【解説】法務省の生成AI解釈指針|143ページが17枚になった

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143ページの報告書が、17ページの概要資料になりました。残った17枚のうち、8枚は想定事例の当てはめです。生成AIで俳優や声優に似た動画や音源をつくる行為について、法務省が示した解釈指針。この紙面配分は、文書が誰の手元で使われることを想定しているかを教えてくれます。


法務省は2026年8月7日、「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」を公表した。その後、全17ページの概要資料も公開された。

検討会は同年4月に設置され、座長は田村善之・東京大学大学院法学政治学研究科教授。4月24日から7月27日まで5回開催された。報告書は判例法理の一般論を扱う第1章と、生成AIによる肖像・声の無断利用に関する7つの想定事例を検討した第2章から成る。

人の声がパブリシティ権および肖像等をみだりに利用されない権利の保護対象に含まれること、生成AIの提供行為や学習用データセットの販売が一定の場合に侵害となりうることを整理した。学習行為、譲渡性、相続性については見解が一致しなかった。

17枚の概要資料を読む

143ページを17枚にすると、何が残るか

8月7日に公表された報告書は、全143ページあります。本文の締めくくりにあたる「終わりに」はノンブル136頁から始まり、その後に構成員名簿、末尾には最高裁判決の全文まで収められている。判例と学説の注が全ページに走り、実務で使いたい人が最初から通読するのは、正直なところ骨が折れます。

そこに、全17ページの概要資料が加わりました。およそ8分の1。そして17枚のうち8枚が、7つの想定事例の当てはめに充てられています。経緯と委員構成が2枚、権利の定義と判断基準が4枚、不正競争防止法が1枚、事例一覧が1枚、末尾の注記が1枚。半分近くが「この行為はどう評価されるか」の表です。

何を残すかは、誰に読ませたいかの表明でもあります。ここからは記者の見立てになりますが、抽象論を薄めて事例を厚くしたこの配分からは、法律専門家以外の実務者に使われることを強く意識した設計が読み取れます。いま動画や音源をつくっている人と、それを生成するサービスを提供している人。想定されているのは、そのあたりの手元ではないでしょうか。

これは新しい法律ではない

報告書が「解釈指針」と名乗っているとおり、ここに新設された権利はありません。現行の民法・判例法理・不正競争防止法を、生成AIの場面にどう当てはめるかを整理した文書です。この報告書自体に法的拘束力があるわけではなく、新たな罰則を設けるものでもない。ただし、扱われている行為そのものが無責任になるという意味ではありません。既存法のもとで損害賠償や差止めの対象になりうる、という話です。

報道の見出しは「声も権利の対象と明記」に集まりました。ただし、これは新しい権利を創設したという意味ではありません。パブリシティ権の輪郭を示したピンク・レディー事件最高裁判決(平成24年2月2日)は保護対象を「肖像等」とし、その「等」の具体的な範囲を判決文では列挙していない。一方、同判決の調査官解説が、サイン、署名、声、ペンネーム、芸名などを含むと説明していました。検討会は、声が人物識別情報であり個人の人格の象徴であることから保護対象に含まれる点について異論がなかったとし、その法的整理を公的な解釈指針として明文化したということになります。

争いのなかった論点を、公的文書のかたちで明文化する。地味に見えますが、報告書自身が「生成AIによる無断利用事案については裁判例もない」と書いている段階では、これが交渉やリスク判断の共通の出発点になります。

事業者に効く1枚

報告書では想定事例2の中の「補論」という位置づけだった論点が、概要資料では独立した1ページに格上げされています。生成AIの開発・学習・提供の各段階の話です。

提供行為から。生成AIのモデルやサービスそれ自体は「肖像等」ではないため、提供行為が3類型に直接あたるものではない、というのが出発点です。ただし、実在の著名人と同一または類似の肖像・声を生成することが容易な生成AIを、その容易性をセールスポイントとして、有償で提供する場合には、3類型に準ずる「など」に該当し、侵害となりうるとされています。提供事業者が利用者と連帯して共同不法行為責任を負う可能性にも触れられています。

ここで押さえておきたいのは、技術的に生成できるという事実だけで結論が決まるわけではないという点です。その能力をどう訴求し、どのような条件で提供しているかも、判断材料として挙げられています。

学習用データセットの販売についても、多数の肖像や声を含む一般的なものは、一般論として3類型にあたるとはいいにくいとされました。一方、特定の俳優や声優に特化したデータセットの販売は第1類型または「など」に該当しうる。その人物を学習できる旨を宣伝すれば第3類型にあたりうる。さらに、一般的なデータセットであっても、特定の俳優の肖像や声優の声が含まれることを明らかにして販売する場合には、第2類型や第3類型への該当性がなお問題となり得ると注記されています。

学習行為そのものについては、意見が一致に至りませんでした。顧客吸引力を利用する目的があると見て侵害と評価できるとする意見と、3類型と同程度の侵害行為と考えるのは困難とする意見が並んでいます。ただし、特定の俳優や声優を出力させる目的で学習させている事情があり、その後の提供行為等による侵害を予防する必要が認められる場合には、侵害予防請求ができると考えられる、という道は残されました。

「儲けていないから大丈夫」とは限らない

想定事例4が、個人の投稿者にとって最も重い一枚です。収益目的なく、興味本位で、俳優によく似た動画や歌手によく似た音源をつくってSNSに公開した場合の検討です。

収益目的がないので「商品等」とはいえず、3類型には該当しない。そこまでは共通しています。その先で見解が分かれました。フォロワー数や閲覧数を獲得する意図があり、実際に多数の閲覧数・再生数を得て、本人に営業上の不利益を現に生じさせたと認められる場合には、3類型に準ずる「など」に該当し、パブリシティ権侵害と評価しうるとの意見。他方で、商品等に肖像等を使用していない以上「など」にも該当せず、必要であれば一般不法行為の成否を検討すべきだとの意見。両論が併記されています。

肖像権等の側にも、目を引く整理があります。プライバシーや名誉感情、私生活の平穏には直ちに引き付けられないけれども保護されるべき利益として、①自分の肖像等を他人の管理下に置かれたくないという精神的利益、②自己像の同一性に対する利益の2つが挙げられている。

自分が演じたことのないシーンを演じ、歌ったことのない歌を歌う、再現性の高い自分がネット上を流通していく。それが不快なのはなぜかという問いに、既存の枠組みでは答えにくかった。報告書がこれを2つの保護利益として明示的に整理した意味は、小さくありません。

一般人でも、大きくは変わらない

もう一つ、見落とされやすい整理があります。性的な画像や音源の事例(想定事例3-1、3-2)と、故人の事例(想定事例7)について、報告書は本人が著名人か一般人かで侵害の有無に大きな差異が生ずる可能性は低いと明記しています。

パブリシティ権は顧客吸引力を前提とするので、たしかに著名人の話です。一方、肖像や声をみだりに利用されない人格的利益のほうは、著名性を前提としません。ただし無断利用が直ちに違法になるわけではなく、本人の社会的地位や活動内容、利用の目的・態様・必要性などを総合考慮し、受忍限度を超えるかどうかで判断されます。顔写真1枚と数十秒の音声があれば誰でも被写体になりうる時代に、この枠組みが自分にも及ぶと知っておくことには意味があります。

決まらなかったことの地図

「一致に至らなかった」と明記された箇所が3つあります。学習行為の評価、パブリシティ権の譲渡性、そして相続性です。

譲渡性は、芸能事務所との契約実務に直結します。公正取引委員会が2024年8月から11月にかけて実施した調査では、この設問に回答した714者のうち59%が、実演家に生ずるパブリシティ権を事務所に譲渡または帰属させていると答え、34%はさせていないと答えました。こうした譲渡・帰属条項の法的構成には、なお争いがある。もっとも報告書は、譲渡性を否定する立場に立っても既存の契約が直ちに無効になるわけではなく、公序良俗に反しない範囲で独占的利用許諾契約として解釈しうると整理しています。

相続性が決まらないことは、故人の肖像を扱う事例6にそのまま跳ね返ります。ただしこちらは不正競争防止法側に別の道があり、肖像等が周知または著名な商品等表示となっており、かつプロダクション等がその商品等表示の主体であると認められる限り、プロダクション等が自ら請求主体になりうる。本人の死亡によって直ちに影響を受けるものではない、と書かれています。

これらを「積み残し」と読むのは、たぶん正確ではありません。知的財産推進計画2026は、法的整理とガイドライン作成を求めると同時に、不正競争防止法改正を含むハードロー整備の必要性についても議論を継続するとしていました。解釈で描ける輪郭と、立法を待つべき領域。その境界線が今回、一度可視化されたということです。次の焦点がどこにあるかを、この3点が指しています。

読ませるための設計

報告書本体を開くと、各項目の末尾に「Point」という枠囲みが置かれているのに気づきます。法律専門家以外の読者にも分かりやすく説明するためのもので、詳細は本文にあたってほしいと断りが添えられている。凡例の直後には、補足意見とは何か、調査官解説とは何かという前提知識の解説まで載っています。

概要資料の末尾にも、事務局の責任で概要を示したものであり網羅的ではないので詳細は報告書本体を確認されたい、という一文がある。要約をつくった側が、要約の限界を自分で書いている。

検討会は5回開かれ、第2回にあたる5月28日には関係者ヒアリングが行われました。事例検討に入る前に、当事者の話を聞く回が置かれている。

また、日本俳優連合は7月28日、その前日に示された報告書案について見解を公表しています。実演家の声は単なる音声データではなく、その人の人格、尊厳、社会的信用、職業人生を構成する重要な一部だとしたうえで、法務省の検討を前向きな動きとして歓迎する、という内容でした。整理し、要約し、要約の限界まで添えて出す。当事者の多い領域で文書が機能するための条件が、ひととおり揃っています。

この記事では6月に、トム・ハンクスの声をめぐる話題から、日本では声そのものやその死後のデジタル複製を包括的・明文的に保護する制度がなお整備途上だと書きました。2か月で、その景色は少し変わっています。制度が新設されたわけではない。けれど、何が言えて何が言えないかを1枚の表で確かめられるようになった。

ボイスメッセージ、AIカバー、ナレーション、カーナビ、スマートスピーカー。報告書が類型検討の例として挙げる利用場面は、そのまま声の仕事が広がった先のリストでもあります。判断材料が増えたことで、権利者と事業者が事前にリスクを検討しやすくなった。そこまでは言えます。次は、この材料をどう使って新しい仕事をつくっていくかの話になるはずです。

【関連記事】

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日本では声やその死後の複製を包括的に保護する制度が整備途上だと書いた記事。今回の解釈指針は、その問いに対する現時点での回答にあたる。

YouTube、ディープフェイク検出ツールを政府関係者・報道関係者に開放—NO FAKES法も支持
連邦法として声と肖像の権利を明文化しようとする米国の動き。解釈によって輪郭を描く日本のアプローチとの対比として読める記事である。

「あなたの声、いくらで売れますか?」—ElevenLabs Voice Marketplaceが2,200万ドルをクリエイターに還元
声を正規にライセンスし、対価を還元する仕組みを扱った記事。無断利用の線引きとは反対の側から、声の経済圏の広がりを伝えている。

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他人の声のクローンを設計の段階で防ごうとする試み。事業者が自主的にどこまでガードレールを置けるかを示す事例として参考になる。

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権利者の承認を製品の工程そのものに組み込んだ設計。国内の事業者が権利処理をどう実装しているかが具体的にわかる記事である。

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プラットフォーム側が本人からの通報を受け付ける仕組みである。今回の整理が触れる、事業者に対する削除請求とも重なる論点といえる。

【編集部後記】

肖像権、氏名権。短い名前がついている権利の隣で、声だけがまだ長い説明のままです。報告書は「声をみだりに利用されない権利」という呼び方を、便宜上のものだと断っています。端的な名称を付ける試みはあるものの、定着したとはいえない、と。

名前がつくのは、たいてい輪郭が定まったあとです。呼び名が決まる日には、今回の17枚が引用されているはずだと思っています。あなたの声は、なんという権利で守られると呼ばれてほしいでしょうか。


【用語解説】

パブリシティ権
氏名や肖像などが持つ顧客吸引力を排他的に利用する権利。法律上の明文規定はなく、判例によって形成されてきた。ピンク・レディー事件最高裁判決は、これを人格権に由来する権利の一内容と位置づけている。

肖像等をみだりに利用されない権利
肖像や氏名の精神的価値を保護する権利の総称。パブリシティ権が商業的価値を守るのに対し、こちらは人格的な利益を守る。著名性を前提としない点が特徴である。

顧客吸引力
商品の販売等を促進する効力。知名度のある芸能人であれば通常は認められるが、著名であることは必須の要素ではなく、特定の分野や一部の地域の顧客に効力を持つ場合でも足りる。

3類型と「など」
ピンク・レディー事件最高裁判決が示した侵害類型。①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用、②商品等の差別化を図る目的で商品等に付す、③商品等の広告として使用の3つと、それに準ずる場合を拾う「など」から成る。

ピンク・レディー事件最高裁判決
最判平成24年2月2日。パブリシティ権の意義について最高裁が初めて正面から判断を示した事件で、この分野のリーディングケースとされる。

調査官解説
最高裁判所調査官が、判決の判示事項や要旨を示し、個人的見解に基づいて解説したもの。判決そのものではないが、理解の参考とされることが多い。

不正競争防止法
表示の混同や冒用などを規制する法律。パブリシティ権と異なり、商品等表示の主体と認められれば本人以外も請求主体になりうる点が、今回の整理でも対比されている。

侵害予防請求
現に侵害が生じていなくても、将来の侵害を予防するために行う請求。今回の整理では、学習行為そのものの評価が定まらないなかで残された道として示されている。

【参考リンク】

法務省 肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会(外部)
今回の報告書と概要資料が置かれているページ。検討会の開催趣旨、構成員名簿、全5回分の配布資料と議事要旨がここに集約されている。

肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書(外部)
生成AIによる肖像・声の無断利用について、判例法理の一般論を扱う第1章と、7つの想定事例を検討する第2章から成る報告書の本体である。

同 取りまとめ報告書【概要資料】(外部)
報告書の要点を17ページにまとめた資料。うち8枚が想定事例の当てはめで、事業者責任の整理は独立した1枚に格上げされている。

法務省 取りまとめ報告書の公表について(外部)
検討会を設置した経緯と、報告書を公表する趣旨を法務省が説明したページ。問い合わせ先として、民事局参事官室の連絡先が示されている。

経済産業省 肖像と声のパブリシティ価値に係る現行の不正競争防止法における考え方の整理について(外部)
肖像と声のパブリシティ価値を現行の不正競争防止法でどう扱うか、経済産業省が先行して整理した資料。今回の報告書も繰り返し参照している。

公正取引委員会 音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書(外部)
芸能事務所と実演家の取引実態調査。パブリシティ権を事務所に譲渡・帰属させている割合を、当該設問に回答した714者の集計として示している。

【参考記事】

「声」の権利明記 生成AIで無断利用、法務省が民事責任の解釈指針を公表(外部)
声優らの声も法的保護の対象になると明記した点を報じ、権利侵害に当たる具体的な事例や、事業者側の責任にも触れた記事である。

声にも無断使用されない権利 法務省検討会が報告書案(外部)
報告書案の段階で、パブリシティ権が肖像と同様に声についても認められるとした点を、確定版の公表に先んじて簡潔に伝えた速報記事である。

パブリシティ権及び肖像等をみだりに利用されない権利/生成AIモデルの提供それ自体の違法性/法務省解釈指針 雑感(外部)
確定した部分と留保された部分を切り分け、ハードロー整備の議論に持ち越される論点がどこにあるかを整理した論考。原典の頁を注で示している。

日俳連の考え)法務省 生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する指針について(外部)
実演家団体として報告書案への歓迎の立場を表明した見解。事務局が抽出した要点も、保護の対象や損害賠償など項目ごとに掲載されている。

生成AIと声に関する権利について(外部)
ピンク・レディー事件の3類型と調査官解説を踏まえ、生成AIと声の権利について法律事務所が解説した記事。報告書公表前の整理である。

法務省が生成AIの「声の権利」指針を公表|パブリシティ権侵害になる例・AIカバーの線引き・企業の実務対応(外部)
報告書の分量と正式名称を示したうえで、企業が取るべき実務対応をQ&A形式でまとめた記事。記録の残し方など現場の疑問にも踏み込んでいる。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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