バイオシスラボが生食ドッグフード「HUGBOX」の臨床試験結果を学会で発表|始まったばかりの研究で見えた前向きな変化

市場が先行し、科学が追いつかない

愛犬や愛猫に何を食べさせるべきか。これは意外にも答えが出ていない問題です。

現在のペットフード市場では、保存性や栄養設計に優れたドライフードが広く普及しています。その一方で、犬や猫の食性に近い食事を求め、生肉や生野菜などを組み合わせた「Raw Meat-Based Diet(RMBD)」を選ぶ飼い主も増えています。

RMBDは欧州を中心に市場を拡大してきました。しかし、その広がりに対して、健康への影響を検証した臨床研究は十分に蓄積されていません。消化器や皮膚、行動面への変化を示す報告はあるものの、対象数や研究条件は限られ、RMBDという言葉自体にも統一された科学的定義がないのが現状です。

innovaTopia編集部は、ペット向けローフード(生食)「HUGBOX」を展開する株式会社ハグオールと、腸内環境の研究に取り組む株式会社バイオシスラボへ共同取材を行いました。本稿では、その取材内容と、日本ペット栄養学会第27回定例大会で行われた両社による研究発表をもとに、RMBD研究の現在地と、これからについて考えます。

愛犬の健康から始まったHUGBOX

ハグオールの取り組みは、事業計画から始まったものではありません。

代表の梶谷氏がローフードに関心を持ったきっかけは、自身の愛犬の健康問題でした。当時はドライフードを与えることを当然の選択として受け止めていましたが、愛犬の病気を機に食事について調べ、生肉を中心とした食事へ行き着いたといいます。

試行錯誤の末に、老犬の活動量や日々の様子に変化を感じたことが、HUGBOXの原点になりました。その後、犬の飼い主への聞き取りを重ねると、食事や健康について悩みを抱える家庭が多いことも見えてきました。

HUGBOXの利用者からは、便の状態、毛ヅヤ、涙やけ、食いつき、活動量などに関する前向きな声が寄せられてきました。

しかし、飼い主の実感と、科学的な効果は同じではありません。食事以外の生活環境や年齢、運動量、個体差も影響します。「ローフードに変えて調子が良くなった」という体験だけでは、どの要因が身体の変化を生んだのかを切り分けられません。

加えて、SNSでは「科学的根拠は?」「虐待じゃないのか」「衛生面で不安」という声も少なくなかったといいます。ハグオールにとって、それは単なるアンチではなく、自分たちの価値をどう説明するかという問題そのものでした。

ハグオールがバイオシスラボと共同研究へ進んだ背景には、こうした経験を、観察可能なデータへ置き換えたいという課題意識がありました。

人の腸から、動物の腸へ

ハグオールが飼い主としての経験から科学的検証を求めたのに対し、共同研究を担ったバイオシスラボは、腸内環境という切り口でRMBDに向き合いました。

バイオシスラボは、人の腸内環境やプレバイオティクスを基礎医学の観点から研究してきました。その研究対象は近年、伴侶動物や畜産、水産へと広がっています。人と犬では身体の構造も食性も異なりますが、食べたものを消化し、腸内細菌の働きを介して身体を維持するという基本的な仕組みには共通点があります。

繰り返し語られるのは、腸は単独の臓器ではなく、生物の健康を支える基盤の一つだという考えです。食べたものが消化・吸収され、不要なものが排泄される。その日々の循環を追うことは、言葉で体調を説明できない動物の変化を捉えるうえでも重要な手がかりになります。

今回の共同研究は、ローフードの優位性を証明するためだけのものではありません。市場と経験談が先行する領域に対し、研究者が測定可能な問いを置き、検証の出発点を作る試みでした。

犬9頭を対象に、腸内細菌叢とQOLを評価

今回の研究は、「RMBDの継続摂取が犬の腸内環境およびQOLに及ぼす影響」と題して発表されました。

研究では、通常のフードを数か月以上継続して食べていた健常犬9頭を対象に、HUGBOXを継続的に摂取させる単群介入試験を実施しています。

腸内細菌叢については、DNAを抽出し、QIIME 2を用いて解析しました。評価指標には、腸内微生物の多様性を示すShannon Index、菌種数を推定するChao1 Index、細菌叢構成の類似性を可視化するWeighted PCoAなどが用いられています。

併せて、飼い主へのアンケートを通じて、排便状況、皮膚状態、口腔内環境、行動や精神状態なども評価しました。

その結果、腸内細菌叢ではSutterella属(近年、慢性腸症や腸管免疫への影響が示唆されている細菌群)の有意な減少が確認されました。また、飼い主による評価では、糞便状態、口臭、皮膚状態、行動面で前向きな変化が報告される一方、腸内微生物全体の多様性を大きく変えるような変化は見られませんでした。

この結果について、発表を行ったバイオシスラボは、RMBDを強力なサプリメントのような介入ではなく、日常の食事として継続することで、長期的に作用する可能性があると説明しています。

今回の研究は、RMBDによって腸内環境とQOLに一定の変化が起きる可能性を示しました。ただし、対象は健常犬9頭であり、対照群を置かない単群試験です。RMBD全般の有効性や、すべての犬に共通する効果を結論づける研究ではありません。

それでも、日本国内でRMBDを用いた臨床データがほとんど報告されてこなかった状況を考えれば、今後の研究条件を検討するための基礎的な一歩と位置づけられます。

RMBDは「生肉だけ」を意味しない

今回の発表で興味深かったのは、RMBDを単なる生肉食として扱っていない点です。

RMBDには統一された科学的定義がなく、市場で提供されている製品の多くは、生肉だけでなく、生野菜などの非加熱素材を組み合わせています。

食事から得た栄養素の多くは小腸で吸収されます。一方、食物繊維やオリゴ糖など、一部の成分は大腸へ届き、腸内細菌に利用されます。このような腸内細菌の働きを支える成分は、プレバイオティクスと呼ばれます。

今回の研究では、RMBDに含まれる植物性の素材などが、大腸でプレバイオティクスに近い作用を示した可能性が仮説として挙げられました。

つまり、この研究が見ているのは「肉を食べれば健康になる」という単純な関係ではありません。非加熱の肉や植物性素材を組み合わせた食事が、腸内細菌叢にどのような変化を与え、その変化が便、皮膚、口腔内、行動などとどう結びつくのかという問いです。

「圧倒的にデータが足りない」

今回の発表で、繰り返し強調されたのは、個別の結果以上に、RMBD分野全体のデータ不足でした。

RMBD市場は拡大し、関連論文も増加しています。消化器症状や皮膚状態、行動面への変化を示唆する報告もあります。しかし、市場の成長に対して、臨床試験の数は追いついていません。日本国内では、さらに報告が限られています。

バイオシスラボは学会に参加した大学教授や研究者、臨床家に対し、数例のケースリポートからでもよいので、データを提供していただけないかと呼びかけました。

どのような犬に変化が表れたのか。変化がなかった犬には、どのような特徴があったのか。健康な犬と疾患を抱える犬では結果が異なるのか。従来の食事、犬種、年齢、生活環境はどの程度影響するのか。

RMBDの利益とリスクを評価するには、肯定的な結果だけでなく、変化がなかった事例や、有害事象を含めたデータが必要です。

市場が先に広がった分野だからこそ、消費者の選択を支える研究基盤を後からでも整えていく必要があります。

生食に残る衛生管理の課題

RMBDを語るうえで、衛生面の課題も避けて通れません。

学会の質疑応答では、生肉に含まれる細菌と食中毒リスクについて質問が出ました。HUGBOXでは食中毒に関連する細菌を事前に検査しているとしたうえで、生食である以上、一定数の菌が含まれる可能性は残ると説明しました。

非加熱食品には、加熱による栄養成分や食感の変化を抑えられる利点があります。その反面、加熱殺菌を使えないため、原料管理、製造環境、保存温度、輸送、家庭での取り扱いまで含めた衛生管理が求められます。

将来的には、非加熱に近い状態を維持しながら病原菌を抑える技術が、RMBD市場の重要な基盤になる可能性があります。

健康への効果を示す研究と、安全に届けるための技術開発は、同時に進めなければなりません。

ペットフードは多様性の時代へ

犬や猫の食事は、長い間ドライフードを中心に設計されてきました。ドライフードは、保存性、栄養設計、価格、流通のしやすさに優れ、現代のペットとの暮らしを支えてきた食品です。

これからのペットフード市場では、その基盤を残しながら、個体差に応じた選択肢が増えていくと考えられます。

ウェットフード、療法食、手作り食、昆虫タンパク質、培養肉、個別化栄養、そしてRMBD。それぞれに利点と課題があり、一つの食事がすべての犬や猫に適するとは限りません。

重要なのは、選択肢の多さだけではなく、その選択を支えるデータです。

今回の研究は、9頭という小さな集団から始まりました。Sutterella属の減少やQOL関連指標の変化は、次の研究へ進むための手がかりです。今後、症例数を増やし、対照群を設け、摂取期間や犬の属性を分けて検証することで、RMBDがどのような個体に適するのかが少しずつ見えてくるでしょう。

動物たちの健康を願う気持ちは、みな同じです。その気持ちを、経験談の共有から、比較可能な知識へと変えていく。ハグオールとバイオシスラボの取り組みは、日本でその蓄積を始める一歩になりました。

ローフードへの期待も、衛生や栄養への懸念も、最終的に確かめるのはデータです。

いまRMBD研究に必要なのは、結論を急ぐことではありません。一つひとつの症例を記録し、公開し、次の研究につなげることです。

【関連記事】

「なんとなく良さそう」から「何が変わるか」へ|生食ドッグフードHUGBOX、腸内細菌研究で特許出願
今回の学会発表に先んじて公表された、特許出願段階での報道。同じSutterella属減少という知見を、特許という別の角度から報じています。

【編集部後記】

人間と犬、およびその祖先の狼との関係は、数万年以上も前からあると言われているそうです。その歴史の中で、やっと人間が相棒の食生活に目を向け始めたとも言えるのかもしれません。

私の実家にも犬や猫など、多くの動物を飼っていました。病気で死んでしまう子、老衰で一歩も歩けなくなってしまった子。病院に通い、薬を飲ませ、できる限りを尽くしていても、とても苦しんでいる様子を目の当たりにしてきました。

もしも、日常的に彼らの健康について真剣に向き合っていたら、そういう願いを叶えてくれるものがあったならと考えずにはいられません。

言葉を交わすことができない彼らと、命を預かる責任を持つ人間がみな幸せになれる未来が実現することを切に願います。


【用語解説】

RMBD(Raw Meat-Based Diet)
生肉を主体とする犬猫向けの食事。統一された科学的定義はまだなく、実際の商品や研究では、生肉に骨、内臓、野菜、果物などを組み合わせた食事もRMBDとして扱われている。健康面での可能性が研究される一方、栄養バランスや病原菌汚染などの課題も指摘されている。

腸内細菌叢
腸内に生息する細菌などの微生物群と、その構成。食事、年齢、生活環境、薬剤などによって変化し、代謝、免疫、感染防御など宿主のさまざまな生理機能と関係する。

Sutterella属
人や動物の腸内に存在するグラム陰性細菌の一群。免疫反応や消化器疾患との関連が研究されているが、属全体を一律に「悪玉菌」と分類できるものではなく、菌種、宿主、周囲の細菌叢によって働きが異なる可能性がある。今回のHUGBOXの試験では、継続摂取後にSutterella属の相対存在量が有意に減少したと報告されている。

単群介入試験
一つの被験者集団に介入を行い、介入前後の変化を比較する研究方法。今回の研究では、通常のフードを継続摂取していた健常犬9頭がHUGBOXへ切り替え、その前後の腸内細菌叢とQOL指標が比較された。対照群は設けられていないため、観測された変化のすべてをRMBDだけの効果として確定するには、今後の比較試験が必要になる。

プレバイオティクス
宿主の微生物によって選択的に利用され、健康上の利益をもたらす基質。食物繊維やオリゴ糖などが代表例。今回の発表では、RMBDに含まれる植物性素材などが、大腸の腸内細菌へプレバイオティクスに近い作用を与えた可能性が仮説として示された。

Shannon Index
腸内細菌叢などの多様性を評価する指標。存在する菌の種類数だけでなく、それぞれの菌がどの程度均等に存在しているかも反映する。

Chao1 Index
観測された菌種数をもとに、検出できなかった希少な菌種も含めた全体の種数を推定する指標。

PCoA(主座標分析)
検体ごとの腸内細菌叢の違いを、図上の距離として可視化する解析方法。点同士が近いほど菌叢の構成が似ており、離れているほど異なることを表す。

【参考リンク】

HUGBOX(ハグボックス)公式サイト(外部)
ハグオールが展開する犬用ローフードブランド。主力商品「ハグボックスブレンド」の詳細・購入方法・ローフードに関する情報を発信。

株式会社バイオシスラボ(外部)
藤田医科大学公認のプレバイオティクス・プロバイオティクス啓発ベンチャー。腸内細菌研究の産業応用を推進する企業。

日本ペット栄養学会(外部)
ペットの栄養・食品に関する学術研究の発表・情報交換を行う学会。今回の研究は同学会第27回定例大会(2026年7月12日)で発表された。

QIIME 2公式サイト(外部)
DNA配列データから微生物群集を解析するためのオープンソース・バイオインフォマティクス基盤。解析過程を追跡でき、再現性の高いマイクロバイオーム研究を支援する。

【参考記事】

RMBDの継続摂取が犬の腸内環境およびQOLに及ぼす影響|ペット栄養学会誌(外部)
バイオシスラボ・ハグオールによる学会発表の抄録(29巻Suppl号 p.suppl_31-32)。犬9頭の試験方法と、Sutterella属・QOL指標の変化がまとめられている。

Raw Meat-Based Diets in Dogs and Cats|Veterinary Sciences(2017年)(外部)
RMBDの利用拡大、想定される利点、病原菌汚染や栄養面のリスクを整理したレビュー論文。

Effect of different starch sources in a raw meat-based diet on fecal microbiome in dogs housed in a shelter|Animal Nutrition(2020年)(外部)
RMBDに加えるデンプン源の違いが犬の糞便中マイクロバイオームへ与える影響を検討した研究。RMBDを一つの均質な食事として扱えないことを示す参考になる。

Presence of pathogenic bacteria in faeces from dogs fed raw meat-based diets or dry kibble|Veterinary Record(2020年)(外部)
RMBDを食べる犬とキブル(ドライフード)を食べる犬について、糞便中の薬剤耐性大腸菌等を比較した研究。RMBD研究では健康面と衛生面を同時に見る必要があることを示す。

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りょうとく
趣味でデジタルイラスト、Live2Dモデル、3Dモデル、動画編集などの経験があります。最近は文章生成AIからインスピレーションを得るために毎日のようにネタを投げかけたり、画像生成AIをお絵描きに都合よく利用できないかを模索中。AIがどれだけ人の生活を豊かにするかに期待しながら、その未来のために人が守らなけらばならない法律や倫理、AI時代の創作の在り方に注目しています。