薬や化粧品の研究には、生物から読み取った遺伝情報のデータが使われています。その利益を、もとになった自然の守り手へ分ける基金に、これまでに約束された額は約1万ドルでした。国連の生物多様性条約COP17は、予定を1日延ばし、10月31日の朝にアルメニアのエレバンで閉幕しました。2030年の目標が遅れていることに「深い懸念」を示し、加速の道筋として「エレバン・パスウェイ」を採択した一方、お金をめぐる大きな論点は残りました。何が決まり、何が先送りされたのでしょうか。
目次▼結果を一覧で 8つの議題の結果を表で▼決まったこと「エレバン・パスウェイ」は何を決めたのか / 先住民族と地域社会の常設機関 / 次回はエクアドルのキト▼決まらなかったこと資金の出し手 / 恒久的な資金の仕組み / カリ基金 / 有害な補助金 / 最終日に審議が中断し、次回に送られた議題▼資金の数字 18億ドルと20億ドルの違い▼日本は何をしたか 代表団と副大臣の演説▼評価は割れている 議長、EU、環境団体の声▼これから COP18とCOP19へ
編集部後記 / 参考リンク / 用語解説 / 参考記事 / 関連記事
国連の生物多様性条約の第17回締約国会議(COP17)は、2026年10月19日に始まり、予定の30日から1日延びて、現地時間の31日朝に閉幕した。会議は、昆明・モントリオール生物多様性枠組の進み具合を初めて世界全体で点検するグローバル・レビューの決定と、実施を加速する方針「エレバン・パスウェイ」を採択した。決定は、2030年の目標の達成に向けた進捗が不十分であることに「深い懸念」を示す一方、エレバン・パスウェイは新しい義務や目標を設けるものではない。資金の出し手の範囲を広げる基準は決まらず、恒久的な資金の仕組みは、満たすべき基準で合意したものの、形の決定は次回に送られた。遺伝情報の利益を分けるカリ基金は、主要な論点が2028年のCOP18に持ち越され、拠出の約束は約1万ドルにとどまった。先住民族と地域社会の常設機関の運営ルールは採択され、COP18はエクアドルのキトで開かれる。
【編集部解説】
結果を一覧で
開幕前の背景と争点は、前の記事「生物多様性COP17とは|エレバン会議の日程と3つの争点、「23の目標」の中間点検で問われること」にまとめています。ここでは、結果だけを整理します。会議は約13,000人が参加し、環境省によると、生物多様性条約の締約国会議として過去最大の規模でした。決定は50件近くが採択されたと報じられています(The News Minute、Universal Owners、Sustainable Japan)。
| 議題 | 決まったこと | 決まらなかったこと・先送り |
|---|---|---|
| グローバル・レビュー | 決定と「エレバン・パスウェイ」を採択。2030年目標の進捗に「深い懸念」 | 追加の行動や目標強化を義務づけるものではない(促進的・非懲罰的) |
| 資金の出し手 | 先進国の義務(条約第20条)は変えず、ほかの国が自発的に出す道を検討する手続き | 出し手の一覧(2006年が最後の見直し)を広げる基準 |
| 恒久的な資金の仕組み | 満たすべき基準で合意 | 新しい基金か既存の枠組みか、形の決定はCOP18へ |
| カリ基金(遺伝情報の利益配分) | 配分方法とガバナンスを具体化し、COP18まで暫定運用 | 企業の拠出を増やす中身、証明書の法的効果 |
| 有害な補助金 | エレバン・パスウェイに、改革の加速を盛り込む | 各国の事情に応じて「促す」という表現にとどまった |
| 先住民族と地域社会の常設機関 | 運営ルールを採択(争点は、助言グループへの入り方と共同議長の地域ごとの持ち回り) | - |
| 次回の開催地 | COP18は2028年、エクアドルのキト | - |
| 審議が中断した議題 | - | 他の条約との協力、多年度の作業計画など。手続規則により次回会合へ |
決まったこと
「エレバン・パスウェイ」は何を決めたのか
エレバン・パスウェイは、グローバル・レビューを受けて、2030年に向けた実施を加速するための方針です。環境省の結果概要によると、129か国の第7回国別報告書などをもとに、枠組みの進捗を初めて集団でレビューしました。
WWFジャパンによると、決定は、2030年の目標とミッションの達成に向けた進捗が不十分であることに「深い懸念を示す」としています。同じ整理では、まだ提出していない国に国家戦略や国別目標、国別報告書の提出を求め、各国に実施の加速と野心の引き上げを、先進国に途上国への支援の強化を求めています。優先分野には、目標の設定、資源動員、生物多様性の損失の根本的な要因への対応、有害な補助金の改革、主流化が並びます。
一方で、エレバン・パスウェイは新しい義務や目標を設けるものではありません。WWFジャパンも、決定を歓迎しつつ、その価値は、各国が進捗の遅れに対して実際に行動を起こせるかで決まると述べています。次のグローバル・レビューは、2030年のCOP19で予定されています。
先住民族と地域社会の常設機関
COP16が設けた、先住民族と地域社会に関わる問題を扱う常設の補助機関について、運営ルールが採択されました。環境省の結果概要は、先住民族と地域社会の参加の仕方や、ほかの補助機関との関係などを決めたと伝えています。Carbon Briefによると、採択は10月30日です。交渉では、助言グループ(フレンズ・オブ・ザ・ビューロー)への先住民族と地域社会の入り方や、共同議長の地域ごとの持ち回りが争点でしたが、運営方法で合意しました。
先住民族の代表が集う国際先住民生物多様性フォーラム(IIFB)の政策アドバイザー、ジェニファー・タウリ=コルプス(Jennifer Tauli-Corpuz)氏は、この決定で、第8条(j)の機関の包摂性が強まり、権利に基づく実施がしやすくなると述べました。
次回はエクアドルのキト
COP18は、2028年にエクアドルのキトで開かれます。環境省の結果概要によると、開催を申し出ていたエチオピアが辞退し、エクアドルとパナマの投票でエクアドルに決まりました。
決まらなかったこと
資金の出し手:基準はなく、手を挙げる道だけ
資金を出す国の一覧は、2006年を最後に見直されていません。WWFジャパンによると、拡大をめぐる膠着の末、最終日に妥協案が受け入れられました。先進国が負う条約第20条の義務は変えず、ほかの国が自発的に出す道を検討する手続きを置くものです。同じ整理では、一部の高所得の途上国が、拡大の検討そのものに強く反発したとされています。Carbon Briefによると、出し手に加わりたい国は、COP18の前と、その後も隔回のCOPの前に、二国間の非公開協議で関心を伝えられます。加えるには対象国の明示的な同意が必要で、一覧に加えるための基準は決まりませんでした。拡大を主導したのは、日本やカナダなどを含む先進国の交渉グループ「JUSCANZ」で、EUも更新を求めたと伝えられています。最終案の採択の場では、ブラジルが文面を再び開くことに警戒を示し、「この文書を開けば、二度と閉じられなくなる」と述べました。
日本も、出し手の範囲を広げるよう求める側にいました。SOMPOインスティチュート・プラスの解説によると、8月にケニアのナイロビで開かれた補助機関の会合で、カナダが日本、オーストラリア、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、英国の6カ国を代表して、出し手の範囲を広げるよう求めていました。今回、その基準づくりまでは進みませんでした。
恒久的な資金の仕組み:基準は決まり、形は先送り
2030年以降の恒久的な資金の仕組みについては、満たすべき基準で合意しました。COPの管理の下に置く仕組みとされた一方、新しい基金をつくるのか、既存の枠組みを使うのかという形の決定は、COP18に送られました(Carbon Brief、The News Minute)。コモン・イニシアティブのオスカー・ソリア(Oscar Soria)氏は、この決定は「とても開かれたまま」だと述べています。
カリ基金:約1万ドル、主要な論点は先送り
カリ基金は、生物の遺伝情報のデータ(デジタル配列情報、DSI)の利用で得た利益を分ける基金です。その運営と拠出の協議は、会議のなかでも複雑なものの一つで、決定が採択されたのは、Carbon Briefによると現地31日午前5時25分でした。環境省の結果概要は、拠出のあり方や、基金の証明書の法的効果などを引き続き検討するとしたうえで、配分方法とガバナンスを具体化し、COP18でのレビューに向けて暫定的に運用することを決めたと伝えています。DSIをめぐる作業の大部分は、COP18に向けた会期間の交渉に回されました(Carbon Brief)。産業界は、証明書をめぐる法的な明確さを求めていました(同)。
Carbon Briefによると、基金には、COP17の開幕時に約6,000ドルしかありませんでした。閉幕時には、約束を含めて1万565ドルになりましたが、実際の入金は9,000ドル未満です。国連の信託基金事務局の公表では、10月26日時点で約束が1万577ドル、払い込みが8,990ドルで、集計の時点や方法によって数字に差があります。この基金は、DSIを使う企業から、少なくとも年10億ドルを集めることを目標にしています。研究者のシヴァ・タンビセッティ(Siva Thambisetty)氏は「カリ基金は延命措置を受けている」と述べました。
有害な補助金:「促す」止まり
ターゲット18が定める、有害な補助金の削減については、グローバル・レビューの決定が、各国の事情に応じて改革の加速を「促す」と書くにとどまりました(Carbon Brief)。同じ報道によると、サウジアラビアとロシアがこの段落に反対し、インドは削除を提案しました。議長国のアルメニアが会期中に始めた、前向きなインセンティブに関する「エレバン・コール」は、交渉で決めた決定ではなく、議長国の政治的な宣言です。
最終日に審議が中断し、次回に送られた議題
環境省の結果概要によると、COP17の議題のうち、ほかの条約や国際機関との協力、多年度の作業計画は、最終日に審議が中断され、手続規則により次回の会合に送られました。遺伝資源の利益配分を定めた名古屋議定書の締約国会合でも、地球的規模の多数国間の利益配分メカニズムなどが次回に持ち越されました。
資金の数字
会議の議長を務めたアルメニアのマテボシャン(Hambardzum Matevosyan)環境相は、会期中の10月26日のプレスリリースで、あらゆる資金源から合計で18億ドル超が動くと説明しました。閉幕後、条約事務局は20億ドル近い新規の資金と説明しており(Universal Owners)、集計の時点や範囲が違うとみられます。そのうち、地球環境ファシリティー(GEF)の第9次増資とグローバル生物多様性枠組基金で5億6000万ドル、慈善団体9団体による「種の回復同盟」で5億ドルが大きな部分を占めます(慈善団体の数はWINS Solutions)。
一方、枠組みの目標である年2000億ドルとの差は大きいままです。WINS Solutionsは、内訳の項目が合計にならないと注記したうえで、債券を通じた約8億ドルの支援実績や、枠組み基金の3億6200万ドル超のように、これまでの累計額も並べて載せています。数字は、新しい約束と、すでに進んでいたものを分けて読む必要があります。
日本は何をしたか
環境省の結果概要によると、日本政府の代表団は、環境省、外務省、経済産業省、農林水産省、林野庁、水産庁、文部科学省、厚生労働省の職員で構成されました。ハイレベル会合では、三ッ林裕巳環境副大臣が27日に代表演説(ナショナル・ステートメント)を行い、自然共生サイトや、企業、地方自治体、市民社会を含む社会全体の取り組みを紹介し、2027年に横浜市で開かれるGREEN×EXPO 2027への参加を呼びかけました。環境省の関谷毅史地球環境審議官は、非公式の閣僚級協議に参加し、グローバル・レビューなどについて発言しています。
経済産業省は、会期中にパネルを開き、バイオ企業のDSIの利益配分に関する意見を発信しました。結果概要には、日本の拠出額や新しい資金の表明についての記載はありません。
評価は割れている
閉幕後の評価は、立場によって分かれています。議長のマテボシャン氏は、会議を「成功」と呼びつつ、取り組みは「大海の一滴」だとも述べました。フランスのモニク・バルビュー(Monique Barbut)・エコロジー移行相は「結果は課題の規模に見合わない」と話し、EUのジェシカ・ロズウォール(Jessika Roswall)欧州委員は「機能するカリ基金」を求めました(Agence Europe)。
環境団体では、グリーンピース・インターナショナルのアン・ランブレヒト(An Lambrechts)氏が、巨大企業が「エレバンで基金が機能しないよう、あらゆる手を尽くした」と批判しました。野生生物保護協会(WCS)のスーザン・リーバーマン(Susan Lieberman)氏は、交渉は「野心の面で弱い結果に終わった」と述べています(いずれもCommon Dreams)。
これから
COP18は2028年で、それまでの間に、カリ基金の拠出のあり方などが会期間の作業で話し合われます。恒久的な資金の仕組みの形も、COP18で決まる見通しです。世界全体の進み具合を正式に点検するのは、次は期限の年の2030年、COP19での2回目のグローバル・レビューです。
生物多様性の次は、気候です。11月9日からは、トルコのアンタルヤで気候変動枠組条約のCOP31が始まります。innovaTopiaは、環境問題の2026年の動きを、ハブ記事「【随時更新】環境問題の2026年」で追っています。
決定の細かな文言は、報道や団体によって説明が分かれる部分があります。本記事は、環境省の結果概要と、複数の報道・団体の整理で確認できた範囲にとどめています。
【編集部後記】
遺伝情報の利益を分ける基金への約束は、約1万ドル。枠組みが2030年までに求める年2000億ドルという目標と並べると、その落差は小さくありません。仕組みをつくっても、使う側の意思が伴わなければ動かないのかもしれません。決まらなかった議題は、2028年のCOP18まで宙に浮きます。その間にも、私たちの身近な薬や化粧品などの背後で、自然の遺伝情報は使われ続けています。この落差に、私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。
【参考リンク】
【用語解説】
エレバン・パスウェイ
COP17が採択した、昆明・モントリオール生物多様性枠組の実施を2030年に向けて加速するための方針。グローバル・レビューの結果を受けたもので、新しい義務や目標は設けていない。
グローバル・レビュー
各国の報告をもとに、枠組みに向けた世界全体の進捗を点検する仕組み。1回目は2026年のCOP17、2回目は2030年のCOP19で行われる予定。
資金の出し手の一覧
生物多様性条約で、途上国に資金を提供する義務を負う先進国の一覧。2006年を最後に見直されていない。
恒久的な資金の仕組み
2030年以降の、生物多様性の資金を扱う仕組み。現在は地球環境ファシリティー(GEF)が暫定的に担っている。新しい基金にするか既存の枠組みを使うかは、COP18で決まる見通し。
カリ基金
デジタル配列情報(DSI)を使って利益を得る企業から拠出を募り、途上国や先住民族、地域社会に配分する基金。2024年のCOP16で設けられた。拠出は任意。
第8条(j)の常設機関
生物多様性条約の第8条(j)にもとづく、先住民族と地域社会の伝統的な知識や参加を扱う常設の補助機関。COP16で設けられ、COP17で運営ルールが決まった。



