退役Pixelがサーバーになる日|GoogleとUCSDが挑む「使い捨てない」コンピューティング

スマートフォンが排出する炭素の大半は、電源を入れる前に出てしまっています。製造・素材調達・輸送の段階で、ライフサイクル全体の排出量の80〜95%がすでに確定する。つまり、省電力設定よりも「買い替えない・捨てない」選択の方が、環境への影響としてははるかに大きいです。GoogleとUCSDの研究者たちは、その事実を起点に問いを立てました。


カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)の研究者たちは、Googleの支援のもと、退役したスマートフォンを再利用した「フォンクラスター・コンピューティング」の実用化に取り組んでいる。このアプローチでは、使用済みPixelスマートフォンのマザーボードのみを抽出し、汎用LinuxディストリビューションとKubernetesによるオーケストレーションを用いて、クラウドコンピューティングプラットフォームとして再展開する。マザーボードはスマートフォンのエンボディードカーボン(製造時炭素排出量)の約50%を占めるとされ、この再利用によって新規ハードウェア製造の必要性を削減できる。

SPECベンチマークによれば、スマートフォンのシングルスレッド性能はデータセンター向けサーバーと同等か上回り、25〜50台のスマートフォンが現代サーバー1台に相当するという。UCSdは2,000台のPixelスマートフォンからなるデータセンターを2026年秋に本格稼働させる計画で、並列計算やシステムプログラミングなどのコンピュータサイエンス授業100クラス以上を同時サポートできるとしている。20台規模の試験クラスターでも、75名超の学生クラスの採点処理においてAWSバックエンドを下回るレイテンシを記録した。

From: 文献リンクA low-carbon computing platform from your retired phones|Google Research

【編集部解説】

コンピューティングの脱炭素をめぐる議論の多くは、データセンターの電力消費と再生可能エネルギーへの移行に集中してきました。しかし今回のUCSDとGoogleの研究が照らし出しているのは、その議論がほとんど見落としてきた別の炭素の塊です。それは、スマートフォンを製造した瞬間にすでに排出されている炭素——「エンボディードカーボン(製造時炭素)」です。

スマートフォン1台のライフサイクル全体のうち、製造・輸送・素材調達の段階が排出する炭素は全体の80〜95%を占めるとされています。使用中の電力消費よりも、作る行為そのものの方がずっと重い。つまり、省電力な使い方をいくら工夫しても、新しい端末を買い換える行為がその努力を容易に帳消しにしてしまいます。David Pattersonらの試算によれば、2021年の時点でスマートフォン全体のエンボディードカーボン合計は、データセンターサーバー全体の約3倍に達していました。過去5年ほどで75億台が廃棄されており、その製造に要した炭素はすでに大気中に放出されています。

ここで重要なのは、廃棄されたスマートフォンの演算性能が決して陳腐化していない、という点です。今回の研究は、2023年製のPixel FoldがSPECベンチマークにおいて、データセンター向けサーバーのコアあたり性能を多くの指標で上回ることを示しています。旧端末は「遅い」のではなく、「スマートフォンとしての機能が刷新された」ために捨てられているにすぎません。コンピュータとしての寿命は、スマートフォンとしての寿命よりはるかに長いです。

この研究の設計で着目すべきは、マザーボードだけを抽出して再利用するという割り切りです。ディスプレイ、バッテリー、カメラといった周辺部品はデータセンター環境では不要かつ危険なため取り除き、演算の核心だけを使う。Googleの内部評価では、マザーボードがスマートフォンのエンボディードカーボン全体の約50%を占めるとされています。最もカーボン集約的な部品を、最も長く使い続ける。この設計思想は、サーキュラーエコノミーの原則を技術インフラに具体的に落とし込んだものと言えます。

実装面でも、現実的な工夫が施されています。スマートフォンのOSはAndroidベースのLinuxのため、汎用Linuxディストリビューションへの置き換えが可能です。Kubernetesによるコンテナオーケストレーションを使えば、25〜50台のスマートフォンを自己管理型クラスターとして統合でき、それが現代のサーバー1台に相当します。UCSdの実験では、わずか20台のクラスターがAWSバックエンドを下回るレイテンシで75名超の学生クラスの採点処理をこなしたことが確認されています。

ただし、この取り組みが現時点で持つ射程には慎重に見ておくべき点もあります。まず、これは大学の研究プロジェクトであり、商用サービスではありません。2026年秋の本格稼働も、スマートフォンベースのコンピューティングを大規模環境でどれだけ安定稼働させられるかの検証が主目的です。コンシューマーグレードのハードウェアが継続的な高負荷に耐えられるかは、まだ実証されていません。また、対象アプリケーションは「1台のスマートフォンで収まる規模」が前提であり、GPUを必要とするAI学習や大規模並列処理には現状対応していません。

日本の状況について言えば、CIAJの調査によれば2023年度の使用済み端末の回収率(リサイクル目的)はわずか9.4%にとどまり、多くの端末が手元に残り続けているのが現状です。日本でのPixelシリーズの普及率は欧米と比べて限られているものの、スマートフォンの買い替えサイクルと廃棄の問題は同様に存在します。フォンクラスター・コンピューティングが汎用化されれば、特定メーカーのエコシステムを超えた展開も技術的には視野に入ります。ただし、現時点でのUCSDの取り組みはPixelに特化しており、他メーカー端末への適用は今後の課題です。

【用語解説】

エンボディードカーボン(Embodied Carbon / 製造時炭素)
製品の製造・輸送・素材調達の過程で排出される温室効果ガスの総量。使用中の電力消費(オペレーショナルカーボン)とは区別される。スマートフォンの場合、ライフサイクル全体の排出量のうち製造段階が80〜95%を占めるとされる。

フォンクラスター・コンピューティング(Phone Cluster Computing)
退役したスマートフォンのマザーボードを抽出・集積し、汎用コンピューティングプラットフォームとして再展開する手法。本記事で紹介するUCSDの研究が探求しているアプローチ。

オペレーショナルカーボン(Operational Carbon / 運用時炭素)
機器の使用中に消費されるエネルギーに起因する炭素排出量。再生可能エネルギーへの移行や省電力化によって削減できる。エンボディードカーボンとあわせてコンピューティング全体の環境負荷を評価する際に用いられる。

Kubernetes(クーバネティス)
コンテナ化されたアプリケーションのデプロイ・スケーリング・管理を自動化するオープンソースのオーケストレーションシステム。Googleが開発し、現在はCloud Native Computing Foundationが管理している。本プロジェクトでは複数のスマートフォンにまたがるジョブ管理に使用される。

SPECベンチマーク(SPEC CPU)
Standard Performance Evaluation Corporationが策定するCPU性能評価の標準指標。整数演算・浮動小数点演算など多様なワークロードでのスループットとレイテンシを測定し、異なるプロセッサ・システム間の性能比較に広く用いられる。

サーキュラーエコノミー(Circular Economy / 循環経済)
製品・素材・資源を可能な限り長く使用し続けることで廃棄物を最小化する経済モデル。「使い捨て」型の線形経済(採取→生産→廃棄)に対置される概念。

【参考リンク】

Google Research(外部)
Googleの研究部門の公式サイト。AI・機械学習・サステナビリティ・分散システムなど幅広い分野の研究成果・論文・ブログを公開している。今回の研究の発信元。

University of California San Diego – Computer Science & Engineering(外部)
今回の研究を主導するUCSDのコンピュータサイエンス・エンジニアリング学部の公式サイト。Ryan Kastner准教授とPatrick Pannuto准教授が本プロジェクトを担当している。

Google Consumer Hardware Carbon Reduction Guide(外部)
Googleが公開している消費者向けハードウェアのカーボン削減に関するガイドライン。Pixel製品を含む自社ハードウェアのライフサイクル評価とカーボン削減方針を詳述している。元記事内でも参照されている一次資料。

CIAJ 一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会(外部)
日本国内の携帯電話リサイクル回収状況を毎年公表している業界団体。2023年度の回収率・回収台数データの出典元。

【参考記事】

Energy and Emissions of Machine Learning on Smartphones vs. the Cloud|Communications of the ACM(外部)
David Patterson(本記事の著者)らが著した論文。2021年時点でのスマートフォンのエンボディードカーボン合計がデータセンターサーバーの約3倍に達すること、過去5年ほどで75億台が廃棄されたことなどを示す。本記事の問題意識の根拠となる一次資料。

Second-hand smartphones reduce carbon emissions, yet shorter use times limit actual gains|Communications Earth & Environment(Nature)(外部)
中古スマートフォン市場の炭素削減効果を分析した2026年1月掲載の査読論文。中古購入1件あたりの使用期間延長は40%、個人カーボンフットプリントは34%削減されるが、再販・再購入機会の増加が使用期間の短縮を招き、潜在的効果の半分近くが相殺されることを示す。

令和5年度 携帯電話におけるリサイクルの取り組み状況について|CIAJ(外部)
日本国内での使用済み携帯電話の回収状況をまとめた公式発表。2023年度の回収率は9.4%(前年度比1.2ポイント減)、累計回収台数は約1億5,454万台。多くの端末が流通せず手元に残り続けている実態を示す。

【関連記事】

電子廃棄の年間排出量11.2kg、IDCアナリスト警鐘 ― デバイス寿命1年延長で200万台の車削減効果
デバイスを1年長く使うだけで、CO2削減効果は想像以上に大きい。スマートフォンの廃棄問題が数字でどれほど深刻か、こちらの記事もあわせてご覧ください。

230環境団体が米国データセンター建設の全面停止を要求
新設データセンターをめぐる環境問題も深刻化しています。既存ハードウェアの再利用という今回のアプローチが持つ意味を、こちらの記事と対比してみてください。

【編集部後記】

スマートフォンのカーボンコストは、電源を入れる前にほぼ決まっています。この事実を正面から受け取ると、「環境に優しい使い方」の定義そのものが変わってきます。省エネ設定や充電方法を工夫することより、買い替えのタイミングを1年遅らせることの方が、排出削減としての効果はずっと大きい。今回のUCSDの試みは、その延長線上にある発想です。捨てることで終わらせるのではなく、製造に投じた炭素をもう一度使い切る。それはインフラの話であると同時に、私たちがモノとどう関わるかという問いでもあります。デバイスの「使用期限」を誰が、何を根拠に決めているのか、あらためて考えてみる価値があるかもしれません。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。