「冷蔵庫が50度に」と伝えられたフランスの事件で、乗っ取られたのは冷蔵庫そのものではなく、店舗の冷やす設備をまとめて動かす制御装置でした。しかも13日になって、狙われていたのはDanfoss製品だけではなかったことが政府の警報で明らかになりました。壊されたのではなく、本来の機能が逆向きに使われた点に、この攻撃の厄介さがあります。
フランスのCERT-FRは2026年10月12日、冷凍設備の遠隔コントローラーが多数侵害されているとして警報CERTFR-2026-ALE-012を出した。対象はDanfossのAK-SM系とAK-SC系で、13日の更新でCopeland xwebとDixell xwebが加わった。報道によると、11日夜から12日にかけて、E.Leclerc、Intermarché、Coopérative Uなど数百店舗の冷蔵・冷凍設備に被害があり、一部店舗では食品が廃棄された。
Danfossは、被害の大半が更新が終わったAK-SM 800とAK-SC 355か、古いファームウェアのままの現行機AK-SM 800Aだったと説明している。CERT-FRは管理画面のインターネットへの露出をなくすよう求めている。
From:
Incident de sécurité ciblant les contrôleurs à distance des installations de réfrigération(CERT-FR)
【編集部解説】
今回の攻撃で狙われたのは、冷蔵庫そのものではありません。店舗の冷蔵ケースや冷凍庫、冷凍機をまとめて管理する「システムマネージャー」と呼ばれる制御装置です。温度の設定や霜取りの時間割、異常時の警報を1台で受け持つ、いわば店舗の冷やす設備の司令塔にあたります。
霜取りは、冷却器に付いた霜を取り除くための正常な動作です。電気ヒーターや高温の冷媒を使う方式などがあり、通常は設定された温度や時間を条件に終了します。今回の攻撃では、この霜取りが続く状態にされたと報じられています。壊すのではなく、設備が備える正規の機能を逆向きに使った点に、この攻撃の性質がよく表れています。
今回の件で最も大事な事実は、CERT-FRが10月13日に警報を更新し、Copeland xwebとDixell xwebを対象に加えたことです。警報はこれらの製品についても侵害を把握していると明記しています。初報の段階では「Danfoss製品の問題」として伝わりましたが、被害はDanfossだけにとどまらず、ほかの冷凍設備の遠隔管理製品にも及んでいることになります。
Cooling Postに寄せたDanfossの説明によれば、被害の大半は旧機種か、古いファームウェアで動く現行機でした。旧機種はAK-SM 800とAK-SC 355で、現在はソフトウェアやセキュリティの更新が提供されていません。AK-SM 800は2021年に製品寿命終了とされ、AK-SC 355は2016年に販売を終えています。現行のAK-SM 800Aで被害を受けた機器は、古いファームウェアのまま動いていたといいます。
ここで考えたいのは、設備の使用期間と、制御ソフトウェアの更新期間が一致するとは限らない点です。冷凍設備が問題なく冷やし続けていても、それを制御する装置のソフトウェア更新が先に終わることがあります。冷やす機能に不満がなければ、制御装置だけを入れ替える理由はなかなか生まれません。
もう一つの背景は、遠隔管理の仕組みです。こうした装置には、冷凍設備の保守業者が遠隔で監視・保守できる仕組みがあります。Coopérative UのCEOも、同社の店舗はDanfossから直接ではなく、保守業者を通じてシステムを導入していると説明しています。夜間に異常があれば業者が気づける便利な仕組みですが、その窓口が誰にでも開いたままになっていれば、攻撃者にとっても同じ入口になります。
CERT-FRの対策の中に、保守業者へのデータ送信を止める前に保険契約の条件を確認するよう求める一文があります。保険の条件によっては、「ネットから切り離せば済む」とは簡単にいきません。警報がその事情まで踏み込んで書いている点は、現場で使える指示として評価できます。
一方、侵入の具体的な方法はまだ明らかになっていません。2026年8月にはClaroty Team82がAK-SM 800Aの脆弱性3件を公表し、Danfossはそれ以前に修正版を出していますが、CERT-FRの警報とDanfossの声明では、今回の侵入経路や、これらの脆弱性が悪用されたかは示されていません。なお、Clarotyの研究はメーカーと連携して修正を先に済ませる手順を踏んでおり、研究者とメーカーの協力がうまく働いた例でもあります。
日本でも、2026年7月にニチレイのサーバーがサイバー攻撃を受け、被害の拡大を防ぐためのシステム遮断に伴って、冷蔵倉庫の入出庫と冷凍食品の出荷に影響が出ました。今回のフランスの件は、冷蔵・冷凍設備の制御装置側の被害です。Danfossの資料によれば、AK-SM 800を使う店舗への攻撃は2022年にもロシアとイスラエルで起きています。コールドチェーンへの攻撃では、入出庫や出荷の停止だけでなく、温度管理の書き換えによる商品の損失にも備える必要があります。国内の店舗や倉庫で同じ種類の装置がどれだけネットに出ているかは分かっていませんが、CERT-FRの警報は点検項目を整理する手がかりになります。
まず確認したいのは、管理画面がインターネットから見えていないか、霜取りの時間割など設定が書き換えられていないか、遠隔からの接続がVPNなどに限られているか、の3点です。侵害が確認された機器は、保守業者と連携して初期化と再設定を行い、ファームウェアの更新やメーカー推奨の安全設定も済ませる必要があります。更新の提供が終わった機器は、初期化しても同じ穴が残るため、入れ替えの計画まで含めて考えることになります。
店舗の冷やす設備は、これまでITの担当者からも、セキュリティの担当者からも見えにくい場所にありました。今回の件は、電気や水道と同じように、食品の温度を守る仕組みも社会のインフラとして点検していく必要があることを示しています。保守業者、メーカー、小売、保険が同じ表を見て点検を進められれば、店舗の冷やす設備は、遠隔管理の便利さを手放さずに守れるはずです。
【編集部後記】
被害を受けたフランスの店舗の一つでは、店長が冷蔵設備とインターネットをつなぐ小さな箱の接続を、自分の手で外したそうです。いちばん確実な対策が、いちばん原始的な方法だったことになります。
ただ、その箱は夜中の異常を保守業者へ知らせる、店舗にとっての命綱でもあります。外したままでは、冷凍機が本当に止まった夜に誰も気づけません。
お近くの店舗の冷やす設備の裏側に、どんな箱がつながっているか、想像したことはあるでしょうか。
【用語解説】
システムマネージャー
店舗の冷蔵ケースや冷凍庫、冷凍機をまとめて管理する制御装置。温度の設定、霜取りの時間割、異常時の警報などを1台で受け持つ。Danfossでは「AK-SM」系がこれにあたる。
霜取り(デフロスト)
冷却器に付いた霜を取り除く動作。霜が厚くなると冷えが悪くなるため、定期的に行う。電気ヒーターや高温の冷媒を使う方式などがあり、通常は設定された温度や時間を条件に終わる。
ファームウェア
機器に組み込まれ、ハードウェアを直接制御するソフトウェア。更新すると、不具合や脆弱性が修正されることがある。
製品寿命終了(EoL)
メーカーが製品の販売や開発を終えたことを示す区切り。その後、更新やサポートも段階的に終わる。更新が止まった機器では、新しく見つかった脆弱性が修正されない。
脆弱性
ソフトウェアやシステムにある、攻撃に悪用されうる弱点。
CERT-FR
フランス政府のサイバー攻撃対応チーム。国家サイバーセキュリティ庁(ANSSI)が運営し、警報や対策情報を公表している。
VPN(Virtual Private Network)
インターネット上に暗号化された通り道をつくり、外部から安全に社内などのネットワークへ入るための仕組み。
コールドチェーン
生鮮食品や冷凍食品、医薬品などを、生産から消費まで低温のまま届ける流通の仕組み。
【参考リンク】
AK-SM 800A Series(Danfoss)(外部)
Danfossの店舗向け冷凍設備システムマネージャーの製品ページ。最新ファームウェアと、初期設定がStrictの安全設定について説明がある
Danfoss security advisories(Danfoss)(外部)
Danfossが公表している製品の脆弱性情報の一覧。AK-SM 8xxA系やAK-SM 800Aの勧告が掲載され、修正版の案内も確認できる
Copeland(外部)
業務用の冷凍・空調機器を手がけるCopeland LPの公式サイト。今回のCERT-FRの警報では、同社のxweb製品も対象に名指しされた
Dixell(Copeland)(外部)
業務用冷凍の制御機器ブランドDixellの紹介ページ。現在はCopelandの一部で、警報に名指しされたxweb製品を展開している
Team82(Claroty)(外部)
産業制御システムのセキュリティ企業Clarotyの研究部門。2026年8月にAK-SM 800Aの脆弱性3件の研究報告を公開した
【参考記事】
Danfoss moves to mitigate cyberattack(外部)
業界専門メディアがDanfossの声明を掲載。被害の大半は旧機種か古いファームウェアの現行機だったとし、被害は約500店と推計している
Freeze the Controller, Defrost the Food: Uncovering Vulnerabilities in Danfoss Refrigeration Controllers(外部)
AK-SM 800Aの脆弱性3件の仕組みと、2,765台の管理画面がネットから見えたとする調査を紹介。今回の攻撃との関係は示されていない
Attackers Heat French Supermarket Fridges Up to 50°C by Hijacking Danfoss Controllers(外部)
各社が公表した被害店舗数を表にまとめ、旧機種のサポート終了時期や、パリ検察が捜査を始めたことなどをあわせて詳しく伝えている
Des magasins Système U, Intermarché, E.Leclerc et Monoprix touchés par une cyberattaque contre leurs installations frigorifiques(外部)
速報記事。Coopérative U CEOのX投稿と、E.Leclercが冷凍機器の供給業者1社が攻撃を受けたと認めたことを伝えている
Danfoss Cool Update(October 2025 edition)(外部)
Danfossの技術ニュースレター。AK-SM 800の製品寿命終了と旧製品の全サービス終了の方針、2022年の攻撃事例を載せている


















