株式会社はてな(東証グロース、コード3930)は2026年7月24日、4月に発生した資金流出事案に関する特別調査委員会の調査報告書(開示版)を公表した。委員長は弁護士の中西和幸氏である。
4月20日と21日、経理部長が警察関係者を名乗る詐欺グループに捜査協力と信じ込まされ、業務用PCにリモートデスクトップを導入して遠隔操作を許した。不正送金は合計11億7981万円、銀行間の資金移動は9億4000万円だった。給与支払用の銀行では同一アカウントで振込データの作成・申請と承認ができ、承認上限額は初期設定のままだった。
代表取締役社長の栗栖義臣氏と取締役コーポレート本部長の田中慎樹氏は月額報酬の20%を6カ月間自主返上することを申し出て、田中氏は次回株主総会での任期満了をもって退任する意向を示す。
From:
特別調査委員会による調査報告書の公表及び役員報酬の一部自主返上に関するお知らせ

【参考動画】
詐欺グループが実際にどう名乗り、どう信じ込ませていくのか。現職警察官にかかってきたニセ警察詐欺の電話を素材にした、岩手県警察の啓発動画です。
検知は、働いていた
2026年4月20日16時14分、株式会社はてなの取締役コーポレート本部長の電話が鳴りました。相手は取引先銀行の支店です。9999万円の資金の動きが3回あった、この金額は詐欺でよく使われるためスクリーニングの対象になっている——担当者はそこまで伝えていました。
検知は、正常に働いていたのです。それでも送金は、翌朝まで止まりませんでした。
7月24日に公表された特別調査委員会の調査報告書は、この約19時間に何があったかを分単位で記録しています。事案の構図はこうです。同社の経理部長が、警察関係者を名乗る詐欺グループから「あなたに資金洗浄への関与の疑いがある」と告げられ、その後の一連の作業を捜査協力だと信じ込んだ。業務用PCにリモートデスクトップを導入し、遠隔操作を許した結果、2日間で11億7981万円が外部口座へ流出しました。
本稿が追うのは、報告書の内容そのものではありません。検知が働いていたのに止まらなかった、その理由が企業1社の内部統制に還元できるのかという点です。
警告は、送金テクニックの改善提案として通過した
16時29分、取締役はこの内容を経理部門のチャットに投稿します。ただし、末尾に添えられていたのは次の一文でした。
次回から金額の工夫をしたほうがいいかもです
報告書によれば、取締役は銀行が指摘した資金の動きを、自分が同日午後に承認した給与支払い用の3億円の資金移動だと考えていました。そのため口座の入出金明細を直接確認していません。悪意ではなく、すでに説明のついた出来事だと解釈してしまったわけです。
経理部長からの返信は「承知しました。ご連絡ありがとうございます。」の一言でした。
同じ時間帯、銀行は15時54分と16時22分の2回、経理部長本人にも電話をかけています。いずれも応答はありませんでした。報告書は理由を記していませんが、この日の彼が終日、詐欺グループのビデオ通話下に置かれていたことは全体の記述から読み取れます。実際、夕方にメイン取引銀行から折り返しの着信があった際は、通話中で応答できなかったと明記されています。
検知の信号は、2つの経路で企業に届いていました。片方は誤って解釈され、もう片方は届きませんでした。銀行が最終的に出金そのものを停止したのは、翌21日の10時53分です。
「本人が振り込まされる」は、想定外ではなかった
ここで視点を一段上げます。
2025年9月12日、金融庁は警察庁と連名で、全国銀行協会をはじめとする9団体等に対し、預貯金口座の不正利用防止対策の強化を要請しました。要請先は金融機関であり、はてなのような事業会社ではありません。ただしその内容は、約7か月後に起きる事案と共通する構造を、驚くほど正確に射抜いています。
要請の概要資料には、2024年8月版から改訂した理由がこう書かれています。
足下で、インターネットバンキングを通じた振込による被害が急速に拡大
被害者本人が被害金を振り込まされるケースも念頭に、どう防止・検知し、被害を食い止めるかが重要
ハッキングではなく、正規の権限を持つ本人が、正規の手続きで送金してしまう。この類型を、行政は名指ししていました。偽警察を装う、法人の経理担当者を狙う、遠隔操作を使う——本件固有の組み合わせまで予告していたわけではありません。それでも、被害の起き方の骨格は同じです。
要請8項目のうち、本件に直結するのは次の4つです。利用者側のアクセス環境や取引の金額・頻度等の妥当性に着目した多層的な検知。不正の用途や犯行の手口に着目した検知シナリオ・敷居値の充実・精緻化。検知及びその後の顧客への確認、出金停止・凍結・解約等の措置の迅速化。そして、インターネットバンキングに係る対策の強化です。
9999万円という金額がスクリーニングに引っかかったこと。それが2つ目の項目が求めたものと同じ性質のものであることは、指摘してよいと考えます。ただし、この検知が要請を受けて導入されたものかは分かりません。因果は立証できませんが、行政が求めた種類の検知が銀行のレイヤーで動いていたという事実は残ります。
さらに、新規追加された対策のなかにこの一項があります。
ATMその他のチャネルと比べ過度に高額とならぬよう、適切な初期利用限度額の設定
ここで一つ、正確に区別しておきます。行政が求めたのは契約単位の利用限度額であり、報告書が問題にしたのは利用者アカウント単位の承認上限金額です。同じ設定項目ではありません。ただし、初期値が置かれたまま誰も触らないという構造は、両者に共通しています。はてなの経理部長のアカウントには、999,999,999,999円という数字が残っていました。
1兆円弱の上限は、はてな側では誰も選んでいない
この数字について、報告書は明確に書いています。はてな側では、誰も設定していません。初期設定のまま、一度も触られなかっただけです。初期値そのものは、サービスを提供する銀行側が定めたものです。
管理者権限を持つ2人は、いずれも設定状況を把握していませんでした。片方は「アカウント管理は経理部長の担当だ」と考え、もう片方は「責任者は取締役で自分は副責任者だ」と認識していた。棚卸のルールも実施もなかったため、ズレが表面化する機会そのものがありませんでした。
ここまでは、多くのメディアが「杜撰な管理」として報じたとおりです。しかし、他行の公開資料を調べると、見え方が変わります。
単独完結は、バグではなく仕様である
報告書が最も重く指摘したのは、経理部長のアカウント1つで、振込データの作成・申請から承認までが完結できたことでした。委員会はこう述べています。
この設定さえできていれば詐欺グループによる被害は防ぐことができた
一方、メイン取引銀行では同一アカウントに両権限を設定できない仕様だったため、そちらの口座からの外部流出は一件も起きていません。同じ会社の、同じ担当者の、同じ2日間で、委員会は結果の違いをシステムの仕様に帰しています。
では、単独完結を許す設定は特殊なのか。少なくとも、隠された挙動ではありませんでした。
某A信用金庫のビジネスIBオンラインマニュアルは、こう説明しています。
承認権限を持つユーザが振込データを作成する場合は、承認者として自分自身を選択し、振込データの作成完了後、続けて振込データの承認を行うことができます
バグでも設定ミスでもありません。マニュアルに明示された正規の動作です。
某O信用金庫は、承認パターンの選択肢を「承認なし…利用者単独の承認で依頼可能です」「シングル承認…一人の承認者による承認が必要です」「ダブル承認…二人の承認者による承認が必要です」と案内しています。「承認なし」が、選べるモードとして存在します。
某ネット銀行のFAQは「企業情報変更画面で承認権限者2名による承認を必要とするように変更することができます(ダブル承認)」としています。二重承認は、設定を変更することで有効にできる、という書き方です。
必須にされたのは、片方だけだった
では、より大きな銀行ならどうか。某メガバンクの「でんさいネットサービス」——電子記録債権を扱う法人向けサービスで、通常の振込とは別建てです——の操作マニュアルは、示唆に富んでいます。
このサービスには「承認機能強化設定」が3種類あります。「同一ユーザによる承認依頼/承認の抑止機能」「承認管理機能」「取引一回当たりの限度額設定」。マニュアルはこれらを、「設定することで企業の内部統制を強化できます」と説明します。内部統制は、設定して初めて得られるものという位置づけです。
そして初期状態がどうなっているかも明記されています。同一ユーザによる承認依頼/承認の抑止機能は、初期状態でオフ。承認方式も、初期状態では「承認者権限を持つユーザが承認依頼した場合、ご自身でも承認できる」設定です。ユーザ権限の説明にも「『担当者権限』『承認者権限』の両権限を持つユーザは両方の操作を兼務できます」とあります。
ただし、3つのうち1つだけは扱いが違います。取引一回当たりの限度額設定には【設定必須】と付されています。
ここに、この記事の核心があります。同じ設定群に並ぶ2つの安全装置のうち、限度額は必須にされ、単独完結の抑止はオプションのまま残された。どちらを必須にするかは、少なくともサービスを設計する側に属する判断です。
そしてはてなに欠けていたのは、その両方でした。限度額は初期値のまま、単独完結は可能。取引銀行の側で、片方すら必須になっていませんでした。
三井住友銀行のWeb21エキスパートタイプも、利用者ごとの権限と承認上限金額を「設定することができます」と案内しています。
ここで、確認できた範囲を正直に書いておきます。調べたのは信用金庫2行、ネット銀行1行、メガバンク1行の公開資料だけです。これで業界全体の分布は語れません。単独完結を許す設定がどれだけ普及しているかは、私には分かりません。
それでも言えることはあります。複数の金融機関が、単独完結を可能にする設定を、公開マニュアルに正規の機能として記載している。そのうちの1行はメガバンクです。はてなの設定は、少なくとも「その会社だけの特異な不注意」ではありませんでした。
行政が「適切な初期利用限度額の設定」を求めても、その適切さを判断し設定するのは、多くの場合、顧客側です。設定しないという選択が可能で、本件では、しなくても誰にも検知されませんでした。
件数は11分の1、金額では上回る
もうひとつ、ほとんど語られていない層があります。被害が起きた後です。
まず被害の規模そのものに、個人と法人で違いがあります。全国銀行協会の集計によれば、2025年度のインターネットバンキング不正払戻しは、個人顧客が987件、法人顧客が87件でした。件数では11分の1です。ところが金額では、個人の約17億8300万円に対し、法人は約20億1900万円。逆転しています。
1件あたりに直すと、個人が約181万円、法人が約2320万円。13倍近い開きです。
件数が少なく、1件が重い。その領域について、補償の実態を示す公開データが見当たりません。
個人の補償率は、4四半期で84.6%から23.3%へ
同じ統計で、個人顧客の補償率が下がり続けています。
| 期 | 対応方針決定済件数 | うち補償件数 | 補償率 |
|---|---|---|---|
| 2024年度 通期 | 4,490 | 4,125 | 91.9% |
| 2025年4〜6月 | 553 | 468 | 84.6% |
| 2025年7〜9月 | 134 | 75 | 56.0% |
| 2025年10〜12月 | 70 | 28 | 40.0% |
| 2026年1〜3月 | 60 | 14 | 23.3% |
| 2025年度 通期 | 817 | 585 | 71.6% |
年度通期と単独四半期は集計単位が異なるため、91.9%と23.3%を一続きの推移として扱うことはできません。それでも、同じ単位で並ぶ四半期だけを見ても、84.6%から4期連続で下がっています。直近は4件に1件を下回る水準です。
背景の分析は公表されていないため断定はできませんが、被害の類型が「認証情報を盗まれる」型から「本人が自ら送金する」型へ移っていることと無関係ではないだろう、というのが私の見立てです。本人が操作した送金を、銀行が同じ基準で補償し続けることは難しい。
そして、ここに構造上の空白があります。
全銀協のこの表では、補償率が集計されているのは個人顧客のみです。注記には「「2.」は、個人のお客様に係る件数等」と明記され、グラフのタイトルにも「(個人のみ)」と付されています。
空白ではなく、引かれた線だった
なぜ法人だけ集計がないのか。理由は12年前の文書に明記されています。
2014年7月17日、全銀協は法人向けIBの補償について申し合わせを行いました。そこにはこう書かれています。預金者保護法の対象が個人であることを踏まえ、個人については、銀行に過失がない場合でも本人の責任によらない被害は補償することとした。対して法人については、補償を「個別行の経営判断として検討するもの」とする、と。
個人には預金者保護法があり、業界の申し合わせがあり、四半期ごとの公開統計がある。法人はこの法律の一律の保護対象ではなく、あるのは「個別行の経営判断」という枠組みだけで、業界横断の公開集計も見当たりません。空白ではなく、引かれた線でした。
その線の引き方も見ておく価値があります。同じ申し合わせの別紙は、法人顧客の対策を「実施していただく」6項目と「推奨する」5項目に分けています。前者はOSの更新、セキュリティ対策ソフト、パスワードの定期変更といったPC衛生が中心です。
報告書が指摘したはてなの不備のうち、申請者と承認者の分離、限度額の設定、取引通知の確認——この3つは、いずれも「推奨」の側にあります。補償減額の判断で名指しで参照されるのは「実施していただく」6項目のほうです。ただし別紙には「同程度の注意義務違反」という包括条項もあり、推奨項目が判断から完全に外れるとまでは書かれていません。
減額しうる過失の例示も見ておきます。他人にID・パスワードを回答した、端末の盗難時にパスワードを保存していた、フィッシングで入力してしまった。列挙されているのは、認証情報が第三者の手に渡る筋道です。本人が正規の権限で二段階認証を通し、自ら送金を承認する類型は、ここに明示的には現れません。
2014年の枠組みは、2026年の手口を明示的には扱っていない。金融庁が2025年9月に「被害者本人が被害金を振り込まされるケースも念頭に」と要請したのは、この11年のずれを埋めようとする動きだったと読むこともできます。金融庁自身がそう説明したわけではありませんが、時系列はそう読める形で並んでいます。
はてなは流出額の全額をすでに特別損失として計上し、回収額が確定次第、特別利益として計上する予定だとしています。回収の見通しは開示されていません。
三層のあいだに、接続がない
ここまでを並べると、構図が見えてきます。
行政は、手口を正しく捉えていました。「本人が振り込まされる」型を名指しし、検知シナリオの精緻化と初期利用限度額の適正化を求めていました。
銀行は、要請が求めたものと同じ性質の検知を行いました。9999万円という金額を捕捉し、電話をかけ、最終的には出金そのものを止めています。
企業は、その警告を受け取りました。ただし、受け取った先で意味が変わりました。
どこか一者が怠けたという話ではありません。問題は、三者の接合部が空いていることです。
行政が求めた「適切な初期利用限度額」は、多くの場合、顧客の設定行為に委ねられている。本件では、初期値のまま放置されても誰にも検知されませんでした。銀行の検知は、電話1本として届く。届いた先で正しく解釈される保証はどこにもない。そして被害後の補償は、個人でも直近四半期は4件に1件を下回り、法人については業界横断の公開データが見当たらない。
調査委員会は総括で、個人のリテラシーだけに依存することは組織の資産を守るうえで不十分だ、と述べました。この事案を制度の側から見ると、組織のリテラシーだけに依存することもまた不十分ではないかという問いが立ちます。
委員会の委嘱範囲は、はてな社の事実解明と再発防止の提言でした。金融制度そのものは射程外です。だからこの問いは、報告書が答えるべきものではなく、報告書を読んだ側が引き取るべきものだと考えています。
ログに残らないもの
最後に、報告書が残したひとつの留保を書き留めておきます。
委員会は、顧客情報や人事情報の持ち出しは確認されなかったと結論づけました。ログを追った限り、詐欺グループの操作は送金の実行とその痕跡消しに限られていたためです。
ただし、こう付け加えています。本件で使われたリモートデスクトップには画面録画やクリップボード転送のログが標準では残らないため、遠隔操作者が画面を見て情報を得た可能性、いわゆる「目視による情報窃取」は完全には排除できない、と。
しかも詐欺グループが繰り返し開いていた個人用ファイルには、業務手順と各金融機関のID・パスワードが記載されていました。
画面に映ったものは、ログに残らない。「持ち出された形跡がない」と「見られていない」は、同じではありません。
そしてこの事案では、ログ取得システムにリモートデスクトップの起動ログが確かに記録されていました。リアルタイムのモニタリングも実施されていました。それでも検知には至らず、未承認アプリの実行を止める仕組みは入っていませんでした。
ログを取ることと、そのログが誰かに届くこと。この2日間で失われた11億7981万円は、その間にある距離の大きさを示しています。
【関連記事】
「詐欺バスター Lite」無料公開|警察庁推奨アプリが変える、詐欺対策の新常識
警察官をかたり「あなたの口座が犯罪に使われている」と告げる手口を解説。2024年は前年比4倍以上の4,261件に急増した。
NTTドコモ「あんしんセキュリティ 詐欺対策プラス」5月27日提供開始
ニセ警察詐欺の被害額985.4億円が特殊詐欺全体の約7割を占める状況を、個人向け防御の側から整理した記事である。
NTTデータグループ最新四半期レポート公開、SBOM・証券口座乗っ取り・11.5Tbps DDoSが示す防御アーキテクチャの転換点
金融庁が証券口座対策で、多要素認証を実装だけでなくデフォルト設定での必須化まで求めた経緯を扱っている。
【編集部後記】
全国銀行協会が公表する不正払戻しのアンケート結果は、別紙2としてPDFで読めます。開くと、対応方針決定済件数と補償件数、補償率が四半期ごとに並んでいます。個人顧客のものだけです。注記には集計対象が個人に限られると明記され、グラフにも「(個人のみ)」と付されています。2014年に法人向けの補償の考え方が示されてから12年、法人の補償を示す業界横断の公開データはありません。では、はてなの11億7981万円がどこまで回収され、どこまで補償されたのかは、どの統計に記録されるのでしょうか。
【用語解説】
特別調査委員会(第三者委員会)
不祥事が起きた企業が、経営陣から独立した外部の専門家に依頼して設置する調査組織である。名称は各社で異なるが、本件の委員会は日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠して設置されたと報告書に明記されている。委員は弁護士1名と公認会計士2名で構成された。
ニセ警察詐欺
警察官や検察官を名乗り、「あなたに容疑がかかっている」と告げて金銭を送金させる手口。ビデオ通話で偽の警察手帳や逮捕状を提示し、家族への口外を禁じて被害者を孤立させる例が報告されている。警察庁の集計では、2025年の特殊詐欺の被害額全体のおよそ7割を占めたとされる。
本人が自ら送金する型の詐欺
攻撃者が認証情報を盗んで送金するのではなく、だまされた本人が正規の権限と手続きで送金してしまう類型。英語圏ではAPP詐欺(Authorised Push Payment fraud)と呼ばれる。日本の公式分類名ではない。認証を突破された痕跡が残らないため、事後の検証と補償の判断が難しくなる。
預金者保護法
正式名称は「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」。2006年施行。保護の対象は個人の預貯金者である。法人がこの法律の対象外であることは、法人取引に他の法令が適用されないことを意味しない。
多層的な検知
単一の条件で判定するのではなく、利用者のアクセス環境、取引の金額、頻度など複数の観点を組み合わせて不審な取引を捕捉する考え方。金融庁が2025年9月の要請で金融機関に求めた項目のひとつである。
検知シナリオ・敷居値
どのような取引パターンを不審とみなすか(シナリオ)と、どの水準を超えたら警告を出すか(敷居値)を定めた設定。犯行手口の変化に応じて更新しなければ機能しなくなる。
初期利用限度額
インターネットバンキングの契約時にあらかじめ設定されている、送金や払戻しの上限額。契約やチャネルの単位で定められる。金融庁は2025年9月、ATMなど他のチャネルと比べて過度に高額とならないよう設定することを金融機関に求めた。
承認上限額
利用者アカウント単位で定める、1回の取引で承認できる金額の上限。契約単位の利用限度額とは別の設定である。本件では初期値のまま運用され、口座残高が尽きるまで送金が可能な状態だった。
シングル承認/ダブル承認/承認なし
法人向けインターネットバンキングで用いられる承認方式の区分。承認なしは利用者単独で依頼が完結し、シングル承認は承認者1名、ダブル承認は承認者2名の承認を要する。名称や適用範囲は金融機関ごとに異なる。
同一ユーザによる承認依頼/承認の抑止機能
承認依頼を出した本人が、その依頼を自ら承認することを禁じる設定。名称は金融機関により異なる。本記事で確認した例では、企業単位で有効・無効を選ぶ形になっており、初期状態では無効だった。
管理者権限(オンラインバンキング)
アカウントの登録・変更・削除、各アカウントへの権限設定、利用限度額の設定などを行える最上位の権限。誰が保持するかを明確にし、定期的に見直すことが求められる。
棚卸(アカウントの棚卸)
登録されているアカウントとその権限設定を定期的に洗い出し、現在の業務内容に照らして過剰な権限や不要なアカウントが残っていないかを点検する作業。
内部統制
業務の適正性、財務報告の信頼性、資産の保全などを確保するために、組織自身が整備・運用する仕組みの総称。規程やマニュアルだけでなく、システム上の権限設定や承認フローも含まれる。
補償率
インターネットバンキングの不正払戻しについて、金融機関が対応方針を決定した件数のうち、実際に補償された件数の割合。全国銀行協会が四半期ごとに公表しているが、当該表の集計対象は個人顧客に限られる。
リモートデスクトップ
手元の端末から別のコンピューターの画面を表示し、遠隔で操作するためのソフトウェア。正規の業務用途で広く使われる一方、攻撃者が被害者自身にインストールさせることで端末を掌握する手口にも用いられる。
目視による情報窃取
遠隔操作中に攻撃者が画面上の情報を読み取ることで情報を得る行為。ファイルのコピーや外部送信を伴わない場合、使用された環境によっては操作ログに痕跡が残らない。
特別損失/特別利益
本業の営業活動とは区別して表示される、一時的に発生した損失または利益。本件では流出額の全額が特別損失として計上され、回収額が確定した場合は特別利益として計上される予定とされている。
東証グロース市場
東京証券取引所の市場区分のひとつ。高い成長可能性を有する企業向けに位置づけられている。株式会社はてなは2016年にマザーズ市場へ上場し、2022年4月の市場再編に伴いグロース市場へ移行した。
【参考リンク】
株式会社はてな(外部)
「はてなブックマーク」「はてなブログ」を運営する京都市中京区のインターネット企業。2016年上場、現在は東証グロース市場に所属する。
株式会社はてな IRニュース(外部)
決算情報と適時開示資料を掲載する公式ページ。4月の発生報告から7月の報告書公表まで、一連の開示を時系列で辿ることができる。
特別調査委員会による調査報告書(TDnet)(外部)
本記事が依拠した一次資料。適時開示文と60ページ超の調査報告書が収録されている。掲載期間は開示から31日間である。
資金流出事案について調査報告書を開示しました(はてな2代目社長のブログ)(外部)
代表取締役社長の栗栖義臣氏による当事者発信。特別調査委員会が示した3つの結論と、開示資料へのリンクがまとめられている。
預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について(金融庁)(外部)
2025年9月12日に金融庁が警察庁と連名で9団体等へ行った要請。8項目の対策内容と要請先の一覧、概要資料を掲載している。
預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化について(警察庁)(外部)
同じ要請を警察庁の側から掲載したページ。金融庁の報道発表からもリンクされており、要請内容と関連資料を確認できる。
法人向けインターネット・バンキングにおける不正な払戻しに関する補償の考え方(全国銀行協会)(外部)
2014年7月17日の申し合わせ。法人の補償を個別行の経営判断とする方針と、その理由を明記した文書である。
法人向けインターネット・バンキングにおける不正送金にご注意!(全国銀行協会)(外部)
法人利用者に求められる5つの対策を掲載。申請者と承認者で異なるPCを使うこと、限度額を低く設定することなどが並ぶ。
金融犯罪に関する全銀協の対応(全国銀行協会)(外部)
不正払戻しの統計や申し合わせを年次で一覧化したページ。四半期ごとに更新されるアンケート結果もここから辿ることができる。
ビジネスインターネットバンキング オンラインマニュアル(尼崎信用金庫)(外部)
承認権限を持つ利用者が自分自身を承認者に指定し、作成から承認まで続けて行える仕様を明記した公式のマニュアルである。
承認パターンについて教えてください。(碧海信用金庫)(外部)
承認方式として「承認なし」「シングル承認」「ダブル承認」の3種類を業務ごとに指定できると案内する公式のFAQである。
振込取引を行う場合承認者は必要ですか(auじぶん銀行)(外部)
企業情報変更画面での設定変更により、承認権限者2名によるダブル承認へ切り替えられると説明する公式のFAQである。
EBサービス Web21 <エキスパート>タイプ セキュリティ(三井住友銀行)(外部)
利用者ごとに振込データの作成・承認権限と承認上限金額を設定できると案内する、法人向けEBサービスの説明ページである。
警察庁・SOS47 特殊詐欺対策ページ(外部)
特殊詐欺の発生状況を継続的に公表する警察庁の特設サイト。手口別の認知件数と被害額の推移や、注意喚起情報を確認できる。
【参考記事】
口座の不正利用等防止に向けた対策強化に係る要請(概要)(外部)
2025年9月12日付。被害者本人が振り込まされるケースへの対応と、適切な初期利用限度額の設定を新たに求めた要請の概要資料。
「インターネット・バンキングによる預金等の不正払戻し」等に関するアンケート結果(外部)
190行対象、2026年6月25日公表。2025年度は個人987件・法人87件で、金額は法人が個人を上回った。補償率も掲載。
銀行および法人のお客さまに求められるセキュリティ対策事例(別紙1)(外部)
法人顧客向けの対策を「実施していただく」6項目と「推奨する」5項目に区分した資料。権限分離と限度額は推奨側にある。
補償減額または補償せずの取扱いとなりうるケースについて(別紙2)(外部)
補償を減額しうる過失の例示を列挙した資料。認証情報が第三者に渡る筋道が中心で、包括条項も置かれている。
承認編 Ⅰ 承認業務の概要(みずほ銀行 でんさいサービス)(外部)
同一ユーザによる承認の抑止機能が初期状態でオフであること、限度額設定のみが設定必須であることを明記した操作マニュアル。
はてな11億7981万円詐欺被害の全貌 偽警察に操られた経理部長、なぜ送金は止まらなかったのか(外部)
報告書の時系列を最も詳細に追った報道。銀行からの照会内容と社内チャットに残された一文を並べ、経緯を検証している。
“11億円超資金流出”のはてな、通期最終赤字に転落見込み 被害額を特別損失に計上(外部)
2026年6月12日の業績予想修正を伝える記事。11億7900万円の特別損失計上と、通期7億6700万円の赤字転落を報じる。












