同じ「特定暗号資産」という言葉が、金融商品取引法と税法とで、別のものを指します。片方は発行者のいる暗号資産、もう片方は登録簿に載った暗号資産。成立したばかりの法律で、いちばん基本の用語が二つに割れている——この小さな食い違いは、今回の制度転換がまだ「走り出し」の段階にあることを、静かに示しています。
2026年7月15日、暗号資産を金商法の規制対象とする改正法が参議院で可決・成立したと報じられた。暗号資産は資金決済法から金商法へ移り、有価証券とは別カテゴリーの「金融商品」として位置づけ直される。発行者への情報開示義務、インサイダー取引規制、業者への第一種金融商品取引業に相当する規律が新設され、無登録販売への罰則も拘禁刑3年以下から10年以下へ大幅に強化される。ただし、株式と同じ有価証券になるわけではなく、一律20%の分離課税が全取引に及ぶわけでもない。原則として公布から1年以内に施行されるため、2027年中の新制度移行が見込まれる。本稿では、この転換の技術史的な意味と、見落とされがちな留保の両面を読み解く。
何が決まったのか──「決済手段」から「投資対象」への再定義
今回の改正の核心は、暗号資産に関する規制の「置き場所」が、資金決済法から金商法へと移されたことにあります。日本は2017年施行の改正資金決済法で、世界に先駆けて暗号資産を法的に位置づけた国です。ただしそこでの規制の主眼は、「支払い・決済の手段」としての側面に置かれていました(もっとも、2019年の改正で、暗号資産デリバティブや相場操縦などには先んじて金商法が適用されています)。
しかし現実の市場は、その想定を大きく追い越していきました。国内の暗号資産口座数は2026年5月末で約1423万に達しています。利用者の預かり資産残高は、2025年10月時点では5兆円を超えており、価格変動を経た2026年5月末でも、暗号資産と金銭等を合わせて約3.36兆円にのぼります。多くの人にとって暗号資産は、いまや「決済に使うもの」ではなく「値動きに期待して保有する投資対象」になっていた——この実態と法制度のあいだのズレを埋めるのが、今回の改正だと理解すると見通しがよくなります。
ここで最初の留保です。「暗号資産が株式のような有価証券になった」という受け止めは正確ではありません。金融庁の説明は一貫して、暗号資産を「有価証券とは別の金融商品」として扱うとしています。株式や社債と横並びになるのではなく、金商法という同じ屋根の下に、独立した部屋が新設されるイメージです。またステーブルコインやプリペイド型の商品などは、引き続き資金決済法の側に残ります。
制度の中身──開示・インサイダー規制・罰則強化
枠組みが金商法へ移ることで、株式などに近い「投資家保護」の作法が暗号資産にも及びます。実務解説を横断して整理すると、変化の柱は次の4つに集約できます。
情報開示の義務化
「特定暗号資産」という新しい区分が設けられます。IEO(新規暗号資産の公募)のように発行者がいる場合は発行者が、ビットコインのように特定の発行者がいない場合は取扱業者が、暗号資産の性質・機能や供給量、基盤技術などを公表します(具体的な開示項目は今後、内閣府令で定められます)。重要な事象が生じたときの臨時開示や、募集・売出しを行った場合の年1回の定期開示も導入されます(分権化が進んだ暗号資産には免除の仕組みもあります)。これまで発行者自身への法定開示義務がなく、自主規制に委ねられてきたホワイトペーパーの世界に、法的な背骨が通るイメージです。
インサイダー取引規制の新設
未公表の重要情報にアクセスできる立場の人が、その公表前に売買することを禁じる——株式では当たり前だったこのルールが、暗号資産にも導入されます。国際証券監督者機構(IOSCO)の勧告や欧州での法制化といった国際的な潮流を踏まえたもので、市場の公正性を担保する重要な一歩です。
業者への規律強化と名称変更
「暗号資産取引業」が金融商品取引業の一種として新たに定義され、事業者は第一種金融商品取引業に相当する監督・行為規制の対象になります。安全管理措置、取扱銘柄の審査、責任準備金の積み立てなどが求められ、暗号資産の投資運用・投資助言・仲介や、利用者からの暗号資産の借入れも規制の対象に入ります。これに伴い、登録業者の呼び名も「暗号資産交換業者」から「暗号資産取引業者」へと改められます。
罰則の大幅な引き上げ
登録を受けずに暗号資産取引業を行った者への罰則は、拘禁刑が3年以下から10年以下へ、罰金が300万円以下から1000万円以下へと引き上げられます。詐欺的な勧誘や無登録業者による被害を未然に防ぐという、投資家保護の強い意思が表れた部分です。
税制──「20%」は、手放しで喜べる話ではない
制度の「格上げ」は、税制の議論とも地続きです。暗号資産の利益は現在、雑所得として総合課税の対象となり、所得によっては最大でおよそ55%の税率が課されます。これに対し、一律20%(住民税・特別所得税等を含めて20.315%。2027年分以後は防衛特別所得税が新設される一方で復興特別所得税率が下がり、上乗せ分は変わらず合計20.315%のままです)の申告分離課税と、損失の3年間繰越控除を盛り込んだ改正所得税法は、すでに2026年3月31日に成立・公布されています。「世界でも高いと言われた暗号資産税制がついに株式並みに」——そう報じられるのも無理はありません。
ただ、ここが今回いちばん誤解されやすいところです。この20%は、すべての暗号資産・すべての取引に一律で適用される制度ではありません。財務省の大綱によれば、分離課税の対象は「金融商品取引業者登録簿に登録された暗号資産(特定暗号資産)」を「暗号資産取引業を行う者に対して」譲渡した場合が基本です。つまり、何を持っているかだけでなく、どこで、誰に売るかという取引経路が、税率を左右します。DEX(分散型取引所)や個人間(P2P)取引、日本で必要な登録を受けていない海外事業者を通じた取引などは、この要件を満たさず、従来どおり総合課税に残る可能性が高いと複数の税務専門家が指摘しています。所在地だけで一律に決まるわけではなく、最終的な範囲は政省令・通達や業者の登録状況の確認が必要です。
さらに見落とせないのが、総合課税に残る側には、むしろ厳しい設計が同時に入っている点です。総合課税の譲渡所得となる暗号資産については、特別控除を適用しない、5年超保有時の2分の1課税を適用しない、他の総合課税所得との損益通算を認めない、といった措置が大綱に記されています。減税ばかりが注目されますが、対象の内と外で扱いがはっきり分かれる——それが今回の税制の実像です。適用が始まるのも、金商法改正の施行日の属する年の翌年1月1日から。2027年中に施行されれば、実際に20%が動き出すのは2028年1月以降となる見込みです。
国会自身が付けた「留保」
私がこの改正でもっとも誠実だと感じたのは、法律を通した国会自身が、その限界を明文で書き添えている点です。衆参両院の委員会は、可決にあたって附帯決議を付しました。参議院財政金融委員会は7月14日、森ゆうこ氏ら与野党の共同提案による14項目の附帯決議を全会一致で採択し、片山さつき財務相は「政府として配慮していく」と応じています。
そこで繰り返し強調されているのは、投資家保護や分離課税は「国が暗号資産投資にお墨付きを与えるものではない」ということ。金商法の規制も分離課税も対象は暗号資産取引の一部にとどまり、規制の及ばない取引は引き続き残ること。そして、証券取引等監視委員会などの人員・システム・執行体制を強化し、状況によっては施行後5年を待たずに制度を見直すこと——です。同委員会の採決前の反対討論では、日本共産党の小池晃氏が、DEXやミームコインに規制が届かないまま移管と分離課税化を進めれば「事実上のお墨付きになりかねない」と指摘し、法案に反対しました。附帯決議に法的拘束力は限定的ですが、政府と国会が自ら弱点を認識している資料として、私は重く受け止めています。
技術史のなかの意味──尖った技術が「制度」と折り合う
ここからは少し高い視座で眺めてみます。この8年ほどの流れを振り返ると、暗号資産をめぐる制度は、痛みを伴う事件のたびに一段ずつ整えられてきました。金商法適用の議論が本格化する契機の一つは、2018年に約580億円相当の暗号資産が流出したコインチェック事件でした。技術が先行し、事故が起き、その反省から制度が追いつく——未来技術の歴史は、しばしばこの順番で編まれていきます。
「決済の夢」として登場した暗号資産は、やがて「投資の対象」として社会に受け入れられ、そしていま「保護され、監督される金融商品」として制度の内側に迎え入れられようとしています。これは、野に放たれた尖った技術が、社会と折り合いをつけながら成熟していく過程そのものです。規制は自由を狭めるものと語られがちですが、見方を変えれば、より多くの人が安心して一歩を踏み出せる土台——信頼のインフラを敷く営みでもあります。
だからこそ、制度が整ったことと、暗号資産が「安全な資産」になったことは、まったく別だと確認しておきたいのです。開示や登録は参入の最低ラインを引き上げるものであって、価格変動のリスクや個々の銘柄の価値を保証するものではありません。むしろ「お墨付きがついた」という空気が、私たちの慎重さをかえって鈍らせる危うさもあります。制度の内側に何が入り、外側に何が残るのか——その境界線を見つめることが、この新しい時代の入り口では何より大切だと思います。
とはいえ、「じゃあ具体的に、今の自分の取引経路だと税金はどうなるの?」「検討されている熟慮期間って何?」と、実務的な影響が気になる方も多いはずです。
そこで今回、私がパートナーメディアである『CryptoVerse』にて、より実践的な個人投資家目線での解説記事も執筆しました。今回の法改正がご自身のポートフォリオや税務にどう直結するのか、具体的な「経路選択」の罠については、ぜひこちらのCryptoVerseの解説記事もあわせてお読みください。技術史の背景(innovaTopia)と実務への影響(CryptoVerse)、両方の視点を持つことで、この複雑な制度の全体像がよりクリアに見えてくるはずです。
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【編集部後記】
用語がひとつに定まらない制度は、その解釈の手間を、静かに個人へ回します。手元の一枚が金商法上の「特定暗号資産」でも、税法上の「特定暗号資産」に当たるとはかぎりません。二つの定義を照らし合わせて確かめる作業は、法律ではなく、持ち主一人ひとりの宿題として残されました。
内閣府令が固まるまで、この宿題の輪郭ははっきりしません。急いで動くより、線引きが定まる瞬間を見届けたいところです。あなたの手元の一枚は、どちらの「特定暗号資産」でしょうか。
【用語解説】
金融商品取引法(金商法)
株式や債券など投資性の強い金融商品の取引を規律し、開示や不公正取引の規制を通じて市場の公正性と投資家保護を図る法律である。
有価証券とは別の金融商品
今回の暗号資産の位置づけを示す表現である。株式などの有価証券と同一視されるのではなく、金商法内に独立した類型として据えられることを意味する。
特定暗号資産(金商法上)
特定の者のみが発行権限を持つ暗号資産(IEOトークンなど発行者がいるもの)を指す。発行者による情報開示やインサイダー規制の対象を画する区分だ。
特定暗号資産(税法上)
金融商品取引業者登録簿に登録された一定の暗号資産などを指す。20%分離課税の対象範囲を左右する。同じ言葉だが金商法上の定義とは別物だ。
申告分離課税
他の所得と分けて一律の税率で課税する方式である。暗号資産には一律20%(住民税・特別所得税等を含めて20.315%。2027年分以後は防衛特別所得税の新設と復興特別所得税率の引き下げが同時に行われ、合計20.315%は変わらない)を適用する法改正が成立済みだが、対象は一部の取引に限られる。
附帯決議
法案の可決にあたり委員会が付す決議である。法文そのものではなく拘束力は限定的だが、政府に運用上の配慮を求める国会の意思表示として位置づけられる。
【参考リンク】
本稿は、金融庁が第221回国会に提出した改正法案を一次情報とし、以下の公的資料・報道・専門家解説を参照して構成した。成立は報道段階であり、参議院・金融庁の公式反映や公布日、法律番号は追って更新する。
金融庁|第221回国会 提出法案(本改正法案)
法案の概要・要綱・新旧対照条文など、一次資料をまとめてたどれる。
金融庁|暗号資産に係る規制の見直し 説明資料
開示・インサイダー規制・罰則の要点を一次資料で確認できる。
財務省|令和8年度 税制改正の大綱
分離課税の対象や適用時期など、税制の条件を原典で確認できる。
参議院|本改正法案の議案情報
会議録情報と附帯決議への公式リンクをたどれる一次情報。
NADA NEWS|参院委の附帯決議採択と反対討論
国会が付した留保の中身を具体的に把握できる報道。
泉絢也税理士事務所|暗号資産の分離課税と対象範囲
20%の対象が特定暗号資産と取引経路に限られる仕組みを条文に沿って解説。
So & Sato法律事務所|金商法改正の実務解説
経過措置やDEXの扱いまで条文に即して詳解している。
あたらしい経済|「有価証券とは別の金融商品」への位置づけ
金融庁資料に沿って制度の境界を整理した記事。












