ギターの音作りは長いあいだ、つまみを回して「探す」作業でした。理想の音を思い浮かべ、ゲインやEQを少しずつ動かし、近づいては離れ、耳だけを頼りに自分の音へにじり寄っていく。ところが、その当たり前が静かに揺らぎ始めています。出したい音を言葉で伝える、写真を見せる、参考音源を聴かせる——それだけで、AIが“ギターの音色”そのものをその場で組み上げてしまう。
Positive Gridが発表したインテリジェント・ギターアンプ「REACTOR(リアクター)」は、作曲でも歌でもなく、これまで人間の指先がぎりぎりまで握っていた「トーン(音色)」の領域に、生成AIが踏み込んできたことを示す一台です。曲づくりはすでにAIの仕事になりつつあります。そして次に明け渡されようとしているのが、奏者のすぐ手前にある「音色」なのです。
発表からは少し時間が経ちましたが、ニュースとして消費するには惜しい——むしろ腰を据えて向き合うべき節目だと感じ、特集として紹介します。
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【7月発売予定】 “学習するインテリジェント・ギターアンプ” Positive Gridが新製品”REACTOR” を発表。

【“音色を注文する”という新しい体験】
REACTORは、アメリカ発のブランドPositive Gridが2026年6月に発表したライブ用ギターアンプです。練習用アンプの定番として知られる「Sparkシリーズ」で評価を確立した同社が、その技術を凝縮して送り出した新シリーズで、アメリカではすでに出荷が始まり(提供状況は地域によって異なります)、日本では2026年7月の発売が予定されています。
これまでのモデリングアンプは、たくさんのプリセットから近い音を探し、手作業で追い込んでいく順番が前提でした。REACTORは、その順番をひっくり返します。「こういう音が欲しい」と伝えれば、本体ではなく専用アプリ側のAIが、アンプとエフェクトのつながり(シグナルチェーン)を一式、その場で組み上げてくれる。音を“探す”のではなく、音に“歩み寄ってもらう”。この主客の逆転こそが、REACTORの新しさの核心です。
ここで一点、冷静に補っておきたい言葉があります。中核技術の「Amp Intelligence™」は、海外メディアのGuitar Worldが指摘している通り、“Artificial Intelligence(人工知能)”そのものではなく、Positive Gridが名付けた造語です。トーンを生成する部分にはたしかにAIが使われていますが、製品名の「インテリジェント」は、あくまでブランドの設計思想を表す呼称だと捉えておくのが正確でしょう。煽り文句として「AI」を消費しないためにも、ここは押さえておきたいところです。
その“賢さ”の土台にあるのが、回路レベルの分析です。公式情報によれば、名機と呼ばれるアンプの設計を、ゲインの増幅段、トランス、バイアスのかかり方、倍音の出方といった内部のふるまいまで分解して解析した、とされています。エンジンは、200を超えるアンプ設計に加え、100万を超えるトーンや1000以上の回路パラメーターまでを解析対象として作り込まれたといいます。リリースにある「100万以上のトーン」は、生成できる数ではなく、分析した規模を示した数字だと読むと正確です。表面的に音を真似るのではなく、鳴り方の仕組みごと捉えようとしている点に、この製品の本気が表れています。
もっとも、夢のような触れ込みだけを鵜呑みにする必要はありません。Guitar Worldの実機レビューは、音そのものは温かく反応も良いと高く評価する一方で、AI経由で狙った音にたどり着くまでには「やや手間取る場面がある」とも書き添えています。AIが入口を広げても、最後の詰めには人の手が要る——その手触りまで含めて、等身大で捉えておきたい一台です。
【作曲の次は「音色」、AIは弾き手のすぐ手前まで来た】
音楽の世界に生成AIが入り込むこと自体は、もう珍しくありません。たとえばSunoのようなサービスは、テキストで指示するだけで、歌も演奏も含めた“曲をまるごと”生成してしまいます。その手軽さの裏で、学習データをめぐる大手レーベルとの訴訟など、権利と倫理の議論が今も続いていることも、私たちは知っています。AIはこうして、作曲・歌唱・ミックスといった音楽の「外側」から内側へと、少しずつ陣地を広げてきました。
そのなかでREACTORが象徴的なのは、AIが踏み込んだ場所が違うからです。曲でも歌でもなく、「音色」という、奏者の指のすぐ手前にある領域。どんなギターを、どんなアンプで、どう歪ませて鳴らすか——その選択は長いあいだ、熟練のギターテックや奏者自身の耳に委ねられてきました。REACTORは、その判断の一部を言葉や画像へと開いてみせた。作曲が機械に明け渡されても、「音色だけは自分の手の中にある」と思っていた人にとって、これは小さくない出来事です。AIはいま、“演奏する人”のすぐ手前まで来ています。
【では、人は何をする人になるのか】
こう書くと、不安を煽っているように聞こえるかもしれません。けれど筆者は、「人間は要らなくなる」といった結論に急ぎたいわけではありません。むしろREACTORは、その問いを私たちの手元に、そっと置いていく製品だと感じています。
たとえば、REACTORの「Tone Memory」が学習するのは、結局のところ「その人が何を良い音だと感じるか」という好みです。生成は機械に任せられても、どの音を選び、何を却下し、どんな曲のどんな場面で鳴らすか——その判断と美意識まで、機械が肩代わりしてくれるわけではありません。AIが「正解の候補」を無数に差し出す時代に、人の仕事はむしろ、その中から「これだ」と指させることに移っていくのかもしれません。
同時に、考えておきたい論点もあります。REACTORの「TEXT TO TONE」では、特定のギタリストの名前を入力すると、その音を自動で構築できるとされています。音色そのものは一般に著作権の対象になりにくい領域ですが、AIが特定アーティストの「らしさ」を再現することの是非は、声や作風の生成をめぐる議論と地続きです。いま何かの規制に触れるという話ではありません。けれど、生成AIが創作の現場へ深く入り込むほど、この問いは避けて通れなくなるはずです。便利さに心を躍らせつつ、その輪郭は見失わずにいたい——答えはまだ、誰も持っていません。だからこそ、あなたと一緒に考えていきたいと思っています。
【用語解説】
コンボアンプ
アンプ本体(プリアンプ・パワーアンプ)とスピーカーが一つの筐体に収まったギターアンプのことだ。REACTORはその形式に当たる。
モデリングアンプ
真空管アンプなど実在の機材の音を、デジタル技術で再現(モデリング)するアンプを指す。REACTORはこの系譜に属しつつ、AIによる音作りを加えた点が新しい。
Amp Intelligence™
Positive Gridが名付けた、REACTOR中核のサウンド・エンジンの呼称である。200を超えるアンプ設計を回路レベルで解析し、入力に応じてトーンを生成する仕組みを指す。
Tone Capture(TEXT/IMAGE/AUDIO TO TONE)
作りたい音を「テキスト」「画像」「オーディオ」の3通りで入力し、そこからトーンを自動生成する機能の総称だ。文章で説明する、写真を読み込ませる、音源を解析させる、という3つの入口を持つ。
Tone Memory
ユーザーの音作りの傾向(言葉・入力・微調整)を学習し、使うごとに好みへ近づけていく機能である。
ToneCloud®
作成したトーンやカスタムアンプを、ユーザー間で共有・ダウンロードできるクラウド型のライブラリ機能を指す。
シグナルチェーン
ギターからアンプ、各種エフェクトを経て音が出力されるまでの「信号の通り道(接続順)」のことだ。REACTORはこれをAIが一括で組み上げる。
Suno(スノ)
テキストの指示から歌や演奏を含む楽曲をまるごと生成するAI音楽サービスの一つだ。本記事では、AIが音楽へ入り込む流れの例として触れている。
回路レベルの解析(ゲイン段・トランス・バイアス・倍音)
アンプの音色を、増幅の段数や変圧器のふるまい、動作の基準点、倍音の出方といった内部回路の挙動まで踏み込んで分析することを指す。表面的な音の模倣ではなく、鳴り方の仕組みごと捉える手法である。
出力切り替え(selectable wattage)
アンプの出力ワット数を切り替える機能を指す。REACTORは最大/25W/1Wを選べ、音量を絞っても音質を保てる設計とされる。
【参考リンク】
Positive Grid|REACTOR(公式・英語)(外部)
REACTORの公式製品ページ。Amp Intelligenceの仕組みや仕様、FAQ、解説動画まで確認できる一次情報源。
メディア・インテグレーション|REACTOR 製品ページ(日本語)(外部)
日本正規輸入代理店による日本語の製品ページ。国内向け情報やレビュー動画が順次公開される。
メディア・インテグレーション|REACTOR Control 製品ページ(日本語)(外部)
オプションの専用フットコントローラー「REACTOR Control」の日本語情報をまとめたページ。
Positive Grid 公式サイト(外部)
Sparkシリーズやソフトウェア「BIAS X」を含む、Positive Grid全製品を掲載する公式サイト。
株式会社メディア・インテグレーション 公式サイト(外部)
Positive Grid日本正規輸入代理店。取り扱いブランドや国内サポート情報を確認できる。
Suno(公式サイト)(外部)
テキストから楽曲を生成するAI音楽サービスの公式サイト。本記事では対比の例として参照している。
【参考動画】
いずれもPositive Grid公式YouTubeチャンネルが公開する、REACTORの紹介・解説動画です。
【参考記事】
Positive Grid REACTOR Is the First Smart Amp That Builds Your Guitar Tone From Scratch(Techaeris)(外部)
200以上のアンプ設計を回路解析した点を解説。50Wが349ドル、100Wが449ドルで発表と同時に出荷と報じる。
Meet Positive Grid’s Reactor amp series(Guitar.com)(外部)
6つのアンプ・カテゴリーを具体的に紹介。価格を349/449ドルと記し、Kiki Wongのデモにも触れる。
Positive Grid Reactor 100 Intelligent Guitar Combo Amp review(Guitar World)(外部)
音質を高評価する一方、AIで狙う音に仕上げる手間を指摘。競合Boss Katana 100 Gen 3と比較する。
Positive Grid branches out from the Spark with the Reactor(Guitar World)(外部)
「Amp Intelligence」が人工知能の略ではない点を明示。Push/SmoothやHeatの独自スイッチを解説する。
Positive Grid Introduces REACTOR Intelligent Guitar Amplifier(Premier Guitar)(外部)
公式発表に沿った詳報。200超のアンプの挙動を回路解析した点や、Tone Memoryの考え方を整理する。
Positive Grid Reactor Amps: Amp Intelligence with AI Tone Creation!(gearnews.com)(外部)
仕様や音作りの流れを解説。読者コメントに既存Sparkの長期サポートを不安視する声が見られる。
AI Music Company Suno Raises $400 Million at $5.4 Billion Valuation(Variety)(外部)
AI作曲Sunoの資金調達と評価額を報じる。大手レーベルとの訴訟が続く現状にも触れている。
【関連記事】
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Sunoで実際に曲を作ってみた。
筆者がAI作曲を自ら試した実体験レポート。「作り手としてAIと向き合う」という、本記事の後記と同じ目線でお読みいただけます。
【編集部後記】
「音色までAIが作る時代」と書きながら、筆者の頭をよぎったのは、屋根裏にしまったままの自分のギターでした。高校生の頃はそれなりに弾いていたのに、いつの間にかケースを開けることもなくなり、押し入れの奥へ、そして屋根裏へと“昇格”していった一本です。
不思議なもので、AIが音を作るという話を追いかけているうちに、無性に自分の手で弦に触れてみたくなりました。機械が無数の音を差し出してくれるのなら、せめて「どれが好きか」を決める耳くらいは、磨いておきたい。そんな気持ちが、しまい込んだギターのことを思い出させたのかもしれません。
AIがどれだけ巧みに音色を組み上げても、最後にそれを「鳴らしたい」と思うのは、やっぱり人間です。あなたなら、AIが弾き手のすぐ手前まで来たこの時代を、どう受け止めますか。家のどこかに眠っている楽器があるなら、その存在も含めて、よかったら聞かせてください。一緒に考えていけたら嬉しいです。












