DDR5メモリの性能を引き出す手段として、これまで「高い周波数」が主役でした。しかしAMDが新たに打ち出したEXPO ULL(Ultra Low Latency)は、周波数ではなくレイテンシに焦点を当てた別のアプローチです。ASUS ROG Crosshair X870Eへのベータ配信を機に、この技術が私たちの手元に届こうとしています。
ASUSは2026年6月10日、AM5対応ハイエンドマザーボード「ROG Crosshair X870E」シリーズ向けのベータBIOSを配信した。更新内容はAGESA ComboAM5 1.3.0.1bへの移行、AMD EXPO Ultra Low Latency(EXPO ULL)のサポート追加、DRAMタイミング制御パラメーター(Tccd_L・TccdL_WR・TccdL_WR2)の追加、ROG Arcana DDR5 RGB Edition 20メモリへの対応が含まれる。
対象モデルはHero、Hero BTF、Dark Hero、Apex、Extreme、Glacial、Crosshair 2006、Edition 20の8モデルで、ファイルはASUS ROGフォーラム経由で公開されている。EXPO ULLはComputex 2026で発表された技術で、AMDの自社テスト(Ryzen 7 9700X構成)によればEXPO非ULL構成比で平均FPSが4%向上するとされる。対応認定キットの提供開始は2026年6月からを予定。なお、ASUSは旧cmoファイルの流用はAGESA 1.3.0.1bのBIOSで問題を引き起こす可能性があるとして注意を促している。
From:
EXPO ULL : les BIOS bêta ASUS ROG Crosshair X870E passent à l’AGESA 1.3.0.1b|Pause Hardware
【編集部解説】
ASUS ROG Crosshair X870Eシリーズに配信された今回のベータBIOSは、単なるファームウェアの更新ではありません。AMD EXPO ULL(Ultra Low Latency)というメモリ規格の新しい方向性を、実際に手元の環境で試せるようにするための第一歩として位置づけられます。
AMD EXPO(EXtended Profiles for Overclocking)は、IntelのXMPに相当するAMD独自のメモリ自動オーバークロック規格です。EXPOはDDR5メモリに事前に設定された安定したプロファイルを書き込んでおき、BIOSから1クリックで有効化できる仕組みです。EXPO ULLはそのEXPO 1.2アップデートの一環として登場した新機能で、「高い周波数」よりも「低いレイテンシ」を追求するという方向転換を象徴しています。
AMDのRyzen/Radeon担当バイスプレジデント、David McAfee氏はTom’s Hardwareに対し、「EXPOは進化してきた。SPDプロファイルにサブタイミングを追加することで、さらに低いレイテンシを得る機会があると判断した」と説明しています。
AM5プラットフォームには構造的な制約があります。DDR5-6000 MT/sを超える帯域を求めてメモリクロックを引き上げると、内蔵メモリコントローラー(UCLK)とメモリクロック(MCLK)の間で1:2の分周モードが必要になります。これがレイテンシを増加させ、周波数を上げたにもかかわらず実効性能が下がるという逆転現象を生む原因です。EXPO ULLはこの問題に対し、周波数を上げずにサブタイミングを細かく詰めることで性能を引き出すアプローチを採っています。AMDの主張では、標準的なDDR5-6000構成比でレイテンシを約5〜7ns削減できるとされます。
EXPO ULLの活用には、対応BIOSと対応メモリキットの両方が必要です。今回のROG Crosshair X870E向けベータBIOSはその前者にあたります。AGESA 1.3.0.1bへの移行に加え、DRAM Timing Controlに新たに追加された3つのパラメーター(Tccd_L・TccdL_WR・TccdL_WR2)は、DDR5の手動チューニングを行う上級ユーザーにとっても意味のある追加です。また、ROG Arcana DDR5 RGB Edition 20(48GB・DDR5-6000・CL26)への対応も含まれており、これはEXPO ULL対応の認定キットとして位置づけられます。
このBIOSはあくまでベータ版です。ASUSはROGフォーラム経由で配信しており、安定版リリースとは区別されています。また、ASUSは旧来のcmoファイルの流用を明確に禁止しており、AGESA 1.3.0.1bと異なるバージョン上で作成されたcmoファイルを使うと問題が起きる可能性があると警告しています。EXPO ULL対応の認定キット自体は2026年6月から順次登場予定で、G.SKILL、Kingston FURY、XPG by ADATAなど複数のメモリメーカーが参加しています。
【用語解説】
EXPO(EXtended Profiles for Overclocking)
AMDが策定したDDR5メモリの自動オーバークロック規格。IntelのXMPに相当する。メモリモジュールのSPDチップに最適化済みのプロファイルを書き込んでおき、対応BIOSから1クリックで有効化できる。
EXPO ULL(Ultra Low Latency)
EXPO 1.2アップデートで導入された新機能。従来のEXPOが主に高周波数化を追求していたのに対し、サブタイミングをSPDプロファイルに追加することで周波数を上げずにレイテンシを削減するアプローチを採用する。
AGESA(AMD Generic Encapsulated Software Architecture)
AMDがマザーボードメーカーに提供するファームウェアの基盤コード。BIOSの機能・安定性はAGESAのバージョンに大きく依存する。今回はAGESA ComboAM5 1.3.0.1bが対象。
DRAMタイミング(Tccd_L / TccdL_WR / TccdL_WR2)
DDR5の動作を制御する細かいタイミングパラメーター。今回追加された3つはいずれもメモリの読み書き間隔を規定するもので、値を詰めることでレイテンシを改善できる。手動チューニングを行う上級ユーザーが活用する。
AM5プラットフォーム
AMDのデスクトップCPU向けソケット規格。2022年に登場し、DDR5・PCIe 5.0・USB 4をサポート。AMDは2029年まで対応を継続することをComputex 2026で表明している。
cmoファイル
ASUSのAi Tweakerで保存できるオーバークロック設定のプロファイルファイル。異なるAGESAバージョン間で流用すると設定の不整合が生じる場合があり、ASUSはAGESA 1.3.0.1bへの移行時に旧ファイルの流用を禁止している。
【参考リンク】
ASUS ROG Crosshair X870E シリーズ(外部)
ASUS ROGブランドのハイエンドAM5マザーボード「ROG Crosshair」シリーズの製品一覧。ROG Crosshair X870E Hero・Apex・Extreme・Glacialなど各モデルの仕様・対応メモリ・BIOSダウンロードリンクを確認できる。
AMD EXPO Technology(外部)
AMDによるEXPO(EXtended Profiles for Overclocking)の公式解説ページ。対応プラットフォーム、認定メモリパートナー一覧、EXPO ULLの概要を参照できる。
ASUS ROG フォーラム(外部)
ROG Crosshair X870E向けベータBIOSの配信元。トップページから対象マザーボードのスレッドを検索することで、AGESA 1.3.0.1bベータファイルのダウンロードリンクおよびchangelogを確認できる。
【参考記事】
AMD Computex 2026: 10 Years of AM4, AM5 Support Through 2029 and Expanded RDNA 4 Gaming|AMD公式ブログ(外部)
AMDのComputex 2026公式発表記事。EXPO ULLの概要、Ryzen 7 9700X構成での4% FPS向上データ、AM5の2029年サポート継続表明などが含まれる一次情報源。
AMD says new EXPO ULL DDR5 memory should be ‘effectively the same price’ as current kits|Tom’s Hardware(外部)
AMD VP David McAfee氏へのインタビューを含む詳細解説記事。EXPO ULLの技術的背景、既存チップセットでの動作可否、価格帯の見通しについて言及している。
G.Skill explains how AMD EXPO ULL unlocks additional performance|Tom’s Hardware(外部)
G.SKILLのComputex 2026ブースでの取材に基づく記事。AM5プラットフォームにおける1:2分周モードの問題、EXPO ULLがサブタイミング追加でこれを回避する仕組みを詳しく解説している。
ASUS ROG Crosshair X870E Beta BIOS adds AMD EXPO Ultra Low Latency support|VideoCardz(外部)
元記事Pause Hardwareの一次情報源。対象モデル別のBIOSバージョン一覧、changelogの詳細を確認できる。
【編集部後記】
EXPOがメモリ周波数の競争から距離を置き、レイテンシという別の軸で性能を追う方向に舵を切ったのは、AM5プラットフォームが構造的に抱えてきた問題に対するひとつの回答です。DDR5-6000を超えると逆にレイテンシが悪化するという現象は、以前から上級ユーザーの間では知られていました。それを「手動で詰める」ではなく「プロファイルとして自動化する」形で解決しようとしているのが、EXPO ULLの本質と言えます。対応メモリキットの登場とBIOSの安定版リリースが重なったとき、この技術は一部の熱心なユーザーだけでなく、幅広いRyzen環境に届いていくでしょう。ベータという段階ではありますが、方向性は明確です。BIOSと対応キットが揃ったとき、この選択が正解だったかどうかを私たちは実際のゲーム性能で確認できるようになります。












