利用規約に同意していないテレビが、すでに外へ通信していました。GamersNexusがLG製スマートテレビを解析した結果です。「画面が消えているのに録音」という見出しが世界中に並びましたが、多くの利用者に関わるのはそこではありません。買ってきたままの状態で何が動いているのか、という話です。
米国の検証チームGamersNexusが米国時間2026年9月6日、LG製スマートテレビの調査結果を約136分の動画で公開した。Level1Techsおよび独立研究者2名と共同で、Best Buyで購入したLG G5などをWiresharkで解析している。利用規約に一切同意せずHDMI接続のモニターとして1時間使った状態でも、テレビは8つのエンドポイントに接続し、約8.9MBを送受信していた。同一ネットワーク上の38台以上の機器のMACアドレスや名称、近隣Wi-FiのSSIDと信号強度も取得していた。音声認識の起動後は発話が途切れてからも10〜15秒ほど録音が続き、要求と無関係な会話が平文テキストでログに残った。GamersNexusはLGに照会したが、回答はなかった。
From:
216,000,000 Spy TVs | The LG Smart TV Problem
【参考動画】
【編集部解説】
この話の中心にあるのは、脆弱性だけではありません。
innovaTopiaは2024年に、LGのwebOSで見つかった4件の脆弱性と、約9万1000台がインターネットに露出していたことをお伝えしました。あのときの構図は明快でした。穴があり、パッチで塞がれた。読者がすることは、アップデートの確認です。
今回GamersNexusが持ち出したのは、その反対側です。穴ではなく、設計のほうです。誰にも侵入されていない、買ってきたままのテレビが、何をしているのか。海外の報道の多くはこの2つを混ぜて伝えていますが、より多くの利用者に関わるのは前者ではなく、後者のほうです。
同社によれば、一連の調査には、キャンペーン開始前の時点ですでに7万ドルを超える時間と費用が投じられています。Level1TechsのWendell氏、独立研究者のMrBruh氏とuturn氏が加わり、パケット解析、ファームウェアの復号と逆コンパイル、テレビのroot化まで踏み込みました。
規約に同意していないテレビが、すでに外と話している
もっとも重い実測は、派手さのないところにあります。
初期設定で利用規約に一切同意せず、LG G3をHDMI接続のダミーディスプレイとしてだけ1時間使う。それだけで、テレビは8つのエンドポイントへ接続し、約8.9MBを送受信し、38回のDNSクエリをLGの各ドメインへ投げていました。同意ボタンを押していない状態で、です。このときACRへのデータ送信は確認されていません。動いていたのは、LGへの通信と、ローカルネットワークのデバイススキャンでした。
規約に同意すると、様相が変わります。同じG3をモニターとして使った計測では、接続先が29エンドポイント、接続回数は107回。うち44回がAlphonso ACRで、送信量は約4MBでした。
使い方による差も出ています。43型の別モデルを同じ約50分ずつ計測したところ、モニターとして使った場合は22エンドポイントへ157回、うちACRが54回で5.2MB。同じテレビでLG Channelsを視聴すると、60エンドポイントへ847回、うちACRが618回まで跳ね上がりました。同じ時間、同じ機体で、画面に何を映すかだけが違います。
ACRは自動コンテンツ認識と訳されます。画面と音声を短く標本化して指紋を作り、何が映っているかを識別する仕組みです。注目したいのは、今回の検証で、テレビをPCのモニターとしてHDMI接続で使っているだけの状態でもACR関連の通信が観測されている点です。放送や配信を見ていなくても、映像が入っていれば対象になり得る、ということになります。
テレビは、部屋のなかを数えている
もうひとつ、テレビが自分の画面の外を見ていた点が挙げられます。
同一ネットワーク上を走査し、38台以上の機器を検出していました。スタッフのスマートフォンやスマートウォッチ、3Dプリンター、エアコン、そして特定のPCでTeamViewerが動いていることまで。MACアドレス、シリアル番号、機器名、内部IPアドレスが記録されていました。近隣のWi-FiについてもSSID、信号強度、チャンネルを集めています。
これらの収集は、LGのプライバシーポリシーに書かれています。テレビに接続された機器や、スマート電球・スイッチ・家電といった周辺機器の情報を集めると明記されている、とGamersNexusは指摘します。書かれていないことをしていた、という話ではありません。書かれていることが、読まれないまま実行されている、という話です。
規約は3種類で合計約5万語。成人の平均的な読書速度で約4時間かかります。すべてをスクロールして確認するには、リモコンを2705回押す必要があったと同社は数えています。
「匿名化」と呼ばれているもの
技術的にもっとも示唆に富むのは、X-Device-IDをめぐる指摘です。
設定の奥にある「Do not sell my personal information」をオンにすると、送信される端末識別子は匿名化されるとされています。ところがファームウェアを解析すると、この値はハッシュ化ではなく、MACアドレスを暗号化したものでした。しかも復号に使う鍵は同一モデルで共通であり、テレビ側から取り出せます。鍵が手に入れば、元のMACアドレスに戻せます。
ここで、日本の制度と照らして考えてみます。個人情報保護法上の匿名加工情報は、特定の個人を識別できないことに加え、元の個人情報を復元できないことが要件です。仮名加工情報は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないよう加工した情報を指します。X-Device-IDをこのどちらかに直ちに当てはめられるわけではありませんが、元の値に戻せる識別子を、日常語として「匿名化」と呼ぶことの危うさは共通しています。用語の翻訳ではなく、定義の問題として、ここは技術者と法務の双方が読むべき箇所だと考えます。
あわせて、オプトアウトを押した瞬間に、それまで蓄積されたデータの最終スナップショットがAlphonsoへ送信される実装も確認されています。同社の研究者はこれを率直に「かなり汚い」と評しました。
なぜこうなるのか、決算が手掛かりを持っている
事業構造を考える手掛かりになる数字は、公開されています。
LGの2026年第1四半期の財務資料によれば、広告事業を担うAlphonso Inc.の売上高は2736億9800万ウォン、四半期利益は326億4600万ウォンでした。GamersNexusはあわせてVizioの2023年年次報告書を示します。テレビ本体を売るDevice部門の売上総利益率はマイナス0.8%、一方でデータと広告を扱うPlatform Plus部門の売上総利益率は61.0%。
テレビはもはや、売って終わる商品ではありません。売ったあとに稼働し続けることで価値を生む装置に変わりました。ハードウェアの粗利が薄いことは、こうした収益構造を強める誘因になり得ます。
その到達範囲は、LG Ad Solutions自身が掲げています。同社サイトには米国のLGスマートテレビが4900万台、世界では2億1600万台とあり、別のページでは米国内で広告到達可能なセカンダリデバイスを3億6300万台としています。テレビの台数ではなく、モバイルやタブレットを含む家庭内の他の画面まで含めた数です。米国の4900万台に対して3億6300万台。この差が、テレビが自分の周囲を走査する理由を端的に示しています。いずれも同社サイトに掲載されている数字で、集計の基準時点は明記されていません。
攻撃されたとき、何が上乗せされるのか
ここからが脆弱性の話です。海外報道で最も強く伝わっている「画面が消えているのに録音されていた」は、出荷状態の標準動作ではなく、root権限を取ったあとに可能になった挙動です。切り分けて読む必要があります。
root権限を取った状態では、画面が消えたままマイクやUSB接続のウェブカメラを起動できました。LANケーブルを抜いた状態でも内蔵マイクで録音して内蔵フラッシュに保存し、再接続の瞬間にリモートから取り出せています。設定でオフにしたマイクをコマンドラインから有効に書き戻すこともできました。
権限を取る経路は2つ示されています。動画内で実演されたブラウザ経由の手法は、利用者が偽のペアリング要求で「はい」を押す必要があり、こちらはすでに修正済みだとGamersNexusは説明しています。もうひとつ、MrBruh氏が見つけた利用者の操作を必要としないものは、いま責任ある開示の途上にあり、詳細は公開されていません。対象機種、webOSのバージョン、CVE番号は、現時点では明らかにされていません。
出荷状態でも起きていた音声の記録は、これとは別です。「Hi LG」などで音声認識を起動すると、検証では発話が途切れたあとも10〜15秒ほど録音の窓が開いたままでした。その間に交わされた、要求とは無関係な雑談の文字起こしが、端末内のログに平文で残っていました。GamersNexusのスタジオでは、クレジットカード番号や社会保障番号を含む会話が記録される様子が示されています。
日本ではどうなのか、まだ誰も知らない
ここは正直に書きます。今回検証されたのは、Best Buyで購入された米国市場向けの個体であり、読み解かれた規約もすべて米国の顧客向けのものです。動画に日本への言及はありません。
日本では、2023年6月16日に施行された改正電気通信事業法の外部送信規律があります。一定の電気通信役務について、利用者の端末から利用者情報を外部へ送信させる場合に、通知や公表、同意の取得、オプトアウト措置といった方法で、利用者が内容を確認できる機会を設けることを求める仕組みです。ただし、日本向けのLG製テレビやそのサービスにこの規律がどう適用されるかは、事業形態と実装を確認しなければ断定できません。
日本で販売されているLG製テレビが米国個体と同じ挙動をするのかも、まだ誰も測っていません。地域ごとに同意の取り方も、有効化される機能も異なるのが通例です。米国の結果をそのまま日本に当てはめて語ることはできず、逆に、日本は無関係だと結論づける材料もありません。ここは空白のまま残されています。この空白を埋めるのは、おそらく日本の検証者の仕事になるでしょう。
LGの言い分
LGは2026年7月の時点で「LGのテレビは周囲の会話を収集、記録、保存しない」「音声認識は利用者が起動したときにのみ、特定の要求を満たすために音声を処理する任意機能である」と説明しています。ただしこれらは今回の調査への回答ではなく、それ以前に他媒体へ寄せられたコメントです。GamersNexusは今回の懸念点をLGへ送りましたが、返答は得られていないと述べています。
同社は、この説明と実測が食い違うと主張します。要求が終わったあとも録音の窓が開き、無関係な会話が記録されていたためです。今回の実測に対するLG側の技術的な説明は、まだ示されていません。LGがどう応じるかは、この件のこれからを大きく左右します。
最後に、GamersNexus自身が繰り返し述べていることを添えておきます。これはLGだけの問題ではない、と。同社はSamsungのテレビでもオフライン時にACRが動き続けるという外部調査を引き、Rokuの強制的な同意画面にも触れ、8万ドルの目標を達成した場合に他社製テレビへ調査を広げる計画を示しました。
テレビは20年かけて、映すだけの箱からネットワークにつながる計算機になりました。計算機である以上、PCやスマートフォンと同じ水準で、何を送り、誰に渡し、どう止めるかが見えていてよいはずです。今回の約136分は、その当たり前をテレビに適用したら何が見えたか、という記録でもあります。同じ物差しが、次はどのメーカーに当てられるのか。そこから先が、この話のほんとうの始まりです。
【関連記事】
LGスマートテレビに潜む危険:91,000台が外部攻撃に脆弱、緊急アップデートを!
LGのwebOSで見つかった4件の脆弱性を報じた2024年の記事。約9万1000台がインターネットに露出していた件を扱う。
LGスマートテレビに潜む危険:Bitdefenderが脆弱性を発見、修正済み
同じ脆弱性について、発見したBitdefenderの指摘と、LGによる修正対応までの経緯をまとめた2024年の記事である。
【編集部後記】
LG Ad Solutionsのサイトは、誰でも開けます。米国4900万台、世界2億1600万台、到達可能なセカンダリデバイス3億6300万台。広告主に向けた数字が、正面に並んでいます。
隠されてはいませんでした。ただ、テレビを買う人が見に行く場所ではなかった。同じ製品について、買う人が読む説明と、売り先に見せる説明が別々にある。その二枚がたまたま並んで見えたのが、今回の約136分だったように思います。
【用語解説】
ACR(Automatic Content Recognition/自動コンテンツ認識)
画面の映像と音声を短く標本化して指紋を作り、何が表示されているかを識別する技術。放送・配信・HDMI入力を問わず対象になり得る。
webOS
LGエレクトロニクスがスマートテレビ向けに開発したOS。近年はモニターやプロジェクターにも搭載が広がっている。
エンドポイント
通信の相手側にあたるサーバーやサービスの接続先。何か所と通信しているかは、機器の外向きの動きを測る指標になる。
DNSクエリ
ドメイン名からIPアドレスを引くための問い合わせ。暗号化されていない場合、どこへ接続しようとしたかが経路上から見える。
root権限
機器のOSに対する最上位の管理権限。取得されると、利用者の設定を無視して機能を有効化・無効化できる。
ファームウェア
機器に組み込まれたソフトウェア。復号して逆コンパイルすると、外からは見えない内部の処理手順を読み解ける。
X-Device-ID
LG製テレビがサーバーへ送る通信に含まれる端末識別子。今回の解析では、MACアドレスを暗号化した可逆な値だと指摘された。
MACアドレス
ネットワーク機器に個別に割り当てられた識別番号。原則として変わらないため、追跡の手掛かりになりやすい。
匿名加工情報
個人情報保護法上の区分。特定の個人を識別できず、かつ元の個人情報を復元できないように加工した情報を指す。
仮名加工情報
同じく個人情報保護法上の区分。他の情報と照合しない限り、特定の個人を識別できないように加工した情報を指す。
外部送信規律
2023年6月16日に施行された改正電気通信事業法の規定。一定の電気通信役務について、利用者の端末から利用者情報を外部へ送信させる際に、利用者が内容を確認できる機会を設けることを求める。
責任ある開示(Responsible Disclosure)
発見した脆弱性を、開発元へ先に伝え、修正の見通しが立つまで詳細を公表しない進め方。
LG Channels
LG製テレビに組み込まれた無料のインターネットテレビサービス。広告を財源とする。
売上総利益率
売上高から売上原価を差し引いた利益が、売上高に占める割合。事業ごとの原価構造の違いが表れる。
【参考リンク】
LG Ad Solutions(外部)
LGエレクトロニクスの広告部門。法人名はAlphonso Inc.で、米国4900万台、世界2億1600万台という到達規模を掲げている。
Gamers.Nexus(外部)
GamersNexusが運営する公式ミニサイト。独自に検証した重大なハードウェア不具合の一覧と、評価に関する倫理規程を公開している。
DATA DRAGNET(外部)
調査シリーズ「DATA DRAGNET」の支援ページ。8万ドルの目標達成時に、他社製スマートテレビへ調査を広げる計画が示されている。
匿名加工情報と仮名加工情報の違いは何ですか|個人情報保護委員会(外部)
匿名加工情報と仮名加工情報の違いを、個人情報保護法の条文に沿って説明した公式のFAQ。両者を分ける要件がどこにあるかを短く確認できる。
【参考記事】
LG Smart TVs found scanning home networks for nearby devices(外部)
収集された項目の内訳が最も具体的にまとめられている。検出対象にプリンターやサーモスタット、3Dプリンターまで含まれていた点も記載する。
LG TV flaws could let attackers listen in, even in standby mode(外部)
製品が意図した挙動と、脆弱性に依存する挙動を切り分けて整理している。防御する側が何をすべきかという視点から書かれた解説である。
LG TVs collect far more data on you than you’d expect, says new report(外部)
LG幹部が広告主向けに語った発言のクリップに触れ、調査の公開後に寄せられた利用者の反応についてもあわせて伝えている記事である。
LG smart TVs caught logging audio with screen off and snooping on local devices(外部)
検証に使われた機種と計測の手法を簡潔にまとめている。約136分に及ぶ動画の要点を、短い時間で把握したい場合に向いている。


















