Suno、訴訟中に評価額54億ドルへ|投資家が「勝ち」と見る構図をクリエイターが「奪われている」と見る理由

訴訟の最中に評価額が倍増する。これは単なる資金調達ニュースではありません。AI音楽スタートアップSunoをめぐって、投資家とクリエイターが「同じ現実」を正反対に見ているという構図が、かつてないほど鮮明になっています。7月の裁判所の判断が、音楽とAIの関係を根本から変えるかもしれません。


6月3日、AIによる音楽生成スタートアップのSunoは、シリーズDラウンドで4億ドルを調達し、評価額は54億ドルに達した。前回ラウンドからおよそ2倍の評価額で、Bond Capitalが主導し、IVP・Forerunner・Union Square Venturesほかが参加した。同社の登録者数は2026年2月時点で200万人を超えている。

一方、全米レコード協会(RIAA)は2024年6月、Universal Music Group・Sony Music・Warner Musicを代理してSunoおよびUdioを提訴した。音楽生成モデルの学習に著作権で保護された楽曲を無断使用したとする内容で、マサチューセッツ州連邦地方裁判所で審理中だ。

Warnerは2025年11月に和解したが、Sunoはフェアユースを主張して争い続けており、2026年7月に略式判決審理が予定されている。直近ではレーベル側が訴状を修正し、6万1000曲以上が無断で学習に使用されたと主張を拡大した。判決の行方は、AI音楽ツールの合法性と、アーティストへの報酬の仕組みが生まれるかどうかを左右する。

From: 文献リンクSuno Raises $400 Million At A $5.4 Billion Valuation While The Record Labels Sue Over 61,000 Songs

【編集部解説】

訴訟の最中に評価額が倍になるとはどういうことか

Sunoが世界最大手レコードレーベルとの著作権訴訟を抱えたまま4億ドルの調達に成功し、評価額が54億ドルへと倍増したという事実は、数字の問題というよりも、同一の出来事に対して二つの世界が正反対の「現実」を見ていることを示すできごとです。

投資家の目には、Sunoは急成長するAI音楽プラットフォームに映っています。登録者数は2026年2月時点で200万人を超えており、Bond Capital・IVP・Union Square Venturesなど名だたるファンドが出資しています。彼らにとって訴訟は「リスク要因」ではあっても、会社の価値を根本から否定するものではありません。フェアユースで勝つか、Warnerのように和解という形で合法的地位を獲得するか、いずれの道筋も「生き残りのシナリオ」として織り込まれています。

一方、多くのミュージシャンやクリエイターには、まったく異なる景色が見えています。RIAAはSunoが「膨大な音楽カタログを無断で複製してモデルを学習させた」と主張しており、Suno自身も法廷文書の中で著作権保護された楽曲を学習データに使用したことを認めています。Sunoは「学習は侵害ではない」と主張しますが、RIAAは「アーティストの生涯の仕事を奪い、その核心的価値を抽出して、元の作品と競合するかたちで再販売している」と真っ向から反論しています。

この断絶は「感情の差」ではなく、「何を価値として見ているか」の根本的な差です。

「学習は侵害か」という問いの構造

争点の核心は、AIモデルが音楽を学習する行為が著作権侵害に当たるかフェアユース(公正利用)に当たるかという問いです。

Sunoの主張は、「子どもがロックを聴いて自分で曲を書くことと変わらない」というものです。モデルはメロディ・ハーモニー・音色の統計的パターンを学習するのであって、楽曲そのものをコピーしているわけではない、だから変革的なフェアユースだ、という論理です。

これに対しレーベル側は、「学習」の結果として何が生成されるかを問題にします。Sunoのシステムが既存の著作権楽曲と実質的に類似した音楽を出力できるという事実は、楽曲データがモデルの内部にエンコードされている証拠であり、「変革的」とは言えないという立場です。さらに、フェアユースの判断基準の一つである「市場への影響」という観点からは、AIが生み出す楽曲が元の録音と同じ市場で競合するのであれば、フェアユースとしての保護は難しくなります。

どちらが正しいかは、法律の解釈と技術的事実の両方にかかっており、現時点では裁判所も判断を下していません。

「和解」が示す第三の道と、その限界

Warner Music Groupは2025年11月にSunoと和解し、ライセンス提携に加えてSunoによるSongkick買収が条件に含まれたと報じられています。Universal Music GroupはライバルのUdioとも和解しています。この動きは「AIと音楽業界の共存」への道筋として注目されますが、構造的な問題を解決しているわけではありません。

大手レーベルの和解はあくまでも大手レーベルが権利を持つ楽曲についての合意です。DistroKidやTuneCoreなど独立系流通を使うインディペンデントアーティストたちは、その傘の外にいます。2025年11月にはカリフォルニア州北部地区連邦裁判所にてNguyen v. Suno Inc.という集団訴訟が提起されており、大手レーベルとの和解によってはカバーされないインディペンデントアーティストを代表するものです。

つまり和解モデルは、交渉力を持つ大きな主体には機能しうる一方、個人クリエイターには届かない可能性があります。

日本のクリエイターにとって何が問題か

この訴訟はアメリカの法廷で争われていますが、日本のクリエイターにとっても無関係ではありません。

日本では著作権法第30条の4(情報解析目的での著作物利用)により、AI学習目的の著作物利用について一定の条件下で許容されています。この規定は2019年に施行されたもので、アメリカのフェアユースとは異なる法体系です。しかし、モデルが学習データと「実質的に類似した」出力を生成できるという事実が損害の証拠として使われる、という訴訟上の論点は、国境を越えて問われることになる可能性があります。

また、日本のアーティストの録音や楽曲データが海外のAI企業の学習に利用されているかどうかは、現時点では多くの場合確認する手段がありません。マサチューセッツの裁判所が出す判断は、こうした問いに対する世界的な議論の起点になりえます。

7月の審理が問うもの

7月に予定されているマサチューセッツ州連邦地方裁判所での略式判決審理は、Sunoの訴訟の行方を左右する重要な節目です。フェアユースの適否を裁判所が判断する場になります。

仮にSunoがフェアユースで勝訴すれば、AI学習のためであれば著作権楽曲を無断で使用しても構わないという先例が生まれます。これはすでにライセンス契約を結んだ企業の交渉上の前提を崩し、業界全体のビジネスモデルに影響を与えます。逆に敗訴すれば、すべてのAI音楽企業がライセンス取得を迫られ、コスト構造が変わります。

投資家は今この審理に賭けています。ミュージシャンは、この審理が自分たちの録音が今後どう扱われるかを決めると見ています。同じ7月の裁判を、双方がまったく異なる意味で待っています。

【用語解説】

フェアユース(Fair Use)
アメリカ著作権法上の概念で、著作権者の許可なく著作物を利用できる例外規定。教育・批評・報道・研究などが代表的な用途。日本の「引用」より適用範囲が広く、判断は「利用の目的と性質」「著作物の性質」「使用された量」「市場への影響」の4要素を総合して行う。AI学習への適用可否は現在も各国で法的に争われている。

法定損害賠償(Statutory Damages)
実際の損害額を証明しなくても、著作権法に定められた金額を請求できる制度。アメリカでは著作物1点あたり最大15万ドル(約2200万円)を請求できる。侵害対象となる楽曲の件数が増えるほど、請求可能な賠償総額も膨らむ。

略式判決(Summary Judgment)
争いのある事実関係を陪審員が審理する前に、裁判官が法律上の問題として判断を下す手続き。証拠が一方的に明確な場合に申し立てられる。Sunoが申し立てているのは「学習行為はフェアユースに該当するため、裁判を開くまでもなく勝訴と判断してほしい」という趣旨。

RIAA(Recording Industry Association of America)
全米レコード協会。アメリカの主要なレコードレーベルが加盟する業界団体。著作権の保護・推進を目的とし、過去にはナップスターなどへの訴訟を主導した実績を持つ。

インディペンデントアーティスト集団訴訟(Nguyen v. Suno Inc.)
2025年11月にカリフォルニア州北部地区連邦裁判所に提起された集団訴訟。大手レーベルとの和解対象に含まれないインディペンデントアーティストを代表するもの。DistroKidやTuneCoreなどを通じて流通する楽曲の権利者が原告となっている。

【参考リンク】

Suno(外部)
AIを使ってテキストプロンプトから楽曲を生成するサービス。無料プランでは1日最大10曲まで生成でき、有料プランでは商用利用も可能。ブラウザ上で動作し、アカウント登録のみで利用を開始できる。

RIAA(全米レコード協会)(外部)
米国の主要レコードレーベルが加盟する業界団体の公式サイト。Suno・Udio訴訟に関するプレスリリース、声明、法的主張の一次資料が公開されている。

【参考記事】

Still facing copyright lawsuits, AI music generator Suno raises another $400M|TechCrunch(外部)
Sunoが著作権訴訟を抱えながらシリーズDで4億ドルを調達したと報じるTechCrunchの記事。Sunoが学習に著作権楽曲を使用したことを認めている点、ドイツの音楽著作権管理団体GEMAも訴訟に加わっていることなどを詳報している。

AI music startup Suno claims training model on copyrighted music is ‘fair use’|TechCrunch(外部)
2024年8月、Sunoが法廷文書で学習データに著作権楽曲を使用したと認めた際の経緯を伝える記事。CEO Mikey Shulmanによる「Learning is not infringing」発言と、RIAAによる反論声明の全文を含む一次資料として参照価値が高い。

RIAA v. Suno and Udio Lawsuit (2026)|AI Vortex(外部)
RIAA対Suno・Udio訴訟の経緯と法的争点を整理したレポート記事。UMG-Udio和解の構造、インディペンデントアーティスト集団訴訟、Sunoのフェアユース主張の論拠を詳述している。二次情報源ではあるが、法的構造の把握に有用。

【関連記事】

Suno AIがストリームリッピング疑惑 RIAA修正訴状でYouTube技術的保護措置回避を主張
RIAAはSunoに対し、YouTubeからの楽曲無断取得というDMCA違反も主張しています。訴状がどのように拡大してきたかは、こちらの記事をご参照ください。

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著作権問題を意識して、OpenAIはジュリアード音楽院と提携し、学習データを一から構築する別の道を選択しています。

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クリエイターが何を求めているかは、英国での大規模な意識調査からも読み取れます。

【編集部後記】

投資家の「リスク織り込み済み」という判断と、クリエイターの「すでに何かが奪われている」という感覚は、法廷の結論とは別の次元で、今も並行して存在しています。私たちは、どちらの「現実」がより問題の本質を捉えているか、問い続ける必要があります。

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りょうとく
趣味でデジタルイラスト、Live2Dモデル、3Dモデル、動画編集などの経験があります。最近は文章生成AIからインスピレーションを得るために毎日のようにネタを投げかけたり、画像生成AIをお絵描きに都合よく利用できないかを模索中。AIがどれだけ人の生活を豊かにするかに期待しながら、その未来のために人が守らなけらばならない法律や倫理、AI時代の創作の在り方に注目しています。