シンガポールは毎年、熱帯の豪雨に見舞われます。それでも、この国は「水がない」という前提のもとに水政策を設計してきました。SIWW2026 Water Expoは、水をめぐる問題が急速に複合化する今、単なる業界イベントを超えた意味を持ちはじめています。
SIWW2026 Water Expoは、シンガポール国際水週間(SIWW)の中核を成す展示会の第11回にあたる。2026年6月16日から18日、Marina Bay SandsのSands Expo & Convention Centreで開催される。
65カ国・地域から約450社が出展し、2,200件超の技術・ソリューションが展示される。出展企業の52%超が海外からの参加で、80件超の新製品発表や主要アナウンスが予定されている。
展示の重点領域は、都市・工業用水管理、海岸・洪水対策、デジタルソリューションの3分野。水処理・脱塩・再利用・デジタル化・気候対応型の沿岸保護にわたる技術が一堂に集まる。
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SIWW2026 Water Expo 公式サイト
【編集部解説】
「水の首都」で問われること
SIWWの舞台はシンガポールです。この国が水技術の国際フォーラムを主催し続けていることには、必然性があります。
シンガポールは熱帯雨林気候で、降水量は東京の約1.7倍あります。しかしながら、国土は東京23区より少し広い程度の面積しかなく、大きな河川も天然の帯水層も持ちません。1965年にマレーシアから独立した際、水の供給源は「国内集水」と「マレーシアからの輸入」の2本しかなく、独立直後から水は国家安全保障と直結した問題でした。初代マレーシア首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンは「シンガポールがマレーシアの利益に反する外交政策をとるなら、ジョホールの水を止めることで圧力をかけることができる」と述べています。
この制約がシンガポールを動かしました。現在の水供給は「4つの蛇口(Four National Taps)」と呼ばれる4本柱で構成されています。集水・輸入水・NEWater(高度処理再生水)・海水淡水化です。なかでもNEWaterは、処理済み下水を微細ろ過・逆浸透・紫外線消毒の三段階で再処理した飲料水で、現在は水需要の最大約40%をカバーしています。マレーシアとの水協定は2061年に期限を迎えますが、それまでに輸入水への依存を断ち切ることが、国家目標として掲げられています。
「ない」という制約が、技術の動機になった国の物語です。
日本企業も揃う
SIWW2026 Water Expoには、日本からも複数の企業が出展します。東レは逆浸透(RO)膜の世界的メーカーとしてFOUNDING SPONSORに名を連ねており、明電舎・メタウォーター・横河電機・東芝インフラシステムズなどもSIWW常連の出展企業です。
東レとシンガポールの関係は長く、2008年にはシンガポール最大のNEWater施設であるSembcorp NEWater Plantへの逆浸透膜供給を受注しています(稼働は2010年)。東レ自身も同施設を「世界第2位・東アジア最大の排水処理施設」と公式に紹介しており、シンガポール国内のRO膜市場において大きな存在感を持っています。日本の素材技術が、シンガポールの水インフラを長年にわたって支えてきた側面があります。
水技術の輸出国としての日本と、水インフラの課題を抱える国としての日本が、同じ企業の中に共存しています。
シンガポールと日本——「水がない国」と「水を忘れた国」
ここで少し立ち止まって、日本とシンガポールを並べてみます。
シンガポールは「水がない」という事実を出発点に、60年かけて技術と制度を積み上げました。水は死活問題であり、そのことを国民も政策立案者も共有してきました。
日本はどうでしょうか。降水量は豊かで、蛇口から安全な水が出ることを、ほとんどの国民は疑いません。しかし、その蛇口につながる水道管の20%以上はすでに法定耐用年数の40年を超えており、全管路の更新に130年以上かかる計算です。
問題は技術ではありません。日本には東レのような世界最高水準の水技術企業があります。問題はむしろ、「水が当たり前」という前提が、課題への危機感を薄くしてきたのではないか、ということです。シンガポールが持っていた「水がない」という動機を、日本は持ちにくい構造にあります。
「水がない国」と「水を忘れた国」。この非対称性は、SIWW2026の会場で、もっともはっきりと見えるかもしれません。
シンガポールから「水×デジタル」の標準が作られる
SIWWは展示会にとどまりません。PUBが主催する水技術の政策・標準化フォーラムでもあり、ここで議論された内容がアジア太平洋地域の水インフラの方向性に影響を与えてきた経緯があります。
今回のSIWW2026では、水処理・脱塩・デジタル管理にとどまらず、データセンター冷却水の効率化、産業排水の資源回収、AI活用による水管理の最適化といった領域も展示の重点に置かれています。水・エネルギー・デジタルシステムが交差する地点で、次の標準がどこに置かれるかを、この場は示す可能性があります。
日本の自治体や水道事業者にとっても、技術の調達や国際連携を考えるうえで、この場で何が議論されているかを知ることは、無関係ではないはずです。
【用語解説】
NEWater(ニューウォーター)
シンガポールが開発した高度処理再生水。処理済みの下水を、微細ろ過(Microfiltration)・逆浸透(Reverse Osmosis)・紫外線消毒(UV Disinfection)の三段階で処理したもの。飲料水基準を満たし、工業用途を中心に使用される。一部は貯水池に混合して飲料水として供給される。2003年に正式稼働し、現在はシンガポールの水需要の最大約40%をカバーする。
RO膜(逆浸透膜 / Reverse Osmosis Membrane)
半透膜を利用して、水分子だけを通過させ、塩分・細菌・有害物質を除去する水処理技術。海水淡水化・排水再利用・超純水製造に広く使われる。東レはChangi NEWater PlantやSingSpring脱塩プラントにRO膜を供給しており、シンガポールにおけるRO膜の主要サプライヤーのひとつ。
PFAS(ピーファス / Per- and Polyfluoroalkyl Substances)
有機フッ素化合物の総称。1万種類以上が存在し、自然環境で分解されにくいことから「永遠の化学物質(Forever Chemicals)」とも呼ばれる。日本では2026年4月から水道水の水質基準として法的拘束力のある規制が施行されている。
EPC企業(Engineering, Procurement and Construction)
水処理プラントなどのインフラを、設計・調達・建設まで一括で請け負う企業形態。KeppelやJacobsなど、SIWW出展企業にはEPC大手が多数含まれる。
PUB(Public Utilities Board)
シンガポール国家水機関。水道・下水道・排水を一元的に管轄し、NEWaterや海水淡水化を含む「4つの蛇口」政策を推進する。SIWWの母体組織。
【参考リンク】
SIWW2026 Water Expo 来場者登録(外部)
SIWW2026 Water Expoのビジターパス登録フォーム。2026年6月16〜18日開催、Marina Bay Sands・Sands Expo & Convention Centre。事前登録で無料入場可能。
SIWW2026 Hosted Buyer Programme(外部)
水道事業者・自治体・プロジェクトオーナー向けの招待制プログラム。交通・宿泊支援と専門セッションへのアクセスが提供される。
PUB Singapore — NEWater(外部)
シンガポール国家水機関PUBによるNEWaterの公式解説ページ。技術の概要・歴史・処理工程を確認できる一次情報源。
東レ 水処理膜(外部)
東レの水処理膜事業の公式サイト。逆浸透膜(RO)・限外ろ過膜(UF)・精密ろ過膜(MF)など水処理向け製品の概要と技術情報を掲載。Changi NEWater Plantをはじめシンガポール各地の水処理施設にRO膜を供給している。
【参考記事】
水の安定供給を実現させたシンガポールの「4つの蛇口」|シンガポール経済開発庁(EDB)(外部)
シンガポールのFour National Tapsの概要と、2060年を見据えた水の自給化目標を解説した公式記事。NEWaterと海水淡水化が気候変動対策として果たす役割を説明している。
シンガポールの水資源管理の取り組み|日立評論(外部)
シンガポールの水資源管理を技術・政策の両面から解説した専門誌の記事。マレーシアとの水協定(2061年期限)やNEWaterの経緯を詳述する。
イノベーション強国・シンガポールの水確保政策|JST ASEAN(外部)
シンガポールの水安全保障の歴史的背景と技術政策の変遷を解説。トゥンク・アブドゥル・ラーマン首相による水問題発言の経緯も含む。
Toray to supply RO membranes for Singapore wastewater recycling plant|WaterWorld(外部)
東レがChangi NEWater Plantに逆浸透膜を供給することを伝えた2008年の業界専門メディア記事。東レとシンガポールNEWaterの関係を示す一次資料に近い報道。
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【編集部後記】
シンガポールの水の話は、どこか遠い優等生の話として聞こえるかもしれません。しかし「制約が技術を生む」という構造は、日本にも当てはまり得ます。老朽化した水インフラという制約を、危機として受け取るか、技術刷新の契機として受け取るか。SIWW2026の会場を歩けば、その問いに対する、いくつかの答え方が見えてくるかもしれません。












