわずか約0.01%にすぎません。そしてこの少ない水は均等に分布していません。カナダのように水資源量が利用量をはるかに上回る地域もあれば、慢性的な水不足に苦しむ国や地域も存在します。

日本は年間降水量が世界平均の約2倍という、雨の多い国です。ただし一人あたりの水資源量でみると、世界平均の半分以下に留まります。そして食料輸入を通じて、2005年の試算では年間約800億m³のバーチャルウォーター(食料を国内生産した場合に必要となる水の量)を海外から受け取っており、これは当時の国内年間水使用量とほぼ同規模です。蛇口の外側で、私たちはすでに世界の水とつながっています。

気候変動が水循環を歪める

温暖化が進むと、水循環の振れ幅が大きくなります。気温が上がるほど大気は多くの水蒸気を保持できるため、降る時には集中して降り、降らない地域にはより長く降らない、という偏りが生じます。洪水と干ばつが交互に来るようになると、農業も水インフラも、どちらにも対応しきれない状況に置かれます。

アフリカ東部では2020年以降、複数年にわたる大規模な干ばつが続いており、ソマリアでは2023年末時点で人口の約半数にあたる約830万人が人道支援を必要とする状況にあります。インドでは北部を中心に地下水の急速な枯渇が進んでおり、2018年の報告では約6億人が高い水ストレスにさらされているとされます。農業への依存と急速な人口増加が、気候変動の影響を増幅させています。

AIが水を飲む

水をめぐる新しい圧力として、近年注目されているのがデータセンターの消費です。

AIの学習・推論には膨大な計算処理が必要で、その熱を冷やすために大量の水が使われます。米国のデータセンターが直接消費した水は2023年時点で約640億リットルと推計されており、2028年にはその2〜4倍に増加する可能性があるとされています。大型のデータセンター1か所が1日に消費する水の量は、数万人規模の町と同程度になることもあります。

データセンターの立地は、冷却効率の観点から気候条件に左右されますが、水ストレスが高まっている地域に建設されるケースも増えています。ある試算では、2050年までに世界のデータセンターの約45%が高い水ストレスにさらされるリスクがあるとされています。地域住民の飲料水需要と、インフラの水需要が競合するという構図が、すでに一部の地域で生まれています。

見えない汚染「永遠の化学物質」PFAS

水の「量」とは別に、「質」の問題として世界的に注目されているのがPFAS(有機フッ素化合物)です。

PFASは撥水・耐熱・耐薬品性を持つ化学物質の総称で、1万種類以上が存在するとされます。フッ素樹脂加工のフライパン、防水ウェア、消火剤など日常的な製品に広く使われてきました。問題は、自然環境では分解されにくく、土壌や水源に蓄積し続けることです。

米国では、EPAの調査データをもとにした試算で、米国民の約半数がPFASに汚染された飲料水にさらされているとされており、欧州でも広範な規制案の検討が続いています。日本でも沖縄・岡山・千葉・静岡など各地の水道水や地下水からPFASが検出されており、2026年4月からは主要な2物質(PFOS・PFOA)について水道法の水質基準として施行されています。

PFASは見えません。においもありません。検査しなければ、汚染されているかどうかも分かりません。

水と安全保障

水は、国家間の利害が交差する資源でもあります。

ナイル川をめぐるエチオピアとエジプト・スーダンの対立は、その典型例です。エチオピアが2011年から建設を進めてきた大型ダム(グランド・エチオピアン・ルネサンスダム)は、総貯水量740億立方メートル規模の構造物です。国内水需要の約9割をナイル川に依存するエジプトは強く反発しており、三国の交渉は現在も決着していません。類似の構図はメコン川(中国と東南アジア諸国)、インダス川(インドとパキスタン)など世界各地に存在します。

中東では、ヨルダン・イエメン・シリアなど多くの国で帯水層がすでに飲用に適さない状態になっており、安全な水を得るために民間業者から高額で購入せざるを得ない住民が増えています。上流で水を管理する国と、下流で水を受け取る国のあいだの非対称な関係は、気候変動が水量の不安定さを増すにつれて、交渉の難しさを高めています。

豊かさが隠す危機、老朽インフラ

水の「量」でも「質」でもなく、「届ける仕組み」が壊れかけているという問題があります。

日本の水道管は総延長約74万kmに及びますが、そのうち20%以上が法定耐用年数の40年を超えています。更新率は年間わずか約0.65%で、このペースでは全管路を更新するのに130年以上かかります。年間2万件以上の漏水・破損事故が発生しており、2024年1月の能登地震では約13万戸が断水し、復旧に半年を要しました。

これは日本に限った話ではありません。米国のインフラ評価報告書では、飲料水インフラはC-、廃水インフラはD+という評価が続いており、高度成長期に集中的に整備された水インフラが、先進国のあちこちで同時に耐用年数を迎えています。水が「あること」と、水が「届くこと」は、別の話です。

水を恃(たの)むということ

老子は「上善若水」と書きました。最高の善は水のようなものだ、という意味です。水は万物を養いながら争わず、誰もが嫌がる低い場所へと流れていく。だから道(タオ)に近い、と。別の章では、こうも言います。「天下莫柔弱於水、而攻堅強者莫之能勝」。この世に水ほど柔らかく弱いものはない。しかし、固く強いものを穿つのに、水に勝るものはない、と。

老子の水は、資源ではありません。徳のあり方の喩えであり、しなやかな強さの象徴です。

ここまでの章で見てきた問題は、暗黙のうちにある共通の構えに立っています。豪雨を制御する、PFASを除去する、データセンターの水を循環させる、老朽インフラを更新する。いずれも水を「管理する対象」として扱う視点です。これは近代以降、水が「資源」として計量・所有・流通する対象になったことと切り離せません。その転換は衛生革命をもたらし、無数の命を救いました。

ただ、「より精密に管理する」方向に技術が進むとき、私たちが水に対して持っていた別の感覚、畏れ、祈り、恃む、という感受性は、どこへ行くのでしょうか。古代の治水が統治の起源と結びついていたこと、井戸に神が宿るとされていたこと。こうした水との関係は「計量と流通」以前のものでした。

水を「資源」として最適化することと、水を「恃む」こと。前者は工学の世界、後者は文化と感受性の世界です。この記事で見てきた問題群は、前者の問いとして立てられがちです。しかし、水をめぐる状況が変わっているということは、水を見る目も変わっているということかもしれません。何を技術で解くべきで、何は技術で解けないのか。その問いを持ち続けることは、水の問題を考えるうえで、思った以上に重要なことかもしれません。

【用語解説】

バーチャルウォーター(仮想水 / Virtual Water)
食料などを輸入する際に「実質的に輸入している水」のこと。たとえば牛肉1kgの生産には約2万リットルの水が必要とされ、輸入することでその水を「使わずに済む」かわりに、生産国の水資源を消費していることになる。2005年の試算では、日本は年間約800億m³のバーチャルウォーターを輸入しており、これは当時の国内年間水使用量に匹敵する規模だ。

PFAS(ピーファス / Per- and Polyfluoroalkyl Substances)
有機フッ素化合物の総称。1万種類以上が存在する。自然環境で分解されにくいことから「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも呼ばれる。防水加工や消火剤など身近な製品に広く使われてきた一方、健康への影響が懸念されており、各国で規制強化が進んでいる。日本では2026年4月から水道水の水質基準として法的拘束力のある規制が施行される。

帯水層(Aquifer)
地下水を蓄えた地層。雨や雪解け水が地中に浸透し、長い年月をかけて蓄積される。一度枯渇した帯水層の回復には数十年〜数百年かかる場合もあり、過剰な汲み上げが続くと不可逆的な水不足につながる。中東・インド・米国の一部地域では、汲み上げ量が回復量を大きく上回っている。

管路経年化率
水道管の総延長のうち、法定耐用年数(40年)を超えた管路が占める割合。2022年時点の日本の管路経年化率は約23.6%。現在の更新ペース(年率0.64%)が続けば、今後20年で約69%に達すると試算されている。

グランド・エチオピアン・ルネサンスダム(GERD)
エチオピアがナイル川上流に建設した大型ダム。総貯水量は約740億立方メートル。2011年着工、2020年代に貯水を開始。下流のエジプト・スーダンとの水配分をめぐる交渉が続いている。

【参考リンク】

国土交通省 水資源部「日本の水資源について」(外部)
地球上の淡水量の内訳、水の地域偏在、日本の水資源の現状と世界比較をまとめた公式資料。即時利用可能な淡水が全水量の約0.01%にとどまることや、日本の一人あたり水資源量が世界平均の半分以下であることを確認できる。

環境省 PFASに対する総合戦略検討専門家会議(2024年8月)(外部)
PFASの種類・健康影響・国内検出状況・水質基準の設定経緯をまとめた公式文書。PFASが1万種類以上存在すること、日本各地での検出事例、2026年4月施行の水質基準の根拠を確認できる。

CSIS「Surviving Scarcity: Water and the Future of the Middle East」(外部)
中東・北アフリカの水危機を詳述した戦略国際問題研究所(CSIS)のレポート。帯水層の枯渇・汚染・水価格の高騰・地政学的影響を包括的に扱う。

Lawrence Berkeley National Laboratory「United States Data Center Energy Usage Report」(外部)
米国データセンターのエネルギー・水消費量の推移と予測をまとめた米国政府系研究機関のレポート。AI拡大による水消費増大の主要な一次データとして広く引用されている。

【参考記事】

水ストレスが高まるなかでのAIデータセンター立地問題|MSCI(外部)
2050年までにデータセンターの約45%が高い水ストレスにさらされるリスクを施設単位で分析。データセンターの立地と水資源の地理的競合を可視化している。

ナイル川の水争い──大エチオピア・ルネサンスダムをめぐって|笹川平和財団 IINA(外部)
エチオピア・エジプト・スーダン三国間の水紛争の構造と交渉経緯を詳述した政策分析。国際河川における上流・下流の非対称な関係を理解するための参考資料。

India’s thirst for improved water security|East Asia Forum(外部)
インドの水危機の現状と政策課題を分析。2018年の報告では約6億人が高い水ストレスに直面しているとされ、2030年に需要が供給の2倍に達するとの予測を含む。

水道管の老朽化問題が全国で深刻化|ジチタイワークスWEB(外部)
日本全国の水道管老朽化の現状と自治体の対応を解説。更新率0.65%・全管路更新まで130年以上という数値の出典となる行政情報メディアの記事。

【関連記事】

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【編集部後記】

「水問題」という言葉を聞くと、どこか遠い場所の話のように感じるかもしれません。でも食料を輸入している限り、私たちは見えない形で世界の水とつながっています。解決策を提示できる問題ではありませんが、「水が当たり前でなくなっている場所がある」という事実を、私たちも持ち続けたいと思います。

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りょうとく
趣味でデジタルイラスト、Live2Dモデル、3Dモデル、動画編集などの経験があります。最近は文章生成AIからインスピレーションを得るために毎日のようにネタを投げかけたり、画像生成AIをお絵描きに都合よく利用できないかを模索中。AIがどれだけ人の生活を豊かにするかに期待しながら、その未来のために人が守らなけらばならない法律や倫理、AI時代の創作の在り方に注目しています。