富士通・ファナック・安川電機・川崎重工、フィジカルAIで事業検討へ|NVIDIA技術を活用

堅牢だが独自色の強いシステムで知られてきたファナックが、ROS 2やPythonといった「業界の外」の標準を、富士通との協業の看板に掲げました。黄色いロボットアームを閉じた世界に置いてきた会社が、なぜいま扉を開けるのか。その鍵は、富士通が持ち出した「ソブリン性」という一語に隠れています。


ファナック株式会社は2026年7月16日、富士通株式会社とフィジカルAI分野における事業検討の開始に合意したと発表した。産業分野におけるフィジカルAIの社会実装を加速させ、人とロボットが共存・協働する社会の実現と産業の競争力強化を目的とする。

ファナックは富士通と事業検討を進めながら、両社共通の協業先であるNVIDIA社の技術も活用する。ファナックは2025年12月の国際ロボット展でオープンプラットフォームを用いたフィジカルAIシステムを披露しており、音声認識によるロボット駆動やAIエージェントを用いた部品のキッティングなどの活用が始まっている。富士通の代表取締役社長CEOは時田隆仁である。両社は工場内のロボット、設備、人、業務アプリケーションを連携させ、生産活動全体の最適化と自律化を目指す。

From: 文献リンクフィジカルAIの社会実装に向け富士通との事業検討を開始 – ファナック株式会社

【参考動画】

※PTC Japanによる、フィジカルAIの概念と製造業への応用をNVIDIA技術と絡めて解説する動画。今回の5社会見の映像ではなく、フィジカルAIという技術テーマを理解するための一般的な解説動画である点に留意されたい。

【編集部解説】

ファナックが7月16日に出したこのリリースは、一読すると「富士通との2社間の事業検討開始」の話に見えます。けれど、同じ日に東京で開かれた記者会見の顔ぶれを見ると、話の本当の大きさが見えてきます。

登壇したのは、富士通の時田隆仁社長CEO、ファナックの山口賢治社長兼CEO、安川電機の小川昌寛副会長執行役員、川崎重工業の橋本康彦社長執行役員、そしてNVIDIA創業者兼CEOのジェンスン・フアン氏。日本の産業用ロボットを代表する3社が、富士通とNVIDIAを軸に一堂に会したのです。

ただし、正確に押さえておきたいことがあります。これは5社が新しい会社や共同事業体を「発足させた」という話ではありません。構図としては、富士通がロボット3社それぞれと個別に事業検討を開始し、そこにNVIDIAが技術を提供するというもの。つまり富士通を結節点にした、日本発のフィジカルAIの協業ネットワークの始動です。ファナックの公式リリースが富士通との関係だけを語っているのは、あくまで自社の視点で切り取った一枚だから。富士通・川崎重工・NVIDIAそれぞれの発表と重ねて初めて、全体の絵が見えてきます。

なぜ、いま、この顔ぶれが組むのか。理由ははっきりしています。

産業用ロボットの多くは長らく、「動作を人間が細かく設定する」方式を基本としてきました。フィジカルAIは、そこを「教える・見せる」に変えようとしています。フアン氏の言葉を借りれば、ロボットは「プログラムするもの」から「教えるもの」へ変わる。この転換に必要な世界モデルや大規模シミュレーションといった基盤技術を、NVIDIAは長年かけて積み上げてきました(同種の研究はGoogleなど他社・研究機関も進めており、NVIDIAだけの領域ではありません)。今回協業する日本の主要ロボットメーカー3社が、その基盤を自前でゼロから築くよりも外部の強みと組む方が速い、というのが編集部の見立てです。

一方でNVIDIA側にとっても、日本のメカトロニクスは見逃せません。会見でフアン氏は、ファナックのナノメートル単位の位置決め、安川電機の高精度エンコーダ、川崎重工の繰り返し精度を例に挙げ、日本メーカーの技術力を高く評価しました。AIがどれだけ賢くなっても、それを現実世界で正確に動かす「身体」がなければフィジカルAIは成立しない。今回の構想において、日本メーカーが持つ高度なメカトロニクス技術は重要な要素です。AIという頭脳と、精密機械という身体。両者は互いの強みを持ち寄る関係にあります。

今回の構想で、私たちが最も注目したいキーワードが「ソブリン性」です。

富士通は今回、「ソブリン性を確保した協調制御基盤」を公式に掲げました。リリースでは、ロボットの適用領域が広がるほどサイバー攻撃やシステム全体のダウン、機密情報の漏洩といったリスクが高まるため、それに耐える基盤を作る、と説明されています。この「ソブリン性」は、生成AIの分野でNVIDIAが数年前から提唱してきた「ソブリンAI(国家や組織が、自らのデータやAI基盤について必要な管理権を確保する考え方)」と発想を同じくするものだと、私たちは捉えています。

ここに、私たちは一つの読みを重ねたいと思います。フィジカルAIが製造・物流・医療介護の中枢を握るということは、その基盤をどの国・どの企業が管理するかが、そのまま産業の主権に関わってくるということ。公式発表が「海外クラウドを排除する」と述べているわけではありませんが、産業データと制御基盤の管理権を国内側に残す意図も含まれるのではないか、というのが編集部の解釈です。

もう一つ見逃せないのが、ファナックが今回、オープン化への姿勢を明確に打ち出した点です。

山口CEOは富士通の公式リリースに寄せたコメントの中で、富士通のエンタープライズ向け生成AI「Takane」やNVIDIAの技術と、ROS 2やPythonに対応したファナックロボットを組み合わせ、「柔軟で誰にでも使えるAIシステム」を目指すと述べています。ROS 2はオープンソースのロボット開発基盤、PythonはAIやソフトウェア開発で広く使われるプログラミング言語で、いずれもロボット業界の外の開発者にも馴染みが深い。相互運用性を高め、外部開発者や他システムとの連携を広げるこうした姿勢を前面に出すこと自体、時代の変化を映しています(なお同社は2026年5月にGoogleとのフィジカルAI協業も発表しており、オープン化の流れはこの一件に限りません)。

影響が及ぶ範囲は、工場だけにとどまりません。川崎重工の橋本社長は公式コメントで、来院から診察、治療、手術、術後ケアまでをつなぐ「病院ワンストップソリューション」の実現に言及しています。富士通のIT基盤と、川崎重工の医療・介護ロボット技術を連携させる構想です。人手不足が特に深刻な医療・介護の現場に、フィジカルAIが入り込む。これは「未来を触りたい」と考える読者にとって、最も生活に近いところで起きる変化かもしれません。

ただし、冷静に押さえておくべき点もあります。

現時点では、あくまで「事業検討開始」の段階です。富士通のリリースも、今後ロードマップを策定するとしており、具体的な製品・価格・提供時期は公表されていません。壮大なビジョンが語られた一方で、まだ形になっていないものが多い。ここは正確に受け止めておきたいところです。

そしてもう一つ。今回の構想では、NVIDIAの世界基盤モデル群・プラットフォーム「Cosmos」、シミュレーション・デジタルツイン基盤「Omniverse」、ロボティクス開発基盤「Isaac」、物理エンジン「Newton」などを、基盤の構成要素として活用する方針です。「協調制御基盤の共通化・オープン化」を掲げつつ、その中核技術が特定の一社に集中すれば、将来的に新しい形のロックインにつながる可能性は否定できません(現時点でロックインが起きているわけではなく、あくまで将来リスクの指摘です)。ライセンスや代替可能性、インターフェース設計がどう詰められるかが、ソブリン性という理念の実装度合いを左右するはずです。

未来を報じるメディアとして、この日を記録しておく意味は明確です。2026年7月16日は、日本のロボット産業が「単体の機械を売る」時代から「AIと融合した基盤を共に築く」時代へ、明確に足を踏み出した日として振り返られるかもしれません。フアン氏が公式コメントに寄せた一言、「フィジカルAIは次の産業革命であり、それはメイド・イン・ジャパンとして生まれるでしょう」が、社交辞令で終わるのか、現実になるのか。その答え合わせは、これから始まります。

(注:この解説は、ファナック・富士通・川崎重工の各公式リリース、および同日の記者会見を報じた各媒体に基づく。「頭脳/身体」「協業ネットワーク」などの整理、ソブリン性やロックインに関する評価は編集部の解釈であり、公式発表そのものではない。)

【関連記事】

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今回の発表前日の記事。安川電機・NVIDIA・ソブリンAI・MOTOMAN NEXTという共通要素が最も濃い。今回=富士通主導の協調制御基盤/既存=ソフトバンク主導のGPUクラウド実証、という違いで読み比べられる。

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今回記事の「ファナックのオープン化」を裏づける直接の前史。ROS 2という共通キーワードで、本文の「開かれた標準への転換」を補強する。

【編集部後記】

引っかかるのは、「オープン化」と「ソブリン性」という、方向の違う二つの言葉が同じ基盤の上で握手している点です。誰でも使える協調制御基盤を目指すと言いながら、その中核にはNVIDIAのCosmosやOmniverseが構成要素として組み込まれていく。

開くことと、握り続けること。この二つはどこまで両立するのでしょうか。基盤の設計思想やライセンスの条件が公表されるとき、「オープン」が意味するのは参加の自由なのか、それとも土台を選べない不自由なのか。答えは、まだ図面の中にあります。


【用語解説】

フィジカルAI(Physical AI)
AIが現実世界(フィジカル)の情報をカメラやセンサーで認識・分析し、その判断をロボットや設備の物理的な動作として実行する技術。従来の産業用ロボットにもセンサー制御や自律移動は存在したが、フィジカルAIは、あらかじめ細かく決められた手順の再現にとどまらず、状況を見て動作を自ら判断・調整する度合いを大きく高める点に特徴がある。生成AIがデジタル世界の知性を担うのに対し、フィジカルAIは現実世界での知性と行動力を機械に与える技術だといえる。

ソブリン性(Sovereign/ソブリンAI)
一般に、データ、AI、制御基盤について、国家・地域・組織が必要な管理権、セキュリティ、事業継続性を確保する考え方。本件では富士通が、サイバー攻撃、システム全体の停止や誤作動、機密情報の漏洩などのリスクに対応する「ソブリン性を確保した協調制御基盤」を掲げている。なお、海外クラウドの排除や不使用を発表したものではない。

協調制御基盤
工場や現場にあるロボット・設備・人・業務システムをつなぎ、それぞれが勝手に動くのではなく、全体で最適化された計画にもとづいて自律的に連携できるようにするための共通の土台。今回の構想では富士通が主体となり、各社と共に、業務アプリケーションとロボット制御をシームレスに接続する基盤の開発を検討する。

キッティング
製造や物流の現場で、必要な部品や資材を、指示された組み合わせでまとめてそろえる作業のこと。従来は人手に頼る部分が多かったが、AIエージェントを使うことで自動化が進みつつある。

AIエージェント
人間が一つひとつ指示を出さなくても、目的を与えれば状況を判断し、必要な作業を自律的に組み立てて実行するAIのこと。実際の自律の度合いはシステムごとに異なり、人間の承認や監視を必要とするものもある。

世界モデル(World Model/世界基盤モデル)
現実世界の構造や動態、物体同士の相互作用のパターンをAIがデータから学習し、仮想空間の中で「次に何が起きるか」を予測・生成できるようにした基盤モデル。ロボットが現実で試す前に、シミュレーション上で膨大な試行錯誤を積める点が価値になる。NVIDIAの「Cosmos」(単一のモデルではなく、モデルやツールを含むプラットフォーム)がこれに当たる。

ROS 2
ロボット開発で広く使われるオープンソースのソフトウェア基盤(Robot Operating System の第2世代)。厳密には一般的なOSそのものではなく、ロボット開発用のライブラリ・ツール・ミドルウェア群を指す。特定メーカーに縛られず、多くの開発者が共通の土台の上でロボットのソフトを作れる。ファナックがこれへの対応を進めることは、外部開発者や他システムとの連携を広げる姿勢を意味する。

i³-Mechatronics(アイキューブ・メカトロニクス)
安川電機が2017年に提唱した構想で、メカトロニクス(自動化技術)とデータ活用の融合による産業自動化革命を目指すもの。会見で小川氏は、今回の取り組みがフィジカルAIの社会実装を加速すると期待を示した。

【参考リンク】

富士通 公式プレスリリース(本件)(外部)
本件の一次情報。役割分担、ソブリン性を確保した協調制御基盤、各社トップのコメント全文を掲載している。

川崎重工業 公式プレスリリース(本件)(外部)
川崎重工の視点からの一次情報。医療・介護分野での「病院ワンストップソリューション」構想を詳しく述べている。

富士通株式会社(外部)
協調制御基盤とAIインフラを担う企業の公式サイト。生成AI「Takane」など同社のAI戦略を確認できる。

株式会社安川電機(外部)
本件で富士通とフィジカルAIの事業検討を行うロボット大手。NVIDIA製GPU搭載の自律型AIロボット「MOTOMAN NEXT」やi³-Mechatronics構想を推進する。

川崎重工業株式会社(外部)
本件で富士通とフィジカルAIの事業検討を行うロボット大手。約60年のロボット事業史を持ち、手術支援・医療介護支援ロボットも開発している。

NVIDIA フィジカルAI 解説ページ(外部)
技術基盤を提供するNVIDIAが、フィジカルAIの概念と活用領域を図解を交えて公式に解説しているページ。

【参考記事】

富士通・ファナック・安川電機・川崎重工がフィジカルAIで結集 NVIDIA「次の産業革命も日本から生まれる」(ロボスタ)(外部)
会見内容を詳しく報じた記事。5社トップの発言と役割分担、各社の技術的な強みを伝えている。

フアンCEO「次の産業革命はメイド・イン・ジャパン」 富士通など4社、NVIDIA技術でフィジカルAIの事業検討(ITmedia NEWS)(外部)
富士通、ファナック、安川電機、川崎重工業、NVIDIAの5社トップの登壇と、協調・制御基盤の共通化、対象分野の広がりを整理した記事。

富士通とファナックなど3社、AIロボ実装へ協業 NVIDIAも支援(日本経済新聞)(外部)
登壇者の役職を伝え、NVIDIAの対日戦略という広い文脈に今回の協業を位置づける。

Japan’s Robotics and Manufacturing Leaders Build on NVIDIA Cosmos to Advance Physical AI Frontier(NVIDIA Newsroom)(外部)
NVIDIA公式発表。富士通主導の基盤にCosmosを含むNVIDIA技術を取り入れる構想と、日本企業のCosmos Coalition参加意向を記載する。

エヌビディアの技術活用、富士通・ファナックがフィジカルAIで協業(Bloomberg)(外部)
「コスモス・コーリション」への言及とともに、日本の産業用ロボットにAI大手の知見を組み合わせる構図を伝える。

富士通、NVIDIAの技術でフィジカルAI実装へ ファナック、安川電機、川崎重工と連携(マイナビニュース)(外部)
「ソブリン性を確保した協調制御基盤」という構想の核と、3つの狙いを整理した記事。

富士通とロボット大手3社/フィジカルAIで連携、製造・物流など社会実装加速(LNEWS)(外部)
物流の視点から、協調制御基盤の共通化・オープン化と産業別の具体的な適用像を伝える。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。