2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方でマグニチュード7.1(暫定値)、最大震度7の地震が発生し、気象庁は「令和8年熊本地震」と命名した。菊陽町は震度5強だった。TSMC子会社のJASMは熊本工場の従業員を避難させ、建屋の構造上の安全を確認したと発表した。
水と電力の供給は正常で、原材料の供給にも問題はない。建設中の熊本第2工場の工事現場は影響を受けず、7月29日に工事を再開した。同工場は台湾の経済部が3月31日に3nmへの投資計画変更を承認しており、2028年に製造装置の搬入と量産を開始する。
月間生産能力は12インチ換算で1万5000枚。ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの熊本テクノロジーセンターは8月4日から段階的に操業を再開し、8月中旬に地震前の水準へ戻る見込みである。
工場が止まったというニュースを見ると、多くの方は「被害が出た」と受け取ると思います。ただ今回のJASMに関しては、止まったこと自体は、備えが働いた結果でもありました。
7月28日に発生した令和8年熊本地震は、熊本県菊陽町に集まる半導体拠点にどこまで影響したのか。そして、2028年に予定される熊本第2工場の3nm量産に、この揺れは何を突きつけたのか。順に見ていきます。地震の約4時間前、innovaTopiaでは熊本に新設されるフィジカルAI・半導体基盤センターの記事が公開されていました。熊本に半導体産業を積み上げていく話が出た数時間後に、センターの予定地である合志市で震度6弱、熊本県内では最大震度7という報が入りました。その落差に、まず言葉を失いました。
JASMが止まったのは、安全基準が働いた結果だった
TSMCが7月28日に明らかにしたのは、あらかじめ定めた社内の安全手順に従い、従業員を避難させたという事実です。生産は一時中断しました。人的被害はなく、同日夜までに全員の無事が確認されています。
TSMCがこうした備えを厚くしてきた背景には、1999年の921大地震があります。以降、台湾の半導体産業は耐震評価や装置の固定、緊急計画と訓練を段階的に積み上げてきました。TSMCの年次報告書にも、装置固定、免震設備、耐震評価、緊急計画と訓練の実施が記載されています。
その蓄積が数字で見えたのが、2024年4月の花蓮地震でした。TSMCは決算説明会で、発生から10時間以内に製造装置の復旧率が70%を超えたと説明しています。全設備の完全復旧までは3日を要しました。
焦点は建屋ではなく、中に据えられた製造装置にある
JASMは29日の時点で、水と電力の供給システム、安全システムは正常に動作していると発表する一方、製造装置関連の検査および調整作業には一定以上の時間がかかるとしていました。建屋の安全と、装置の精度は別の問題です。
半導体の製造装置、とくに露光装置や計測装置は、サブナノメートル単位の位置決めを前提に据え付けられています。強い揺れを受けたあとは、壊れていなくても据え付け精度の再確認が要ります。
ここで一点、慎重に扱いたい話があります。業界では「震度5前後が製造装置にとって厳しい水準」という見方が紹介されることがあります。半導体装置にはSEMI S2などの耐震安全指針が存在しますが、公開されている主要な業界規格に、気象庁震度を一律の耐震限界とする基準は確認できません。震度は観測地点の揺れを総合的に表す指標であり、装置への影響は加速度、揺れの周期、継続時間、据え付け条件によって変わります。菊陽町の震度5強は、精密装置の点検と再調整が必要になり得る強さだった——そう受け取るのが適切です。
3nm化は、地震後の確認作業を重くするか
熊本第2工場が3nmへの転換を表明した2月の経緯を踏まえると、避けて通れない問いがあります。より微細な工程になったとき、地震のあとに何が変わるのか。
参考になる出来事はあります。2025年1月の台湾の地震について、TSMCは製造中のウエハーが一定数影響を受けたと発表しました。一部報道では最大2万枚と推計され、N3など精密な工程ではより慎重な調整が必要になると伝えられましたが、TSMC自身は枚数もプロセス別の影響も公表していません。同じく2024年4月の花蓮地震(TSMCは決算説明会でM7.2と説明)による損失は、TSMCの財務諸表で保険控除後約30億台湾ドル、Reutersの換算で約9200万ドル(約144億円)とされています。
一般に先端ノードでは、微細化や構造の複雑化に伴い、計測、検査、オーバーレイ、工程管理の要求が厳しくなる傾向があります。工程途中のウエハーに投じられる処理コストも高くなる可能性があります。地震後の検査と歩留まり確認が、より複雑になる可能性はあります。ただし、3nmが他の世代より地震そのものに弱いことを示す公開データはありません。断定はせず、論点として置いておきたいと思います。
ソニーの「約3カ月半」と「約2週間半」が意味するもの
ソニーとTSMCは、次世代イメージセンサーに関する合弁会社の設立を検討する、法的拘束力のない基本合意書を締結しており、両社の距離は縮まりつつあります。その熊本で、ソニーは何を見せたのか。
ソニーセミコンダクタソリューションズは7月31日、熊本テクノロジーセンターを8月4日から段階的に再開し、8月中旬には地震前の稼働水準へ戻る見込みだと発表しました。7月28日からおよそ2週間半です。2016年の熊本地震では、ウエハー投入量が地震前の水準に戻ったのが同年7月31日。約3カ月半かかっています。
ただし、この2つを並べるときには注意が要ります。2016年は4月14日の前震で菊陽町が震度5強、16日の本震では震度6弱を観測しました。揺れの規模も、余震の回数も、被害の程度も違います。陶琳CFO自身、早期に再開できる理由をまず「被害の程度が違う」と説明しました。数字の差をそのまま企業努力の成果として読むことはできません。
それでも、残るものはあります。陶CFOは前回の地震から早期に立ち上げる知見を培ってきたことも一助になったと補足し、経理担当の是永浩利執行役員は、この10年で建屋や生産設備の耐震強化を進めてきたと説明しました。社内だけでなくパートナー企業とも日頃から相談を重ねてきたとも述べています。耐震投資とBCPは、少なくとも会社自身が復旧を支えた要素として挙げる水準には育っていた、ということです。
熊本第2工場は、まだ工事の途上にある
第2工場の工事現場は地震の影響を受けず、余震に備えて一部を一時停止したうえで、7月29日に再開されました。建設が始まったのは2025年です。設計や施工がどこまで確定しているかは公表されていませんし、地震を受けた仕様変更が検討されているという発表もありません。一般論としては、完成後に建屋を補強する場合より、対応余地が残っている可能性があります。ただし、現在の設計・施工段階は公表されていません。
分散とは、揺れない場所を探すことではない
台湾では、企業の対外投資に審査制度があり、先端技術の流出への懸念も政策論として存在してきました。その審査を経て、経済部の投資審議会は3月31日、JASMの投資計画を3nm・月産1万5000枚へ変更することを承認しています。TSMCが海外投資の理由として挙げているのは、顧客の需要、地理的な柔軟性、各国政府の支援です。今回の熊本については、とくにAI向け需要への対応が強調されています。
結果として、生産拠点は台湾の外へ広がっています。けれども、広がった先の日本もまた地震国です。地理的に分けるだけでは、地震リスクそのものは消えません。本当の分散とは、揺れない場所を探すことではなく、揺れたあとに立ち上がる速さを複数の拠点で持つことなのだと、今回の一連の対応は示しているように思います。
その意味で、921大地震から四半世紀の蓄積を持つTSMCと、2016年からの10年を持つ日本の製造業が熊本で組んでいる構図は、偶然以上の意味を帯びてきます。
まだ確定していない、2つの数字
政府支援は、経済産業省が第2工場向けに決定した最大7320億円が公表ベースの数字です。3nmへの高度化を受けて追加支援が検討されていると報じられていますが、8月3日時点で増額の決定や金額の公表は確認できません。
稼働時期は、2024年の当初計画では2027年末までの操業開始とされていました。現在はTSMC、台湾経済部ともに2028年の装置搬入・量産開始で説明が一致しており、当初計画から更新されたと見るのが自然です。
投資額は報道ベースで、当初計画が122億ドル(約1兆9000億円)、3nmへの変更後が170億ドル(約2兆6000億円)規模とされています。いずれもTSMCが正式に確認した数字ではなく、円換算は1ドル155円前後での概算です。
追加支援の有無と規模、そして2028年内の具体的な装置搬入・量産開始時期。この2つが、次に動く数字です。
【編集部後記】
ソニーセミコンダクタソリューションズの拠点一覧ページには、熊本・長崎・大分・鹿児島のテクノロジーセンターが並んでいます。今回、8月まで再開が持ち越されたのは菊陽町の熊本だけで、他の3拠点はすでに生産を再開しました。どの製品がどこで作られているかを一度眺めておくと、地震のたびに何が代替でき、何が代替できないのかの輪郭が見えてきます。
では、月産1万5000枚の3nmを熊本の1拠点が担う2028年以降、経済産業省の追加支援は、建屋だけでなく製造装置の耐震要件までを交付条件に含めるのでしょうか。
【用語解説】
3nm(3ナノメートル)プロセス
半導体の製造プロセスの世代を示す呼称である。チップ上の特定の寸法が一律3nmという意味ではなく、世代名・ブランド名に近い。世代が進むとトランジスタ密度、性能、電力効率が改善する傾向がある。TSMCでは「N3」と呼び、N3E、N3P、N3Xなどの派生がある。
ウエハー/12インチ換算
半導体の材料となる円盤状のシリコン基板。直径12インチ(約300mm)が先端ロジック工場の主流で、生産能力は「12インチ換算で月産何枚」という形で表される。熊本第2工場の3nm生産能力は月1万5000枚とされる。
震度と装置の耐震評価
震度は観測地点の揺れを総合的に表す指標である。一方、半導体製造装置の耐震評価は、加速度、揺れの周期、継続時間、据え付け条件などによって行われる。SEMI S2などの安全指針は存在するが、気象庁震度を一律の耐震限界とする業界共通の基準は確認できない。
921大地震
1999年9月21日に台湾中部で発生した大地震。甚大な被害をもたらし、これを契機に台湾の半導体産業では耐震・復旧対策の強化が進んだ。TSMCの現在の備えも、この経験を背景に持つ。
BCP(事業継続計画)
災害や事故で被災した際に、事業をどう継続・復旧させるかを事前に定めた計画。2016年の熊本地震では国内メーカーの多くが復旧の長期化を経験した。ソニーはその後の10年で建屋や生産設備の耐震強化を進めてきたと説明している。
経済部(台湾)
台湾の経済政策を所管する行政機関で、日本の経済産業省に相当する。台湾企業の対外投資は投資審議会の審査対象であり、2026年3月31日にJASMの3nmへの投資計画変更が承認された。日本国内での工場操業許可ではない点に注意が要る。
令和8年熊本地震
2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方で発生したマグニチュード7.1(暫定値)の地震に対し、気象庁が命名した名称。震源の深さは16km、宇城市と氷川町で最大震度7を観測した。2016年の「平成28年熊本地震」とは別の地震である。
【参考リンク】
令和8年熊本地震 特設ページ|気象庁(外部)
震源・震度・余震見通しなど、今回の地震に関する気象庁の一次情報がまとめられている。命名の経緯も確認できる。
令和8年熊本地震の影響について(第2報)|ソニーセミコンダクタソリューションズ(外部)
8月4日からの段階的再開と、8月中旬に地震前の稼働水準へ戻る見込みを示した公式発表。本記事の中核となる一次情報。
経済部電子報(2026年3月31日)|台湾経済部(外部)
投資審議会がJASMの投資計画変更を承認したことを伝える公式発表。3nm・月産1万5000枚・2028年量産という計画の原典。
JASM|TSMC(外部)
TSMCによるJASMの公式紹介ページ。出資構成と、熊本拠点全体の生産計画・対応プロセス世代が記載されている。
拠点一覧(日本)|ソニーセミコンダクタソリューションズ(外部)
熊本・長崎・大分・鹿児島など国内テクノロジーセンターの一覧。今回の地震で復旧時期が分かれた各拠点を確認できる。
【参考記事】
令和8年熊本地震、半導体メーカー工場の対応状況|EE Times Japan(外部)
JASM公式Xの発表とソニーの続報を時系列で整理。第2工場の工事が7月29日に再開された事実の確認に用いた。
ソニーの熊本工場、8月中旬には「地震前の稼働水準」に|ITmedia NEWS(外部)
7月31日の決算説明会での説明を報じる記事。陶琳CFOと是永浩利執行役員の発言内容を確認できる。
TSMC 2024年第1四半期決算説明会 記録|TSMC(外部)
花蓮地震から10時間以内に装置復旧率70%超、3日目終了までに全面復旧という数字の原典となる公式記録。
TSMC January 2025 Revenue Report and Statement|TSMC(外部)
2025年1月の台湾の地震について、一定数のウエハーが影響を受けたとする公式発表。枚数は公表されていない。
TSMC estimates losses of $92.4 mln due to Taiwan earthquake|Reuters(外部)
花蓮地震による損失額を伝える報道。TSMCの財務諸表では保険控除後約30億台湾ドルと計上されている。
TSMCの熊本第2工場での3nmプロセス製造を台湾当局が承認|マイナビニュース(外部)
経済部の承認内容を日本語で詳報。承認の背景と、A16・A14世代との関係を整理している。
JASM Set to Expand in Kumamoto Japan|TSMC(外部)
2024年の第2工場発表。40nm〜6/7nmという構成が熊本拠点全体のものであること、2027年末操業開始という当初計画を確認できる。












