いまこの瞬間、種子島から1機のロケットが空へ駆け上がっていきます。H3ロケット6号機。固体ブースタを一切持たない「30形態」という日本初の構成で、昨年12月の8号機の悔しさを背負い、再起をかけて飛ぶ機体です。低コストで宇宙への扉を大きく開く切り札となり、相乗りする6機の小型衛星——その多くが宇宙ごみと向き合う技術を積んでいます——を、太陽同期軌道へ送り届ける。その先には火星探査MMXも待っています。日本の宇宙輸送の未来を確かに前へ進める一機が、いま大空を昇っていく。その姿を、どうか見届けてください。
JAXAは2026年6月10日、種子島宇宙センター大型ロケット発射場からH3ロケット6号機(30形態試験機、H3-30S)を打ち上げる計画を2026年4月24日に発表した。打上げ予定時間帯は午前9時53分59秒から午前11時52分46秒。打上げ実施責任者はJAXA理事の岡田匡史。
30形態はLE-9エンジン3基を搭載し固体ロケットブースタを使用しない形態で、6号機が初打上げとなる。性能確認用ペイロードVEP-5に加え、小型副衛星6基(PETREL、STARS-X、BRO-22、VERTECS、HORN-L、HORN-R)を高度約576kmの太陽同期軌道へ投入する。
機体は全長約57m、全備質量約271トン。2025年12月のH3ロケット8号機の打上げ失敗を踏まえ、衛星搭載アダプタ(PSS)の補修対策を適用し飛行データを追加取得する。その後、打上げは6月12日に再設定された。
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H3ロケット6号機(30形態試験機) 特設サイト | ファン!ファン!JAXA!
※アイキャッチはJAXA H3特設サイトより引用
【編集部解説】
H3ロケット6号機が背負っているものの重さを、まず共有させてください。これは単なる新型ロケットのお披露目ではありません。2025年12月22日の8号機失敗からの「再起の一機」です。8号機は「みちびき」5号機を搭載して打ち上げられましたが、所定の軌道に衛星を投入できず、打上げは失敗に終わりました。その原因究明と対策を、JAXAはわずか約4か月でまとめ、今回の打上げにこぎ着けています。
失敗の主因は、多くの人の予想を裏切るものでした。ロケットの失敗といえばエンジンが定番です。ところが文部科学省の調査・安全小委員会の資料で示された主要因は、衛星を載せる土台の部品でした。原因となった衛星搭載アダプタ(PSS)は、アルミニウム合金製ハニカムのコアをCFRP(炭素繊維強化プラスチック)製のスキンで挟んだサンドイッチ構造で、このCFRPスキンとハニカムコアの間で剥離が進展しました。
なぜそれが致命傷になったのか。剥離から不安定な破壊が連鎖的に進み、PSS全体の破壊に至ったメカニズムが、フライトデータとも整合するとされています。さらに衝撃的なのは喪失のタイミングです。分析の結果、「みちびき」5号機は第1段・第2段の分離時点で、すでに2段目から離脱していたと推定されるのです。つまり衛星は、飛行のかなり早い段階で機体からもぎ取られていた可能性が高い。だからこそ6号機は、このPSSに手を入れ、本当に直ったのかを実飛行のデータで確かめる「答え合わせ」の意味を持ちます。
その対策の中身も、一次資料で具体的にわかっています。6号機では、必要な検査と補修を施したうえで、QT(認定試験)品およびフライト品に対する荷重試験を完了した補修方式のPSSを適用します。さらにJAXAは、将来的にスプライス接着方式を適用する可能性も視野に入れ、後続ミッションの確実性を増すための追加フライトデータを取得するとしています。今回の飛行は、再起であると同時に、次の製造方式への布石も兼ねているわけです。
ここで「なぜ今、6号機なのか」という疑問が湧くかもしれません。番号が前後しているからです。失敗したのが8号機で、今回飛ぶのが6号機。順番が逆に見えますが、これはH3が号機ごとに異なる機体形態を試す開発プログラムだからです。6号機は「30形態」という、これまで一度も飛んでいない新構成の初飛行を担っています。
その30形態こそ、今回の技術的な主役です。H3-30Sは、3基のLE-9エンジンを搭載し、固体ロケットブースタ(SRB-3)をゼロにした形態で、6号機がその初飛行となります。H3やH-II系の大型基幹ロケットが、補助ロケットを一切使わずに飛ぶのは初めての試みです。
固体ブースタを外す狙いは、突き詰めればコストと衛星へのやさしさです。3基のLE-9により、複雑さやコスト、そして繊細な衛星ペイロードに衝撃荷重を与える固体ブースタなしで、競争力のある相乗り打上げ価格を提供できるとされます。JAXAの過去の開発目標では、H3は定常運用段階で打上げ費用を従来のH-IIAの約半分、およそ50億円に抑えることが掲げられてきました。これは現在の個別契約価格そのものではなく、あくまで開発時に掲げられた目標値です。
このエンジンLE-9は、地味ですが世界的に見ても尖った技術です。JAXA宇宙輸送技術部門によれば、LE-9は日本独自のエキスパンダーブリードサイクルを採用しており、高い信頼性と低コストの両立を狙っています。液体水素がエンジンの冷却部を流れる際に得た熱でターボポンプを駆動するため、ポンプを回すための激しい燃焼を必要とせず、構造をシンプルに保ちやすいことが特徴です。
ただし、英語メディアと日本語の一次情報で、このエンジンの推力の示し方に違いがある点は、読者に正直にお伝えしておきます。海外メディアのTech Timesは、LE-9を1基あたり1,471kNと報じ、これはロケット第1段用に開発されたエキスパンダーブリードサイクルエンジンとして史上最も強力だとしています。一方、JAXAの打上げ計画書では第1段の推力を「約4,413kN(3基分)」と記しており、1基あたりに割り戻すと約1,471kN。両者は整合しています。数字を扱う際は、必ず一次情報に立ち返ることの大切さが表れた一例です。
そして、この一機の意味は、6号機の先にもつながっています。JAXAの今後の打上げ予定には、国際宇宙ステーションへ物資を運ぶ新型補給機HTV-Xの2号機や、火星衛星探査計画(MMX)が並んでいます。MMXは2026年度の打上げを予定する国際探査計画であり、JAXAを中心にNASA、CNES(フランス)、DLR(ドイツ)、ESA(欧州)などが参加しています。火星をめぐるミッションには惑星の位置関係による打上げの窓があり、H3の信頼性回復は、こうした後続ミッションのスケジュール面でも重要な意味を持ちます。
逆に言えば、もし失敗が重なれば、影響は射点の外へ波及しかねません。H3計画が再びの長期審査で止まれば、後続のミッションが押し出され、限られた打上げ機会を逃す恐れも出てきます。6号機は、そうした将来の扉を確かに開けるかどうかの分岐点に立っているわけです。
背景として押さえておきたいのは、日本がいま大型基幹ロケットをH3に強く依存している状況です。長年の主力だったH-IIAは、最終号機となる50号機が2025年6月29日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、観測衛星GOSAT-GWを正常に分離したのを最後に退役しました。名機を見送った今、H3が確実に飛ぶことは、国の宇宙へのアクセスを支える土台そのものになっています。
潜在的なリスクの側にも目を向けておきます。30形態は固体ブースタがない分、打上げ時の推力をLE-9に大きく頼る構成です。エンジン1基あたりの信頼性が、これまで以上に問われるとも言えます。低コスト化という果実と、シンプルゆえに余白の少ない構成。この両面を冷静に見守る視点を、読者のみなさんと持っておきたいところです。
最後に、見落とされがちですが私が最も惹かれた論点を加えます。今回の相乗り6機のうち、複数が「宇宙ごみ対策」をテーマにしている点です。BULL社のHORN-LとHORN-Rは膜面展開型の軌道離脱装置の実証機ですし、静岡大学のSTARS-Xも宇宙テザーによる模擬宇宙ごみの捕獲に挑みます。低コストで宇宙への扉を開く30形態が、その最初の積み荷として「宇宙を散らかさないための技術」を運ぶ。ここに、ただ打ち上げて終わりではない、持続可能な宇宙利用への静かな意思を読み取れる気がします。
【用語解説】
H3ロケット30形態(H3-30S)
H3ロケットの機体構成のひとつ。1段目にLE-9エンジンを3基搭載し、固体ロケットブースタ(SRB-3)を1本も使わず、短いショートフェアリングを組み合わせた形態を指す。6号機が初飛行となる。H3の各形態のなかで最も打上げコストが低い構成とされる。
LE-9エンジン
H3ロケット1段目に使われる液体水素/液体酸素エンジン。日本独自のエキスパンダーブリードサイクルを採用し、液体水素が冷却部で得た熱でターボポンプを駆動する。激しい燃焼を介さずポンプを回せるため構造を簡素に保ちやすく、高い信頼性と低コストの両立を狙う。
LE-5B-3エンジン
H3ロケット2段目に使われる液体水素/液体酸素エンジン。8号機の失敗では第2段系の異常も観測されたが、公式の原因究明では主因は衛星搭載アダプタ(PSS)の剥離・破壊であり、衛星は第1段・第2段の分離時点で既に離脱していたと推定されている。
VEP-5(ロケット性能確認用ペイロード)
Vehicle Evaluation Payload-5の略。本物の衛星ではなく、30形態で想定される衛星の質量を模した装置である。ロケットの性能確認を目的とし、分離は行われない見込みである。
衛星搭載アダプタ(PSS)/衛星分離部(PAF)
PSSはロケット2段目上部に取り付けられ、その上に衛星分離部(PAF)と人工衛星が載る土台部品である。8号機ではPSSのCFRPスキンとハニカムコアの剥離が進展して破壊に至り、失敗の主因となった。6号機では、荷重試験を完了した補修方式のPSSを適用する。
CFRP(炭素繊維強化プラスチック)
炭素繊維で強化した軽量・高強度の樹脂材料。PSSは、アルミニウム合金ハニカムのコアをCFRP製のスキンで挟んだサンドイッチ構造になっている。
スプライス接着方式
JAXAが後続ミッションで適用する可能性を視野に入れている、PSSの新たな接合方式。6号機では、この将来方式も見据えた飛行データの取得が行われる。
太陽同期軌道
地球を回る衛星の軌道のうち、衛星が常に一定の地方時に同じ地点上空を通過する軌道。地球観測衛星などに適する。6号機の副衛星は、おおむね高度約576〜586km、軌道傾斜角約97.69度のこの軌道へ、衛星ごとに分離高度を変えながら投入される計画である。
宇宙テザー
宇宙空間で展開するひも状の構造物。静岡大学のSTARS-Xは、1000mのテザーの伸展・回収や、テザー上をロボットが移動する実験などに挑む。
膜面展開型PMD(Post Mission Disposal)装置
運用を終えた衛星を速やかに軌道から離脱させ、宇宙ごみ化を防ぐための装置。膜を展開して空気抵抗を増やし、衛星の落下を早める方式である。BULL社のHORN-L/HORN-Rが軌道上実証を行う。
MMX(火星衛星探査計画)
Martian Moons eXplorationの略。火星の衛星を探査するJAXAの計画で、2026年度の打上げを予定する。JAXAを中心にNASA、CNES、DLR、ESAなどが参加する国際プロジェクトである。
【参考リンク】
JAXA H3ロケット6号機(30形態試験機)特設サイト(外部)
打上げ日程、ライブ中継、関連資料を集約したJAXA公式の特設ページ。最新の打上げ情報を確認できる一次情報源。
JAXA H3ロケット8号機の打上げ失敗に関する対応状況について(外部)
8号機失敗後にJAXAが設置した対策本部による、原因究明と対策の経緯をまとめた公式ページ。
H3ロケット(JAXA宇宙輸送技術部門)(外部)
H3ロケットの開発主体による解説ページ。機体形態やLE-9エンジンの狙いを公式に確認できる。
火星衛星探査計画(MMX)公式サイト(外部)
H3の後続ミッションのひとつMMXの公式サイト。2026年度打上げ予定や国際協力体制を確認できる。
Unseenlabs(外部)
副衛星BRO-22を開発したフランスの宇宙ベンチャー。船舶などの電波を宇宙から検知し海上監視を行う企業。
【参考動画】
https://www.youtube.com/user/jaxachannel
JAXA公式YouTubeチャンネル「JAXA Channel」。H3ロケット6号機の打上げライブ中継もこのチャンネルで配信される予定。配信の開始時刻や放送時間は、特設サイトや当日の案内で確認するのが確実である。過去の打上げ中継や記者説明会のアーカイブも視聴できる。
【参考記事】
Japan H3 Rocket Targets June 12: Maiden H3-30 Flight Validates Adapter Fix, Clears MMX Path(Tech Times)(外部)
6号機の成否がMMXの行方に関わると論じた英語記事。LE-9を1基1,471kNと紹介し、H-IIA退役による大型ロケットの代替不在を指摘している。
H3ロケット8号機の打上げ失敗の原因究明結果について(文部科学省)(外部)
8号機失敗の主因がPSSの剥離・破壊であり、衛星が第1段・第2段分離時点で離脱したと推定されることを示す一次資料。
H3打ち上げ失敗の原因、衛星搭載アダプターのCFRP製パネルが剥離か(日経クロステック)(外部)
PSSがCFRPスキンとアルミハニカムのサンドイッチ構造であること、剥離から破壊に至った経緯を技術的に解説している。
H3ロケット8号機の2段目は「みちびき」5号機を喪失したまま飛行か JAXAが原因究明状況を報告(sorae)(外部)
8号機について、衛星が飛行の早い段階で2段目から離脱していたと推定されると報じている。
H3ロケット6号機(30形態試験機)打上げ準備状況(JAXA/有田誠PM 資料)(外部)
補修方式のPSSが荷重試験を完了したこと、将来のスプライス接着方式も視野に追加データを取得する方針を示す一次資料。
H-IIAロケット50号機打上げについて(IHI 公式リリース)(外部)
H-IIA最終号機が2025年6月29日にGOSAT-GWを分離し退役したことを伝える製造企業の公式リリース。
【関連記事】
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【編集部後記】
ロケットの打上げを、私はいつも少し緊張しながら見ています。今回はなおさらです。8号機の失敗で、衛星が飛行のかなり早い段階でもぎ取られていた——その推定を知ってしまうと、リフトオフの歓声の裏側にある、技術者たちの祈りのような時間が透けて見える気がするのです。
固体ブースタを外し、エンジン3基だけで空へ向かう30形態は、見た目もどこか潔い。安く、シンプルに、たくさんの人や企業が宇宙へ手を伸ばせるようにする。その入り口を開く一機が、最初に運ぶのが宇宙ごみを片付ける技術だというのは、なんだか出来すぎた話のようで、けれど私はそこにこの時代の宇宙開発の良心を感じます。
結果がどうであれ、ここまで積み上げてきた人たちがいたことは変わりません。みなさんと一緒に、この一機の行方を見届けられたら嬉しいです。そしてもし無事に飛んだなら、その先のHTV-X、そして火星へ向かうMMXへと、私たちの視線も少しずつ伸ばしていきましょう。












