ポルメドテック、遺伝子改変ブタの腎臓を人へ──国内初の異種移植治験を2028年めざす

臓器移植を待つあいだ、人はただ「順番」を待っている。日本では、その列がときに十数年に及ぶ。ドナーが現れるのを祈るしかないこの構造を、根っこからひっくり返そうとする動きが国内で始まろうとしている。鍵を握るのは、人間ではなく、ブタだ。遺伝子を書き換えられたブタの腎臓を、人の体に移す——SFのように聞こえるこの技術が、いよいよ日本の病院で「治験」という現実の手続きに乗ろうとしている。世界ではすでに、その腎臓を体に宿して271日を生きた人がいる。希望なのか、それとも越えてはいけない一線なのか。判断を下す前に、まず何が起きているのかを一緒に見ていきたい。


株式会社ポル・メド・テックは2026年6月29日、遺伝子改変ブタを用いる国内初の異種腎臓移植の企業治験準備について、北海道大学および徳洲会と基本合意したと発表した。治験は北海道大学病院(北海道札幌市)と徳洲会グループの湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)で実施を予定し、2028年の臨床試験開始を目標とする。

準備にはAMEDのCiCLEや経済産業省のCDMO補助金が活用されている。同社は米国のeGenesis社が開発したドナーブタを、クローン技術で再現生産している。このドナーブタは69カ所の遺伝子を改変し、拒絶反応の抑制とブタ内在性レトロウイルス(PERV)の感染回避を図る。eGenesis社は患者への腎臓移植試験を4例実施し、患者は最長271日間の透析離脱を達成した。同社の創業者で代表取締役チーフ・サイエンティストは長嶋比呂志、北海道大学総長は寳金清博、徳洲会理事長は東上震一である。

From: 文献リンク日本初の遺伝子改変ブタを用いる異種腎臓移植の企業治験に関するお知らせ – PorMedTec

【編集部解説】

まず、このニュースの位置づけを整理しておきましょう。今回ポルメドテックが発表したのは「治験そのものの開始」ではなく、「治験を実施するための基本合意と準備着手」です。臨床試験の目標は2028年で、今後は関係当局との協議を経て治験プランを最終化していく段階だとされています。つまり今は、日本における異種移植が「研究」から「制度に乗った医療」へ移る、その入口に立った段階だと捉えるのが正確です。

なぜ今、このテーマを取り上げるのか。背景には、日本特有の構造的な臓器不足があります。脳死下での臓器提供が少ない日本では、腎移植を待つ患者の多くが長期の人工透析に頼らざるを得ません。透析は命をつなぐ一方で、患者の生活の質を大きく削り、医療費も年間500万〜600万円規模に達するとされます。異種移植は、この「ドナーが現れるのを待つ」という前提そのものを覆す可能性を秘めているのです。

技術の核心は、米国eGenesis社が手がけた「69カ所の遺伝子改変」にあります。ブタの臓器をヒトに移すと、本来なら免疫系が即座に激しく拒絶します。さらに、ブタのゲノムに潜む内在性レトロウイルス(PERV)がヒトに感染するリスクも長年の懸念でした。eGenesisはこの両方を、複数の遺伝子を「消す・足す・無効化する」という多重改変によって同時に抑え込みました。ポルメドテックはこのブタをクローン技術で日本国内に再現生産している、という分業構造になっています。

実績面で象徴的なのが、解説冒頭で触れた米国の症例です。2025年1月に遺伝子改変ブタの腎臓を移植された患者は、記録的な271日間にわたってその腎臓が機能し、透析から離れた生活を取り戻しました。最終的には腎機能の低下により摘出に至りましたが、これは遺伝子改変ブタの腎臓を用いた異種移植としては世界最長クラスの生着記録(霊長類の腎臓まで含めれば、さらに長い過去例もあります)であり、「短期間で失敗する技術」という従来の常識を塗り替えた点に意味があります。

一方で、過度な期待は禁物です。これまで患者を対象とした臓器異種移植の実施例は、米国と中国を中心に、なお少数例にとどまります。安全性と有効性を統計的に語るにはサンプルが圧倒的に足りず、移植後の長期的な影響も未知数です。271日という数字は「希望」であると同時に、「まだ恒久的な解決には届いていない」という現実も映し出しています。

規制と制度の観点も見逃せません。今回の準備は、AMEDのCiCLEや経済産業省のCDMO補助金といった公的支援に支えられ、さらに6月24日の日本成長戦略会議が異種移植を官民投資の注力分野として取り上げました。国が産業政策として後押しする構図が整いつつあり、これは審査基準づくりや倫理ガイドラインの整備を後押しする可能性があります。動物の臓器をヒトに用いることへの社会的合意形成も、これから本格的に問われます。

視点を少し変えると、異種移植は「単発の手術」ではなく「供給システムの構築」だという点が、この発表の本質かもしれません。ポルメドテックは医療用ブタの安定生産に向けた体制づくりを進め、徳洲会は全国94病院・約6,000人の透析患者という巨大なネットワークを持ちます。臓器を“育てて、運んで、移植する”という産業インフラを国産で組み上げられるかどうかが、実用化の成否を分けるでしょう。

世界では、米United Therapeutics社が10カ所の遺伝子改変を施した別系統のブタ腎臓で多施設治験を進めるなど、複数の陣営が並走しています。日本の今回の動きは、先行する米国の知見を取り込みながら、自国の医療体制に合わせて「実装」へ踏み込む選択といえます。透析大国・日本が異種移植をどう社会に根づかせるのか——その第一歩を、私たちは記録すべきだと考えます。

なお、ポルメドテックは、創業者で代表取締役チーフ・サイエンティストの長嶋比呂志氏と、代表取締役社長の三輪玄二郎氏を中心とする体制です。今回のプレスリリースでコメントを寄せているのは長嶋氏です。

【用語解説】

異種移植(いしゅいしょく/xenotransplantation)
動物の臓器・組織・細胞を、別の種であるヒトに移植する医療技術である。ヒト同士の移植(同種移植)と区別され、ドナー不足を根本から解消しうる手段として注目されている。

遺伝子改変ブタ(69カ所の遺伝子改変)
ブタの臓器をヒトに使えるようにするため、ゲノムを書き換えたブタである。eGenesis社の場合、不要な抗原遺伝子のノックアウト、ヒト遺伝子の挿入、レトロウイルスの不活化という三種類の編集を組み合わせ、計69カ所を改変している。

ブタ内在性レトロウイルス(PERV)
ブタのゲノムにもともと組み込まれているウイルス遺伝子である。移植を通じてヒトへ感染する理論上のリスクが長年の懸念であり、これを遺伝子編集で無効化することが安全性確保の鍵となっている。

体細胞クローニング(クローン技術)
体の細胞の核を未受精卵に移植し、同じ遺伝情報を持つ個体を再現する技術である。ポルメドテックはこれを用い、米国で開発されたドナーブタを国内で生産している。

拒絶反応
移植された臓器を、受け手の免疫系が「異物」とみなして攻撃する反応である。異種移植では同種移植より反応が激しく、遺伝子改変と免疫抑制薬の併用で抑え込む必要がある。

人工透析
腎臓の機能が大きく低下した患者に対し、機械で血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療である。命をつなぐ一方で患者の負担が大きく、長期にわたることが多い。

慢性腎不全・末期腎不全
腎臓の機能が徐々に、あるいは大きく低下した状態を指す。進行すると透析や移植が不可欠になる。糖尿病の進行に伴って発症することが多い。

治験
新しい医薬品や医療技術について、国の承認を得るために行う臨床試験である。安全性と有効性を確かめる目的で、規制当局の審査のもとに実施される。

CiCLE(医療研究開発革新基盤創成事業)
AMEDが運営する、医療分野の実用化研究を産学官連携で後押しする支援事業である。今回の治験準備の成果基盤となっている。

CDMO補助金
経済産業省による、再生医療・細胞医療・遺伝子治療の製造設備投資を支援する補助金である。国産の生産・供給体制づくりを資金面で支える。

官民投資ロードマップ(日本成長戦略会議)
政府が注力する戦略分野について、官民の投資方針を示した行程表である。2026年6月24日の会議で、異種移植が新領域のひとつとして取り上げられた。

【参考リンク】

PorMedTec(ポル・メド・テック)(外部)
明治大学発スタートアップ。遺伝子改変ブタを生産し異種臓器移植の早期実用化を目指す、今回の発表元の企業公式サイト。

eGenesis(外部)
ゲノム編集ブタの臓器を開発する米バイオ企業の公式サイト。再現生産元のドナーブタの開発元で、腎臓のFDA治験を進める。

明治大学(外部)
ポルメドテックの母体となった大学の公式サイト。長嶋比呂志氏らの研究を起点に、国内の異種移植研究を牽引してきた。

北海道大学病院(外部)
今回の治験実施先のひとつ。札幌市に所在し、産業界や社会と連携しながら最先端医療の臨床応用に取り組む大学病院。

徳洲会グループ(外部)
全国に多数の病院を展開する医療グループの公式サイト。今回の基本合意の当事者で、湘南鎌倉総合病院を中核病院とする。

湘南鎌倉総合病院(外部)
もうひとつの治験実施先である徳洲会の中核病院。鎌倉市に所在し、高度急性期医療と先端医療に力を入れる病院。

AMED(日本医療研究開発機構)(外部)
医療分野の研究開発を統括する国の機関の公式サイト。CiCLE事業を通じて、今回の治験準備を支援している。

【参考記事】

IND Clearance for EGEN-2784(eGenesis公式)(外部)
FDAが50歳以上・透析中の患者を対象とする第1/2/3相試験の治験届を承認したと伝える開発元の公式発表。背景の数値も豊富。

Man who received experimental pig kidney transplant now has a human organ(CNN)(外部)
ブタ腎を移植された患者が記録的271日間を過ごし、のちにヒト腎移植を受けた経緯を伝える報道。271日の出どころを確認できる。

N.H. man resumes dialysis after 271 days living with a pig kidney(Boston.com/AP)(外部)
271日後に腎機能低下で摘出され透析を再開した経緯を伝える報道。「腎機能低下により摘出」の根拠とした記事。

eGenesis announces 2nd pig kidney procedure success(FierceBiotech)(外部)
2例目の移植成功を報じる記事。米の末期腎不全80万人超や年約2.5万件の移植など現状と、競合UKidney治験の計画を示す。

【関連記事】

遺伝子編集豚の腎臓、人間への移植成功:ボストンで医学の新たな希望 本記事の「前史」。eGenesisの69カ所改変ブタ腎が世界で初めて生体移植された、米国ボストンでの歴史的手術を報じた記事。

山梨大学が解明:哺乳類クローニングに「遺伝的限界」、20年・58世代の連続実験が示した生命の壁 ドナーブタの再現生産を支えるクローン技術について、その可能性と限界の両面を掘り下げた記事。

7月5日【今日は何の日?】「クローン羊ドリー誕生」クローン技術から考える生命倫理 体細胞核移植(クローン技術)の仕組みと生命倫理を、わかりやすく解説した記事。

【編集部後記】

ブタの腎臓が人の体で271日間はたらいた。この事実を最初に知ったとき、すごい、と思う気持ちと、本当にいいんだろうか、という気持ちが同時に湧いてきました。たぶん、どちらか一方が正解なのではなくて、両方を抱えたまま考え続けるしかないテーマなのだと思います。

移植を待つ人にとって、選択肢が一つ増えることの意味は、外から想像するよりずっと大きいはずです。十数年という待機の列に並んだことのない私たちが、「動物の臓器を使うなんて」と簡単に言ってしまうのは、少しフェアではないのかもしれません。一方で、ブタを「臓器の供給源」として育て、運び、使う——その仕組みが当たり前になっていく未来に、何も引っかからないかと言われると、正直まだ言葉になりきらない戸惑いも残ります。

技術の話は、つきつめると「どこまでを受け入れるか」という、一人ひとりの感覚の話になっていきます。そしてその感覚は、誰かに決めてもらうものではなく、こうしてニュースに触れながら、自分の中で少しずつ形づくっていくものなのだと思います。今日の記事が、その材料の一つになっていたらうれしいです。

もし身近な人が、あるいは自分自身が、いつかその列に並ぶことになったら——そう想像してみると、見えてくるものが変わるでしょうか。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。