AIチップの設計をめぐる競争が、新たな局面に入っています。Googleが推論特化チップの開発パートナーとしてMediaTekを継続的に選定しているとされる中、スマートフォン向けSoCで成長してきた台湾企業が、BroadcomとMarvellが牛耳るカスタムAIシリコン市場に本格参入しつつある構図が見えてきました。その意味を、GoogleのTPU戦略という文脈から読み解きます。
AlphabetはTPU v9の強化版(開発コード:Triggerfish)を開発中だと、サプライチェーンアナリストのミンチー・クオが2026年6月22日に報告した。製造パートナーには台湾のMediaTekが引き続き独占で選定されているとされる。
Triggerfishの主な仕様変更点は、SRAMキャパシティをHumufish(TPU v9基本版)比で2〜3倍に拡大し、外部メモリをHBM4からHBM4Eに格上げすることだ。これによりオンチップで処理できるアクティブワークロードが増え、AI推論時のデータ移動が削減されるとクオは説明する。生産開始は2027年末、本格量産は2028年の見通しで、Humufish(生涯出荷予測400〜500万台)に加え100〜200万台が上積みされる見込みだ。
なお、TriggerfishおよびMediaTekとの提携についてGoogleもMediaTekも公式に確認していない。
【編集部解説】
GoogleがTPU v9の強化版「Triggerfish」の開発パートナーにMediaTekを選定したと、アナリストのミンチー・クオが報告しました。ただし、GoogleもMediaTekもこの提携を公式には確認しておらず、本件はサプライチェーン調査に基づく未確認情報として理解する必要があります。
その前提を踏まえた上で、今回の報道が持つ意味を考えるには、MediaTekとGoogleの関係がどのように形成されてきたかを振り返る必要があります。
Googleは2026年4月のGoogle Cloud Nextで、第8世代TPUをトレーニング用(TPU 8t「Sunfish」、設計:Broadcom)と推論用(TPU 8i「Zebrafish」、設計:MediaTek)に分割すると発表しました。MediaTekはその「Zebrafish」担当として、Googleの推論特化チップの設計パートナーに据えられた経緯があります。IronwoodではI/Oモジュールと周辺コンポーネントの設計に関与していたとされるMediaTekが、世代を経るごとに中核的な役割を担うようになってきたことが分かります。
Triggerfishは、そのZebrafish(TPU 8i)の上流に位置するTPU v9世代の強化版という位置づけです。SRAMキャパシティをHumufish比2〜3倍に拡大し、HBM4からHBM4Eへアップグレードすることで、AIエージェントや強化学習といった次世代ワークロードのボトルネック——いわゆる「CPUウォール」「メモリウォール」——に対処する設計です。単位価格は基本版比で約30%高くなるとKuoは指摘しており、MediaTekにとって2028年以降の収益押し上げ要因となる可能性があります。
より大きな文脈で見ると、Googleのカスタムシリコン戦略は「特定パートナーへの依存を意図的に分散させる」構造になっています。Broadcomがトレーニング領域を、MediaTekが推論領域を担い、さらにMarvellとも新たなメモリプロセッシングユニットや追加推論TPUについて協議中とされています(ただしこちらも契約未締結)。カスタムAIシリコン市場ではBroadcomが70%超のシェアを持ち、Marvellも20〜25%とされる圧倒的な二強体制が続いてきました。MediaTekはその市場への本格参入を、Googleという最大規模のハイパースケーラーとの継続的な協業を通じて進めています。
MediaTekにとってこのシフトは、スマートフォン向けSoCという従来の主軸から、データセンター向けAIシリコンへと事業の重心を移す取り組みの一環です。同社はNvidiaのGB10 Grace Blackwell Superchipでの協力や、MicrosoftとのエッジAIでの連携実績も積んでいます。一方でFuturum GroupのアナリストDay 2026レポートは、「クラウドサービスプロバイダーを既存のカスタムASICパートナーから切り替えさせることは非常に困難」とも指摘しており、MediaTekがBroadcomやMarvellの地位を短期間で脅かすと考えるのは早計です。Googleのサプライチェーン多様化という追い風を受けながらも、MediaTekが「第三極」として定着するには、2028年以降の量産実績が問われます。
【用語解説】
TPU(Tensor Processing Unit)
Googleが独自開発したAI専用アクセラレーター。汎用GPUとは異なり、ニューラルネットワークの行列演算に特化して設計されている。現在は第8世代(学習用TPU 8t・推論用TPU 8i)まで進化しており、Google Cloud経由で外部企業にも提供されている。
HBM4E(High Bandwidth Memory 4E)
AI・HPC向けに設計された次世代の高帯域幅メモリ規格。2026年5月29日にサムスンが世界初の12層HBM4Eサンプル出荷を開始した。HBM4比で帯域幅が20%以上向上しており、最大16Gbps(安定動作時14Gbps)の速度を実現する。
SRAM(Static Random-Access Memory)
CPUやGPU・TPUの内部に組み込まれる高速な一時記憶領域。外部メモリ(HBMなど)に比べてアクセス速度が桁違いに速い反面、製造コストが高い。AIチップでSRAM容量を増やすことで、外部メモリへのアクセス回数を減らし推論効率を高められる。
カスタムASIC(Application-Specific Integrated Circuit)
特定用途に向けて最適化された半導体チップ。汎用GPUとは異なり、特定のワークロード(AIの推論・学習など)に合わせて設計されるため、性能・電力効率が高くなる傾向がある。GoogleのTPU、AmazonのTrainium、MicrosoftのMaia等がこれに当たる。
CPUウォール/メモリウォール
AI推論処理において、CPU側の処理速度やメモリとチップ間のデータ転送速度がボトルネックになる現象。大規模なモデルほどこれらの制約が顕在化しやすく、オンチップのSRAMを増やすことで緩和できる。
MediaTek(聯発科技)
台湾の大手半導体設計企業(ファブレス)。従来はスマートフォン向けSoCを主力製品としてきたが、近年はデータセンター向けカスタムシリコン、NvidiaのGrace Blackwell Superchip向けCPUダイ、MicrosoftとのエッジAI協業など、事業領域を急速に拡大している。
【参考リンク】
MediaTek(公式サイト)(外部)
台湾の大手半導体設計企業。スマートフォン向けSoCから出発し、現在はAI PC、エッジAI、データセンター向けカスタムシリコンへと事業を急速に拡大している。GoogleやNvidiaとの戦略的パートナーとして注目を集めている。
Google Cloud TPU(公式ドキュメント)(外部)
Google Cloudが提供するTPU製品群の概要・世代ごとの仕様・料金体系を説明する公式ドキュメント。Ironwood(TPU v7)から最新世代TPU 8t・TPU 8iまでの仕様が参照できる。
【参考記事】
Google assembles four-partner chip supply chain with Broadcom, MediaTek, Marvell to challenge Nvidia in inference|The Next Web(外部)
GoogleがBroadcom・MediaTek・Marvell・Intelの4社体制でカスタムシリコンのサプライチェーンを構築し、推論領域でNvidiaに挑む戦略を詳報。TPU v8のZebrafish(MediaTek担当)とSunfish(Broadcom担当)の役割分担、2033年までに1,180億ドルへ成長が見込まれるカスタムASIC市場の動向も整理している。
MediaTek Analyst Day 2026|Futurum Group(外部)
2026年4月のMediaTekアナリストデーを受け、同社のデータセンター向けAIシリコン戦略の現状と課題を分析。クラウドサービスプロバイダー(CSP)が既存パートナーから切り替えることの困難さを指摘しつつ、MediaTekの技術的進歩と多様なパートナーシップの意義を評価している。
【関連記事】
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GoogleがTPUの外販を本格始動し、NvidiaのAIチップ覇権に挑んでいる。GoogleがなぜMediaTekを推論チップのパートナーに育てているのか、その経営的背景はこちらの記事でも読み解けます。
Gemini Enterprise Agent Platform正式発表——Google Cloud Next ’26が告げる「エージェント時代」の本番開幕
Triggerfishが推論強化に特化している理由は、Googleが見据える「エージェント時代」の到来と切り離せません。その全体像はこちらで確認できます。
【編集部後記】
AIチップの「誰が作るか」という問いは、今や「AIの覇権を誰が握るか」という問いと切り離せなくなっています。Googleが推論チップの設計パートナーとしてMediaTekを育てている構図は、Nvidiaへの依存を減らしたいという思惑と、Broadcomへの価格交渉力を保ちたいという実利が重なった結果です。MediaTekがその期待に応えられるかどうかは2028年の量産結果が示しますが、この流れは半導体産業の地殻変動の一端と言えるかもしれません。私たちがAIを「使う」側として考えるとき、その裏側でどんな力学が働いているかを意識することが、技術を読み解く上で重要になってきています。












