【解説】令和8年版情報通信白書|生成AI利用経験58.8%、それでも「組織的取組なし」27%

総務省は2026年7月24日、令和8年版情報通信白書を公表した。1973年の第1回以来54回目にあたる。特集テーマは「AIの進展がもたらす多面的影響〜人間とAIが健全に協働するデジタル社会の実現に向けて〜」である。2026年1月から2月に日本・米国・ドイツ・中国で実施した調査によると、日本の生成AI利用経験率は58.8%で、2024年度調査の26.7%から上昇した。

米国とドイツは75.6%、中国は93.6%である。企業では、生成AIを一つ以上の業務で利用する割合が日本で86.4%となり、2024年度の55.2%から上昇した。一方、業務変革に関して「組織的な取組はない」と回答した割合は日本で27.0%、米国で1.4%、ドイツで4.9%、中国で2.6%だった。

白書本編は第Ⅰ部の特集と第Ⅱ部の情報通信分野の現状と課題で構成され、図表の元データを収めたデータ集が別途公開される。PDF版は公表日に掲載され、HTML版とEPUB版は8月中の掲載を予定する。

記事をもとに編集部がNotebookLMで動画にしました

白書を読み解く

白書が「チャッピー」から始まっている

総務省の情報通信白書を開くと、冒頭に流行語大賞の話が出てきます。

2025年末、ChatGPTの愛称「チャッピー」が新語・流行語大賞にノミネートされました。同じころ、米国TIME誌はパーソン・オブ・ザ・イヤーに「AIの設計者たち」を選んでいます。白書はこの二つを、AIの急速な発展と浸透が世界的に進んでいることを示す象徴的な出来事だと書きました。

行政文書が流行語とTIME誌から入る。この入り方に、今年の白書がどこを見ているかが表れています。

10年前に置かれた8項目

もう一つ、冒頭に置かれた時間軸があります。

2016年4月、香川県高松市で開かれたG7情報通信大臣会合で、当時の高市総務大臣がAIの研究開発原則として8項目を示しました。透明性、利用者支援、制御可能性、セキュリティ確保、安全保護、プライバシー保護、倫理、アカウンタビリティ。

その10年後が、今年です。

白書は「8項目が示されてから10年が経過し、AIを巡る状況は劇的に変化している」と書き出します。そして、変化の中身を一文に押し込めました。

時間や手間の効率化による業務の能率化、人間の思考や発想がサポートされることによる生産性の向上。これがポジティブな側面。一方で、大規模言語モデルの学習に伴う膨大なエネルギー消費、ハルシネーション等による偽・誤情報、そして過度な利用による批判的思考力の低下リスク

思考のサポートと、思考力の低下。同じ文のなかに、正反対の話が並んでいます。

この構造が、白書全体の設計図になっています。

58.8%の中身は、ほぼチャットだった

今年の白書で最も引用される数字は、これでしょう。

生成AIサービスを使ったことがある日本の個人は58.8%。前年の26.7%から2倍以上に伸びました。設問は「業務や日常生活において生成AIサービスを一つでも使ったことがあるか」なので、一度でも触れた人を含む数字です。継続的に使っている割合ではありません。

白書は、何らかの生成AIサービスを使ったと答えた割合も、テキスト生成AIサービスを使ったと答えた割合も、最も大きく増加したのは日本だったとしています。

もう一点、扱いに注意が要ります。2025年度調査から15〜19歳が新たに加わりました。20歳以上に限れば52.2%です。米国・ドイツ・中国も同じく15〜19歳を追加しているため国際比較は成立しますが、日本単独で「2倍」と語るなら52.2%を添えるのが正確です。

そして、中身を割ると景色が変わります。

サービス種類2024年度2025年度
テキスト生成AI24.0%55.0%
画像・動画生成AI7.5%16.3%
プログラムコード生成AI5.3%7.0%
音声生成AI4.2%6.5%
音楽生成AI3.1%5.8%

伸びの大部分をテキスト生成が占めています。白書自身も、利用経験率の大きな上昇にはテキスト生成AIの上昇が寄与していると認めています。

コード生成の7.0%は、この記事の読者にとって他人事ではないはずです。米国35.4%、中国33.5%、ドイツ25.0%。日本は米国の5分の1で、しかも前年からの伸びは1.7ポイントしかありません。

日本人が使う理由の1位は「安いから」

なぜ使うのかを聞くと、日本の答えには特徴が出ます。複数回答の設問です。

理由日本米国ドイツ中国
利用にかかるお金が無料又は安い53.9%43.0%50.8%35.6%
時間や手間を省いてくれ、作業の効率が上がる42.8%45.1%49.2%62.0%
内容が正確・中立そうだと感じる12.7%24.8%19.5%32.0%

日本の1位は「無料または安い」53.9%で、「時間や手間」42.8%を11ポイント上回ります。ドイツも同じ順序ですが、その差は1.6ポイント。日本ほど開いてはいません。中国は「無料または安い」が35.6%で下位に沈み、「時間や手間」62.0%が首位に立ちます。

さらに気になるのが「内容が正確・中立そうだと感じる」の12.7%です。中国の3分の1、米国の半分。複数回答なので、残りの人が不信を抱いているという意味ではありません。ただ、正確さがAIを使う動機になっている人は、日本では少数派だとは言えます。

「いらない」ではなく「わからない」

使っていない人の理由も、去年までの読みを書き換えます。

理由日本米国ドイツ中国
自分の生活や業務に必要ない42.4%47.7%50.9%24.7%
使い方がわからない38.8%18.5%16.5%32.9%

「必要ない」は日本42.4%で、ドイツの50.9%や米国の47.7%より低いのです。日本人だけがAIを不要だと考えているわけではない。

国際比較で差がつくのは「使い方がわからない」のほうです。日本38.8%は4か国で最も高く、米国・ドイツの2倍以上。入口の障壁が、他国より高い。

10代の91.7%と、AIに相談する若者たち

年齢で割ると、断層がはっきりします。

年齢日本米国ドイツ中国
15〜19歳91.7%81.7%98.1%96.2%
20〜29歳78.2%91.3%94.2%98.1%
30〜39歳56.3%87.5%88.5%96.2%
60〜69歳33.5%51.0%45.2%86.5%

日本の15〜19歳は91.7%で、米国の同世代(81.7%)を上回ります(ドイツ98.1%、中国96.2%)。一方で30代は56.3%。同年代の他国が87.5〜96.2%であることを思えば、この落差は相当です。

そして、使い道が変わりつつあります。

「定期的に利用している」と答えた割合を目的別に見ると、15〜19歳では翻訳33.0%、学習や教育支援29.1%と高い。注目すべきは「日常の行動や判断にかかわる相談」です。15〜19歳25.7%、20〜29歳21.8%。「専門家にするような心身、生活、将来に係る相談」も、15歳から39歳までの各階層で15%を超えました。

白書は、若年層を中心に相談目的でのAI利用が広まりつつある、と書いています。

さらに踏み込んだデータもあります。情報を得る場面でAIと他の手段をどう使い分けているかを聞いたところ、15〜19歳と20〜29歳では、日常の疑問や雑談、心身や生活の専門的な相談といった特定の場面で「AIのみ」または「主にAI」と答えた割合が2割から3割に及ぶ傾向でした。

日本全体では「AIのみ」は全6場面で5%未満です。平均値の陰に、まったく別の行動様式が育っています。

「機械・道具」と答える日本、「友人」と答える米国

今年の白書で個人的に最も引っかかったのは、この設問です。「生成AIはどのような存在か」。

順位日本米国ドイツ中国
1機械・道具 38.3%機械・道具 46.0%機械・道具 43.3%秘書・アシスタント 44.7%
2辞書・百科事典 28.9%友人 25.3%カウンセラー 41.0%友人 39.9%
3秘書・アシスタント 21.4%辞書・百科事典 24.5%辞書・百科事典 28.8%カウンセラー 38.1%

2位から下が、まるで違います。日本は「辞書・百科事典」。米国と中国は「友人」、ドイツは「カウンセラー」。

感覚を問う別の設問でも同じ傾向が出ます。「精神的な支えとして感じる」は日本31.4%に対し、中国62.8%、米国45.2%、ドイツ40.9%。

白書は、利用率が日本より高い3か国では、AIを道具や秘書としてだけでなく「感情を共有する相手」として捉えている層が相当数存在するとしたうえで、こう続けます。生成AIの利用が進むほど人々がAIを身近な存在として感じるようになる可能性があり、日本でも利用が進展すれば同様の傾向が生じてくる可能性もある、と。

つまり日本の「機械・道具」は、到達点ではなく通過点かもしれない。これは白書自身の見立てです。

リスク意識は、比較できる全項目で上がった

使う人が増えたぶん、警戒も増えました。「非常にリスクだと感じる」と「どちらかと言えばリスクだと感じる」の合計は、前年と比較できる10項目すべてで上昇しました。残る1項目は2025年度の新設です。

リスク2025年度2024年度
実在する人物の精巧なフェイク映像や音声などを本物であると思ってしまう74.9%62.2%
AIによる不適切な判断が、結果として人間の生命や財産に損害を与える73.2%61.7%
悪意のあるものによって、AIを犯罪等に利用される71.5%64.5%
差別や偏見を助長するコンテンツが生成・再生成される70.3%58.1%
AIのレコメンドや自分の嗜好に沿う回答により、無自覚に判断や考えが偏る67.7%(2025年度新設)

同時に「わからない」と答えた割合が、おおむね20〜22%から10〜13%へと落ちました。輪郭がぼやけていたリスクが、見えるようになってきた。

フェイクへの警戒74.9%は、実は4か国で日本が最も高い数字です(米国68.6%、ドイツ68.3%、中国62.4%)。

そして新設された「無自覚に判断や考えが偏る」が、いきなり67.7%。この設問が新設されたこと自体に、総務省の関心の移動が表れている——そう筆者は読んでいます。

ただし、4人に1人は何も気をつけていない

警戒はしている。では対策はどうか。

気をつけていること日本米国ドイツ中国
生成内容が正しいか、他の方法で確認している38.2%35.6%35.6%44.7%
著作権等の知的財産権に配慮している14.6%33.5%33.9%40.4%
サービスのプライバシーポリシー・利用規約を理解している11.1%28.2%21.0%39.6%
特にない24.6%12.1%10.6%2.1%

内容の正しさを確認する人の割合は、日本も他国と遜色ありません。差がつくのは著作権と利用規約です。

著作権への配慮14.6%は、米国・ドイツの半分以下。そして「特にない」24.6%は、中国の2.1%と比べると11倍以上の開きがあります。

正確さを使う理由に挙げる人は少なく(12.7%)、何も気をつけていない人は多い(24.6%)。ここが、白書が最後に置く結論と照らして気になる点です。

企業は追いついた。ただし「使う」までは

企業側に目を移すと、去年までの物語が崩れます。

自社の何らかの業務で生成AIを利用していると答えた日本企業は86.4%。前年は55.2%でした。米国90.9%、ドイツ91.6%、中国98.1%。米国との差は35.4ポイントから4.5ポイントに縮まっています。

この数字は、活用方針を「わからない」と答えた企業を除いて集計されたものです。全企業を母数とした割合ではない点は押さえておく必要があります。

活用方針を定めた企業(積極的に活用+領域を限定して利用)も49.7%から68.9%へ。企業規模別に見ると、大企業74.0%、中小企業58.1%。伸び幅は中小企業のほうが大きい(大企業+18.3ポイント、中小企業+23.8ポイント)。

ここまでなら、追いついた話です。

27.0%という、動かない数字

ところが、業務変革への組織的な取組を聞いた瞬間、風景が変わります。

この設問は、生成AIの利用を禁止していると答えた企業を除いて聞いたものです。禁止していない企業に絞ってなお、27.0%が組織としては動いていない。

組織的な取組状況日本米国ドイツ中国
全社横断的に事業変革やイノベーションに取り組んでいる21.5%35.6%20.7%40.9%
各部署における業務の最適化や価値向上を行っている32.4%40.6%48.1%32.0%
組織的な取組はない27.0%1.4%4.9%2.6%

米国1.4%に対し、日本27.0%。桁が違います。

企業規模で割ると、正体が見えます。大企業18.1%に対し、中小企業45.6%。中小企業のほぼ半数が、組織としては何もしていない。

環境整備でも同じ構図が出ます。「生成AIに社内データを学習させたり、生成AIが参照可能なデータベースを構築したりしている」は日本24.5%。中国73.0%、米国57.2%、ドイツ54.4%と、いずれも5割を超えます。

個人が使うところまでは来た。組織のデータとつなぐところまでは来ていない。

効率化61.6%、品質向上32.2%

何を期待しているかも、日本だけ違います。

生成AI活用により生じうる影響日本米国ドイツ中国
作業時間の短縮などによる業務の効率化61.6%56.6%51.1%46.9%
品質管理の精度向上などによる製品・サービスの質の向上32.2%59.9%54.4%65.7%

日本だけ1位が「効率化」です。他3か国はすべて「品質向上」が首位。日本では効率化と品質向上の差が29.4ポイント開いていますが、中国では逆に品質向上が18.8ポイント上回ります。

実際の使い道もこれを裏づけます。日本で活用効果を最も実感しているのは「議事録・メール作成補助」の72.3%。米国は同じ項目が42.6%にとどまり、代わりに「研究・商品開発」が47.5%で高く出ます。

社内向けの事務処理に効果を感じる日本と、顧客向けの価値創造に効果を感じる米国。

この差は、ガバナンスにも表れていました。ガイドラインの整備率は日本41.1%と他国に見劣りしません。ところが「製品・サービスの企画・導入段階で専門的な審査体制がある」と答えた割合は日本26.1%で、中国59.0%、米国52.5%を大きく下回ります。

白書の説明が的確です。他3か国では企業内で完結する利用にとどまらず顧客向けの製品・サービスに生成AIを活用しているため、事前の審査や事後の検証を行う体制が整備されつつある、と。

顧客向けの利用が少ないことが、審査体制の差に影響している可能性があります。ただし社内利用であっても、機密情報や個人情報、著作権をめぐる確認は必要になります。

56社と1,953社

特集を離れ、第Ⅱ部の市場動向の章に、もう一つ気になる数字が置かれています。

2025年に新たに資金調達を受けたAI企業数は、米国1,953社で1位、英国172社で2位、日本は56社で10位でした(Stanford University「Artificial Intelligence Index Report 2026」)。AIRankingsによる研究力の国別順位でも、日本は近年10〜12位だと白書は記しています。

米国の約35分の1。2位の英国と比べても3分の1。

使う側では追いついた。作る側では、まだ遠い。白書は評価の言葉を使わず数字だけを並べていますが、並べれば構図は見えてきます。

AIを使うと、頭はどうなるのか

ここからが、今年の白書で最も踏み込んだ部分です。第3章で、総務省は正反対の結論を出した二つの研究を、並べて置きました。

ひとつ目は、ドイツのレーゲンスブルク大学のチームによる研究です。学生をAI支援ツール使用群と非使用群に分け、二つの課題に取り組ませ、複数分野の専門家による客観的な評価にかけました。結果、AI使用群のほうが短時間で高品質なアイデアを発想。知識の共有促進、発想プロセスの迅速化、アイデアの多様性が示唆され、満足度や関与度も高かったとされています。

ふたつ目は、MIT Media Lab等のチームによる研究「Your Brain on ChatGPT」です。参加者をLLMを使う群、検索エンジンを使う群、何も使わず自分の頭だけで作業する群(Brain-only)に分け、小論文を3回書かせました。その後、LLM群からはツールを取り上げ、Brain-only群にはLLMを使わせて、もう一度書かせる。実験中は脳波を測定しています。

結果が示唆的でした。

自分の頭だけで作業した後にLLMを使った群は、記憶をより良く想起でき、後頭・頭頂領域および前頭前野にまたがる広い領域で神経活動の再活性化が見られた。一方、最初からLLMを使用した群は、脳内の神経結合が比較的弱く、書いた直後の自分の文章を正確に引用する力も低かった。

さらに、その小論文が自分の成果だという感覚(ownership)は、最初からLLMを使った群で最も低く、検索エンジン群は比較的高かったものの、Brain-only群には及ばなかったといいます。

順番が効いている可能性がある。ただし、条件を入れ替えた最終段階に参加したのは18人と小規模で、論文は査読前のプレプリントです。学習法として一般化できる段階ではありません。それでも、白書がこの研究を特集に引いたこと自体が、総務省の関心の在り処を示しています。

白書はこの二つに答えを出しません。代わりに、東京大学大学院の唐沢かおり教授の視点を置きます。便利で快適なものがよいというナラティブと、そうしたものは人間本来の自律性を失わせるというナラティブ、どちらも主張できる。だからこそ、どのスタンスを取り、どんな社会を目指すのかを議論することが重要だ、と。

国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一教授は、別の角度から見通しを示します。長期的には人間の仕事の一部はAIに置き換わる。人間単体では能力の低下が起こりうるかもしれないが、人間とAIの協働によって、トータルとしての人間の能力は向上するのではないか。

リテラシーが追いついていない

山口教授は、情報空間についても踏み込んだ指摘をしています。

生成AIによるコンテンツは、閲覧されるほど作成・流通側に利益が生まれるアテンションエコノミーの構造の下で、大量に拡散するようになったのではないか。そして、生成AIの普及の飛躍的な進展に比して、生成AIに関するリテラシーや知識はそこまで増えていない。

先ほどの「特にない24.6%」を思い出すと、この指摘には数字の裏づけがあります。

フェイク情報が混じるリスクがあると、人々は「これは本当だろうか」と考えながら情報に向き合わねばならず、だまされるかもしれないという不安も生じる。山口教授は、直接的な被害だけでなく、こうした間接的な社会的コストも大きいと指摘しています。

対策として山口教授が期待を寄せるのは、AIによる偽・誤情報の検知です。ただし条件つきで、人々の通常の利用のなかに組み込む自然な「仕掛け」が重要であり、技術が大衆化して多くの人が享受できるようになることが望ましい、としています。

白書が示した3つのステップ

実務的な話に戻ります。「組織的な取組はない27.0%」から抜け出すための道筋を、白書は3段階で描いています。

ステップ1|汎用AIを活用した個人作業の効率化。ChatGPTやGeminiなどを、少ない投資で安全に使える環境をつくる。ここで白書は「シャドーAI」——社員が個人の判断で業務にAIを使い、入力した機密情報が流出するリスク——を名指しします。

ステップ2|一部プロセスにAIとの協業を組み込み。自社の課題と成長戦略、AIの特性を踏まえて活用戦略を定め、効果を見込める一部のプロセスからAIを組み込む。

ステップ3|プロセス全体をAIとの協業前提で最適化。社内データの整備、業務システムとの連携、投資判断を含む組織的な推進へ。

そして白書は、ステップ1で止まる企業が多いことを警告しています。汎用ツールを導入しても一部の積極的な社員が使うだけで、全社的な効果創出に至らない可能性がある、と。

日本の27.0%は、まさにここで足踏みしている姿です。

先進企業は環境整備で終わらせません。白書によれば、日清食品グループは効果を見込める対象業務を部門ごとに選び、プロンプトのテンプレートを作成し、効果測定の取組を少しずつ展開した結果、社内の生成AI利用率が直近では7割超に達したといいます。

中小企業の例も示されています。奈良県や京都府南部で注文住宅、リフォーム、介護、保育などを手がけるアイニコグループでは、全10事業部から計21名が参加する1年間のプロジェクトを実施。年間2,247時間の業務時間削減につながりました。内訳は広報部門880時間、不動産事業部門897時間(問合せ対応のテンプレート化・自動化)、介護事業部門170時間(送迎ルート最適化)です。

同社の経営者は「AIの登場はクラウドコンピューティング登場時以上の衝撃であり、AI前提の働き方に変えなければ会社の将来はない」との認識に至ったとされています。

規模ではなく、経営の意思決定が分かれ目になっている。白書のヒアリングは、そう読めます。

「適切にAIを信頼できる力」

白書の結論は、第Ⅰ部の最終節に置かれています。

制度の話から入ります。2025年5月にAI法が成立し、9月から全面施行。同年12月にAI基本計画が閣議決定され、AI法第13条に基づく指針も策定されました。指針は人間中心、公平性、安全性、透明性、アカウンタビリティ、セキュリティ、プライバシー・個人情報、公正競争、AIリテラシー、イノベーションの10要素を掲げています。

ここで一点、白書には載っていない動きを補っておきます。白書が参照しているのは、2025年12月23日に閣議決定された初回のAI基本計画です。その後、白書公表の10日前にあたる2026年7月14日、第Ⅱ期計画「日本AX、より強く、より豊かに」が閣議決定されました。AI基本計画に関する白書の記述は、この改定前の内容に基づいています。

制度の動きが速い分野では、白書と現行制度に差が生じます。記事や資料に引く際は、この点を確認しておくと安全です。

そのうえで、指針の中身に戻ります。注目したいのは、この指針が「国民」にも取り組むべき事項を示している点です。倫理・法令・人権等の課題を理解しAIの責任ある利用者としての自覚を持って行動すること、AIリテラシーを能動的に身に付けAIを適切に利用すること。罰則を伴う義務ではなく自主的な取組を促すものですが、ガバナンスの名宛人に一般の利用者が含まれているという設計です。

そして、白書はこう締めくくります。AIが技術のひとつである以上、その機能を効用として享受できるか、損失や損害として被ることになるかは、AIを開発・利用する人間の側にかかっている。だから「信頼できるAI」と表裏をなすのは——

AIを過信も不信もせず、適切な距離感のもとにAIを信頼できる人間の理性的な力

そして、この「適切にAIを信頼できる力」の涵養も不断に追求していくことが重要であり、人間とAIが健全に協働する社会は、「信頼できるAI」と「適切にAIを信頼できる力」の双方を目指した先に広がっているのだろう、と。

過信でも不信でもなく

ここまでのデータを、この結論に照らし直してみます。

日本でAIを「内容が正確・中立そうだ」と評価して利用理由に挙げた人は12.7%。使う動機として正確さを挙げる声は、小さい。

一方で、AIを使う人の24.6%が「特に気をつけていることはない」と答え、著作権に配慮している人は14.6%にとどまります。

この二つは別々の設問です。同じ人が両方に当てはまるかどうかは、この調査からは分かりません。それでも集団としての輪郭を見ると、「適切な距離感」からは離れて見える——これは筆者の読みです。

企業も似た構図でした。ガイドラインを整備している企業は41.1%。ところが、企画・導入段階で専門的な審査体制がある企業は26.1%にとどまります。リスクが「わからない」と答えた企業は16.5%——他3か国はいずれも1%台です。

数字が並ぶ場所と、白書が目指す場所には距離がある。今年の白書が測った日本の「現在地」は、そういう場所なのだと思います。

もっとも、悲観する材料ばかりではありません。リスク意識は比較できる全項目で上がり、「わからない」はおおむね9ポイント落ちました。企業の業務利用は米国との差を4.5ポイントまで詰めています。中小企業で活用方針を定めた割合は、前年度調査の34.3%から58.1%へ上がりました。

動いてはいる。動く方向を、これから決める段階にいる。筆者はそう読んでいます。

白書を読むための実務情報

現時点で読めるのはPDF版だけです。HTML版とEPUB版は2026年8月中の掲載予定。図表の元データを収めたデータ集も同時期です。書籍は8月上旬以降、電子書籍版は8月以降にKinoppy、Kobo、Kindleで順次公開されます。

数値を資料に引く予定があるなら、データ集の公開を待つ価値があります。図表の元データがExcelとCSVで公開され、自分の関心に沿って組み替えられるからです。年代別に切り直せば、平均値に隠れていた断層が見えてきます。

なお、白書は自由な二次利用を認めています。ただし対象外となる図表のリストが別途公開されているため、図表を転載する際はそちらの確認が必要です。企業提供の図表などが含まれる可能性があります。

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【編集部後記】

この記事を書きながら、何度か手が止まりました。「内容が正確・中立そうだと感じる」12.7%という数字を見たときです。最初は「使っているのに信じていない」と読みかけて、設問を読み直しました。これは利用理由の複数回答で、正確さを動機に挙げた人の割合です。残りの人が疑っているという意味ではない。数字は、読み方を少し間違えるだけで別の話になります。

それでも引っかかりは残りました。正確さを理由に挙げる人は少なく、一方で「特に気をつけていない」が24.6%。同じ人かどうかは分かりませんが、集団としての手ざわりは掴めます。白書が最後に置いた「過信も不信もせず」という言葉は、そのどちらでもない場所を指しています。

みなさんの職場では、この数字はどう見えるでしょうか。「組織的な取組はない」27.0%に頷く方もいれば、とっくに現場が先に走っているという方もいるはずです。白書の平均値と、自分の周りの温度差。そこに次の記事の種があるように思っています。

なお、今回は個人と企業のAI利用に絞りました。白書には小規模言語モデル(SLM)とフィジカルAI、政府職員18万人が使う生成AI環境「源内」といった、それぞれ独立した記事になる分量の論点が残っています。近いうちに続編としてお届けします。


【用語解説】

情報通信白書
正式名称は「情報通信に関する現状報告」。総務省が情報通信の現況と政策動向をまとめ、1973年(昭和48年)から毎年公表している年次報告書である。令和8年版で通算54回目にあたる。平成12年までは郵政省が「通信白書」の名称で公表していた。

生成AI
文章、画像、音声、動画、プログラムコードなどを新たに作り出すAIの総称。白書の国際比較では、これらのサービスを一つでも使った経験があるかを指標としている。

利用経験率
「業務や日常生活において生成AIサービスを一つでも使ったことがあるか」という設問に対し、使っている(過去に使ったことがある)と答えた割合。継続的な利用率ではなく、一度でも触れたかを示す指標である点に注意が必要である。

AI法
人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(令和7年法律第53号)。2025年5月28日に成立し、6月4日に一部施行、9月1日に全面施行された。内閣総理大臣を本部長とするAI戦略本部の設置、AI基本計画の策定、国際規範に即した指針の整備などを定める。

AI基本計画
AI法第18条に基づく政府計画。第Ⅰ期は2025年12月23日に閣議決定され、「信頼できるAI」による「日本再起」を掲げた。2026年7月14日には第Ⅱ期「日本AX、より強く、より豊かに」が閣議決定されている。白書が参照するのは第Ⅰ期の内容である。

AI指針
AI法第13条に基づき2025年12月に策定された「人工知能関連技術の研究開発及び活用の適正性確保に関する指針」。人間中心、公平性、安全性、透明性、アカウンタビリティ、セキュリティ、プライバシー・個人情報、公正競争、AIリテラシー、イノベーションの10要素を掲げ、国・地方公共団体・研究開発機関・活用事業者に加えて国民にも取り組むべき事項を示している。罰則を伴う義務ではなく、自主的かつ能動的な取組を促すものである。

8項目の原則
2016年4月のG7香川・高松情報通信大臣会合で、当時の高市総務大臣がAIの研究開発原則の策定に向けて示した8項目。透明性、利用者支援、制御可能性、セキュリティ確保、安全保護、プライバシー保護、倫理、アカウンタビリティから成る。

ハルシネーション
AIが事実と異なる内容を、もっともらしい形で出力してしまう現象。白書は生成AIの技術的特性の一つとして繰り返し言及している。

シャドーAI
社員が組織の管理下にないAIツールを個人の判断で業務に使う状態。入力した機密情報が外部へ流出するリスクを伴うため、白書は導入初期に対処すべき課題として名指ししている。

アテンションエコノミー
コンテンツが閲覧されるほど作成・流通側に利益が生まれる経済構造。白書に登場する有識者は、この構造の下で生成AIによるコンテンツが大量に拡散するようになったと分析している。

ownership(自己の成果である感覚)
書いた文章が自分の成果だと感じられる度合い。MIT Media Lab等の研究で測定された指標であり、最初からLLMを使った群で最も低かったとされる。

組織的な取組状況
生成AI活用による業務変革に、企業として全社横断的・部署単位・個人業務単位のいずれかで取り組んでいるかを問う指標。生成AIの利用を禁止していると回答した企業を除いて集計されており、日本では「組織的な取組はない」が27.0%と他3か国を大きく上回った。

信頼できるAI
人権及びプライバシーを尊重し、公平性、透明性、説明可能性、頑健性、安全性、セキュリティを備え、開発・利用に関与する主体が説明責任を負うAIシステム。白書がOECDの原則をもとに整理した説明である。

適切にAIを信頼できる力
AIを過信も不信もせず、適切な距離感のもとに信頼できる人間の理性的な力。白書が第Ⅰ部の結論として提示した概念である。

データ集
白書掲載図表の元データをExcelおよびCSV形式で提供するページ。本編とは別に公開され、令和8年版は2026年8月中の公開が予定されている。

二次利用
公開された資料を複製・改変・頒布・公衆送信すること。令和8年版白書は、対象外リストに掲載された図表と第三者出典の文章を除き、自由な二次利用が認められている。

EPUB
電子書籍の標準ファイル形式。白書の電子書籍版はこの形式で提供される。

【参考リンク】

総務省|令和8年版情報通信白書の公表(報道資料)(外部)
2026年7月24日付の公表資料。公表日、通算54回目、特集テーマ、公開スケジュールの出典です。

総務省|令和8年版情報通信白書(概要)(外部)
白書の要点をスライドでまとめた資料。調査設計、個人・企業のAI利用状況、市場データが図表で整理されています。

総務省|情報通信白書(外部)
白書の入り口となる公式ページ。各形式へのリンク、英語版、昭和48年以降のバックナンバー検索が集約されています。

総務省|令和8年版 情報通信白書 データ集(外部)
図表の元データをExcelとCSVで提供。2026年8月中の公開予定で、独自分析や資料作成に一次情報を使えます。

総務省|令和8年版情報通信白書の二次利用について(外部)
自由な二次利用の対象外となる図表リスト。白書の図表を転載する前に確認が必要な文書です。

内閣府|AI戦略(外部)
AI法、AI基本計画、AI指針、人工知能戦略本部の情報を集約したページ。制度面の最新動向を追う起点になります。

内閣府|人工知能基本計画(外部)
第Ⅱ期計画の本文と概要、第Ⅰ期の資料を掲載。白書の制度記述と現行計画との差分を確認できます。

内閣府|人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(外部)
AI法の条文、概要資料、成立・施行の経緯を掲載。記事中の日付と法律番号の確認先となります。

総務省・経済産業省|AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編(外部)
AI開発者・提供者・利用者が念頭に置くべき10の指針を整理。白書が「信頼できるAI」を論じる中心的な参照先です。

内閣府|人工知能に関する各府省庁等のガイドライン等一覧(外部)
医療、教育、行政、農業など分野別のAIガイドラインを一覧化。自社の業種に該当する指針を探す起点になります。

総務省|生成AIはじめの一歩(外部)
生成AIの基礎知識、活用場面、入門的な使い方と注意点を紹介するページ。白書が環境整備の取組として挙げています。

総務省|情報通信白書 電子書籍ダウンロードページ(外部)
EPUB形式の電子書籍版を入手できるページ。スマートフォンやタブレットで読め、移動中の通読に向きます。

総務省|WHITE PAPER Information and Communications in Japan(外部)
白書の英語版ページ。海外のパートナーに日本市場の状況を説明する際、一次資料としてそのまま共有できます。

Stanford HAI|AI Index(外部)
スタンフォード大学が毎年公表するAI動向の年次レポート。白書が引用した国別資金調達企業数などが収録されています。

自由国民社|「現代用語の基礎知識」選 新語・流行語大賞(外部)
新語・流行語大賞の公式サイト。白書が象徴的な出来事として挙げた「チャッピー」のノミネート状況を確認できます。

【参考記事】

総務省|令和8年版情報通信白書(概要)(外部)
個人58.8%、企業86.4%、組織的取組なし27.0%など、本文中の主要数値の出典となる資料です。

総務省|令和8年版 情報通信白書 PDF版(外部)
本編全文。設問文、調査対象年齢の変更、企業データの母数条件、企業規模別の内訳を確認できる一次資料です。

内閣府|人工知能基本計画(第Ⅱ期)(外部)
2026年7月14日閣議決定の第Ⅱ期計画。白書が参照する第Ⅰ期との差分を示す、改定記述の根拠です。

Your Brain on ChatGPT(Nataliya Kosmyna, et al. 2025)(外部)
MIT Media Lab等による研究。脳波測定でLLM利用と神経活動の関係を調べた、白書引用の原論文です。

The Impact of Generative AI on Ideation(Michael Gindert, et al. 2024)(外部)
レーゲンスブルク大学による研究。AI使用群が短時間で高品質なアイデアを発想したと報告しています。

Stanford HAI|AI Index(外部)
2025年に資金調達を受けたAI企業数が米国1,953社、日本56社で10位という数値の出典です。

総務省・経済産業省|AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編(外部)
共通の指針10原則を示した文書。白書第Ⅰ部第3章のガバナンス記述が参照しています。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。