いま、あなたが立っているその場所は、15年前よりほんの少しだけ東にある。2011年の巨大地震がもたらしたのは、津波や原子力災害だけではなかった——地震の揺れが地球の中心近くまで潜り、跳ね返って戻ってきたとき、日本列島そのものをわずかに動かしていた。最新の研究が明かしたのは、足元の大地が思っているほど「動かないもの」ではない、という静かな事実だ。
2026年6月18日、シカゴ大学のチームが学術誌『Science』に研究結果を発表した。
2011年3月11日に発生し、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震は、モーメントマグニチュード9.0で、日本で観測された史上最大規模の地震であった。研究によると、地球の核で反射した地震波がプレート境界に沿った動きを引き起こし、影響範囲は約3,000キロメートルに及んだ。これは単一イベント後に記録されたものとして観測史上もっとも広範な地震イベントである。
日本の観測システムGEONETは全国1,300の観測点と全球測位衛星システムのデータを統合しており、本震の約13〜16分後にマントルと核の境界で反射した横波の到達を記録した。その直後、日本の広範囲で東向きの段差状変位が記録され、最大値は5〜6ミリメートルであった。
この地震による津波は500平方キロメートル以上を浸水させ、死者・行方不明者を合わせて2万人を超える被害をもたらした。
From:
Japan has drifted away from us(blue News)
【編集部解説】
今回の発見をひとことで言えば、「地震の揺れがいったん地球の中心近くまで潜り、跳ね返って戻ってきたときに、もう一度日本を動かした」という話です。主役は地震そのものではなく、地震が生んだ波の「往復の旅」のほうにあります。
研究を主導したのは、シカゴ大学地球物理科学部の助教であるサニョン・パク氏です。共同研究者には、モーメントマグニチュードの概念で知られるカリフォルニア工科大学の金森博雄氏と、ストラスブール大学のルイス・リベラ氏が名を連ねています。配信元の記事では「パク氏のチーム」とだけ記されていましたが、地震学の世界では重みのある布陣だと申し添えておきます。
鍵となる波は、専門的には「ScS波」と呼ばれるものです。地震が出す横波(せん断波)のうち、地中をまっすぐ下り、液体金属でできた外核の表面で鏡のように反射して地表へ戻ってくる種類を指します。配信記事の「横波」という表現は誤りではありませんが、より正確にはこのScS波を指している、と捉えてください。
往復の距離はおよそ5,800キロメートル、片道で約2,900キロメートルに及びます。戻ってきた波は本震からおよそ15分後に地表へ到達し、強い揺れですでに摩擦が緩んでいた断層を、もう一段すべらせたとみられます。なお、配信記事は到達を「約13分後」としていますが、シカゴ大学の発表や複数の科学メディアは「約15〜16分後」としており、ここはわずかに数字が割れています。
特筆すべきは、その規模です。すべりが起きた領域は約3,000キロメートルと、観測史上もっとも広い地震イベントとされ、解放されたエネルギーはマグニチュード7.5の地震に匹敵すると見積もられています。さらに、太平洋・オホーツク・フィリピン海・ユーラシアという4つの主要プレートが関係する、複数の主要プレート境界にまたがった、記録上初めての事例でもあります。
ではなぜ、これほど大きな現象が15年も見過ごされてきたのでしょうか。理由は、地震計が本来、地表で感じる短く高い周波数の信号を捉えるよう設計されているうえ、本震直後はノイズが多すぎたためです。今回の成果は、全国1,300点のGEONETが残した膨大な記録を、当時とは別の角度から読み直すことで初めて姿を現しました。観測網を整え、データを捨てずに蓄え続けることの価値を、改めて示した一件と言えます。
防災の観点では、見過ごせない論点が浮かびます。これまで「本震が収まれば、あとは余震に注意」というのが常識でした。しかし今回の知見は、本震から10分以上たった後でも、核から戻ってきた波が遠く離れた断層を動かしうることを示しています。緊急地震速報や避難解除の「安全宣言」の考え方に、長い時間軸の視点を加える必要があるかもしれません(これは研究の直接の提言ではなく、編集部としての展望です)。
もっとも、過度に不安を煽るのは本意ではありません。今回のすべりは、エネルギーが広大な範囲に分散し、約3分かけてゆっくり進んだため、人が感じることはなく、被害も報告されていません。ただし研究チームは、将来の地震が同じように穏やかである保証はない、とも釘を刺しています。
最後に視点を一つ。配信元はスイスのメディアで、見出しは「日本が我々(欧州)から遠ざかった」という、いわば向こうから見た言い回しでした。同じ現象も、日本に立てば「日本が太平洋側、すなわち日本海溝の方向へわずかに動いた」という景色に変わります。足元の地面が確かなものだという感覚そのものを、5〜6ミリの事実が静かに問い直してくる——南海トラフ地震への備えが議論される今だからこそ、立ち止まって受け止めたい発見と言えるでしょう。
【用語解説】
東北地方太平洋沖地震
2011年3月11日に発生した、日本の観測史上最大規模の地震。配信元が「Tohoku earthquake」と呼ぶものにあたり、震源は東北地方の東方沖の海域である。地震本体に加え、津波と原子力災害を含む複合災害を引き起こした。
モーメントマグニチュード(Mw)
断層がずれ動いた量と断層面の広さから、地震が解放したエネルギーを物理的に算出する指標。編集部解説に登場する金森博雄氏が確立に関わった尺度で、巨大地震の規模を従来のマグニチュードより正確に表せる。
ScS波
地震が出す横波(せん断X波)のうち、地中をほぼ真下に進み、地球の核の表面で反射して地表へ戻ってくるものを指す記号。「S」はせん断波、「c」は核での反射を意味する。本研究で日本を再び東へ動かした主役とされた波である。
横波(せん断波/S波)
進行方向に対して直角に振動する波。液体中を伝われない性質があるため、液体である外核に当たると通り抜けられず、鏡のように反射する。この性質が、波が地表へ跳ね返って戻った理由になっている。
GNSS(全球測位衛星システム)
GPSを含む測位衛星群の総称。地上の受信点の位置をミリ単位で割り出せるため、地殻のわずかな動きの監視に使われる。今回の数ミリの東進も、この技術が捉えた。
【参考リンク】
シカゴ大学(University of Chicago)(外部)
本研究を主導したパク氏が所属する米国の研究大学。地球物理科学部を擁し、発表元となった。
カリフォルニア工科大学(Caltech)(外部)
共同研究者・金森博雄氏が所属。地震学・地球科学で世界的に知られる米国の理工系大学。
ストラスブール大学(Université de Strasbourg)(外部)
共同研究者ルイス・リベラ氏が所属するフランスの総合大学。今回の解析の一翼を担った。
Science(米国科学振興協会/AAAS)(外部)
本研究が2026年6月18日に掲載された学術誌。世界有数の査読付き総合科学誌である。
国土地理院 GEONET(外部)
全国約1,300点の電子基準点で地殻変動を監視する観測網。今回の解析データの基盤である。
気象庁 緊急地震速報について(外部)
本震直後に強い揺れを予測して知らせる仕組みの解説ページ。気象庁が運用する。
復興庁(外部)
東日本大震災の被害状況・復興の公式資料を公開。本記事の死者・行方不明者数の確認に用いた。
【参考記事】
Powerful seismic waves from Japan’s 2011 earthquake struck Earth’s core and bounced back up(University of Chicago News)(外部)
研究元大学の一次発表。往復約5,800km、範囲約3,000km、Mw7.5相当、4プレート初関与を明記し、地震・津波の被害を概数で2万人規模と説明。
A 2011 earthquake bounced a seismic wave off Earth’s core, nudging Japan east(Science News)(外部)
波の到達は本震の約15分後。破壊長は2004年スマトラ地震の2倍超で、すべりは約3分かけ進んだと伝える。
A Giant Seismic Wave Bounced Off Earth’s Core And May Have Shifted Japan(ScienceAlert)(外部)
GPS観測で日本の一部が最大5〜6mm東進。波は地下2,900kmのマントル・外核境界で反射したと説明する。
Japan’s 2011 quake waves bounced off Earth’s core, moving land(Interesting Engineering)(外部)
本震約16分後に最大6mm東進。波は約5,800kmを進み外核で反射したとし、原因究明の経緯を描く。
ScS-triggered slip on megathrust interfaces after the 2011 MW 9.0 Tohoku-Oki earthquake(Science 誌・論文ページ)(外部)
査読付き一次論文(Science 392巻、2026年)。ScS波の振幅1cm超と最大5〜6mmの東進を要旨で示す。
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【編集部後記】
5〜6ミリという数字は、定規の目盛りにも満たない長さです。けれど、その小ささを「だから取るに足らない」と片づけなかった研究者がいたからこそ、15年眠っていた謎が解けました。私たちが日々追いかけている先端技術も、突き詰めれば「小さな違和感を見過ごさない目」の積み重ねなのだと、あらためて教わった気がします。
足元の地球には、まだ読み解かれていない記録がたくさん残されています。その一つひとつをみなさんと一緒に見つめていきたいと思います。












