JASRAC、生成AIと著作権の特設ページ公開─30条の4改正で問う「創造のサイクル」の守り方

あなたが書いた曲や描いた絵が、知らないうちにAIの「教材」として使われていたら——。いま日本では、それを拒む手立てがほとんどありません。音楽の著作権を束ねるJASRACが、この状況を変えようと声を上げました。鍵となるのは、AIの学習を原則「許可なしでOK」としてきた著作権法第30条の4。その改正を、JASRACは正面から求めています。クリエイターの半数以上が不安を抱えるなか、日本のルールは世界とどう違うのか。創作とAIが共に生きる未来の入り口を、一緒に見ていきます。


JASRACは2026年6月11日、生成AIの利活用と著作権に関する自らの方針・取り組みをまとめた特設ページ「創造のサイクルとの調和がとれたAI利活用の実現に向けて」を公開した。

同ページでは、生成AIと著作権をめぐる課題、JASRACの基本的な考え方、生成AIを利用した作品の取り扱い(ガイドライン)等を確認できる。あわせてJASRACは、AI開発のための機械学習を原則無許諾で認める著作権法第30条の4の改正を求めている。

From: 文献リンク生成AIと著作権に関するJASRACの方針・取り組みをまとめた特設ページを公開しました

【編集部解説】

今回の告知は「特設ページを公開した」という一文に見えますが、その中身を開くと、JASRACが踏み込んだ要求を明確に掲げていることがわかります。それが、著作権法第30条の4の改正です。ここが、このニュースのいちばんの核心だと私は考えています。

第30条の4というのは、ひとことで言えば「AIに学習させるためなら、作品をつくった人の許可を取らずに使ってよい」という趣旨の規定です。正確には「思想又は感情の享受を目的としない利用」であれば著作権を制限できる、という立て付けになっています。ただしこの規定にも「著作権者の利益を不当に害する場合は適用されない」という例外(但し書き)があり、何でも自由というわけではありません。

それでも現状では、作詞家や作曲家が「自分の曲をAIの教材に使わないでほしい」と思っても、その意思を伝える交渉の場すら制度上は保証されていません。JASRACが問題視しているのは、まさにこの「断る機会がない」という一点です。

同協会が2026年1月から3月にかけて実施した音楽クリエイター向けアンケートでは、自作のAI学習利用について「反対」「どちらかといえば反対」と答えた人が54%にのぼりました。「賛成」「どちらかといえば賛成」は20%です。現場の半数以上が不安を抱えているのに、事業者にはその声を聴く義務がない——この構造のねじれを正したい、というのがJASRACの主張です。

注目したいのは、JASRACが「AI開発そのものに反対しているわけではない」と明言している点です。同協会は、創造のサイクルと調和したAI活用であればクリエイターにも文化にも有益になり得る、と認めたうえで、求めているのは全面禁止ではなく「選択の機会の確保」だとしています。なお、この方針の土台となる4つの基本的な考え方そのものは2023年7月に決議されたもので、今回はそれを改正要求とともに特設ページへ集約した形です。

許可なく使われ続け、作品の代わりになるAI生成物が大量に出回れば、創作の連鎖そのものが壊れる——その危機感が今回の発信の底流にあります。

ここで視点を国外に広げると、日本の立ち位置の特殊さが見えてきます。JASRACは、非享受目的という整理でAI学習時の著作権を制限する枠組みを持つ国はG7の中で日本だけだと指摘しています。実際、EUではDSM著作権指令第4条が、権利者の意思表示(オプトアウト)を条件にAI学習を位置づけており、オンライン公開物については機械可読な形での権利留保が想定されています。さらにEU AI法第53条のもとでは、汎用AI(GPAI)の提供者に対し、著作権順守の方針整備と、訓練に用いたコンテンツの十分詳細な概要の公開が義務づけられました(2025年8月2日から適用)。日本の「原則OK」とは出発点が異なるのです。

海外では司法判断も動き始めています。ハンブルク上級地方裁判所は2025年12月、複数の法律事務所の解説によれば、利用規約に文章で書いただけの拒否表明では足りず、robots.txtのような機械可読な形式でなければオプトアウトとして有効と認めない、という趣旨の判断を示したと伝えられています。AIと著作権をめぐるルールは、いま世界規模で輪郭がはっきりしてきている最中だと言えるでしょう。

では、この動きは私たち読者に何をもたらすのでしょうか。仮に第30条の4が改正されれば、AI開発企業は学習データの取得にあたり権利者の意向を確認する手間とコストを負うことになります。開発スピードが鈍る懸念は確かにあります。一方で、クリエイターには「自分の作品をAIの学習に使わせるかどうかを選べる」という、これまで明確には保証されてこなかった選択肢が生まれます。

長期で見れば、これは「人がつくる」という営みの価値をどう守るかという問いそのものです。AIが安く速く曲を量産できる時代に、人間の創作を支える仕組みが崩れれば、いずれAIが学ぶべき新しい作品も枯れていきます。今回のJASRACの一手は、その持続可能性に向けた制度議論の号砲だと受け止めています。だからこそ、未来を見据えるメディアとして、いま記録しておく意味があると考えました。

【用語解説】

生成AI(生成系AI)
文章・画像・音楽などを自動で作り出すAIの総称である。大量の既存データを学習し、その特徴を踏まえて新しいコンテンツを出力する。本件では、学習段階で他者の著作物が使われる点が争点となっている。

著作権法第30条の4
「思想又は感情の享受を目的としない利用」であれば、著作権者の許諾なく著作物を利用できると定めた規定である。AIの機械学習はこの「非享受目的」の典型例とされる。ただし利用は必要と認められる限度に限られ、「著作権者の利益を不当に害する場合は適用されない」という但し書きもあるため、無条件ではない。

享受目的/非享受目的
著作物を「味わう・楽しむ」ために使うのが享受目的、データ解析のように作品そのものを鑑賞しない使い方が非享受目的である。後者は権利が制限されやすい。

創造のサイクル
クリエイターが作品を生み、対価を得て、次の創作へ向かうという連鎖を指す。JASRACは、AIが代替物を大量供給するとこの循環が壊れると主張している。

選択の機会の確保
自作をAIの学習素材として使われることの可否を、権利者自身が判断・拒否できるようにすべきだという考え方。JASRACの要求の中核である。

オプトアウト
権利者が「自分の作品を使わないでほしい」と事前に拒否の意思表示をする仕組み。EUなどでは機械可読な形での表明が求められている。

DSM著作権指令(第4条)
EUのデジタル単一市場著作権指令。第4条は商用のテキスト・データマイニングを認めつつ、権利者がオプトアウトできる余地を残している。

EU AI法(第53条)
EUの包括的AI規制。第53条は汎用AI(GPAI)の提供者に対し、著作権法の順守方針の整備と、訓練に用いたコンテンツの十分詳細な概要の公開を義務づけている。学習データそのものの全面開示ではない点に注意が必要である。

G7
日本・米国・英国・フランス・ドイツ・イタリア・カナダの主要7か国の枠組み。JASRACは、非享受目的でAI学習時の著作権を制限する仕組みを持つのはG7で日本だけだと指摘している。

robots.txt/機械可読
ウェブサイトがクローラー(自動収集プログラム)に対し収集の可否を伝える設定ファイルがrobots.txt。機械可読とは、人間ではなく機械が自動で読み取れる形式を指す。

【参考リンク】

JASRAC(日本音楽著作権協会)公式サイト(外部)
音楽著作権を管理する一般社団法人の公式サイト。権利者・利用者向け情報や制度に関する取り組みを掲載している。

創造のサイクルとの調和がとれたAI利活用の実現に向けて(外部)
第30条の4の改正要求や生成AIに関する基本的な考え方、AI利用作品のガイドラインを確認できる特設ページ。

生成AIと著作権の問題に関する基本的な考え方(外部)
2023年7月の理事会決議に基づく4項目の方針を掲載。今回の特設ページの土台となる考え方の原典である。

音楽著作権とJASRACに関するアンケート結果概要(外部)
2026年実施のクリエイター調査の概要。生成AI学習への賛否や回答者数など本記事の数値の一次情報である。

European Commission「AI Act」公式ページ(外部)
欧州委員会によるEU AI法の解説ページ(英語)。規制の枠組みや適用スケジュールなどEU側の制度概要を確認できる。

【参考記事】

The EU AI Act in 2026: What August Enforcement Means for AI Training Data and Web Scraping(外部)
2026年8月2日に始まるEU AI法の本格執行を整理。汎用AIに最大1500万ユーロまたは売上高3%の制裁金と学習データ開示義務が課されると解説している。

European Commission Releases Mandatory Template for Public Disclosure of AI Training Data(外部)
学習データ概要の公表義務が2025年8月2日に発効、既存モデルは2027年8月2日まで猶予、2026年8月2日から検証開始と報じる記事。

robots.txt and AI: EU Legal Situation and TDM Opt-out(外部)
ハンブルク上級地方裁判所が2025年12月10日、拒否表明は機械可読な形式でなければ無効と判断したと伝える記事。

We need to talk about the EU TDM exception and AI training(外部)
EUのTDM例外がAI学習に及ぶ前提で、独GEMA訴訟ではモデルの記憶・再現が侵害とされた点を分析する記事。

The EU AI Act and copyrights compliance(外部)
EU AI法第53条が汎用AI提供者に課す2つの義務(著作権順守方針の整備と学習データ概要の公開)を解説する記事。

Training AI models: UK Government proposes EU style “opt out” copyright exception(外部)
英国政府がEU型のオプトアウト型TDM例外の導入を提案したと報じる記事。意見公募の締切経緯にも触れている。

【編集部後記】

この記事を書きながら、何度も「自分だったらどうするだろう」と考えました。私自身、文章を書いて世に出す一人です。自分の言葉がどこかでAIの教材になっている可能性を想像すると、誇らしいような、少し落ち着かないような、不思議な気持ちになります。

大切なのは、AIを敵か味方かに振り分けることではないのだと思います。JASRACも、AIを拒んでいるわけではありませんでした。求めているのは「選べること」、ただそれだけです。便利さの恩恵を受け取る私たちと、その便利さを支える作品を生み出す人たち。その両方が安心していられる線引きを、これからも一緒に探していけたらと願っています。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。